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第5章 ボーンビショップ 2

 邪悪な気配が近づいてきた。そう思った矢先のことだった。ジークたちの目の前に、暗がりの穴の向こうから、それまでに見てきた骸骨兵とは雰囲気の異なる骸骨兵が現れた。
「誰だ、お前は!」
「誰だとはご挨拶な。私はボーンビショップ。骸骨王(クロスボーン・キング)様に仕える、最も智恵深きスケルトンでございます」
 魔法使いの着るような外套に身を包むスケルトンは、うやうやしく頭をさげた。
「ボーンビショップだって? 人間の言葉を理解するスケルトンは、骸骨王だけじゃなかったのか!」
 ジークはおどろいた。
「いかにも。私は骸骨王様の参謀。これより先は骸骨王様のおられる神聖な場であられる。人間どもなどが足を踏み入れて良い場所ではないのだ」
「勝手なことを! 人間を苦しめる憎きモンスターは、私たちが退治してみせるわ!」
 詩穂が剣を抜いた。ビショップはにやりと笑った。
「ほう。果たしてそれが可能かな? この先は私が通さん。そのつもりなら、私を倒してみるがよい!」
「ふん、言ったな! 後悔するなよ!」
 ジークは飛び出した。みなもそれに続く。しかし、とっさに詩穂はビショップの前の地面。その一部に広がる違和感に気づき、声を張り上げた。
「ジーク、待って!」
「えっ」
 だが、ジークはすでにビショップの前にさしかかろうとしていたところだった。ガコンっと音を立てて、地面に穴が空いた。真下は暗闇の空洞だ。落とし穴があったのだ!
「ジークっ!」
 仲間たちがジークに手を伸ばそうとした。けれども、間に合わない。
「うわああああああああぁぁぁぁ!」
 ジークは、暗い暗い闇の底へと落下していった。

 ぺちぺちと、頬を叩かれる感触がした。ゆっくりと目を開く。顔をのぞき込んでいたのは、ジークの頭に乗っていたはずのあさにゃんだった。
「にゃー」
「あさにゃん、ここは……。俺は、いったい?」
 ジークはむくっと起き上がり、頭上を見上げた。どうやら穴の真下に落ちてしまったようだった。岩盤が崩れて穴がふさがってしまったのか、光はまったく差し込んでいなかった。持っていたカンテラが一緒に落ちてきたようで、それだけが唯一の明かりになっていた。
 ジークはカンテラを拾いあげた。辺りに灯をかざす。それまでいた場所とは違って、じめっとした空間。自然が作り上げた洞窟そのものがあった。道は二つに分かれてる。どちらも先は真っ暗で、背筋が冷たくなった。
「これから、どうしよう」
「にゃー?」
 頭の上に乗っかったあさにゃんが、首をかしげた。
「そこにいるのは、何者だ?」
 いきなり声がした。ジークはぎょっとなった。二手に分かれた道の片方。右手の奥からだ。ざっざっと足音がした。ゆっくりと近づいてくる。身体をこわばらせて、ジークはカンテラをぎゅっと握り、もう片方の手で杖を握った。
「子どもか? それに、その頭にいるのは……」
 声の主が暗闇から灯の明かりのもとに姿をあらわした。がたいの良い身体。髭だらけの顔。厳しくジークをじっと見つめる男だった。
「あ、あんたは?」
 ジークはたずねた。巨漢の男は、わずかに考える間を置いて、答えた。
「わしの名は六黒。三道 六黒(みどう・むくろ)。おそらくは、おぬしと同じようにこの洞窟にまよいこんだ者よ」

「なんて、ひどいことを!」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は激情をぶつけた。いっぱしの魔法使いとはいえ、まだ冒険も初心者だ。そんな少年を洞窟の真下に突き落とすとは。信じられないことだった。
「これで、貴様たちの中心核はいなくなったわけだ。この通路の真下は自然がつくりあげた未知の空間。早く助けにいかねば、小僧は生きては帰れんかもしれんぞ」
「そんなっ! なら、早くしないといけないのだ!」
 天禰 薫(あまね・かおる)があわてて救出に向かおうとする。だがその前に、地面からずぼっと骸骨兵たちが現れ、行く先を阻んだ。しかも一体じゃない。ずぼっ、ずぼっ、と大量の骸骨兵が現れた。ボーンビショップは、ここで詩穂たちにけりをつけるつもりだったのだ。
「あいつを倒すしかないようね。薫! 覚悟は良い!」
「が、がってん承知なのだ!」
 詩穂が飛び出して、薫が返事をした。
「よ、孝高! 孝明さん! 一緒に頑張るのだ!」
「うむ、行くか」
「おうっ」
 熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)が、左右に分かれて飛び出した。獣人と、元獣人の魔鎧の親子だ。孝高と孝明はお互いに武器を手にする。孝高は刀だ。妖刀と呼ばれる刀と扇を持った。孝明はなぜか巨大なフードプロセッサーのような武器だった。思わず、孝高がぎょっとした。
「お、おい、親父っ。なんだそりゃ!?」
「決まってるだろ、ヒュージプロセッサーだ。骸骨どもめ、見てやがれ。これですぐに粉々にしてやるからなぁ!」
「ぴきゅっ、ぴっ、ぴきゅうっ!」
 孝明の肩から飛び降りた天禰 ピカ(あまね・ぴか)が、個性的な鳴き声をあげて骸骨兵の間を駆け抜けた。骸骨兵たちが翻弄される。隙をついて、孝明が巨大なプロセッサーの蓋を開け、骸骨どもをそれですくいあげた。
「おらあああぁぁぁ!」
 スイッチオン。プロセッサーの刃がぎゅいいいんと回りだし、骸骨兵がミキサーされていく。粉々どころか、細かくすり切られ、砂のようになった骸骨兵はみじめだ。
「ふふふふ、すりつぶされてカルシウムになるがいいわ」
 孝明はプロセッサーを見つめながら、にやりと笑った。もはや目は笑っていない。味方のピカや薫までもがぞくっとした。
 詩穂と孝高はその間に、ビショップへと迫る。詩穂の頭の中にはチェスの駒盤が描かれていた。チェスのビショップは、自軍の駒が前にいる時に動くことが出来ない。『バッド・ビショップ』と呼ばれる状態だ。ボーンビショップはその通りの能力を有しているとは思っていないが、それは一般の戦闘局面でも当てはまる。プロセッサーの恐怖と、すさまじいパワーで剣撃を放つ詩穂と孝高に圧されて、兵が後退してゆく。そのために、ビショップが自由に動けないでいた。
「オデットさん! 敵の陽動をお願い!」
「任せといて!」
 オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)が元気よく言った。気力という輝きに満ちた目をした少女だ。右手に持った魔杖シアンアンジェロがぐるんっと動き、骸骨兵たちを捉えた。光の魔法『バニッシュ』を放つ。浄化の光が溢れ、骸骨兵たちを塵へと還していった。と、同時に背後に迫る影がある。
「炎の聖霊よ!」
 とっさに振り返ったオデットは、炎の聖霊を呼び出し、その魔法で骸骨兵を焼き尽くした。
「ふぅー、危ない危ない。詩穂さんっ! 陽動完了!」
 びしっと左手で敬礼のポーズをしてオデットが言った。
「感謝感激! それじゃあいくわよ! グランドストライク!」
 状況を確固たるものにするため、詩穂が魔法を放った。地形を変動させる魔法だ。大地が音を立てて動き、地表が割れ、一部が隆起し、地形そのものが変わってしまった。一箇所に集まった骸骨兵たちに、孝高が躍りかかる。
「詩穂さん! いまのうちに!」
「うん!」
 逃げ惑うビショップに、詩穂が挑みかかる。ビショップもしかし、一筋縄ではいかない。僧侶タイプとはいえ、並の骸骨兵よりも動きは俊敏だ。詩穂の剣は何度も杖に受け止められた。が、そのとき、炎の聖霊が飛び出してきた。
 はっとなって詩穂が振り返ると、オデットが笑みを浮かべて親指を立てている。ありがたい。詩穂は笑った。聖霊によって隙が生まれたか。とまどったビショップの動きが止まり、詩穂が降り抜いた剣がその首を叩き斬った。
「ぐおおおおおぉぉぉ!」
 ビショップは悲鳴をあげた。からん、頭部が地面に転がった。それが骸骨兵たちを動かしていた根源だったのか、それまで動いていた骸骨兵たちがぴたっと動きを止めた。ビショップの身体もすでに物言わぬアンデットと化した。
 ビショップの頭部のそばまで近づいて、詩穂はそれを見下ろした。
「な、なぜだ……なぜ、我らが負けたのだ……」
「人間の力を甘くみないことね。骨相手に遅れをとるほど、頭も力も、やわじゃないわ」
 だんっと、剣がビショップの頭部をたたき割った。