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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

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5 チルチルとミチル、贅沢のごてんへやってくる


 チルチルたちの旅は続きます。
 『夜のごてん』を出ても泣き続けるミチルの手を引いて、チルチルは歩いていました。




「もういいかげん泣きやめよ、ミチル」
「だって。だって、悲しいんだもの」
 ひっくひっくと泣きじゃくりながら言うミチルに、やれやれと肩をすくめてため息をついたとき。


「やあやあやあ。執事よ、あんな所で子どもが泣いているぞ」

 そんな明るい声が聞こえてきた。
「は。そのようでございます」
 脇に立つ、いかにも執事風の格好をした月影 晃(つきかげ・ひかる)が、これまたやはりお金持ちのお坊ちゃまふうの身なりをした吉崎 樹(よしざき・いつき)に応える。

「ははははー。一体何をそんなに泣くようなことがあるのかね? まったく庶民は面白いなあ。生まれたときからお金持ちの俺には理解できないことだらけだよー」
「は。いかにもそのとおりでございます」

 かなり失礼な内容を、悪びれた様子もなく大っぴらに話している。

「お兄ちゃん、なに? あの人」
「さあ?」
 チルチルとミチルは首をひねりつつ、2人の大人に目を向けた。

 2人が自分たちに気付いたことに樹が気付く。
「おーい、そこの2人。こっちへ来い」

「へ? なんだよ? 用件があるならそっちが来ればいいだろ」

「無礼な。庶民の子どもの分際で、吉崎さまに足を運べなどと。一体こちらの方をどなたと心得ているのです?」

「「知らない」」
 2人は声を揃えて答え、全く同じ動作で首を振って見せた。

 その姿に、ぶぶっと樹が吹き出す。
「気に入った! おい、おまえたち。俺の家に招待してやる。ついて来い」

「えー?」
 樹の横柄な態度にいかにもいやそうな声を出すミチル。
 けれどこのやりとりですっかりミチルの気はそれて、涙は止まっていた。
「俺たち、青い鳥を探して旅をしてるんだ」

「くく……そうですか、旅ですか。旅はいいですな。私も昔はあなたのような旅人でしたが、膝に矢を受――」

「あんたたち、どこにいるか知らない?」
 晃の話には全く興味を持てなかったのか――それとも最初から聞いてなかった?――チルチルは終わるのも待たずに問いかける。

「青い鳥?」樹は首をひねった。「あー、なんかそんなのもいたような、あったような。なあ執事?」
「は。たしか宝物庫のどこかで見た気がします」
「だそうだ、庶民の子ども。ついて来るか?」

「お兄ちゃん、どうする?」
「うーん。なんだかうさんくさそうだけど、とりあえず行ってみるか」

「はっはっは。ここは『贅沢のごてん』。ここには世界の富がある。ここにない物など存在しない」
 樹は高笑いながら2人を伴って自分の宮殿へと戻って行った。


「……それにしても吉崎さま。お金持ちのバカ坊ちゃん役がとてもお上手ですな」
「うるさい」




 『贅沢のごてん』は咲き乱れるさまざまな花に囲まれており、『夜のごてん』のように大きな丸い柱や敷石でできていた。
 ただしこちらは乳白の大理石製だ。日の光を浴びてきらきらと輝き、柱と柱の間には紫色のどっしりとした厚いカーテンが引かれていて、宮殿の高貴さを増すことにひと役買っている。

 緑のじゅうたんの上を颯爽と歩いた樹は、目の前の大きな扉を突き飛ばすようにして開いた。
「ここが大広間だ! 今、宴を催している。といっても、いつも催しているんだが。
 ぜひきみたちも参加してくれたまえ!」

 樹の指し示す大広間の内部は、まさしくパーティーの真っ最中。
 大きなテーブルにはさまざまな異国風の料理が所狭しと並べられ、金の燭台やなみなみと飲み物の入った銀製のコップが隙間を埋めるように置かれていた。
 きれいな薄い布をひらひらさせながら踊る踊り子たち。隅の方ではオーケストラが音楽を奏でている。

 そしてそれらの前で青いじゅうたんの上にどーーーんと寝そべっているのは、青白くて見るからにぬるりとしたウロコ肌の竜人だった。

「あ、あれ…っ。お兄ちゃん…」
 さーっと血の毛のひいた顔で、チルチルの影に引っ込んだミチルがびくびくしながら指をさす。

「はーい、テラー。お口開けてー?」
 頭の方に座ったメイドのドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)が、皿に取り分けた肉の山から1枚を器用に箸でつまんで持ち上げると、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)はうれしそうに鳴き声を発する。
「ぐぎゃっ ♪ がぅっがるぅっ」
 そしてぱくり。
「おいしい? もっと食べる?」
「ギャロロロ〜」
「あはっ ☆ のどなんか鳴らしちゃって、テラーってば赤ちゃんみたーい。そんなにおいしかったー?」
 うれしそうににこにこ笑って、ドロテーアはさらにもう1枚持ち上げる。
 そして「んー?」と少し考え込む素振りをして。
「えいっ!」
 と皿ごとテラーの大きな口のなかへ突っ込んだ。
 これを意外にもテラーの喜んで
「ぎゃうっぎゃうっ ♪ 」
 とうれしそうに皿ごとバリバリ噛み砕いて飲み込んでしまう。

「おいしい! おいしいよ、ドロテーア!」
 人語でそう言うかわりに、ヒレのついた足尾をびちびち振って床をたたいた。

「わーい。テラーが喜んでくれてうれしーなっ。もっと持ってくるから待っててね、テラー」

「あっ、ずるーい。テラー、僕のも食べてよ!」
 大皿に一生懸命きれいに盛り付けていたサー パーシヴァル(さー・ぱーしう゛ぁる)が、大急ぎで戻ってきた。
「はい、どうぞ」
 やっぱりにこにこ笑顔で差し出されたそれを、テラーはいやそうに顔をしかめて見つめる。
 なにしろ、皿に乗っていたのは野菜だ。
「ねっ。きれいでしょ? テラーにもそう思ってもらえるように、盛り付けにも気をつけたんだよ? 料理はまず目からって言うからねー」
 いくら彩りがきれいでも。
 どの野菜も瑞々しく新鮮だろうと。
 葉っぱを口に入れるのは抵抗がある。やっぱりドラゴンは、主食は肉だ、魚だ。と思う。

「がうっ、がうっ、がうっ」
 訴えるテラーに、パーシヴァルは
「んもー。いいからひと口食べてみて! 絶対おいしいんだから!」
 と、やっぱり皿ごと「えいやっ」とテラーの口に突っ込んだ。

 そうなってしまえば、もうあとはバリバリと。

「ぎゅっ? ぎゃぎゃぎゃぎゃっ ♪ 」
「んね! やっぱりおいしい物はおいしいよねー ♪ 」


 本人たちはとっても楽しくしあわせな食事を楽しんでいるのだろうが、この光景にはチルチルやミチルでなくても目が点だ。


「あ、ああ晃っ。あれは何だっ、怪獣かっ」
「落ち着いてください、吉崎さま。
 あれはテラー殿がドラゴンかドラゴニュートか、あるいはその中間か……とにかくそういったモノに化けているだけです。お忘れですか? ここは夢の世界。見知っているものであれば何にでもリアルに化けられるのです
「あ、ああ……そうだったな…。すまない、取り乱してしまった」
 ふーっと息を吐いて、樹は気持ちを落ち着かせようとする。


 2人はそれで納得したが、チルチルとミチルはそうもいかない。
 <光>や<犬>の後ろに半ば隠れて、2人のメイドに奉仕されている海獣のようなドラゴンをおそるおそる見つめている。

 そのとき、2人の前にすっと皿が差し出された。

「あんたたち、食うか?」

 黒髪のちょっと不良っぽい感じのメイドその3、グラナダ・デル・コンキスタ(ぐらなだ・でるこんきすた)が腰に手をあてて見下ろしていた。
 チルチルは彼女と、彼女が差し出している皿を見比べる。
 皿の上にはおいしそうにぷるぷる揺れるオレンジ色のゼリーと生クリーム、カットされたフルーツが乗っていた。
「うまいぞ」

「おいしそうよ、お兄ちゃん」
 ミチルが伸ばした手をチルチルがはたき落とす。
「危ない、ミチル。毒でも入ってたらどうするんだ? あの竜にパックリ食べられちゃうぞ!」
 そうしかったあと、キッとグラナダをにらみ上げた。
「お、おまえら、俺たちのことだますつもりじゃないだろうな?」

「そんなことはしない。これだってそんなもの、入ってないぞ。
 ドラゴンに食べられるっていうのは……」
 グラナダは振り返り、テラーを見た。
 ドロテーアとパーシヴァルが交互に運んでくる皿大盛りの食べ物を、大きな口と牙で次々とたいらげている。
 その様子に、自分たちもひと飲みされるんじゃないかとチルチルたちが疑うのも無理はない。
 が。
「テラーは噛んだりしないぞ」
 ……多分。ほかにもっとおいしい食べ物がある間は。

「ほんとに?」
「いいから、これを食べなよ」
 チルチルとミチルはどうするか迷うようにお互いの顔を見合う。
 グラナダの差し出しているデザートは本当においしそうだった。
 ついでに、2人のおなかはクークー鳴っていた。

「い、いただきます…」
「よし」

 ドラゴンの耳は地獄耳。
 チルチルたちのおなかが鳴ったのを聞きつけて、テラーはドロテーアとパーシヴァルに指示を出す。
「ぐぎゃるるう。ぎゃぎゃっ」
「えー? あの子たちにもやれって?」
 2人とも、ちょっといやそうな表情を浮かべたが、それがテラーの望みならと、それぞれ皿に肉と魚、野菜などを取り分けて、チルチルとミチルへ近付いた。
「ほら。これも食べなよ」

「あ、ありがとう…」
「テラーがあげろって言ったからだからね! じゃなかったらこんなこと、しないんだから」
「そうそう。テラーに感謝しなよ!」
 2人の言葉に、ミチルはドラゴンの方を向いて、大急ぎで小さくぺこっと頭を下げた。