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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 ラナロックと唯斗が扉を開けると、其処は何やらお祭り騒ぎになっていた。

「なんて事でしょうか! ああああ! 素晴らしい! 素晴らしすぎる! 機能美もさる事ならがら、この装飾、繊細ながら雄大さを思わせるこの飾りが楽器を一層素敵な物に変えている! これぞ一級品! いいえ、一級どころの騒ぎじゃないのです! ……ああ、素晴らしすぎる……此処まで素敵な楽器に会ったのは初めてだ。何処かこう、我が人生、一生の内には出会えないかもしれない……それほどです!」
「な、なあ……フランツ……? そないテンション上げるとなんや恐ろしく見えんねんけど……こらこらこら! 無断で触った、流石にあかんやろ!」
 楽器に手を伸ばし、狂喜するフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)と、彼を懸命に止めようとしている大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の姿があった。無論、このテンションを前にすればその場の全員が唖然とするより他にはなく、全員が全員、ただただ口をあんぐりと開けてその光景を見つめているだけだった。
「あ、あの……そこまで気にせず、演奏されるだけならいいですわよ……?」
 トレーネの言葉を聞いたフランツは、物凄い速度で彼女の方を振り向く。何故か目が血走っていた。
「本当ですか!? それは本当の事なのですか!?」
「フランツ! 顔顔! 顔がごっつい怖い! 落ち着けて!」
 泰助が羽交い絞めにしているが為に身動きが上手く取れないフランツではあるが、それでも楽器に対するあくなき執念が為に少しずつ楽器に近付いていた。
「……何だかとても恐ろしい執念を感じます……」
「ふん……なにやら騒がしいが、知らぬな。我には関係ない事故――にしても、関係ないが見苦しい。もう少し品があってもよいとは思うぞ?」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が傍観を決め込んでいるその隣、楽器を壊されないかが心配そうなアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)に対して、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が肩に手を回した。
「大丈夫よ。彼も音楽をこよなく愛しているのだから。壊すなんて無粋な真似は流石にしないでしょ」
「そうだと良いですけどね……」
 おろおろと目の前の光景を見つめているアルテッツァと、そんな彼を楽しそうに見ているレクイエムの、更に横。今やってきたラナロックたちへと歩み寄るセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)がラナロックへ向けて声を掛けた。
「えっと……ラナロック・ランドロック。ね」
「え? ああ、はい。そうですけれど」
「単刀直入に聞くわ。私は早くこの事件を解決して貰いたいと言うのが本命で、だからこその質問だけれど、貴女確か、何か考えがあると、そう言っていたわね。相手を誘き寄せる策が」
「はい。ありますなね」
 頷く。
「聞かせてくれないかしら」
「ええ。勿論ですわ」
 騒ぎの中、ラナロックが事もなげに、何も変わらず、言葉を述べる。
「まずはじめ。相手から物を取りたい場合、奪いたい場合、それがより確実であり、より正確に奪取したい場合、貴女ならばどうしますか?」
 暫く考えた後、セシリアが呟いた。
「まずは相手の情報を知る事ね。隙を見つけ、情報を活用し、奪う」
「と言う事は、もし仮に楽器を狙っている存在が居るとしたら、その人たちは三姉妹の皆様をどうしていますか?」
「出来る事なら監視する。既存する情報だけではなくリアルタイムの情報を得る。その方が盗み取る事も強奪する事もしやす――」
 言葉が止まる。
「ええ。三姉妹が見張られているとして、自分たちがわからない場所に運び込まれてるとして、ならばそれが完全に手の出せない場所に搬送されてしまうとしたら、チャンスは一度」
「輸送時、または安置を待っているタイミング」
 繋がりがある話。結論のある話。
「もしも狙っている存在が居るのであれば、警備体制を万全にする前に奪いに来るでしょうね。道端で襲えば事件になりますが、仮に私の家が広大な土地を有していたとすれば、多少強引に奪い取ったところで話は大きくならない。大袈裟にはならない。最もつけ込みやすいのは、“郵送が終わってから別の場所、または完全な安置室に通されるまでの時間”。一介の学生の、少し大きな屋敷程度の場所に保管されているとすれば、誰しもが狙い目だと思うでしょうね」
 結論に至った話。どこにでもある、一般的な起承転結。即ちそれが、彼女の敷いた罠。
「敵がいなければ、それに越したことはありません」
 顎に手を当て、真剣に話を聞いていたセシリアが思わず唸る。
「成程……そう言う話だった訳ね……ああ! そうだったか……って、ちょっとヴァルレク! パソコンなんてどうでも良いわ! 何をしてるの!」
 ふと見ると、ノートパソコンを広げているレクイエムがニヤニヤと画面を覗いていた。
「いやね、楽団関係のサイトをあさってるんだけどさぁ。なかなか面白い記事があったのよ」
 何かを見つけた歓びだろう。彼はにやにやと笑みを浮かべて指を指す。
「この写真。ここの写真、楽団そのものはもう機能してないんだけど、この写真……! 誰か映ってるのよぉ」
「写真なんだから誰が映っていてもおかしくは――」
 ウォウルに似た、男が一人。ウォウルを二回り大きくしたような、男が一人。高そうなスーツを着ている男は確かに、ウォウルに似ていた。
「これさぁ、前に会ったあの坊やに似すぎてるわよね」
「あら」
 いつの間にか画面を覗き込んでいたラナロックが、そこで声を上げる。
「ウォウルさんのお父様ですわね」
「……は?」
 その写真は、楽団が演奏会を開いた問いの報告と記念の写真だった。

 三姉妹の父親であるファウストと共に移っているのは、ウォウルの父らしい。
硬く握手を交わしているだけに、どうやら面識が無いと言う事はない。
「確かウォウルさんのお父さん。彼のファンだとかって話を以前ウォウルさんから聞きましたわ」
「……なんだ。じゃあ偶然移ってるだけ、だってのね……」
 レクイエムが肩を竦める。
「はい、恐らくこの一件とも全く関係がないと見て間違えないでしょう。お父様はファウストその人の魅力にひかれていただけで、楽器が欲しいと思う人ではない、とか何とか」
 ラナロックは眉をハの字にして天井を仰ぐが、さして気にしている様子もない。
「なんだ。結局際立った情報はないって訳ね」
 至極残念そうに呟いて、レクイエムがパソコンを閉じた。