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一月みんな揃ってのお誕生日会

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一月みんな揃ってのお誕生日会

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■ 戦場と化した台所 ■



 とにかく、時間が、無い。
 広めの台所に満たされる空気は広間とは全く違っていた。
 テーブルに山と積まれた食材を眺め見下ろす総勢十七人の表情は真剣そのものだった。
「キングに頼んで外でも調理できるように火を起こしてもらった」
 手短にしかし内容濃く大鋸に、頑張り過ぎだ自分一人で背負うなよ、から始まって、とにかく成功させるよ、まで捲し立てた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は集まった戦友の面々に視線を一巡させる。
 食材だけ大量にあっても困るのだ。これを料理に化かさなければならない。
「みんな、頼んだよ!」
 それが、開始の合図となった。
 まず初めにとそれぞれが食材の入った籠やらボールを持って外の井戸へと移動する。洗い場では狭すぎた。残った人間は調味料や調理器具を棚から取り出して、集会所から借りてきた包丁類を使いやすいようにテーブルに並べた。下に口を開けたゴミ袋を用意する。
 コンロもオーブンも一般家庭より多めに設置されていて、これならなんとかなるだろう。少なくとも火の使用権を巡って争うことはないようだ。
「ご飯はどれくらい炊けばいいですかね」
「子供達だけで二桁いるからね」
「どのくらいの柔らかさで炊けばいいか迷いますね」
 菊と一緒になって説教をかましていたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)度会 鈴鹿(わたらい・すずか)の三人が米の袋を開けて顔を突き合わせている。
 カレーと炒飯とちらし寿司。ご飯を大量に炊けばいいというわけではない。色々と調整が必要だ。
「ねじゅおねえちゃんおやさい洗ってきましたぁー」
 パストライミ・パンチェッタ(ぱすとらいみ・ぱんちぇった)高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)樹乃守 桃音(きのもり・ももん)と三人で勝手口から台所に戻ってきた。
 お米の妥協案を出して米とぎの準備をするネージュはテーブルの上から型抜きを掴んだ。
「おかえり! じゃぁ、野菜を切ろうね。さっき広げてみたけど型抜きの種類があるから好きに抜いていこう。水穂さん野菜を切るのお願いします」
 パストライミと桃音の手にそれぞれ型抜きを渡し、水穂に任せると一旦井戸の方へと姿を消した。水穂の指導の元、星やハートに切り抜かれた野菜達が着々と増えてカレー用の鍋に投入されるのを待っている。
 お米の準備ができた鈴鹿は特技の調理を活かすべく自分の周りに必要な道具を集めた。
 織部 イル(おりべ・いる)が予め下拵えしておいたちらし寿司の具材が入った容器を荷物から取り出しテーブルに置いた。
「わらわはどう手伝えば良いかの?」
「あの、では海老と人参を茹でてきてもらってもいいですか。人参薄めに切ってるんですぐに茹で上がると思います」
 そんなイルに鈴鹿は顔を上げた。背わたも綺麗に取り除かれた海老と星形に飾り包丁を入れられた人参が入ったバットを渡されて、イルは二つ返事で外へ出ていく。ご飯と茹で物は外のかまどを使用する手配になっているのだ。
 野菜を全て切り終えた鈴鹿はそのままローストチキンの作成に取り掛かった。
「子供達が帰ってくるまで時間がない……けれど、作るだけ作ってみましょう」
 呟いて奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)はオーブンの様子を見て、鈴鹿に声をかける。
 オーブンは二つ。一つはケーキに使われる。残った一つで自分が作りたいものができるかオーブンの使用権で二人は交渉に入った。調理に自信があるとしてそこで妥協案が生まれた頃に雲入 弥狐(くもいり・みこ)が茹で上がった卵を持って帰ってきた。
「次は何を手伝えばいい?」
 聞いてくる弥狐にひき肉を捏ねる沙夢はパン粉をボールにあけながら、果物のカットをお願いする。
「あれ、サラダかな?」
 林檎の皮むきをしていた弥狐は隣でレタスを掴むちびっ子に気づく。
「あい、こたが作うれす、さやだ」
 使命感に燃えた目で林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が力強く答えた。型抜きを終えたパストライミも野菜を求めてレタスに近づいてきた。
「ふたりともサラダかな?」
 確認を取ると二人は頷くので、弥狐はザルを二つ用意する。
「ツナサラダと生野菜サラダか。うん、レタスは一つしかないから二人で仲良く分けようね」
 保温鍋にお湯をもらった桃音がそこにマカロニと塩を投入しよくかき混ぜてから蓋を閉めた。時計を確認し、一旦パラストライミの様子を伺いドレッシングを作り始める。
 張り切り過ぎて大量に型抜かれた野菜の山を目にし、ネージュは思わず笑った。少ないのよりは多いほうがいいが、これは食べごたえがありそうだ。
「よし!」
 カレー作りは得意中の得意。時間が足りないのなら相応のやり方がある! 美味しいと言わせるのに絶対の自信を持つ彼女の手際は見事の一言に尽きた。
 同じく孤児院を運営するネージュは子供達に対する気遣いも忘れない。というか、だいたいの好みは子供なら共通しているものだ。孤児院で使用しているルゥに加えて、今回はフルーツチャツネとヨーグルト、それにはちみつとアレンジする予定だ。水穂が隣でミニハンバーグを焼いている。
「みんな大好きハンバーグカレー」
 目が合ってしまい、ぽつりと呟いた水穂にネージュは同じく顔をほころばせた。
 ふたりの笑い声を耳にしながら林田 樹(はやしだ・いつき)は根回しで手に入れた揚げるだけの唐揚げを油鍋に投入していた。
 ご飯が炊けないと先に進めないジーナは使い終わった道具を洗いに台所を離れているので、衛とコタローの面倒を見ることも忘れない。
 ツナサラダ作りに奮闘するコタローの為にホールコーンを用意したり、ツナ缶を開けたり、
「……コタロー、マヨネーズ忘れてるぞ」
注意することも忘れない。
「あえ? そーれした! まよにぇーじゅかけれ、まじぇまじぇ〜♪」
 唐揚げを全て揚げ終わった樹は冷えるまで誰も触れないように調理台の隅に油鍋を移動させた。その後ろで桃音が保温鍋から柔らかくなったマカロニを取り出し、パストライミが手がけた生野菜と手製のドレッシングで一緒にボールに入れて混ぜ込みマカロニサラダを完成させた。



 材料を眺めて出された妥協案は、丸い形は諦めて四角い大きなショートケーキを作る、だった。
「で、立てるロウソクなんだけど、ダーくんと相談した結果、誕生日不明で年齢もわからない子供も居るってことで、人数分立てることに決まったよ」
 それでみんな一斉に自分のロウソクを吹き消せば色々問題解決! と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が小さなガッツポーズを握った。
「では生地作りからですね。分量はどのくらいにしましょうか。ショートケーキなら卵は……」
 オーブンの容量を確かめて、お菓子作りの得意なベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がメモ用紙に材料の分量を書きだした。お菓子作りは科学実験にも等しい。分量と手順さえ抑えておけばよっぽどのことがなければ失敗は少ない。
 急遽書き上がったレシピを眺め、小麦粉、卵、バター等の材料を順次軽量していく水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)に小麦粉の振るいを任せ自分は卵を黄身と白身に取り分けた。
「すみません。これメレンゲにして貰えますか」
「あいよ」
 言って、菊に白身の入ったボールを渡し、菊は泡だて器を握った。
 マリエッタはゆかりの流れるような手捌きに少々感動しながら、次々と頼まれる作業に喋るよりも多く手を動かした。
 出来上がった生地をオーブンに入れてダイヤルを回したベアトリーチェが生クリームを三つのボールにそれぞれ分ける。
 お菓子を作る彼女等が危惧しているのはこのホイップ作業なのかもしれない。荒野のこの環境で生クリームは果たして素直に角を立たせてくれるのだろうか。
 ベアトリーチェ、美羽、ゆかり、マリエッタがそれぞれ交代しながら二種類のかたさのホイップとココアとチョコシロップを入れたチョコホイップを作り始めた。
 デコレーションプレートをテーブルに並べたのは片手にチョコペンを握る菊だ。同じくデコレーション組に組み入れられた新谷 衛(しんたに・まもる)が他のチョコペンの先端を切って使えるように準備していた。
「なんて書こうかねぇ」
 子供の人数に対してプレートの数が少ない。
 バカマモ! あんたデコレーションくらいは出来やがりますよね! とジーナに尻を叩かれていた衛も菊と同じく悩んでいた。
「プレートをこんなカンジで並べてってのはどう?」
「お、それいいねぇ。名前が小さくなるのは仕方ないか」
 失敗が許されないプレートの名前書きにいつしか二人は無言になった。



 牛乳の入った鍋を火にかけた弥狐は砂糖を付け足し甘いホットミルクを用意する。牛乳を暖めている間、かためパンを切り分けその上にカットした果物を乗せ蜂蜜を垂らした。
 炎すら噴き上げる勢いでフライパンを振ってジーナ特製炒飯をパッパと完成させていくジーナの手際の良さはまるで魔法だ。流石はジーナと樹は頷いてしまう。
「結構豪勢だな」
「ダーくん!」
 台所に顔を出した大鋸に近場にいた美羽を始めとした全員の視線が集まった。
「食器借りてきた。足りるか?」
 手の空いた数人がテーブルに置かれた段ボール箱から食器を取り出し洗うために井戸へと移動した。
「大鋸さん、お味見どうぞ」
 料理を小皿に乗せて鈴鹿はすすめる。その姿を眺めイルは目を穏やかに細め、閉じた。
 ケーキのスポンジを切り分けを手伝っていた衛は使われないスポンジを断りを入れて二つの小さなケーキにした。
「おういえい! 二人とも、これ見てくれ!」
 調理作業を終えたジーナとコタローに、小さなケーキを差し出した。ふたりとも今月一月に誕生日を迎える。祝ってあげたいのは何も子供達ばかりではない。
「仕切り付きのプレートは便利そうですね。カレーはこのお皿が良さそうです」
 沙夢が皆を呼びよせて盛り付けの相談をし始めた。
 出来上がった料理とケーキは作った本人達も驚くほど、豪華に見えた。
 否、豪華に見えた、のではなく、美味しく出来上がったの方が正しいか。
 今から既に子供達の反応が楽しみになり、料理を終えて緊張が緩んだ台所には一仕事を終えた爽やかな笑い声に満ちていた。