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愛を込めて看病を

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愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

 布団の中で咳をして、セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)はつぶやいた。
「くやしい。こんな時、我もバカであったら……っ」
 馬鹿は風邪をひかないという。セドナは風邪で寝込んでいる今の状況に、悔しい思いをしていた。
「それは、言外に俺がバカと言っているのか」
 と、呆れた調子で言い返したのは瀬乃和深(せの・かずみ)だ。
 セドナは彼に氷枕を替えられながら、パートナーを見た。
「ふん、そうに決まっているだろう。今健康体なのは、和深だけなのだからな」
 と、隣のベッドへ目を向ける。そこには和深の妹である瀬乃月琥(せの・つきこ)が寝かされていた。彼女もまた、風邪でダウンしてしまったのだ。
 和深は苦笑しつつ、月琥の元へ向かった。
「目が覚めたのか。具合はどう?」
 月琥はまだ少しうつろな視線のまま、答えた。
「さっきよりは、良くなったみたい……です」
「それならいいけど」
 と、いいながら月琥の額に手を当てる。
「でも、まだ熱っぽいな。もう少し寝てなくちゃいけないな」
「……はい」
 くしゅん、と一つくしゃみをして、月琥はぼーっと天井を見上げる。昔、地球にいた頃のことを思い出していた。
 ――あの頃、両親と仲の悪かった月琥は、いつだって兄に面倒を見てもらっていた。風邪で熱を出した時にも、今日のように看病してもらった記憶がある。しかし、兄に心配をかけまいとして強がった。自分で完治できると、まるでセドナのように弱さを隠して。
「……和深」
「ん、どうした?」
「二人とも風邪をひいているんだ、移る前に出て行け」
「そう言われても、看病する人がいないとダメだろ。だったら、さっさと治してくれ」
 と、苦笑する和深。
 月琥は兄へ顔を向けると、口を開いた。
「でも、兄さんまで風邪で倒れたらどうするんですか」
「その時は、お前らと一緒に寝るだけだ」
 冗談のように言う彼を、セドナと月琥はじっと見つめた。
「まったく、それでは本末転倒だ。きちんと予防するのだぞ」
「はは、セドナにだけは言われたくないな」
 セドナはむすっとすると、顔を隠すように布団を引き上げた。
「もういい、我は寝る」
 と、大人しく口を閉じる。布団の上から和深にぽんぽんと頭を撫でられ、セドナは微妙な気分になった。強がりと正直な気持ちがごちゃ混ぜになる。彼の優しさは素直に嬉しく、彼がすぐそばにいてくれることにも、本当は安心感を覚えていた。
 そんな彼らを見て、月琥はぽつりとつぶやいてみる。
「セドナにばかり優しくして、ずるいです」
「え、そんなことないだろ」
 と、和深は妹を振り返った。
 月琥は寝返りを打って表情を隠したが、和深はそっと布団をかけ直してくれた。
「まったく、二人とも素直じゃないんだから」
 と、どこか楽しそうに苦笑して。
 月琥はくすっと小さく笑い、両目を閉じた。昔のように自分だけを見てくれなくなった兄だったが、それは月琥にとって寂しくもあり、嬉しくもあった。
 やがて二人分の寝息が聞こえてきて、和深は息をついた。
 今は風邪のせいで弱々しい二人だが、元気になったらきっとまた、いつものようにわがままにふりまわされたり無茶に付き合わされたりするのだろう。その日を楽しみにしながら、和深は再び苦笑を浮かべた。

   *  *  *

「以上が本作戦の結果の概要となります。詳細はこの報告書とデータをご覧下さい」
 と、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はいつものように報告を終えた。しかし、何か様子が変だ。
 金鋭峰(じん・るいふぉん)が彼女へ目を向けた直後、ルカルカはその場にぱたりと倒れこんでしまった。
「おい、軍医を呼べ」
 と、鋭峰はすぐに指示を出したのだった。

 目を覚ますと、そこは自宅のベッドの中だった。
「あ、あれ……? 確か、団長のところへ報告に……」
 と、寝返りを打つが、身体がだるくて起き上がることができない。
「何か、ぼんやりする……」
 どこからどう見ても体調不良だ。
「気づいたか、ルカ」
 と、声がしてそちらへ視線を向ける。パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
 ダリルはベッドのそばまで寄ると、呆れた声で言った。
「ルカが倒れたと聞いて、あわてて迎えに行ったんだぞ。まぁ、医者の話だとただの風邪らしいが」
「……そっか」
「健康を保つのも軍人の仕事のうちだと、ルカもよく知っているだろうに」
 ルカルカは何も言い返せなかった。
「まぁ、過信は禁物ということだな」
「……はぁい」
 寝返りを打って仰向けになる。熱があるせいか、見慣れた風景もぼんやりしていた。
 落ち込んだ様子のルカルカを見て、ダリルは言った。
「そういえば、団長から伝言を受けている」
「え……?」
 ルカルカははっとした。
「『養生するように』だそうだ」
 多忙を極める金鋭峰からの、貴重な伝言だった。
 彼の前で醜態をさらしてしまったルカルカは、申し訳ない気持ちとありがたい気持ちが胸の中で入り混じるのを感じた。
「そういうことだから、さっさと風邪を治さなくちゃな」
 と、ダリルは彼女の額へ、水にぬらした冷たいタオルを置くのだった。

   *  *  *

 シャンバラ宮殿内にある医務室に、高根沢理子(たかねざわ・りこ)は寝かされていた。
 ただの風邪だと言われたものの、思うように身体が動かないのはもどかしい。
「寝込んでる場合じゃないのに……」
 ぽつりとつぶやいたところで、医務室に誰かがやって来た。
「具合はどうですか? 理子さん」
 酒杜陽一(さかもり・よういち)だ。
 彼は果物を持って理子のお見舞いに訪れたのだった。
「わざわざごめんなさい。でも、だいぶ楽にはなってきたわ」
「そうですか。食欲はありますか? よければ、リンゴを剥きますよ」
 理子は嬉しそうに、にこっと微笑んだ。
「ありがとう、食べるわ」
 陽一もまたにっこりと微笑み、彼女の寝かされているベッドの脇へ椅子を置いた。腰を降ろしてから、持ってきたリンゴの皮を剥きはじめる。
 医務室の中は程よく温まっていた。
「今日って、雪が降ってるのよね」
「ええ、そうですね。もしかして理子さん、遊びに行きたいですか?」
「……元気になったら、ね」
 と、理子は茶目っぽく言う。
 陽一はくすりと笑い返して、リンゴを剥くのに集中し始めた。

 おそらく、日々の仕事とプレッシャーのせいで疲れがたまっていたのだろう。
 陽一に剥いてもらったリンゴを食べ終えると、理子は眠気に襲われた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ちょっと、眠くなってきただけ」
「それなら眠ってください。……あ、添い寝して温めてもいいかな? とか」
 冗談めかして言った陽一に、理子は目を丸くする。
「え?」
 陽一は顔を赤くして、ぱっと視線をそらす。
「す、すみません、冗談です……」
 理子はくすっと笑った。
「気持ちだけ、受け取っておくわ」
「あ、はい。それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい……」
 と、理子は両目を閉じる。
 陽一は静かに後片付けをしながら、理子が眠りにつくまで見守った。
 やがて整った寝息が聞こえてくると、陽一はそっと席を立った。理子が静かに眠れるよう、少しでも早く良くなるように願いながら。

   *  *  *

 熱で少しぼーっとしていたトレルは、扉の開く音ではっとした。
「よう、トレル。風邪ひいたって聞いたけど、大丈夫か?」
 紫月唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「あ、ゆいとだー。わりと元気だよ」
 と、トレルは言って、くしゃみをする。
「ったく、どーせ夜更かしして遊んでたんだろ?」
「ちがうよー。夜更かしはしたけど」
 トレルの返答に苦笑しつつ、唯斗はベッド脇に椅子を引いてきて、腰を下ろした。
 そして、そばで様子を見ていたマヤー・マヤーへ言う。
「しばらくいるつもりだから、何かやることがあるなら行ってこいよ。トレルのことは任せて」
「にゃ……じゃあ、お言葉に甘えて頼むね」
 と、マヤーは部屋を出て行く。
 唯斗は視線をトレルへ戻し、問いかけた。
「ずっと寝てると退屈だろ? 何か話してやろうか」
「んー、そうだね」
「じゃあ……そうそう、ニルヴァーナの話をしてやるよ。危ないことも多い場所だけど、けっこう面白いトコなんだ」
 と、唯斗は楽しそうに話を始める。
 トレルはしばらくの間、彼の話を聞いていたが、やがて睡魔に襲われた。
「……っと、寝ちまったか」
 やはり体調が良くないのだろう。何となく苦しそうな寝顔を見せるトレルへ、唯斗はそっと手を伸ばした。
 起こさないよう、優しく頭を撫でてやる。トレルの表情が少しだけ、和らいだ気がした。

「トレル、さっき連絡があってー……って、あれ?」
 と、部屋へ戻ってきたマヤーは首をかしげる。
 トレルは目を覚ましていたが、唯斗は椅子に座ったまま眠り込んでいた。
「マヤー、ゆいとに風邪ひかせるわけにはいかないから、毛布をかけてあげて」
 と、トレルは小さめの声で指示を出す。
 マヤーはうなずくと、すぐに隣の部屋から毛布を持って戻ってきた。
 唯斗にそっと毛布をかけてやる様子を眺め、トレルはぼそりとつぶやく。
「お見舞いに来た人が眠り込むなんて……ちょっと馬鹿だよね」
 と、くすりと笑う。それは、彼の寝顔を可愛いと言っているようにしか聞こえなかった。
「それで? 何か用があったんじゃないの?」
 と、トレルはマヤーへ尋ねた。
「ああ、そうそう。これからヨルがお見舞いに来るって連絡が……」
 言いかけたところで玄関のチャイムが鳴る。
「来たね」
「うん、お迎えに行ってくる」
 と、部屋を出て行くマヤー。

「お見舞いに来たよー。トレル、どこで風邪菌もらってきちゃったの?」
 と、鳥丘ヨル(とりおか・よる)は相変わらず元気いっぱいな様子で言った。
「うーん、それは分からないけど……まぁ、なんていうか」
「そっか。主治医にちゃんとみてもらった? 薬が嫌いだから飲まないとかダメだよ」
「分かってるよ、それくらい」
「風邪ってね、こじらせると怖いんだって。ボク、病気らしいことって罹ったことないからよくわかんないけど」
 と、ヨルは笑う。
 彼女を羨ましいと思いつつ、トレルは返した。
「大丈夫だよ、すぐに治るから。っていうか、治すから」
「それならいいんだ。そうだ、オレンジゼリーと黄色い花束、持ってきたんだった」
 と、ヨルは大陽のように鮮やかな花束を差し出した。
「わぁ、ありがとう。マヤー、さっそく花瓶に入れて飾るように言ってきて」
「うん、分かった」
 花束を受け取ると、マヤーはすぐに部屋を出て行った。トレルが風邪で寝込んでからというもの、マヤーはずっとこんな調子だ。
「オレンジゼリー、好きかな? 口当たりがいいと思って、持ってきたんだ。食べれそうなら食べてみてね」
「うん、ゼリーは好きだから、あとで食べるね。でも、これって……」
「ああ、ボクの手作りじゃないから安心していいよ。ヴァイシャリーのおいしいお店で買ったんだ」
 と、ヨル。
「そっか、それなら安心かな」
「うん。ねぇねぇ、トレルが元気になったら、一緒にゼリー作りに挑戦してみようか」
「え?」
「あ、それともトレルってお菓子作り得意? それなら、教えてほしいなぁ」
「いやいや、お菓子なんてまったく作れないよー」
「そうだよねー。じゃあ、一緒に挑戦しようよ。味見は……執事さんで!」
 階下で仕事をしている執事がくしゃみをした気がして、トレルはくすくすと笑う。ヨルと一緒に作ったゼリーがどんな味になるか、楽しみだ。

 ヨルとすれちがうようにして、また来客がやってきた。佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木八雲(ささき・やくも)だ。
「おー、やっくんにやじゅーろーくんだ」
「トレル、起きてて大丈夫なのか?」
 と、八雲はトレルのそばへ寄るなり、心配そうに尋ねる。
「うん、ちょっとくらいなら大丈夫でしょ」
 と、トレルは笑ってみせる。
 すると、後から弥十郎が歩み寄ってきた。
「熱があるって聞いたから、ゼリーを作ってきたよ。体を温める生姜と消化の良いりんごをあわせてみたんだけど」
 と、手作りのゼリーを取り出し、トレルにだけ聞こえるよう、小さな声で言った。
「早く元気にならないと、兄さんの方が寝込んでしまいそうだから……」
「……ありがとう、やじゅーろーくん」
 苦笑ぎみに微笑んで、トレルはゼリーを受け取った。
「それで、実際のところはどんな感じなの?」
 と、弥十郎はマヤーの方へと向かう。兄の邪魔をしないよう、配慮してのことだった。ベッドの反対側では唯斗が眠り込んでいたが、起きる気配がないため大丈夫だろう。
 八雲はそっとベッドの横に腰かけると、トレルの手を握った。
「熱の具合はよいのか」
と、彼女の目をまっすぐに見つめる。
「うん、昨日よりはマシだから平気だよ」
「昨日よりはって、まだ熱があるのか?」
 と、八雲はトレルの額にぴったりと自分の額をくっつけた。急なことでトレルは驚いたが、何も言わずにドキドキとするばかりだ。
「ああ、すまない。つい、身体が勝手に……」
「ううん、やっくんの気持ち、嬉しいよ」
「トレル……。まったく、君の事になるとダメだねぇ」
 と、八雲は自嘲するように笑った。しかし、恥ずかしさは誤魔化せない。
「えっと、そうだ。風邪って、人に移したら早く治るんだよね」
「うん、そうみたいだね」
「……じゃあ、その唇からもらっちゃおうかな」
 と、トレルの耳元でささやく八雲。
 トレルは戸惑い、彼の表情をうかがった。八雲は真剣そのものだ。
「……う、うつせば本当に治る?」
「治るんじゃないかな」
「……じゃあ、いいよ。あげる」
 と、トレルは両目を閉じた。
 八雲はにこりと微笑んで、静かに唇を重ねた。いつの間にか弥十郎とマヤーの話し声は遠ざかっており、互いの鼓動の音が聞こえるようだ。
「……眠り姫の時に我慢した分、ちょっと長かったかな」
 と、八雲が言うと、トレルは顔を真っ赤にさせながらつぶやいた。
「っ……別に、我慢なんてしなくて良いのに」
「え?」
「もう、やっくんの馬鹿!」
 と、八雲と繋いでいた手を離し、布団の中へ潜り込む。
 何が起こったのか分からず、呆然とする八雲。
 ――そんな彼らの様子を、居眠りしていた忍者は見ていた。