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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

 6.―― コーダナシニツキ





     ◆

 苦しそうな表情で戦う彼女と。
 嬉々とした表情で戦う彼女の
違いは明確なれど、その本質は同じものだ。

 誰かに必要とされて戦っている。

たただのそれだけに還元されるのだ。即ち、この二人の『彼女』は、似て非なる者なのではなく、決して同じ様には見えないが、その旨同じ志を持った者 となる。
 鳴り響く音色が不思議と、似合っていた。
穏やかな曲調の中に、何故か流れ続ける小規模な爆発音と、金属と金属とがぶつかり合う音。魔法を唱える詠唱はさもそれが歌詞である様に思えるし、魔法のきっかけとなる独特な音は、音色そのものに深みを与えた。
即ちそれは――一種オーケストラなのかもしれない。
 楽器は楽器だけに非ず。
演者も、その場の流れも、音も、全てが音楽となり、奏でられている。それが調べ――。

 呆気なく倒されていた、兵士たちは殆どが残っていない。どころかその全てが地面に突っ伏していても良いとさえいえるほど、彼等の残存兵力は底を尽き始めていた。
対して守りを固める彼等は、地面に伏している存在など誰ひとりいなく、初めから体調を崩していた彼でさえ、体を起こしてありったけの力を込めて眼を広げていた。それほどに、戦況は一方的なものだった。なのにもかかわらず、片方の彼女――刹那は笑っている。
 裏で暗躍する彼女は何処までも彼女であって、しかし何処か味気ない仕事が殆どだったその日常。しかし、こうも堂々と戦闘を行い、一歩踏み誤れば死を齎される空間にいたことは少ない。故にそれは、人である前に、そして立場上の問題がある以前に、一人の戦士としての血が、疼いているのかもしれない。
 本来、暗殺等々を行う彼等、彼女等にとってすれば、屋外で活動するよりも屋内で活動する方が圧倒的に多いわけであり、相手の家である事、即ち自分の本拠地で戦わない事、それ自体が一種、本拠地なのである。故に地の利は必要ない。壁があり、天井があり、扉があって窓がある。これはほぼ、どこの屋内にも共通して言える事であり、それがあれば寧ろ、彼女は充分に戦闘活動を行う事が出来た。だから壁を使い、だから天井を使い、だから床を使い、ある場所とある物で戦い続ける事に、幾らの辛さもないわけだ。
「しぶといな」
「そうじゃのう。わらわはしぶといぞ。それこそ、死人の様に」
 誰がともなく言ったその言葉に、刹那はにやりと笑みを溢して返事を返した。敵対し、敵として互いを認識しあっている数が膨大なだけに、彼女としても誰が言った言葉なのかを把握する事は諦めているのだろう。
故に彼女は、ひたすら攻め手を加速させる。話など、その場においては意味をなさないものなのだから。誰が言ったかも理解しないし、何を言われたかも理解する必要がないのだから。だから彼女は、ひたすら攻め手を緩めずに、ただただ目の前の敵を倒せばいいのだ。



 逆に彼女は、言葉を聞く。誰の物かを理解する為に手を止め、しっかりと相手と対面するのだ。それが礼儀であり、剣を交える以上はその手を緩めてはいけないから。だからこそ、彼女はひたすらに手を止め、足を止め、敵を見る。敵とみなすべき存在をしっかりと把握したうえで、彼女は敵対する全てを敵とする。それが彼女だ。アルテミスと呼ばれる彼女。懸命に闘い、懸命に耳を傾け、懸命に敵対する存在を敵と認識する為に、彼女は戦っていた。それもしかし――終焉を迎える事となる。

 彼女たち二人に、戦いを命じた男が急に。
声を荒げた。

「………またか」
「ハデス様?」
 首を傾げる二人。刹那とアルテミス。
「またなのか! お前はいつもそうだ! 前もそうだし、今もそうだ! このハデス様が直々に赴き、対峙していると言うのに貴様はまだ! 姿を現す事さえしない……!」
「撤退しましょう。混乱の元たる彼等の動きが静かになってきています……もしかしたら」
 十六凪が懸命にハデスの腕を引くが、彼はそこから動こうとせず、ただただ楽器を見つめていた。
「勝ちではないが負けでもない……。こういう事か……ははは……そういう事か……そういう事か!」
 手にする剣で思い切り壁を穿ち、悔しさを込めた叫び声がこだまする。
「……帰るとしよう。今日はこの辺りが引き際だ……何故こうなった。何故こうなった! 帰るぞ!」
 半ば自棄を起こしながら、しかし彼は本当に、どこまでも突拍子もなくその場を後にする。
「あ、待ってくださいハデス様!」
「……ふん、何を血迷ったか、あの男。まあ良い、雇い主があれである以上、わらわが此処に残る筋合いもなかろう」
 二人が剣を納め、ハデスの後を追ったのはそれから間もなくの事。
完全に面喰った状態で彼等を見送る一同を前に、十六凪が残っている。そして一礼すると開け放たれた部屋へと足を踏み入れ、全員に聞こえる様に言った。
「我々は混乱に乗じてその楽器を手に入れようと画策していました。が、混乱を齎す者たちが静けさを取り戻してしまった以上、我々に手はありません。向こうに割かれている貴女方の仲間が此処に来れば、我々は四面楚歌。敗北の色は濃厚です。なので此処で、我々は潮時と判断して帰ります」
 呆気なさがあまりに大きかった。そしてそれ以上に、初めてこの屋敷に彼等以外の侵入者が居る事を、裕輝を除くその全員が、この瞬間に知る事となる。
「それでは皆様、またお会いできる時に」
 深々と最後まで礼をした十六凪が、ハデス達の後を追い、最後にその場を後にした。