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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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4/ 通信室

 ──テレパシーも、届かなくなった。結界による干渉のせいか。つい先刻までは、交信できていたというのに。

「どうした。……まさか」
「ああ。どうやら、中に任せるしかないようだ」

 地下に入ったか、建物の中央に近付くにつれ、干渉が強くなったか。ひょっとするといずれ、交信も回復するかもしれないけれども。
 結界を見上げ、言葉をかけてくるグロリアーナに、ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)は彼自身それを見上げつつ、言って返す。
 彩夜たちとともに結界内部へと侵入していった、ファブリック・ナインティー(ふぁぶりっく・ないんてぃー)のことを内心、考えながら。

「一応、時間は決めていたな? あと何分だ?」
「あと、十五分といったところだな。何の変化も、音沙汰もなければ第二陣が突入する」
「そうか」

 今度はこんな一角ではなく、もっと広範囲に結界を消滅させて。
 蟲を取り逃がすリスクを考えると、あまり得策とは言い難い手法ではある。だからなるべく、それは避けたい。

「──仕方ない。ならば予定を一部、変更しよう。結界はこのまま維持する。だが、五分後にわらわも皆のあとを追う。いいな?」
「ああ、好きにしろ」

 ひとりぶん、通り抜けられる穴くらいなら、現状のわらわの火力でも空けられるはず。
 頷く両者。ひとまずは彼らは、経過を待つ。
 果たして、どう事態が転んでいくか。それを今は見守るしかない。



「みんな!?」

 そのときになってようやく、セルファは異変に気付いた。
 ともに通信室を目指し通路を駆け進んでいた、恋人と仲間たちとの姿が隣にいないこと。

「真人っ!? どうしたの!?」

 立ち止まり、振り返ると。三者が三様に、蹲り苦しげな息を吐いている。
 駆け寄り助け起こしたパートナーはかちかちと歯を鳴らして寒気に身を震わせて、──にもかかわらず、触れただけでわかるほどの高熱を全身から発している。

「まさか、蟲に!?」
「ええ……どうやら、ここから先はひとりで行ってもらうしか、なさそうです……すいません」

 無理な笑顔を作って、苦しそうに彼は言う。セレンフィリティも、セレアナも同様だった。ずっと、隠して。ずっと堪えて、戦ってきたというのか。

「だけど! こんな状態で残していったら……!」
「だいじょーぶ、よ。なんだかんだ三人いるんだし、こっちはなんとかする、わ」
「でも」

 はやく行きなさいな。喘ぎつつひらひらと、セレンフィリティが掌を振って促す。そして、セレアナとともに通路の向こうに視線を向ける。
 追っ手、だ。無論本能のみで生きるあちらには、そんな意図など毛頭、ありはしないのだろうけれども。
 数体の異形がその巨体を揺らし、そこには見える。

「さあ、早く。私たちがここは、食い止めるから」

 セレアナが、重たげに身を起こし武器を構える。真人が、セレンフィリティが彼女に続く。すべては、セルファを行かせるために。
 あちらも、四人の姿を見つけてか二足歩行から身を屈め、四つ足で走り出す。その軍勢を前に、セルファは自分がどうすべきか、迷う。
 行くか。彼らを守るか。
 だが彼女が心を決めるよりもはやく──助けは、意外なところからやってくる。

「!?」

 迫りくる獣。迎え撃つ真人たち──その間を遮るように、通路の壁が砕かれ、土煙が上がって。
 一瞬、視界を覆う。その中に影をふたつ、セルファは見る。
 そして鼠であった怪物が瞬時に一体、屠り去られるのを彼女は、目撃した。

「──ここは、マスターと私に任せてください」

 砕かれ、風穴を開けて突破された壁面とは逆の壁。そこへとフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の手で異形が縫い付けられていた。
 顎を掴まれ、押しつけられて。正中に剣を突き立てられて。鼠の変質したその生物は、絶命していた。
 突然の出来事に、後続の軍勢もまた思わずその進攻を止め、硬直する。
 フレンディスが刃を引き抜くとともに、絶命した怪物はその場へと崩れ落ちる。

「そういうことだ。三人は俺たちが守る。だからあんたは、はやく行け」

 ったく。せっかく壁抜け使ってたのに、結局壁ぶっこわしてるじゃないか。ほんと、急ぐと見境なくなるんだからな。──ぼやきつつ、彼女に並び立つベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)もまた、セルファに先を急ぐよう、促して。
「え、でも」
「いいんだよ。もともと、俺たちも通信室目指してたわけだし──あんたが行こうと俺たちが行こうと、大して変わらんさ」
 だから、任せた。かわりにここは、任されておく。それでいいだろう?
 口許に笑みを見せたベルクに、目線を投げられて。

 逡巡は一瞬。

「ごめん、お願い! 真人、ふたりとも! あたし、行ってくる!」

 即座に、彼女は踵を返し、走り出していた。
 あと少し、この先に通信室が待っている。

「さあ、行くぞ! フレイ!」
「はい、マスター!」

 息の合った連係が、彼女の背後では繰り広げられる。
 あのふたりならば、問題ない。信じられる、ふたりだ。
 見事な同時攻撃による乱撃──双翼の光刃で切り刻まれていく突然変異の怪物たちを背に、彼女は、急ぐ。
     

     
 不意に、周りを取り囲む怪物たちが泡を吹き、痙攣をして次々に倒れていきはじめていた。

「これは──……?」

 まるで、しびれ薬でも盛られたように。
 動きを止め、実験動物であったものたちはもがき苦しんでいる。

 否。実際に彼らは、浴びていた。浴びせられていた──しびれ粉を。

「あー、くそ。やっぱここでもテレパシー、回復しねーか。ま、いいか」
 天井から下がる電灯の上。そこに立つ、小さな影からそれは、異形たちめがけ撒き散らされていて。
「猫? ……ギフトか?」
「みたい。あの子は、たしか」
「おう、てめーら。無事だったか? このファブリック・ナインティー様率いる突入チームが助けに来てやったぜ」
 ぴょんと飛び降り、猫の姿をしたギフトの彼はふたりの眼前に立つ。

「……どこに?」

 自信満々に胸を張るファブリックに、きょとんとふたり、問い返す。
 他に、誰かがいるという様子は見えない。ふたりの見せた反応に、慌てて小さなそのギフトは周囲をきょろきょろと見回し、そこでようやく状況に気付く。
「あ、あれ? あいつら、どこに行った?」
「……はぐれたんだな」

 迷子というか。置いていかれたか。

「お、俺が置いてったんだい! ったく、どいつもこいつもノロマなんだからな!」

 嘘を吐け、嘘を。白々しい彼の言葉に、冷ややかな視線を海は投げかける。一体どこからこいつ、紛れ込んできたんだ。
「あ、海。ちょっとストップ」
 呆れ、立ち去ろうとしかけた彼を、三月が引き止める。
「なんだよ?」
 海としては、痺れてくれているうちに鼠を始末しておきたかったのだが。三月は身を屈めて、まだぶつぶつなにやら言っているファブリックに、話しかけることを優先する。
「きみ、突入チームって言ったね。それ、本当?」
 だとしたら、詳しい話を聞かせてほしい。
 これから自分たちが、どう動くべきかを判断、するためにも。

「僕たちだけじゃない。柚や子どもたちを安全に、避難させないとだもの」

 身を屈めたまま、三月は海を見上げそう言った。
 それは確かに、正論ではあった。



 この角を、曲がって。そうしたら、あとはまっすぐ。扉の脇の緑色をしたセキュリティパネルが目印──……あった、あれだ。

「!?」

 真人や、セレンフィリティたちのことをフレンディスとベルクに任せて通路をひたすらに駆け抜けて。
 セルファは肩で息をしながら、辿り着いた通信室の前に立つ。
 ここが、目的の場所。ロックを解除して、中へ。入ろうとして、肝心のそのロック自体が既に解除されていることに気付く。

「壊されてるわけでもない──……じゃあ、どうして……?」

 正規の手順とコードによって、扉は開錠されている。

「……よし」

 パネルへと伸ばした指先を引っ込めて、またもう一度差し出して。迷っている場合ではない。戸惑いつつも、意を決し扉のオープンボタンを叩く。

「──そこにいるのは、味方か。それとも、怪物か。味方なら、余計な口を挟まず手伝って欲しいんだがね」
「っ!?」

 スライドドアが開くと同時、薄暗い部屋の中から、一方的な声が投げかけられた。
「……誰っ!?」
「生憎と、丁寧な応対をしている余裕はなくてね」
 慇懃無礼な言葉。室内からそれを発するのは、通信のコンソールへと向かい計器を様々に操作する、青年。
 玖純 飛都(くすみ・ひさと)。彼のぶっきらぼうな声が、続く。

「たくさんの人命がかかってるんだ。ここを動かさなければ外と連絡はとれない。わかるだろう」

 投げつけられた、高圧的なその物言いにむっとしながら、しかしそれがやはり正論であるということもセルファはわかる。

 ──なんなんだ、こいつは。

 返事もせず、しぶしぶ彼の言うとおりにした。
 もともと、そのために来たのだ。今更そんなこと、言われるまでもない。返事してやる必要も、ない。