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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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リアクション

 川村 詩亜(かわむら・しあ)川村 玲亜(かわむら・れあ)は仲良し姉妹である。
 パートナーのミア・マロン(みあ・まろん)と此処、蒼空学園に通う彼女達は今日もいつも通りの一日を過ごし――、

 いつも通り玲亜が迷子になっていた。
「玲亜、また迷子みたいね……。
 一体どうやったらこんなに迷子になれるのかしら。
 ……なんて、感心しても仕方ないわね」
 諦めの入った声でそう言う詩亜に、ミアはこちらも諦めた瞳で答える。
「はぁ……玲亜から迷子を取ったら、何が残るのかしら……。
 ま、取り敢えず探しましょうか、詩亜……」
 本当に、毎日通っている学園でどうしてこうも簡単に迷子になれるのかわからない。
 正直言って詩亜にも、ミアにも不思議だった。
 神隠しにでもあっているのだろうか。
 学園が何処か不思議な世界と繋がっていて、そして――。
 
 と、まあそんなファンタジックな事が現実にある訳も無く(パラミタではそう無い訳でもないが)、不思議がったり感心している場合ではないのだ。
 詩亜とミアは、諦めを口にしながら捜索を開始した。
 『いつも通り』の事なので、予め服に発信器は縫い付けてある。
 わたげうさぎを模した可愛いハンドコンピュータは、その発信器の信号を随時受けるようになっていたから、上手く信号をキャッチしたら、あとはこれを追いかけるだけだが、今のところまだ通信していないようだ。
「外には……出てないよね……」
 詩亜は窓の外を見てみる。
 雨も風も酷いし、何より雷が近くに落ちているようだ。
「幾らなんでもこの天気でそれは無いわよ。
 中だけだと思うわ」
 ミアの言う通りだ。
「そうね。取り敢えず学校内……小等部内に絞って探す事にしましょう。
 見つからなければ、他の学部まで足を伸ばすとして……」
 そんなことになりませんように、と祈りながら二人は歩き続けた。



 その頃玲亜はきょろきょろ周囲を見回していた。
「……えぇと、ここ、どこ?
 と言うか、お姉ちゃんもミアちゃんも居ないし……

 これは、まさか……

 私、また迷子になってるーっ!?」

* * *

『屋上にて待つ』

 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の元へたった一言だけのメールがきたのは放送が入った少し後だった。
 差出人の名前はハイコド。
「行方不明の人間からメールがくるってことは、本物の差出人は別の『誰か』――」
 いや、この場合誰かというより『何か』と言った方がいいのかもしれない。
 メールを貰った涼司自身詳しい所は知らないが、ハイコドの行方不明の原因は正体不明の寄生生物だとか、そんなような話を彼の妻のソランから聞いている。
 ではこの先で待ち構えているのは、ハイコドではなく――
「何が出て来るかは開けてのお楽しみ、かな?」
 画面に改めて目をやって涼介は扉を捻り押し込んだ。
 軽い子供ならば宙を舞ってしまいそうな程の風が吹き、それに煽られて雨は暴力的に叩き付けてくる。
 そして絶え間なく轟く雷音の中、戦いに、強さに飢えた触手の化け物との戦いは既に始まっている。相対しているのは涼介の知らない人物だった。
 そこそこに長身の黒髪の女だ。折目正しい軍服に身を包み、右手には刀、左手には脇差しを持っている。
 扱いの難しい二刀を敢えて同時に振るというのは、それだけでそこそこに手練だという事が推察出来た。
 恐らくハイコド――否、今はケンファと呼ばれているのだったか――が涼介を待つ間に、ここへやってきて巻き込まれた契約者なのだろう。割って入るべきだろうか。
 涼介がタイミングを見計らっていると、そのほんの数十秒の間に彼女は正面に伸びて来た5本の触手を両手の刀で払いながら進み、後ろから戻って来た触手をバック宙のような動きで避け、
攻撃が一点に集中したことで一本の線になった触手を左の刀で上から叩き落とし、踏みつけながら二・三歩で間合いに入り込むと、右の刀で触手を根元から断ち切ろうと斬り落としにいった。
 上段から振り下ろしたその刃は、ケンファの左肩から先の義手で受け止められてしまう。
 女は舌打ちしながら右の刀で横薙ぎにくるのを、持ち前の柔らかさで思いきり剃ると、そのままケンファの肘に向かって蹴り上げた。
 後ろへ回転しながら跳び退く間に、触手野郎の腕からは何かが『割れた』音がしていたが彼女は全く気にしていない。

 二人の間に十分な間合いが取られると、ケンファは腕の結合部を割られて怒りとも、強い敵を見つけた喜びともつかない複雑な表情で女を睨みつけていた。
 先に刃を敵に向けたのは女の方だったが、右手の刃先がケンファに向いただけで、彼女の身体も煽るような歪んだ唇もそれ以上には動かない。
 ただその刃は『お前から来い』と、そうケンファに告げているのだ。
 女の挑発に素直に反応して、ケンファの触手はホーミング誘導しているかのように四方八方から女の身体を襲う。
 爪の斬撃も混じっているが、それこそまるで骨の無い触手のように柔らかく動く女の身体は、全ての攻撃を軽く避けてしまうのだ。
「どこ狙ってんだバーカ」
 女の呆れた笑い声に、気がつくとケンファの触手は三つ編みに編まれた状態になっていた。
「あら。可愛い。似合ってますよ」
 完全におちょくられている。
 怒りが具現化したように三つ編みの触手は手の形の塊になり、女を粉砕しようと上から振り下ろされる。
 涼介が息を呑んだ瞬間だった。
 
 刹那の間に、女は何時の間にかケンファの後ろを取っていたのだ。
「冗談だよ。マジになるなって。ウフフ!」
 耳元で囁かれた聞き覚えのある台詞にケンファの顔が色を失ってゆく。
 それは恐らくケンファの持つものではなく、薄く残るハイコドの記憶なのだろう。内側から激しい怒りの感情が沸き上がって来た。
 と、その時。何かを察知した女は前蹴りでケンファの背中を蹴り出し、突んのめって倒れたケンファを前に急に地面に足を取られたように転んでしまった。
「うわあああ、凄いです! 強いです!
 触手の人が襲ってきますーッッ!!」
 女はいつの間にか刀を非物質化させ、代わりに抜いた9ミリの二挺の銃でやたらめったらに撃ちまくっていた。
「な……何なんだ?」
 涼介が呆気に取られている間に、伸びて来たケンファの触手が後ろから跳んで来た矢に弾かれた。
 開いた扉の前に、次の矢を番えた弓を持ち立つ天禰 薫(あまね・かおる)が居る。
「君、大丈夫?」
 星が瞬くようなスピードで女を庇う様に立ったのは南條 託(なんじょう・たく)だ。
「は、はひぃ。
 危ない所でした。助けてくれて有り難う御座います!」
 間の抜けた顔でペコペコと頭を下げる女からは、先程の殺気と闘気が消え失せている。
 涼介の姿を認めて一瞬あからさまな程『やべえ』という顔を見せた所からするに、戦いの間涼介の存在に気づいていなかった女はあの実力を周囲に隠しておきたいのだろうか。
 そうとは知らない薫と託は、女にその場から逃げる様に促した。
「危ないから早く逃げるんだ」
「ここは我たちが! あなたはその間に――」
「はい!」
 足を踏み開き、ケンファに向けて一直線に立つ薫の目の前で、再び暴れ出したケンファを取り押さえようと後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)が動き出した。
「ハイコドさん暴れちゃだめ!
 ――一体どうしちゃったのだ?」
「確か、真実を名乗る身勝手な正義の猟犬の一人に小っ酷くやられたんだっけ?」
「違うでありますよ!」
 涼介の何気ない呟きに、ドアノブに手をかけていた女がくるりと踵を返して戻ってくる。
 と、彼女は自分の軍服の左腕のパッチを指してシャウトした。 
「プラーヴダはロシア語の意味では無いのであります。ココ! ココをちゃんと読んで下さい!!」
 書かれていたのはキリル文字だったから涼介は素直に両手を上げた。
「――読めない」
 冷めた反応だったが女は顔を興奮で赤くしながら早口で捲し立てる。
「我々がプラーヴダが掲げるのは『正義』と『自由』です。それから私のアチェ――」
 言いかけた言葉を噤んで、不自然な間があってから彼女は続きを言い放った。
「私たちのカピタン(大尉)は決して身勝手などではありません!! 我々下官の為に前線に立つ時すら階級章を付け自ら攻撃の的になる事も厭わない立派な――誇るべき上官です。
 侮辱を取り下げて下さい!!」
「……え……ごめん?」
「分かってくれればいいのでありますよ!」
 腕を組んでふんぞり返りながら言ったところで、新たな登場人物が現れたようだ。
 女は今度こそ出口の扉から校舎の中へ入っていく。
「クソ、犬耳タコが。面倒な事になるとこだったじゃないか」
「――犬耳タコ?」
 女が独りごちたのを聞いて首を傾げていたのは砂糖菓子のようなドレスに身を包んだ少女だった。
「失礼」
 紳士が淑女にするような礼儀のように、女はすれ違うジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に微笑んで道を譲り、ジーナが隣を抜けたのを見計らって階段を降りて行く。
「どした? ジナぽん」
 新谷 衛(しんたに・まもる)に顔を覗き込まれて、ジーナは首を振った。
「いいえ、何だか聞き覚えがあるネーミングセンスだったので――。
 でもまあ、うん、特に理由は無いでございますですよ。
 さあ、バカを捕獲しやがりますですよ!!」
 勢いを付けて扉を押したジーナに、衛は頷いた。