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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●残念言うな!(言うけど)

 視点を、もう一つの花火大会へと移そう。
 誰が呼んだかこちらは『残念花火大会』、カップル禁止、そういう人はスプラッシュヘブンに行って下さいという催しだ。会場が遠いのでスプラッシュヘブンの打ち上げ花火は影も形も見えない。
 そう、花火大会といっても、どかんと大きい打ち上げ花火があるわけではないのだ。夜空に舞うのはせいぜいロケット花火が関の山、あとはパラシュートがふらふら下りてくる子ども向けの噴き出し花火があるくらい。あとは手持ちの花火と、ネズミ花などでじんわり遊ぶという風情あるイベントなのである。
 心なしかこちらの会場はしんみりと静かで涼しい。健全であろうとそうでなかろうと、アツアツなスプラッシュヘブンとはひと味もふた味も違うというわけだ。
「しかしカップル禁止って、一体だれが企画したんだか……」
 水の入ったバケツを砂地に置くと、源 鉄心(みなもと・てっしん)はロウソクに火をつけた。
 小さな灯がぽっと燃えた。
「まあ当たり前のことだが、火の取り扱いには注意だな。人に向けない、火が付かなくてものぞきこんだりしない、花火が消えてもその辺に捨てたりせずちゃんとバケツに入れること、小さくても火は火事の原因になりかねない。わかったな?」
「はい。わかりました」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)は元気に返事して言った。
「楽しい残念花火大会になると良いです」
「うんそうだな。楽しく残念だといいな……あれ?」
 なにか矛盾したものを感じながら鉄心は彼女とイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に手持ち花火を渡した。いわゆるススキ花火と呼ばれるオーソドックスな花火である。
「ほらほら、キレイですの!」
 イコナもおっかなびっくり花火を手にしたが、威勢良く赤い炎が出始めると嬉しげに声を上げた。見ろ見ろと鉄心に言うので、彼ものんびりと応じたのである。
「はいはい。……火傷するなよ」
 鉄心は別に花火をするつもりはない。純粋に保護者として二人のパートナーを見守るだけだ。たまにはこんな夏の夜もあっていいだろう。
「みなさんお揃いですね」
 そこへ見慣れた姿があった。小暮秀幸だ。ルカの家からの帰り道だという。
「なんだか火薬の匂いがするので来てみました」
「その吸い寄せられ方が実に軍人らしいな」
 鉄心は静かに笑って、
「特に用事もなければ付き合わないか。二人とも喜ぶ」
「小暮さんも一緒に遊びましょう」
 ティーは本当に嬉しそうに、さっそくススキ花火を手渡している。
「おおー、いいところに来ましたの。一緒にこれを観察するですの!」
 イコナも歓迎の印(?)に、ヘビ花火に火をつけてころりと足元に転がした。
 じわー、と音立て、ヘビ花火はむくむく伸びる。
「………うーん、気持ち悪いですわ」と言いながらも、イコナはこれをじっくりと眺め、
「生きてるみたいでちょっと怖いですね」ティーは率直な感想を言う。
「ははは、生きているなんてことはないよ。これは、石灰ピッチを硝酸でニトロ化したものにすぎない。無論、球状になっているのも卵だからではなく、酸化剤とともに糊で成形したからだね」
「少尉さんってときどき、風情がなさすぎると言われたことがありません?」イコナがぽつりと言った。
「えっ?」
「いえ、私は、小暮さんらしくていいと思います」ティーが言った。
「それならいいんだ。でも何の話?」
 秀幸本人が、事態をさっぱりのみこめていなかったりする。
 せっかくの機会なので、ティーは気になっていた言葉を口にした。
「ところで小暮さんのパートナーってどんな人ですか?」
 これは鉄心も気になっていたところなので、そっと聞き耳を立てた。
「自分のパートナーは三国志の英霊董卓の孫娘、董白 仲穎(とうはく ちゅうえい)だよ。普段は寮の部屋か訓練場にいて、あまり表に出てこないのだけどね。外で見る確率は、せいぜい2%だな」
 けれどいつか紹介するよ、と秀幸が言いかけたそのとき、
「派手にやるじゃありませんの!」
 イコナが怒りの声を上げながら逃げてくるのが見えた。なんと彼女、フラワシに花火を持たせて回転させてみたものの、当然の結果として自分に火の粉が飛んでくるはめになっていたのである。
「あのなあ。ルール守れないならもう終わりにするぞ」
 鉄心は少々熱いのを厭わず、花火を奪って火を消す。彼が静かに諭すと、イコナはむきになって反論した。
「それは困りますわ。だってわたくしたちの回転花火は、まだ始まったばかりではありませんか!」
「いや、そもそも回転花火って発想が間違ってるから」
「では回転ロケット花火にしますわ」
「そいつはもっとダメだろ。まったく……」
 俺って甘いかな、そんな気もしたが鉄心は、ちょっと立ち去ってすぐに、冷たい瓶入りの飲料を手に戻ってきた。
「そこで買ってきた。ほら、これ飲んで落ち着け。ティーのも、少尉のもあるぞ」
「おおー! ラムネは日本の夏の定番なのですわ! よくわかっておりますわね、鉄心!」
 イコナは冷たい瓶を握ってその飲み口に唇をつけた。シュワシュワと泡の出る甘い、涼やかな味がたまらない。
「控えめでいいですよね」
「そうだね。これは日本でも古くからある炭酸飲料で、水にブドウ糖果糖溶液などの糖類を加えた……」
 つらつらとその成分を分析しかけた秀幸だが、なにか思い当たることがあったのか、ふっと笑って説明を中断した。
「やめておこう。詳しく語ったところで味が増すわけじゃない。むしろ風情という意味なら、野暮だな」

「何がリア充だぁぁぁ! いちゃつくなら家でやってろぉッ!」
 ……とは、さすがのキルラス・ケイ(きるらす・けい)も口に出して叫ぶ勇気はないが、はっきりそう思っているのは事実だった。
 本日、あまりの暑さにへばっていたとき、アルベルト・スタンガ(あるべると・すたんが)に誘われて彼は、スプラッシュヘブンを訪れていた。
 そしたら、まあ。
 カップルカップル、四方八方全方位、リア充だらけの恐ろしいことになっていたのである。
 きぃっ! あからさまに見せ付けてきやがる。
 これはキルラスにとってはアウェイ。というか死地。生肉を体に多数くくりつけられた上で、空腹の虎の檻に投げ込まれたかのような状態。すぐ殺られる。確実に殺られる。リア充の毒気に窒息して即死決定死亡遊戯だ……というわけで彼はアルを引き連れ、Uターンで会場を後にしたのである。
 だが帰路、さんざ腐っていたところでこんなイベントがあることを知り、かくてようやく、キルラスは人心地ついたのだった。
「ああ、リア充のいない世界は空気が美味いよなぁ!」
「プールのことなら悪かった。誘う時期が悪すぎたか? 思いっきりカップルだらけだったよなぁ……」
 くぅ、羨ましい――の本音は、胸にしまっておくアルベルトである。
 誘った場所と時期はハズレだったが、おかげでこうして、「アル、こっちの花火大会だ!」とキルに手を引かれ、グイグイとこの会場まで連れてこられることになったのは、実はアルにとっては嬉しい誤算だった。せめて自分の心の中でだけは、デートだと思って楽しむことにしよう。
「よーし、花火だ! 山盛りで買って来たからな! ガンガン行こう!」
 目をつぶって荷物に手を入れ、キルが取り出した花火は、『ヘビ花火』と書かれているものだった。
「なんだこれ? ネズミ花火はグルグル周りながら飛び跳ねるのは知ってるんだけども、ヘビ花火だと? ……しかしネズミを食うのはヘビ、ということは、ネズミ花火以上の速度でにょろにょろ地を駆けめぐる危険な花火ということかねぇ?」
「よりによってそれかよ……」
「どうしたアル? トラウマ級の怖い花火だったのか」
「むしろ逆だが、まぁ、キルが見たいってんなら止めねぇよ」
「キニシナイ! 点火、ゴー!」
 キルラスは張り切って火をつけた。
 じわー。
 以下略。
「真っ黒い何かが……うようよ出てきて終わった、だけ?」
「そう」
 ところがこれで凹むかと思いきや、
「でも見てるの面白れぇ!」
 意外や意外、キルラスはこの花火を気に入ったようである。
「って事で今度は火を付ける所を変えてみようかぁ?」
 というわけでキルとアル両人は、男同士ならんでしゃがんでヘビ花火を延々眺めつづけることになった。
 気が付いたら、買った三個入り計十袋あったヘビ花火に、延々と火をつけて眺めてるだけという、なんともはや地味すぎて死にかねない事態になっていた。
 だがそれは外部から見ただけの話だ。
 実際は、キャッキャはしゃぎながら火をつけるキルラスと、なかなか想いが伝わらず悶々としながら、キルの横顔を眺めるアルベルトという図式が展開されることになった……とか。
 
 ここにもキルラスたち同様、スプラッシュヘブンから出てきた者たちが、一組。
「みんなで花火でも楽しもかと思て出てきたけど、どうにもカップルばっかりでいづらいなぁ」
 ということで、奏輝 優奈(かなて・ゆうな)たちはせっかくの水着も畳んで、なんだか心満たされぬままにうろうろ、歩いているうちにこの通称『残念花火大会』のことを知り、吸い寄せられるようにして会場入りしたのである。
「非カップル用っぽい場所やね。よーし、ここで花火しよか〜」
 彼女がこの会場のことを知り上記の結論に至るまでの時間は、一秒にも満たなかった。
 ウィア・エリルライト(うぃあ・えりるらいと)も大いにこの案に賛成だ。
「花火大会もいいですけど、こうやってみんなで手持ち花火をするのもいいものだと思います♪」
 ささ、早くはじめましょう、と彼女は、着火用のロウソクを立てたのである。
 一方でユニ・リヒト・クラーメル(ゆに・りひとくらーめる)は、来たくて来たわけじゃない、とでも言うように真横を向いたままぶつぶつと不平を鳴らしていた。
「花火でわくわくするなんて、子供じゃないんだから……」
 しかしユニの目は何度も、途上買って来た『よいこの はなび セット』の内容に向けられており、準備が整うのを今か今かと待ちわびているようにも見えた。
「で、でも、別に付き合ってもいいんだけどね〜」
 なんて、訊かれてもいないのにユニは言い足したりもしていた。
 かくて彼らも水入りバケツも用意して、めいめい手持ち花火で遊ぶことになったのだった。ちろちろと控えめな手持ち花火の炎だが、それでも七色に変化するものもあったりして、なかなか飽きないものがあった。
「バケツに水OK、火付けるためのロウソクもOK、花火の準備もOK。ほな始めよか〜」
 シュウウと火を上げ、火薬の香りをほんのり立てつつ手持ち花火が威勢良く燃える。
 レン・リベルリア(れん・りべるりあ)だって、スプラッシュヘブンを出ると決まったときにはほっとした気持ちだった。けれど優奈みたいに単に、「いづらい」の一言で感想が終わることもなかった。
 ――カップル、かぁ……僕もいつかは優奈と一緒に、ああいうとこに行きたいなぁ。
 そんな風に将来への野望(希望?)もあるのだった。でも今はまだいい、とレンは思っている。優奈と一緒にいられるだけでも楽しいから。けれどいつかは、きっといつかは。
 無意識のうちにレンは優奈を目で追っていた。美人というよりは『可愛い』が似合う容姿、よく笑う口にぱっちりとした目、健康そうな肌の色……優奈こそレンにとっては、かけがえのない薔薇であり運命の女性であった。
 ところがそんなレンの視線に気づいたらしく、ユニは彼を肘でつついた。彼にだけ聞こえるように言う。
「ちょっとレン、何優奈の事じっと見てんのよ。あんたまさかヘンな事考えてたんじゃないでしょうね! 言い逃れはできないわよ! あんたの部屋にヤらしい本があるのぐらい知ってるんだから!」
 いきなりそんなことを言われたものだから、レンはその大きな瞳(め)を白黒させて、
「ユ、ユニ!? なんであの本のこと知って……じゃない! そんなじっと見てないし! なに言ってんのさ!」
 言い張るも、レンの手にした花火はだんだん弱まっていった。それとは対称的に、ユニのほうは新しい花火に着火してますますボルテージが上がった。
「問答無用! これでも食らいなさいっ!」
 ごうっ、と大怪獣が火を吐いたよう。ユニは盛大に燃える花火をレンに向けたのだ。
「あつつっ! や、やったなぁ!」
 こうなったら戦争だ。レンはがさっと花火のセットに手を突っ込み、二、三本、まとめて束ねて火をつけた。ガスバーナーみたく燃えるやつをユニに向ける。
「へーんだそんなもん熱くないですよーだ」
 べー、とユニは舌を出す。怒ってレンも、同じくべーっとやった。
「あっはっは、二人は仲ええな〜」
 優奈は二人がじゃれあっているとでも思っているらしい、手を叩いてあっはっはと笑った。ユニとレンの対立の理由を、対立の原因である優奈が知らないというのはなんとも皮肉な話だ。
「……ケンカするほどなんとやら、とは言いますが」
 ウィアが洩らした溜息に、色をつけるなら憂鬱なブルーといったところだろうか。
「それにしてもも優奈……今のやり取りを見ても、まだ気づかないんですか……」
「え? 何を? あそうか花火のストックのこと? かまへんよまだ沢山あるから」
 けろっと無邪気に言う優奈に嘘はなさそうである。
 ――二人ともがんばってください……。
 ウィアは二度目の、ブルーの溜息を吐いた。
「ヤらしい本大好き男! 近づかないでヘンタイがうつるっ!」
「大好き男じゃない! ユニ、人のプライベートをのぞくのはルール違反だっ!」
 中世の騎士さながらに、激しくやりあうユニとレンである。
 まあ中世の騎士ならレイピアを使うところだが、彼らが用いるのはススキ花火なので実害はなさそうだけど。