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第二章 テロ前の学校
 
 「それでは家庭科の調理実習を始めます」
 若い女性教師が調理の終了時間をボードに書き込んだ。
「パラミタからも留学生の方が来ていますので、楽しく仲良くやってくださいね」
 はーいと元気な声を桜月 舞香(さくらづき・まいか)下川 忍(しもかわ・しのぶ)は一緒に聞いていた。
「宜しくお願いしますね、忍」
「うん、宜しく」

 「家庭科の授業なんて久しぶりね」
 ボードの献立表を奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は見やる。
「……自由……ね」
 実際に献立表には自由と書いてある。それぞれの得意料理を作れという事なのだろう。手軽なサンドイッチを作っている男子グループもいる。
「さてと、私達は簡単だけどオムライスにしましょうか」
「……」
 後ろを見ると、雲入 弥狐(くもいり・みこ)が目を輝かせながら他のグループのチーズに手を伸ばしていた。
「こらッ!勝手にチーズを食べないの!」
 ペシッと弥狐の手を叩いた。弥狐の手はチーズを掴む前に空を切った。
「うあー、あたしのチーズが……」
 泣きそうな顔でチーズを弥狐が見つめる。
「元々貴方のチーズじゃないでしょ……」

 「あの……良かったら、食べます?」
 同情された顔で隣のグループからチーズを差し出された。
「いえ、結構です。すいません……」
「ううっ……」
「チーズよりもっと美味しいモノを作ってあげるから」
「本当?」
 弥狐の顔がパッと明るくなる。
「ええ、しっかり手伝うのよ」
「うん」

 「先ずはバターライスからよ。玉ねぎを取ってきてくれる?」
「うん!」
 沙夢は玉ねぎを一センチ四方に刻み、バターで玉ねぎを炒める。
「私は他の材料の準備をするから、飴色になるまで炒めて頂戴」
「任せてよ」
「終わったら、ボールに入れてご飯とバターも一緒に入れてラップをしておいてね」
「はーい」
 弥狐はグシグシと8の字に玉ねぎをかき混ぜる。焦がさないようにフライパンを振る事も忘れない。


 忍は水洗いした野菜から玉ねぎを取り出すと、果物ナイフでクルクルと玉ねぎの根を切り取る。
 皮を剥きやすくする為に、忍は予め水に玉ねぎを浸けていた。ナイフのアゴの部分で器用に皮を剥いていく。
「忍……お店で働いていたことは……あるのかしら?」
 舞香が忍に尋ねた。
「え、特に無いけど?」
「そ、そう……」
 忍の料理の仕方が明らかに周りの高校生とやり方が違う。
 舞香は周りを見るが、手で玉ねぎの皮を剥いたり、刃がつるつると玉ねぎに逃げられていて、正直初々しい。
「何か手伝った方が良いかしら?」
「うーん、そうだね……ブロッコリーの芯でスープを作るから芯を刻んで軽くフライパンで炒めてくれるかな?」
「ええ、任せて」
 まな板をもう一枚広げて、舞香はブロッコリーの芯を角状に細かく刻む。刻んだそれをフライパンに入れ、バターで芯が柔らかくなるように炒めていく。
「君も人のことは言えないと思うけど……」
「え?」
「ううん、そのままお願いします」
「ええ」


  お昼前の暖かな日差しを受ける窓際の席。
 教師からの視界を遮るための机の上に立てた教科書。その本の後ろから小さな寝息が聞こえてくる。
「すー……すー……」
 シャーレットは寝ていた。授業は国語の古典の授業。
 最初の5分はまだ真面目に聞いていた。
 10分後には、小さな頭が上下に揺れだした。
 20分後、抵抗を諦めた。
「……」
 セレアナは分かっていたという顔で、隣で眠るシャーレットを一瞥した。
(本当に幸せそうね……ただ――)
 セレアナの右手が隣で眠るシャーレットの頭に届く寸前の事だった。

 木製の扉が床へ叩きつけられ、女子生徒の悲鳴があがった。
「全員動くな!」
 武器を持った男達が教室へと侵入してくる。
「……へ?」
 寝惚けた眼でシャーレットは沈んでいた頭を持ち上げた。

 「あー……何やってるかな、あたし……」
 天井を見つめ、シャーレットは愚痴を零した。
 教室の隅っこに他の生徒達と同様に座らされたシャーレットとセレアナ。
「授業中に居眠りしてたからでしょ?」
 テロリストに聞こえないようにセレアナは口を開いた。
 ムッとした顔をしたシャーレットだが、自業自得なので直ぐに溜息を吐いた。
「それで……いつまでこうしているつもり?」
「チャンスが来るまで大人しくしてるわ。こんな事で教導団員が慌ててたら、後で馬鹿にされるに決まってる」
「そうね」


 「いやー、お二人とも遠路はるばるご苦労様です」
 用務員さんの案内で紫月 唯斗(しづき・ゆいと)柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は校舎内を歩いていた。
「ええと、SURUMEスーツのテストでしたか?」
「いや、SURUGAです。凄い美味しそうですけど、ちょっと違います」
 恭也がすかさず訂正する。ハッハッハと用務員さんは笑った。
「ええ、SURUGAスーツの一般環境での動作テストになります。数日の間ですが、校舎の中を歩き回らせてもらいます」
「分かりました。校長先生からもその様に話を聞いております。ゆっくりしていって下さい」
「お世話になります」
「ああ、それと話は変わるのですが、パラミタの方から交換留学という事で学生さんが来ていますのでお昼などは会うことがあると思います」
「……へえ、そうですか」
 初めて聞いたという顔で恭也は少し肩をすくめて見せた。
「分かりました。覚えておきます」
「それでは、私はこれで……」
 ぺこりと頭を下げると用務員さんは事務所へと戻っていった。
「ふぅ、紫月さん。それじゃ、俺達もサボってる奴らがいないか探しに行きますか!」


 「お早うございます」
「「おはよーございまーす」」
 教師の挨拶に間延びした生徒達の声が返ってきた。
「今日から数日間ですが、私達のクラスにはエクリィール・スフリントさんと藍華 信さんが交換留学という事で来ています。短い間ですが、楽しくやって下さい」
「「はーい」」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は遠くで何かやっていた。

 「エクリィール・スフリントじゃ、皆の者宜しく頼むぞ!」
 エクリィール・スフリント(えくりぃーる・すふりんと)が先ず自己紹介した。
「藍華 信だ。宜しく頼む」
 続き藍華 信(あいか・しん)がサラッと行う。

 「はい、それでは一限目は自習という事にします」
 教師は一言言うと、教室から出て行った。
「きゃー、可愛いーー」
 エクリィールに黄色い悲鳴が上がった。
「なんか頭にポンポンした物付いてるし」
「あ、コラッ!放すのじゃ!」
 一瞬で女子に取り囲まれてしまう。ジタバタと暴れるが、マスコットのそれでしかない。
「ふっ……流石はデコ娘。人を惹きつける魅惑のデコを今日も発揮しているようだな」
 傍で信が見下したように笑った。
「な、何じゃと!」
 だが、エクリィールの声は女子生徒の声に埋もれていった。
「馬鹿め……」

 「ねー、伸君達は契約者って言うんでしょ?」
「写真とか持ってねえの?」
「少しだが……持ってきている」
「本当か!ちょっと見せてくれよ!」
 信の周りにも人だかりが出来ようとしていた。
「プロジェクターは……無いのか?」
 流石に個別に説明するのは手間だと思ったらしい。
「あるよ!ちょっと待ってね」
 壁のスイッチを押すと、天井からプロジェクターが降りてきた。

「ハワイみたいだ」
「こっちは北極みたい」
 壁に代わる代わる映った写真や動画に歓声が上がる。
「ふん……良いロケーションの写真ばかり持ってきたようじゃの」
 解放されたエクリィールが信の傍に戻ってきた。
「……戦場の写真なんか見たい奴が居ると思うか?」
「そうじゃの」


 「えー、今日から数日ですが、化学の臨時講師として蒼空学園からダリルさんとドクターハデスさんにお越し頂きました。良い機会ですので、他校の勉強の様子などを聞いてみてください」
「はーい」
 間延びした返事が生徒達から返ってくる。
「それとルカさん、キロスさん、咲耶さん、アルテミスさん、ペルセポネさんが蒼空学園の生徒として参加しています。仲良くなってくださいね」
「はーい」
 再び間延びした返事。
「それでは簡単な自己紹介から。では、ダリル先生から御願い出来ますか?」
「ええ。それでは皆さん、こんにちは。ダリル・ガイザックです。短い間ですが、宜しくお願いします」

「フハハハ、我が名は天才科学者、ドクター・ハデスだ!お前たちにはオリュンポスの超・最先端の科学技術を見せてやろう。オリュンポスについて、まずは説明してやろう。オリュンポスというのは――」
 
 30分のハデスの独演会が始まった。
 「あ、あの――生徒さんの自己紹介もありますので……」
 暫くして最初の教師が止めに入った。咲耶は顔を赤くして、終始俯きっぱなしであった。
「むぅ……それでは仕方がない」
 至極残念そうな顔でハデスは壇上から降りた。
「ええ……と、それでは蒼空学園の生徒さんの自己紹介を御願い致します」