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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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 食堂の厨房で、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は黙々と無心に――しかしもの凄いスピードで手を動かし続けていた。
 彼の指先は正確に細かいヒダを作り、丸い皮だったものをお馴染みのある形に作り上げてゆく。
 作っているのは餃子だった。



 所属する薔薇の学舎から書類を届けにやってきて、ついでに友人が働く食堂に寄り、話し込むうちに空は暗くなっていた。
「いやぁ、空を全く見てなかったねぇ。これじゃ暫く帰らないよ」
 困った顔で笑いながら友人を見れば、彼にこれを機会に手伝いを頼まれたのだ。
 弥十郎は料理人だ。時も、場所も選り好みしたりしない、本物の料理人だ。何時だって食材を見れば俄然燃えて来る。
「折角だから1時間でどれくらい包めるか試してみない?」
 勝負を持ちかけて暫く。
「この程度の仕上がりならいいか」とか「え、それは流石にずるいよ」等と笑い合いながら気がつけば約束の一時間はとうに過ぎていた。
「300個かぁ。
 新記録だね」感慨深げに呟いて友人の手元を見れば、同じ様に餃子が並んでいる。
「おんなじくらいだねぇ。やるなぁ」
 粉塗れの手は使えない。肘でつつき合っていると、ふと鼻孔を香ばしい香りが掠めた。
「(ごま油?)」
 餃子の並ぶバットの一つが、横から誰かにかすめ取られて行く。
 目を横へ横へと滑らせて、斜め後ろのコンロの位置でへきたところで、バットはフライパンの横に着地した。
「え、兄さん。何やってんの?」
 弥十郎が埃を立てない様な、それでも焦ったスピードで向かったのはフライパンの取っ手を握っていた佐々木 八雲(ささき・やくも)のもとだ。
「いやぁ。
 腹減ったと思ったら、良い所に餃子が沢山落ちててねぇ。食べようかと」
「『落ちてて』って……」
 綺麗にバットに並べてあったじゃないか。
 弥十郎は苦笑いだ。
 友人に振り向いて「そうそう、そういうこと」と肩をすくめる。
 あれは本来冷凍保存される筈だったのだが――
「まあ、料理は出来立てが一番だからねぇ」

* * *

 食堂に移動して、皿に盛った餃子をテーブルに並べていると、背後から声を掛けられた。
「ピェリミェーニですね」
 振り向けば誰か知らない人間が立っている。
 軍服にネックマフ、黒檀の髪を横で一本にくくった女――タチヤーナだった。
「焼いてるということは中華料理というよりどちらかというと日本の方の」
 確かに本場中国の餃子は水餃子が主流だ。蒸したり、このように焼いたりもするが、今作っていたのは言われた通り日本のレシピに基づいた作り方だ。
 この女性は料理について良く知っているのだろうか。弥十郎は唸った。
「そうですね。
 ――君がさっき言ってたピェリミーニってペリメニのことですよね、ロシアの方ですか?」
 肯定を意味するダーで答えられて、弥十郎はふむと頷いた。
「タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワです」
 名乗られて弥十郎が挨拶する。続いた八雲が彼女の手を取って優しい笑顔を向けたのには、弥十郎は何時もの事かと思っただけだったが、タチヤーナの方はそういうのに慣れないのだろうか、頬を染めて苦笑いしていた。
「あちらでも水餃子を食べますよねぇ」
 日本人の料理人である弥十郎からすれば、ペリメニという言葉が指すのは一般的に今あげたロシア水餃子の方だ。
「はい、私はシンプルにバターとスメタナが好きですね。パーパが何時も沢山作ってくれました」
 聞いてもいない味の好みまで言う辺り、矢張り食べる事が好きなのだろう。
 そういえば手にこの辺りでは余り使われない食材を手にしている。
「テーブルビートだ。厨房に頼んで茹でてあげようか」
「ありがとうございます!」
 手際良く処理して一応料理のような形に盛りつけたものを持って来ると、タチヤーナに神様でも見る様な眼差しで見られて、弥十郎は苦笑しながらそれをテーブルへのせる。
 するとその隣に別の料理の盛りつけられた皿が置かれていた。
「これは?」
「カガチ君が配ってたんだよ」
 八雲に言われて横を見るとカガチがバットを手に立っていて、そのバットの上には未だ大量のピロシキが乗っているようだ。何処でレシピを学んだのか揚げずにオーブン焼きの、日本の影響が色濃いこの地方では珍しい方の作り方だった。
「ジジィが作り過ぎたんだと。
 遠慮なく食ってくれぃ」
 申し出を断る理由も無く、八雲と弥十郎が素直に口に含むと、パンの香ばしさと羊肉の独特の香りが口一杯に広がった。
「餃子も美味しいけど、君のピロシキも素晴らしいね。
 これは、正直美味い」
「ビール……は無いか。教育機関だし」
「はぁ。ヴォートカ(ウォッカ)が欲しいですね。ここではお酒が飲めない年齢で、非常に残念です」
 しみじみと言う辺り、18は越えているのだろう。地球ならその年齢で飲酒出来る国がある。確かロシアもそうだ。  
「ここは故郷の香りがします。何だかとても懐かしい気分です。
 ――少々ごま油がキツいですが」
 付け足された言葉に皆が笑い出していると、突然タチヤーナが椅子をひいて「失礼します!」と走って行ってしまった。
 落ち着きの無い性格のようだ。
 そして行く先を見守っていたカガチも、同じ様に急にいなくなってしまう。
 残された佐々木兄弟は、それに少々面食らいながらも、雨が上がるまでそこで楽しい間食の時間を過ごしたのだった。