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リアクション
第四章
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! この闇のオークションにて、我らオリュンポスの開発した悪の技術を売り出そうではないか!」
オークション会場で、舞台の上に上がったドクター・ハデス(どくたー・はです)は高らかに宣言する。
「ククク。まずは我が発明品『殺戮の掃除機<カオス・クリーナー>』をご紹介しよう! これは完全自律型の掃除機で、あらゆる障害物を回避して家を隅々まで自動で掃除してくれる機械だ!」
袖から現れたハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が舞台の上でクルクル回転しながら駆け抜ける。
すると、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が窓枠の付いた部屋の壁を模したセットを、えんやこら運んでくる。
「さぁ、見たまえ! 窓の隙間についた大量のゴミも、変色した壁もこの通り!」
「ワー、ステキー」
ハデスの発明品がセットについた汚れを取り除くたびに、咲耶が目を逸らしながらやる気のない驚きの声をあげた。
「今なら、箒とハタキの他に高枝切りバサミも標準装備にしよう! これで、なんと、たったの5万ゴルダだ!」
ハデスの指を開いた手を会場に向けて叫ぶ。
気にいった客によって、殺戮の掃除機はなかなかの値をついた。
「さて、次に紹介するは、我が秘密結社の改造人間技術だ! さぁ、来い! 改造人間サクヤよ!」
「え!? 聞いてないですよっ!?」
早々に舞台袖に引っ込もうとした咲耶は、驚愕の表情でハデスを見つめた。
ハデスは「いいから早くこい」と手招きする。咲耶は仕方なく、中央に戻ってきた。
「ククク……。我が秘密結社の誇る改造人間サクヤは、この携帯電話の力で悪の改造人間に変身することができるのだ!」
見た目は普通の携帯電話を取り出して会場に見せつけるハデス。
「まずは実演し、気にいってもらえたのならこの携帯電話を1万ゴルダでお譲りしよう!」
「ううぅ……あのコスチューム、恥ずかしいのであまり人前では着たくないんですけど……」
「これも我らオリュンポスのためだ! いくぞ、サクヤ!」
ハデスは問答無用で魔法の改造携帯電話を操作すると、咲耶の服が輝き光の粒子へと変換されていく。全身を包む閃光は、徐々に咲耶を魔法少女の姿に――
「あ、やば――」
「へっ!? きゃ――」
なれなかった。
「きゃああああああああああああ!?!?」
咲耶はその場に座り込み、胸を両手で覆い隠す。彼女は今、気合の入った真っ赤な下着姿だった。
咲耶は下着の色以上に赤面した顔で、ハデスを睨みつける。
「ななな、なんですかこれは!? 兄さん!?」
「おかしいな……」
「おかしいなじゃないですよ!?」
適当な改造で作った変身機能だったため、どうにも誤作動を起こしたようだ。
「……侵入者ハッケン」
「はい?」
不穏な警告音と共に聞こえてきた音声に咲耶が振り返ると、ハデスの発明品が備え付けれた銃を向けていた。
咲耶の制止も虚しく、ハデスの発明品は発砲し、緑色の液体が降りかかる。
「きゃ!? あっ、うっ、わぁ!?」
液体は何故か咲耶の下着を溶かし始める。困惑する咲耶に、ハデスは眼鏡のブリッジ部分を持ち上げながら冷静に答える。
「安心しろサクヤよ。それは人体に影響のない特殊な溶液だ。ただし衣服などの繊維物質に対しては――」
「兄さんのバカ―――――――――!!」
「うげっ!?」
説明途中で咲耶は眼鏡ごとハデスの顔面に拳を叩きつける。ハデスは何重にも回転しながら会場の柱へと、頭からめり込んだ。
咲耶は涙目になりながら、溶けていく下着を抑えて舞台袖へと逃げていった。
「……………え、えっと何やらハプニングがあったようですが、次の商品に移りたいと思います」
妙に静まり返った会場に司会者の声が響いた。
その様子をぼんやり見つめていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)に肩を叩かれる。
「大丈夫?」
「え、ああ。ちょっと驚いてた……」
すでに新たな商品の競りが始まり、会場には複数の客から金額の提示が行われている。
「ここからが勝負だよ。この商品は相手の金額に+1ずつ上乗せで。『どうしても落したい』という雰囲気をだしてね。降りるのは合図するからよろしく」
「任せて」
弥十郎は真名美の指示通り、金額を上げていく。
それは珍しくはあるが、入手不可能というほどの物ではなかった。機会があれば手に入る。苦労すれば手に入れられる。そんな商品だった。
タイマンで競っていた相手が、なにやら隣の人と相談している。
「そろそろ降りた方がよさそうね」
真名美の指示で弥十郎はそこで競りから降り、心底悔しそうに振る舞った。
競り落とした方は「してやったり」という表情をしていた。
「次は狙いにいくよ。初心者のふりでドドーンとお願い」
次の商品は真名美が目をつけた掘り出し物。普通に手に入れようとしても損をするんじゃないかという値段を提示し、見事に競り落として見せる。
派手に喜んでみせる弥十郎に、最後まで競っていた相手は困惑の色を見せていた。
二人の予測できない行動で、オークション会場はヒートアップしていく。
そんな会場の様子を、支配人はモニター越しに別室で見ていた。
複数の大型モニターに映し出された様々な角度からの会場の様子。高価なソファにゆったり腰を沈め、グラスに注がれた赤ワインを口に運ぶ。
傍に立つフードで顔を隠した男が呟く。
「先ほどの、ハデスと言いましたか。彼の発明は面白いですな」
支配人が勧めたワインを男は丁重に断る。
すると、装飾の施された両開きの扉が二回叩かれる。
「準備をして来ました」
扉の向こうから聞こえる女性の声。
支配人が入るように告げるとゆっくりと扉が開き、指定通りバニーガール衣装に着替えてきたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が部屋に入ってきた。
「おやおや、これからお楽しみの時間でしたか。では、私はこれで」
フードの男がセレンフィリティに軽く会釈をして部屋を出て行く。
「あの、今の人は……」
「ん、ああ、あれか。教導団の奴だ」
「教導団!?」
慌てて振り返るが、すでに男の姿の姿はない。
教導団はこういった組織の摘発に動いているはず、なのにどうして……。
「安心していい。あの男はこの俺よりよっぽど黒く染まってる奴だ。それより早くワインを注いでくれ」
セレンフィリティとセレアナは詳しい情報を手に入れるため、目の前の男――支配人へと近づく。
手に入れたチャンス。存分に活用しなくては。
「ねぇ、あたしもっと色んなことが教えて欲しんだけど……」
セレンフィリティはソファに腰を下ろすと、支配人の首筋に両手を絡め、太ももの上に網タイツを履いた足をゆっくりと乗せる。
「私もあなたのことがたくさん知りたいわ」
セレアナも負けじと反対側から掴んだ腕を自分の胸の谷間に押し付け、ワインをグラスへと注ぐ。
支配人の胸元をまさぐるように、女性二人の手が撫でる。
美女二人に挟まれ、男の顔がだらしなく緩む。
「お前たちはさっきもそんなことを言ってたな。もしかして俺に一目惚れでもしたのか?」
「さぁ、どうでしょうね♪」
胸に伸びた男の手をそれとなく逸らしながら、セレンフィリティは耳元で甘く囁く。
その後も二人は男を焦らしながら、フードの男が教導団に所属するアーベントインビスの幹部であること、既に会場に潜入した工作員がいることを知りつつ対策をとったことを知った。
地下牢に近づく足音が一つ。
「交代だ」
「ああ、もうそんな時間か。後は頼んだ」
入れ替わるように今まで牢を見張っていた男が、暗い地下牢の奥へと消えていく。その背中に手を振りながら、新たにやってきた男がジロリと蛇のような目をポミエラに向けた。
「な、なんですの……」
足音が聞こえなくなると、男は鍵を開けポミエラの牢へと入ってきた。
真っ直ぐポミエラに近づくと、舐め回すような視線で見下ろしてくる。全身を絡め取られるような嫌な感じに後ずさろうとするが、すぐ後ろには冷たい壁が行方を塞いでいた。
伸ばした男の手がポミエラの金髪を掴みあげる。
「別にいいよな。痕が残らなきゃさ!」
「い、いやですわ!」
無理やり爪先立ちにされ、今にも髪を引き抜かれそうになるポミエラ。
狂気に染まった男の目が、ポミエラに泣き叫ぶ少女の姿を思い出させる。
奥歯が震えはじめる。恐怖から、ポミエラは抵抗しようと伸ばした手をダラリと降ろした。
「ああ? なんだもう終わりか? もっと泣き叫んでくれよ。そうじゃないと、面白くな――ぐっ!?」
男の篭った声を上げ、ポミエラから手を離す。視線が隣へと移る。
男の脇腹に黒乃 音子(くろの・ねこ)が一撃を入れていた。
「よっ!」
音子はポミエラの頭上を切り裂き、男に蹴りをいれる。鉄格子まで吹き飛ぶ男。さらに、とどめの一撃とばかりに渾身の踵落としを脳天へと叩き落とす。
冷たい床に叩きつけられた男は、ピクリとも動かなくなった。
「さて、ここでの用は済んだし脱出かな。どうする? 一緒にいく?」
その時、見上げた音子の姿がポミエラにとってどんなに頼もしく見えただろうか。
ポミエラは迷うことなく、首を縦に振った。そして思い出したように、隣の牢で未だ放心状態の少女を見る。
「今はやめておこうよ。そのうち助けがくるから、今は自分の身が大事だよ」
暫し考え、納得したポミエラは音子と共に牢を抜け出す。
「さて、確か地下道は蟻の巣のような迷路になってるらしいね。連れてこられた道を行くのは見張りもいるから無理だとして……ま、上を適当に目指せば出口の一つや二つ見つかるよね♪」
根拠を尋ねれば『にゃんこの勘』という答えが返ってきた。
ポミエラは不安を感じながらも、音子の後をついて地下道を歩き始めた。
「はい。ではこちらの商品は落札となります」
オークションにて城 紅月(じょう・こうげつ)がシャルル・クルアーン(しゃるる・くるあーん)によって落札される。
舞台の上から降りた紅月は、シャルルに近づくと膝をまたぐようにして身体を寄せる。
「随分高値で競り落としたね。何か裏で細工でもしたのかな?」
「別に、ただちょっとチップをくれてやっただけだよ」
シャルルは事前に司会者へお金を渡し、確実に競り落とせるように協力させた。情報を手に入れ、ライバルは買収。その他、やれるだけの手段は講じた。
紅月は小悪魔的な笑みを浮かべると、シャルルの耳元に顔を寄せる。甘い吐息が耳をそっと撫でつける。
「悪い子だ。後でお仕置きが必要かな」
「そうだな……」
シャルルはそう答えながら、紅月の執事服のタイを外しワイシャツのボタンを上から外していく。露わになった白い肌。シャルルは愛おしそうに顔を寄せ、唇でその感触を味わう。
「欲しいのはキスだよね?」
紅月がシャルルから離れたかと思うと、頬をひんやり冷たい手を包み込む。
唇が指示するままにシャルルはゆっくり目を閉じ――
「んっ――」
二つの唇が交わる。シャルルはもっと強く、もっと激しく、それを求めようと紅月の腰を掴み引き寄せようする。
だが、紅月はそれを拒むようにシャルルから身体を離してしまう。
「これ以上が欲しい? だったら、いつまでも俺に仕えてくれると、『永遠』を誓ってよ。共に居てあげるから」
その言葉にシャルルは寂しそうに笑いながら――
「贅沢は言わない。刹那でもいい。満たしてくれ、紅月」
強引に手を掴んだ。
紅月がもう一度耳元でささやく。
「続きは二人きりの時にしようか」
「え、え〜っと、何やら予想以上に熱くなってまいりました。クールダウンを兼ねまして、ここらで一度休憩を挟みたいと思います」
司会者の言葉と共に、締め切っていた大広間の扉が一斉に開かれる。客は暫しの休息をとりはじめた。
その様子をリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は舞台袖から窺う。
「まだポミエラは来ていないか……」
会場の裏側を捜索していたが、ポミエラの姿はなかった。他にもこの後の商品がいくつか運ばれてきていないようだ。
おそらく、まだ別室に……。
「おい、お前! そこで何して――!?」
身体能力を強化したリアトリスは、瞬く間に相手に詰め寄って首筋に回転を加えた手刀を叩き込む。
「ふぅ……部屋も調べてみるか」
リアトリスは倒れた相手を隅っこに隠し、会場周辺の部屋を捜索することにした。
会場が休憩に入った頃。
下層エリアのとある一室に鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は案内される。貴仁は鑑定士として潜り込み、いくつか見て回った後にこの場所へと案内された。
「よろしければ、こちらの商品の鑑定もお願いします」
「ぅ――」
部屋に入った貴仁は、只ならぬ異臭に思わず鼻を摘まむ。
裸電球が吊るされた部屋の中に、薄汚れた少女が数名。一糸まとわぬ少女達は、まるでボロ雑巾のように横たわり、生きているのか不安になるほど目は虚ろで生気を感じられない。
案内してきた男が少女の腕を掴み、持ち上げる。
「中古ですが、どうでしょう? まだ使い物になりますかね」
わからないと応えると、男は肩を竦めた。
「そうだ。鑑定士様もお試しになりますか?」
「……いいえ、やめておきます」
まだ全ての商品を見れてない。
けれど、彼はやるべきことが決まった。
地下道を右往左往しているうちに、黒乃 音子(くろの・ねこ)とポミエラは下層エリアに辿りついた。
「服と武器をとってくるので、ここで待ってて」
音子は資材置き場になっていた部屋にポミエラを残すと、一人部屋を飛び出していった。ここにくるまでの戦闘でもポミエラは足手纏いだった。だから大人しく待ってよう、そう思ったのだが――
「……怖いですわ」
一人になった途端、身体が震えだした。
再び一人になってどれだけ経過したかわからない。
何かトラブルが起きて、戻ってこれないのかもしれない。
まだかまだかと、不安が積もっていく。
耐えきれなくなったポミエラは、四つんばいになって扉を少し開け、通路に顔を覗かせた。すると――
「なんじゃ、お主は」
巡回中だった辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)に見つかってしまった。氷のように冷たい目がポミエラを見降ろす。
「確か捕らえた少女ですね」
ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)の言葉に、刹那が会場で紹介されていたことを思いだす。
「では捕まえるとするかのぅ」
刹那が目の前の青ざめた少女に手を伸ばす。すると、ポミエラはその手を振り払い、逃げ出した。
「ぁ、ぅぐ……」
しかし、数歩駆け出した所で転び、そのまま足が思うように動かなくなった。
恐い。それだけではない。出会った時には既に、刹那の放った【しびれ粉】がポミエラの体を蝕み始めていたのだ。
それでも手を伸ばして必死に逃げようとするポミエラの目の前に、柳葉刀が突き刺さる。
鼻先に泣きはらした目と乱れた髪の少女が映る。
「抵抗するではない」
刹那が引き抜いた柳葉刀をポミエラの首に突きつける。
「さもなくば、その手、その足、二度と使えぬようにするまでじゃ」
「駄目ですよ。そんなことしたらクライアントに――あ」
「ん?」
ファンドラの言葉が途切れる。その視線の先を追いかけると、ポミエラの下着に黄色い染みが広がっていた。アンモニア臭が漂い始める。
「やれやれじゃの」
「後のことは任せましょう」
ファンドラがクライアントに連絡を入れると、すぐさま数名のガードマンが駆けつける。
「いない……」
音子が戻ってきた時には、ポミエラの姿はすでになかった。
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