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忘却の少女

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忘却の少女

リアクション

 
〜 二日目・午前9時 学生寮 〜
 
 
 「よ〜し!今日こそはバッチリ!美羽ちゃんコーディネート完了なのだ!」
 
鼻息も荒く、目の前で見事に空想具現化を果たした小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の姿の後ろで
寝間着姿のままで雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は寝不足を主張する盛大なアクビをしていた
  
 
【機晶姫】に寝付きの程度があるかどうか……個人差というのはわからないが
何度も【ヒトと変わらない特徴を持つ】ヤクモはその寝付きも予想以上に良かったらしい
 
二日間限定のルームメイトを担当する事になった雅羅が、ひと通り部屋の使用方法の説明を終え
寝間着を渡して寝室に案内した五分後
再び部屋のドアを開けた頃には、しっかりとベッドに横になって眠ってしまっていた
【機晶姫】のタイプによっては、就寝を必要としない者もいるし、ベッド代わりにメンテナンスカプセルに収まる者もいる
その確認をうっかり忘れたのが雅羅の部屋を訪れた理由なのであるが、案ずる必要もなかったようである
 
その後、研究棟でデーターの収集と分析を行っているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)達と情報の交換をしたあと
自分の学生としての提出レポートや勉強内容を消化
ついでにこの一件に触発され、過去の名作とされたSF映画の鑑賞をリビングでしながら、うっかりそのまま寝てしまい
早朝様子を見に来たアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)に一人暮らしの醜態の様な姿を叱られ
引きずられるように簡易ベッドに放り込まれたのが明け方の6時
 
そのまま眠気はあるものの、眠るまでには至らず
夜中に見たSF映画の内容をベッドでゴロゴロと反芻しながら、ようやくウトウトと睡魔が再来したところで
美羽が元気よく来訪し、決定的に寝るタイミングを失ってしまったのである
 
 
そんなわけで目の前には、雅羅同様叩き起こされ
昨日着損ねた【特注・超ミニスカ蒼空学園新制服】に身を包まされたヤクモの姿がある
こちらはしっかり睡眠はとっていた様子であるものの、腰周りを含む嵐の様な状況変化に目を白黒させている
 
 「あの……昨日から感じてたんですけど……スカートでしたっけ?これ……短くないですか?」
 
流石にイマドキファッションの知識は皆無でも、恥じらいの認識は時代を超えて共通のようで
スカートの裾を下へとしきりに引っ張りながら、ヤクモが困ったような顔で美羽に話しかけている
その抗議にちっちっち……と人差し指を揺らし、悠然と受け流す【超ミニスカ生徒会副会長殿】
 
 「言ったでしょ?こっちのほうが夏は涼しいし、目立つんだから!
  折角、学園デビューなんだから皆に知ってもらうためにもこれ位バッチリ決めて【目指せ!めちゃモテ】だよっ」
 「すいません……美羽さんが何を言っているかサッパリです」
 
大勢に相殺されていた彼女の思わぬ一面に圧倒されながら
昨日寮まで一緒にいてくれた少女二人の存在がどんなに貴重だったか、身にしみて実感する【記憶なき機晶姫】さん
いい加減そのやり取りを見かねたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、傍らのアルセーと頷きあうと
そそくさとレスキュー活動を決行することにした
 
 「はいはい、気持ちはわかるけど無理強いはそこまでだよ、美羽
  まぁ昨日の今日だから気持ちはわからなくはないけどね、流石に困ってるのに押すのは頂けません」
 「コハクさんの言う通りですわ
  ヤクモさん、確かお手持ちのアンダースーツありましたわよね?腰だけあれを着れば問題ないと思います
  どうぞお部屋で着替えてきてくださいな」
 「ええ〜!!それじゃあプリ○ュア見たいになっちゃうぢゃん!ミニスカの醍醐味がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 
未だ抗議を続ける美羽の制服の襟をつかみながら、ずるずると玄関前まで運んでいくコハク
何というか、今回は彼のしっかりした一面を見るなぁと思いながら、顔を洗いに雅羅も洗面所に移動する事にした
 
 
洗顔の為に水を貯めているのを見ながら、背後で着替える為に部屋に消えていくヤクモの姿を鏡越しに見る
何となくその姿を見ながら、昨日無性に見たくなって夜中見ていた映画の内容を再び雅羅は思い出していた
 
 
  2019年に人類が宇宙に移住した時代
  人間に従事する為に作られた人造人間が存在する未来都市
  感情のない人造人間だが、経験を積むにつれて感情を手に入れ、人類に反旗を翻す
 
  そんな彼らを処刑する人間の捜査官と、恋に落ちた女性
  そして脱走した最新型の6体の人造人間との真実を巡った物語
 
  SF映画の金字塔とまで言われた作品だが
  長い年月の後、作られたディレクターズカット版で作品の解釈を覆すようなシーンが追加され
  映画ファンの中で物議をかもし出したと言う話である
 
  運悪く、そちらの方を手に入れることが出来なかったのだが
 
 
(確か……その捜査官も、人造人間かもしれないって事だったのよね)
 
 
冷水に顔を浸し、すっかり眠気も覚めた頭でその内容を思い出す
【剣の花嫁】【魔道書】【魔鎧】……人の手により作られた存在はパラミタには数えるほど多い
地球人との契約と言う関係性も含め、それぞれが己が存在を自覚しながら共存はしている
それは別段おかしい話ではない
 
だが、こうやって記憶も含めて曖昧な存在が現れると、その線引きについて考えさせられてしまう
もし、何もかもがゼロの世界があるのなら、一体自分達を形作るものは何なのだろう?……と
 
 
ふと、気がつくと洗面台の上に置かれている物が目に入った
 
小さな水晶で作られたスイレンの花を模した指輪
ヤクモが例の遺跡の中で発見されたときに持っていた物である
 
何もかもが霧の中のような状態の中で、雅羅達とヤクモを結びつける唯一のもの
数ヶ月前に彼女が関わった【ロータス・ルイン】で見つけた、祭壇に飾られていた同じ形のモノから得られた事実は
切に誰かに捧げる【願いと祈り】という想いの欠片……これはその証なのだろうか?
 
これを持つ彼女こそ、その想いの証なのか、または願った本人なのか?
いずれにせよ、これを持って眠っていた以上、まったく【無】の存在で彼女が居たわけではないのだ
彼女が【機晶姫】という、活動する時間に限りがある存在である以上、一刻も早く失っている【何か】に辿りつかせてあげたい
 
たった一人の【機晶姫】の少女が目覚めただけの出来事が、これだけ自分の心を揺さぶる事に妙を感じながら
雅羅自身も着替える為に、急ぎリビングに引き返すのだった