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「そして誰もいなくなった、なーんて」

 応接室に残ったQは、独りごちて伸びをする。そして、部屋の片隅に首を巡らせた。

「実は二人っきり。お話しましょ」

 声をかけられたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は顔をうつむけたまま上げない。
 単独行動しているところをマフィアに捕縛され、なぜだか身柄を要求したQに引き取られ、今現在だった。

「そんなびくびくしないでよう。取って食べやしないのに。これでもわたし、女の子さんだしね」

 マフィアや刹那と相対していた時とは打って変わった軽い口調で、Qはぱたぱた手を振った。井戸端会議のおばさんか、とアリアは思う。
 アリアは手錠に足縄、身動きは取れないが、さほどきつくもない。目の前のQは危害は加えないと明言していて、実際、部屋に二人取り残されても、危険を感じない。
 だから、分からないのはその意図だった。

「私を、どうするつもり……?」

 悲壮感たっぷりとアリアに、全く正反対、脳天気なQが答えた。

「どっか適当なとこで解放したいにゃーって。荷物は重いだけだしー。でーもーそれまではおしゃべりなんかしない? ヒマだし」

 つい、自分の状況を忘れてしまうような頭の悪そうな口調だった。

「ほら、わたしとかテンっておしゃべり大好きなんだけど、特にわたしってそういう役だし。わかるでしょ?」

 わかるか。
 アリアが押し黙っていても、Qは構わない。本当に喋れればそれでいいらしい。

「ほら、じゃあわたしたちの目的とか興味ない?」
 
 力なく、アリアは顔を上げた。

「お、食いついてくれたね。うれしい」

 きゃっきゃと喜ぶのっぺりした面。そぐわない。
 それでは、とQは一本指を立てた。

「第一の疑問。なんで『ロイヤルストレート』なのか」

 
 直線的に突き出された10のナイフを、詩穂は払わんとして剣を横薙ぎに振るう。振るった剣がナイフに触れる瞬間、それは煙のように掻き消えた。空振った剣をくぐるように接近する10の右手には、さきほど掻き消えたように見えたナイフ。

「このっ」

 詩穂は、剣を振るった勢いを利用し、わざと態勢を崩して10へと倒れかかるような体当たりをかける。避けようとした10の動きが鈍る。そこを、不安定な態勢のまま詩穂は反対の手の盾を持ち上げ、10が手にするナイフを弾き飛ばした。これで三本目。
 10は二歩、三歩と後退。十分に距離を離し、仕切り直し。
 この攻防も、すでに三度目だった。
 10の戦闘スキルとしては、下手くそ、というほどではないが、決して強くない。少なくとも、詩穂を倒すには到底届かない。
 が、どうにも手間取っているのは、詩穂の戦い方もあるが、それ以上に10の嫌らしい戦い方によるものが大きい。
 10が右手を一振り。つい一瞬前まで空だった手にナイフが握られる。
 
「イカサマが得意そうだね」
「心外ですよ、イカサマだなんて。これはちょっと練習すれば誰でもできる、スキルですらない簡単な手品です」

 10言うところの簡単な手品は、出すも自在、引っ込めるも自在、そんな都合のいい手品があるか、と思うが、現実にあるのだから始末に悪い。しかし、10の攻め手は詩穂からすれば稚拙と言ってもよくて、守りの堅い詩穂を傷つけることは叶わない。詩穂はほぼ無傷である。
 対する10はのらりくらりした態度を崩さないながらも、全身あちこちに切り傷を負って、なお口調は余裕綽々。初めは奥の手でもあるのかと警戒していたが、そんなものがあればとうに出している段階を過ぎ、そんなものはないと断じた。
 なにより、口調とは裏腹に戦い方が必死過ぎる。
 深呼吸をひとつ。稚拙な相手だろうと、油断することはしない。
  
「五人の中じゃ、名前的に一番弱そうだけど、そのへんどうなのかな? やっぱり実際のポーカーと同じみたいに、Aが一番強いのかなーって思ってたし、その有様じゃその通りみたいだね?」

 『プロボーク』による挑発。誰の目にも分かる明らかな誘い。

「なるほど、そういう考えはありますね。確かに、絵札でもない僕なんかは最弱ですかね」

 短くため息を吐いた10がどういう顔をしているのかは面に隠れて分からないが、

「それも心外ですよ。キングが一番有能なわけでも、クイーンが一番偉いわけでもない。そういう名前だから、そういう役を割り振っただけ。こんなのは、ただのごっこ遊びと同じだ」

 乗った。詩穂はダメ押しで、挑発的に口端を吊り上げてみせる。
 10が駆け出した。これで意外と熱くなりやすい性格らしい。その性格に、付け入る隙がある。
 10の両手は、点滅するようにナイフが出たり消えたり。だからどういう手品だそれはとは思うが、手品のタネは分からずとも、ここまでの攻防で、10の戦闘パターンは十分に観察できた。『行動予測』。もう、手品には惑わされない。
 10は駆けながら右手を振り上げる。バレバレの視線誘導。
 背中に回した左手がなにかを握るように僅かな動きを見せる。あからさまな見せつけ。
 左手が閃く。ろくろく狙いもつけていない当たるはずもないスローイングナイフが明後日の方向へ。
 それらに一切付き合わず、後の先を取らんと詩穂が一歩を踏み込んだ。それとまったく同時、
 本命。
 10が、最初に放り投げた拳銃を詩穂の顔面に衝突する高さに蹴り出した。
 当たればよし、当たらずとも隙が生じればよし、どちらであっても、今度こそ右手のナイフを避ける術はなくなる。
 けれど、

「それも予測済み」

 詩穂の手は剣を握ってはいなかった。空いた手で蹴り出された拳銃を掴み、銃口を向けた。
 かつん、と僅かな音を立てて、銃口と面がぶつかった。
 
「勝負あり、だね」
 
 ここに至っても手品のタネが見えないのは、少し悔しいけれども。


 セレンフィリティは視線と銃口の動きでJの動きを殺そうとする。が、命が惜しくないのか、それとも撃つはずがないとタカをくくっているのか、Jはまるで動きを鈍らせることなく距離を詰めてくる。
 Jの剣が振るわれる。剣術のけの字をかじった程度の剣など怖くもない。セレンフィリティは軽くいなして、一つステップ。距離を離してもう一度銃を構える。今度はさっきよりも撃つ気を見せた。それでもJは止まらない。

「ああ、もう面倒くさい」

 こうなるとブラフが通用しない相手と認めなくてはならない。一思いに一発撃ってしまえば楽なのだが、今度は相手の命を心配がくる。動く相手の足や腕へ精確に当てるのはどうしたって難しい。大口径の銃であるから、下手なところに当たれば一発でお陀仏だ。ゆっくりと狙いをつければ話は別だが、すでにそれが許される距離でもない。止むを得ない状況になれば命を奪うと言ったし、そのつもりではあるのだが、果たして今が止むを得ない状況かといえばそうでもない。これをあと四、五十回繰り返したところで無傷でいられる自信がある。なればこそ、面倒くさい状況だった。

「もう撃っちゃおうかしら……」

 余裕はあっても苛立ちは溜まる。摘発が目的だから、できるだけ命を奪うつもりははないはずだった。はずだったが、セレンフィリティはこう思う。一発だけなら誤射かもしれない。
 うん、撃とう。
 一歩、二歩軽やかに下がって、

「おっと」

 とん、とセレアナの背中にぶつかった。
 セレアナは横目でじろりと睨む。

「気を付けてよ」
「背中合わせで戦ってるんだから仕方ないじゃない」

 セレアナの対峙するAは低い姿勢で短剣を構え、床を蹴った。単純な動きで言うなら三人の中で一番動きがいいのはこのAだろう。それでもセレアナが対応できないほど速いわけではないのだが、厄介なのはいちいち視界の外へ外へと動いてくることだった。今もそう、じろりとやった横目の視界の端から刃が弧を描いて襲い来る。
 セレアナは手にした槍をくるり、長柄の武器を器用に取り回して刃を弾き、そのまま突き出す。手応えはない。向き直った時には、視界の真正面にいない。
 相手の死角を取るというのは、当たり前とも言える戦いの基本であるのだが、10はそこが異様に上手い。相手の目の動きを読み取るのが上手いということなのだろう。どいつもこいつも、密輸などするよりもカジノのディーラーでもやっていた方がよっぽど向いていて、人様の迷惑にもならないだろうに。

「どうする? ちょっと面倒よ、こいつら」
「短気を起こさないでよ、セレン」

 そうは言ってもねー、とセレンフィリティが唸る。
 セレンフィリティは距離を離したい。相手はそれを許してくれない。
 ならば、こうだ。
 セレンフィリティは膝を落とし、そして、超高速で移動した。
 『ポイントシフト』。瞬間移動のように相手との距離を一瞬で詰めて、自分から懐に入り込んだ。銃を持ったまま、それを振るう。

「は!?」

 Jが焦った。
 全長20cm、重量4kgの銃である。至近距離から振るえばそれ相応の鈍器になりうる。なるほど理屈である。が、

「やるかフツー!? 銃で人の頭ブッ叩いたりしたら見た目にはともかく、中身がどっか歪んでもおかしくねえぞ!?」

 Jは慌てて銃を剣で受ける。声を荒げているのは、焦り以上に、曲りなりにも武器を商売とするからこその憤りだったのかもしれない。
 
「知らないわよそんなの」

 もう片方の銃を頭上から振り下ろした。
 がつん、と頭を打ついい鈍い音。まさかかち割るつもりもなかったが、意識を奪う程度には力を込めた。
 Jが倒れる。面が外れた。その素顔を見て、セレンフィリティは顔をしかめた。

 死角を取るように動くから、対応が難しい。結果として反撃が決まらない。
 セレアナはわずかに体を開いた。死角が増えたその構えに、ぴくりとAが反応する。
 一瞬の迷い。駆けた。
 セレアナは、わざと増やした死角一点のみに集中し、槍を突き出した。そこ以外であるのなら、腕の一つや二つが跳ね飛んでいるかもしれない博打だった。
 手応えは、あった。
 『轟雷閃』により感電したAがぐらりと倒れる。その衝撃で面が外れた。セレアナは眉を寄せた。

「そっちも、それなんだ」

 Jを拘束したセレンフィリティがセレアナに声をかけた。
 JとAは全く同じ顔をしていた。童顔で、ほとんど女子に見えて、そして『臆病者』と瓜二つの顔だった。