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あの時の選択をもう一度

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あの時の選択をもう一度
あの時の選択をもう一度 あの時の選択をもう一度

リアクション

 幸せに溢れた家のリビング。

「どうぞ、ファイが作った自慢のクッキーですっ」
 広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は出来立てほやほやの手作りクッキーをテーブルに置きながら同棲している結婚を約束した彼氏に言った。
 彼氏はテレビを見ていたがファイリアに声をかけられるとすぐにやって来た。
「どうです?」
 ファイリアは紅茶を淹れながら美味しそうにクッキーを食べる彼氏に訊ねた。
 彼氏は美味しいと笑顔。
「嬉しいですっ!」
 ファイリアは彼氏の褒め言葉に嬉しくなりながら淹れた紅茶を彼氏に渡してから自分もクッキーを食べた。
「最近、どこもかしこもパラミタのニュースばっかりです」
 ファイリスは連日放送しているパラミタのニュースに思わず溜息。どこもかしこも通常の番組を中止してパラミタのニュースばかり伝えているのだ。
「そう言えば、前にね、記憶喪失の魔女に出会って契約するかしないかの話が出たんだけどファイ断ったんです」
 ファイリアは以前出会った一人の魔女を話題に挙げた。
 話を聞いてた彼氏はどうして断ったのか知りたそうな顔をした。
「……育ての親の悲しむ顔を見たくなかったから、ほんの少しだけ気にはなったけど。今はそれで良かったと思うです。素敵な人と一緒にいられるこの今の幸せには変えられないから」
 ファイリアはカップの水面を見つめながらしんみりと事情を話す。今でも少しだけ気にはなるけれどそれ以上に大好きな人と一緒にいられて幸せだと強く思っていたり。
 そんなファイリアに彼氏は少し照れたように愛してるよと言った。
「……ファイも大好きですっ」
 ファイリアは顔を上げ、嬉しそうに言った。
 彼氏は子供は何人欲しいのかとファイリアに訊ねた。ファイリアは恥ずかしそうに顔を真っ赤にした後答えた。
「……ファイは何人出来てもね、絶対にファイと同じ想いを抱かないようにしたいです。離れ離れになるのはお母さんも子供もとても悲しい想いをするですから……」
 ファイリアは生みの母親に育ての親の広瀬家に置いて行かれ悲しい思いをしたので自分の子供にはそんな思いは絶対にさせたくないと決めていた。
「……(ファイ、見たはずないのに悲しいお母さんの顔が浮かんだ気がします?)」
 話し終わったファイリアは一瞬だけぼんやりとしていた。自分と同じ銀髪の女性の姿がよぎったような。しかし、彼氏の心配そうな視線に気付き、すぐに我に返った。
「ファイの作った料理をたくさん食べて貰って笑顔で一日の出来事を話したりするです。夜、寝かしつける時には子守唄を聴かせて素敵な夢を見て貰うんですっ」
 ファイリアはこれから築いていく素敵な家庭を想像し、幸せに満ちあふれていた。
「……ボクの愛しき子よ〜耳を澄ましてごらん〜森のざわめきも〜風のささやきも〜♪」
 突然ファイリアは無意識のうちに口ずさみ始めた。彼氏は楽しそうに耳を傾けている。
「……はわ? 違うはずなのに……どうして、この唄が出たんでしょう?」
 驚いたファイリアは歌うのをやめた。先ほどちらりとよぎった生みの母親の顔がまた浮かんだ。とても悲しそうで今にも泣きそうな顔。ファイリアの心を締め付け、うっすらと今いる場所が別世界だと気付かせる。
「……お母さん……悲しまないで……ファイは……」
 ファイリアはいつの間にか声を上げていた。浮かんだ銀髪の女性、生みの母親に答えるように。
 しかし、その声は途切れ、現実に飲み込まれた。

■■■

「一体、外で何が起きているの。こんなに人が倒れて……ファイ、そうだ。ファイも外に」
 ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)は目の前に広がる光景に異常事態が起きている事を悟り、つい先ほどファイリアが外に出て行った事を思い出し、大慌てで捜しに行く。
「ウィノナ様」
 ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)も急いでウィノナの後を追う。途中、人命救助の者に被害者治療のための安全な場所を教えられた。
 ファイリアをすぐに見つけた。
「ファイ、もう大丈夫だから。すぐに原因を突き止めて助けるから」
 ウィノナはファイリアを起こして安全な場所へ運ぶためにニアリーと協力してファイリアに肩を貸しながら何とか指示された場所へ大急ぎで移動し、ファイリアを寝かせた。

 安全な場所。

「……どうしてファイがこんな目に……早く原因を突き止めて、それから……」
 ウィノナはファイリアの頬に触れた。伝わるのはほのかな冷たさ。
 ほのかでもウィノナを取り乱させるのは十分だった。
「ファイ! 早く起きて! ファイ! ファイ!」
 命の危険を感じたウィノナは一刻も早く助けようとファイリアの身体を揺すったりがむしゃらに呼びかけるなど必死に起こそうとする。
「ウィノナ様」
 ニアリーはウィノナに落ち着いて貰おうと二度ほど呼びかけるが、娘を助ける事に必死なウィノナの耳には入っていない。
「ウィノナ様」
 ニアリーは三度目の呼びかけをした後、ウィノナの頬をはたき、
「御無礼をお許し下さい、ウィノナ様。冷静さを欠けば、ファイリア様を救う可能性を見失います。しっかりして下さいませ」
 ウィノナを叱咤する。助ける側の自分達が取り乱してはどうにもならないから。
「……ニアリー」
 ウィノナははたかれた頬に手を当てながらニアリーの叱咤を聞いた。ようやくニアリーの言葉が届いた。
「……そうだね。ボク達が落ち着かないとファイを助ける事は出来ない。ファイと離れるなんてもう嫌だ」
 ウィノナは頬から手を離し、改めて目を覚まさないファイリアに目を向け、状況を確認する。
「はい、ウィノナ様」
 ニアリーもうなずいた。
 この時、人命救助の者から推測される解決策を教えられた。
 そして、ファイリアを助けるためにウィノナとニアリーは動き始める。
「……外部からの刺激を与えるといいのですね」
 ニアリーはファイリアの横に座り、自分に記録されたウィノナの思い出を語り始めた。少しでもファイリアがウィノナの事を思い出しこちらに戻って来られるようにと。
 その語りは素敵な世界にいるファイリアに生みの母親の顔をよぎらせた。
「……ボクは」
 ウィノナは目覚めない娘に幼い時の事を重ねていた。
「起こすために唄うなんておかしいけど、ファイに一番よく聞かせた唄はこれだからね? しっかり聞いてよ、ファイ」
 ウィノナは目覚めて欲しい一心で子守唄を歌い始めた。ファイリアを捨てる前と母である事を告白した後に聞かせた子守唄を。
「ボクの愛しき子よ〜耳を澄ましてごらん〜森のざわめきも〜風のささやきも〜♪」
 ウィノナは歌いながら優しくファイリアの頭を撫でていた。目を覚まして元気な笑顔で“お母さん”と呼んでくれる事を信じて。
 娘を想う母の歌は遠くにいる娘と繋げた。
 そして、ファイリアを現実世界に連れ戻した。

「……ここにいるですっ」
 現実に戻ったファイリアは目を開けるよりも先に消えた際の言葉の続きが飛び出ていた。
「ファイ!!」
 ファイリアの声に驚いたウィノナは少しびくっとして目を閉じているファイリアの顔を覗き込んだ。
「……ファイリア様、お目覚めですか?」
 ニアリーもそっと様子を伺う。
 突然ファイリアの目がぱっちりと開き、
「お母さん、ニアリーちゃん」
 ばっと起き上がり、心配する大切な人の名前を呼んだ。
「……あぁ、良かった。ファイが戻って来て……」
 ウィノナはファイリアの無事を確認するなり思いっきり抱き締めた。
「……お母さん、苦しいです」
 ファイリアは呼吸が苦しくなるぐらい強く抱き締めるウィノナに訴えた。
「……もう少しだけ」
 ウィノナはそう言ってもう少しだけ抱き締めていた。つい先ほど失いかけた自分の一番の宝物を。
「……無事で良かったです」
 ニアリーは静かながらもどこか安心に満ちた顔で母娘を見守っていた。

 九年前。

「……約束、どうしよう。でも怖いし……お姉ちゃんと一緒に秘密基地に行こう」
 花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)は出来たばかりの友達のブラッド・クロス、後のブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)との約束を考えていた。約束はしたものの何か隠しているようで怖くなり姉の椎堂 朔(しどう・さく)と一緒に秘密基地に遊びに行く事を選んだ。
 そして姉妹仲良く遊んでいた時、災厄は訪れていた。
 花琳達が戻った時、家は炎に包まれていた。鏖殺寺院によって故郷を消されたのだ。両親も友達も何もかも。生き残ったのは花琳達だけだった。
「……きっと約束を破ったから」
 花琳は燃え崩れる自宅を見つめながらなぜだかそう思っていた。これはカリンとの約束を破った報いだと。
 不幸な姉妹を引き取ったのは母方の実家である月夜見家だった。ただし、悲しみに包まれた花琳達に優しくするどころか虐げ、屈折させた。なぜなら引き取った叔父夫婦は駆け落ち同然で国際結婚した花琳達の両親の事を内心快く思っていなかったからだ。

 ある日。
「……お姉ちゃん」
 花琳は叔父に呼ばれて部屋を出て行った朔が気になって様子を見に行った。引きこもり気味の花琳を見るいつも以上に存在価値の無いような目で見る叔父から嫌な予感がしてならなかった。
 花琳は朔達が話している部屋に辿り着くなりドアに耳を当てて盗み聞きをする。
 そして、ドア越しに内容を知った途端、花琳は言葉を失い静かに部屋に戻った。

「ただいま、花琳」
「お姉ちゃん、聞いたよ。私をこの家に置いておく条件に好きでもない男性と結婚するって」
 何事も無かったかのように戻って来た朔に花琳は盗み聞きした事を話した。朔は花琳をここに置いて貰うために結婚話を引き受けたのだ。
「私、知ってるんだよ。色々良くない噂のある男性だって。そんな結婚絶対に幸せになれない。お願いだから断ってよ。私のために嫌な思いをしないで」
 花琳は必死に止めようとするが朔は押し黙り答えない。
 花琳は何度も同じ言葉を繰り返すが朔はずっと黙ったまま。
 ようやく花琳の訴えに区切りが見えたところで
「ありがとう、花琳。でも何も心配しなくていいから」
 朔は寂しげに笑った。
「……お姉ちゃん」
 花琳は朔の笑顔の前何も言う事が出来なかった。いや言葉にしても無駄だと悟ったのだ。
 そして、朔は嫁いで行った。

 朔が嫁いだ後。
「……お姉ちゃん」
 花琳は空虚な瞳で窓から外を眺めていた。朔が嫁いでからますます花琳の引きこもりは酷くなっていた。
「……あそこで死ぬべきだった。そうすれば、お姉ちゃんは私に縛られる事なく、自由に生きていけたはず。私はお姉ちゃんに依存している寄生虫だ……こんな私が存在していいはずがない……あの時、ブラッドちゃんに会いに行っていたらこんな風なお姉ちゃんにも誰のお荷物にもならない私自身が誇れる私の人生を歩めたのかな」
 花琳がぼんやりと考えるのはブラッド・クロスの約束を破ったあの日の事。
「……今でも間に合うかな」
 花琳は窓から身を乗り出し、飛び降りようとする。朔が嫁いだ相手の悪い噂は相変わらず聞く。だから自分がここで消えれば少しは間に合うかもしれないと。
「……この声……この懐かしい声は」
 飛び降りようとした花琳の耳に懐かしい声が聞こえていた。必死に自分を呼ぶ声。
「……あぁ、そうだ……この声は私の……私の最高の友達の声。泣きながら私を殺して私と一つになった素直になれない頑固な私の片割れ。私の代わりにお姉ちゃんを護ってくれてた……ブラッドちゃん」
 聞こえてきた声は少しずつ花琳を現代に引き戻し始めていた。
 突然、
「うわっ!!」
 部屋が激しく揺れて花琳がバランスを崩して窓から離れ床に倒れ込む瞬間、現実の世界に戻った。カリンと出会い、殺され魂をカリンに吸収され封印されるもアリスとして復活した世界に。

■■■

「帰りが遅いから迎えに来たのによ、いったい何がどうなってやがるんだ!?」
 カリンは予想外の光景に嫌な胸騒ぎを感じながらも花琳を探し回っていた。
 今日、花琳が一人旅から帰って来ると知って朔と家で待っていたのだが、帰りがあまりにも遅い事に心配になりカリンが迎えに出て来たのだ。そしたらこの光景が待っていた。
「花琳!」
 カリンは花琳を発見し、駆け寄った。久しぶりの再会がこれだとはあまりにも酷すぎる。
 何度も呼びかけるも無反応。
「せっかく一人旅から帰ってくる花琳と久々に会えると思ってたのに……なんで、謎の意識不明状態なんだよ、花琳! 畜生……馬鹿な僕には何が何だかわかんねぇよ!」
 カリンは花琳を抱き起こしたまま途方に暮れていた。
 そこに人命救助に勤しむ人がやって来て安全な場所や推測された解決策を教えられそこに移動した。

 安全な場所。

「なあ、起きてくれよ……僕達の誓いを忘れたのかよ! “朔ッチの為、僕達はお互い幸せな人生を見つける”って!」
 カリンは配布された毛布を冷たくなって行く花琳に掛けながら必死に話しかける。
「ようやく、やりたい事が見つかった、これで独り立ちできる、お姉ちゃんに迷惑かけないって! 帰ったらてめぇの撮った写真と土産話を聞かせてくれる約束だろぉが! 花琳!!」
 カリンは熱く呼びかける。今日は花琳の旅話を聞いたりして楽しく過ごすはずだったのにこんなところでお別れなどカリンが許すはずがない。自分だけでなく家で待つ朔も絶対に許さないはずだ。
 カリンは花琳の胸ぐらを掴み上体を起こしゆさゆさ揺らしつつ
「起きろ、僕の片割れ! てめぇが居ねェと……僕は……誰に贖罪すりゃいいんだよ……お願いだから……起きてくれよォ」
 呼びかけるヤンキー口調に水分が混じる。カリンの必死な声は花琳を引き止め、行動は花琳の世界に地震を起こしていた。

「……花琳、おい起きろよ! 起きてくれよォ……」
 カリンは必死に花琳の身体を揺すっていた。別世界で地震を起こし、花琳を取り戻した事など知らずにひたすら。
「ちょ、ブラッドちゃん!?」
 現実に戻って来た花琳は激しく前後に揺れる身体に大慌て。
「花琳!! 目を覚ましたのか」
 花琳が目覚めた事に気付いたカリンは急いで揺するのをやめた。
「覚めたよ。しっかりとブラッドちゃんの声が聞こえたよ。もう、ブラッドちゃんは寂しがり屋だね♪」
 花琳はにこっと笑いながら言った。
「……ッ! 本当に心配かけさせんじゃねーよ!」
 カリンは少しだけ照れて花琳の頭を軽く小突いた。
「痛いよ、ブラッドちゃん」
 花琳は両手で小突かれたところを撫でながら言った。
「帰ったら朔ッチにも謝るんだぞ。帰りが遅いって心配していたんだからな」
 カリンはなかなか帰って来ない自分達を心配しているだろう朔の事を思い出していた。
「うん。ブラッドちゃん、これからもずっと一緒だよ」
 花琳はこくりとうなずいた後、にこっとカリンに笑いかけた。
「んなこと、当たり前だろ」
 カリンは粗暴に言うまでもない事を言うなと照れたように花琳から顔を逸らした。

 四年前、地球。

「……こう気が滅入った時は気晴らしが必要よね」
 東京にある国立大学法学部の学生である水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は進路で思い悩み気が滅入っている今の気分をリフレッシュするためにあてもなく町中をぶらついていた。
 ゆかりは幾度も見ず知らずの人とすれ違う。これまでと変わらない事。現実の世界では特別な出会いがあった場所でもここでは何も無い。ただの気晴らしの散歩。

「……」
 歩き続けるゆかりの姿がいつの間にかスーツ姿に変わり、場所も屋内に変わり時間も経過していた。
「もう、何でこんなに忙しいのよ」
 ゆかりは文句を洩らしながら忙しなく動いていた。
 今のゆかりは国家の中枢を担う入省一年目の国家総合職のキャリア官僚というエリート。勤務先は財務省だ。毎日、信じられないほど多忙で町中をぶらつく余裕さえない。
「あぁ、また今日も泊まり込みかぁ」
 ゆかりは疲れたように溜息を洩らす。予算編成期の今は役所に泊まり込みも多く、自分の時間など持てやしない。
 そんな中、一日だけ奇跡的に休みを取る事が出来た上に友人達の休みと重なったため久しぶりに会おうという事になった。

 洒落た喫茶店。

 ゆかりと民間企業に就職してゆかりから見て気楽としか思えないOLをする友人達と近況や仕事の愚痴やら恋バナなどテキトーな話をしてのんびりと過ごしていた。
「本当にたまらないわよ。無茶振りも大概にしろっての。そう言えば、ゆかりはお役人さんだったわね。やっぱり忙しいの?」
 上司に対しての愚痴を吐き出した後、ゆかりの近況を訊ねた。
「多忙過ぎて死ぬわよ。予算編成期なんか役所に泊まり込みよ。休みを取るなんて本当に奇跡なんだから」
 ゆかりは溜息混じりに答えた。
「大変ね〜。財務省だっけ? また税金上がったりするの? 上がるのは嫌だなー。ただでさえ給料安いのに〜」
 喉を潤しながら別の友人がゆかりに文句を垂れる。
「それよりもまずは気晴らしでしょ。何か追加する?」
 ゆかりは穏やかに友人の文句を流し気分転換とメニューを広げる。
「追加と言ったらデザートでしょ」
「この店長おすすめプレートにしようかな〜」
 友人達は追加にデザートを選んだ。
「それなら私も」
 ゆかりも店長おすすめプレートに決めた。

 注文したデザートが運ばれると
「あぁ、素敵な人、現れないかなぁ。合コンでもダメな男ばっかだし」
「ゆかりはどうなの? 忙しいと出会いなんて無いでしょ」
 と甘いデザートには恋バナという感じである。
「えぇ、無いわね」
 ゆかりは友人に即答し、甘いケーキを口に運ぶ。
「……」
 デザートを楽しみながら友人達のやり取りを眺めるゆかり。
「……(いつもと変わらないはずなのに何か違う様な気がする。一体何が違うんだろう? これが私の生活のはずなのに)」
 ゆかりは突然妙な違和感を感じた。その違和感がどこから来る物なのか見当が付かない。
「……声……私を呼ぶこの声は……どこから……」
 確かに聞こえる声。気になって仕方が無いゆかりは周囲を見回すも声の主はいるはずがない。
「誰なの? 私を呼ぶのは? 私をこんなにも必死に」
 ゆかりは声のあまりの悲痛さに胸が塞ぐ思いになり苦しくてたまらないが、それだけではない心安らかになる暖かさがわいてくる誰かが支えてくれているような。
「……あぁ、そうだ。この感覚は……この声は……」
 ようやくゆかりは気付いた。自分には別の場所があるのだと。
「今、帰るわね、マリー……」
 ゆかりはすっと立ち上がり、友人達の事など忘れ、喫茶店を出てその先に待つ現実に戻って行った。

■■■

「カーリー!!!」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は屋内から偶然外に出たゆかりが昏睡するのに気付くやいなや駆け寄った。ちなみにゆかり達がイルミンスールにいたのは公務のためだ。
「起きて、カーリー!!」
 マリエッタはゆかりの身体を揺すりながら声をかけてみるが何の反応もない。
「……なぜ、起きないの? そもそもどうしてこんな事に。この町に来た時はおかしな事は何も無かったはずなのに」
 なかなか目を覚まさないゆかりに首を傾げるマリエッタ。その目に周囲で起きる異変が映った。何かとんでもない事が起きていると理解せざるえなかった。
「……とりあえず、何とかしないと。カーリーをこのままには出来ない」
 異常事態に困惑しつつもゆかりをこれ以上地べたに寝かせておくわけにはいかないとマリエッタは自分達が宿泊している宿に連れ戻り、ベッドに寝かせる事にした。

 宿。

 ゆかりを何とかベッドに寝かせたところで事件の詳細がマリエッタにも届いた。
「……刺激を与えるしかないのね」
 まるで眠っているかのようなゆかりを見つめるもすぐにマリエッタは行動を起こした。一分一秒も惜しいのだ。ぼやぼやしているうちにゆかりの命の灯火は弱り最後は消えてしまうのだから。
「カーリー、起きて。こちらに戻って来て。カーリーの世界はこっちよ!!」
 マリエッタは手を握り、何度も名前を呼んで必死に呼びかける。
 何度も呼びかけた後、
「……あぁ、手が少しずつ冷たくなっている。このままだと」
 握るゆかりの手がかなり冷たくなっている事に気付いた。
「何とかしないと」
 マリエッタは少しでもゆかりの身体が冷たくなるのを防ごうと動き始めた。
 互いに服を脱ぎ、毛布をかぶったまま一糸纏わぬ姿で肌を寄せ合い、『火術』で自分の身体を発火しない程度に熱くして抱き締めた。少しでも死の危険が遅延する事が出来ればと。そしてこちらに引き戻す力になればと。
「カーリー、お願い……起きてよ……」
 マリエッタの涙が混じった必死な声は遠くにいるゆかりの耳に届き、マリエッタのぬくもりは自身の存在と暖かさを届けた。
 そして、ゆかりを現実の世界に引き戻した。

「……ただいま、マリー」
 目覚めたゆかりは涙顔のマリエッタに散歩から帰って来たかのように声をかけた。
「カーリー!!」
 マリエッタの声に気付き、声を上げると自分を映す漆黒の瞳が目の前にあった。
「良かった。どんどん冷たくなって戻って来なかったらって」
 マリエッタは手で涙を拭きながらほっとしたように言った。
「心配掛けてごめんね。でも戻って来たから、マリーと契約したこの世界が私の世界だから」
 ゆかりはマリエッタに泣かせるほど心配させた事を詫びてから笑顔になった。町中で迷子になっていたマリエッタと知り合い、契約をしたこの世界こそが一番だと。