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ホテル奪還作戦

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ホテル奪還作戦

リアクション

 3.5章


 時は遡る。具体的には神月達が色々とお楽しみをしている頃。
 テロリストの一人、ハル・バインリヒはフッと目を覚ます。
(……何も見えない。どこだここは?)
 ハルはぼんやりする頭を回転させる。
(えぇと、ホテルの巡回をしていたら、何か突然首を締められたような感じがして……)
 そう思い、手を首にやろうとしたところで、気づく。
 手が後ろで縛られている。動かせない。さらに、足も縛られている。
(何だ……。椅子に……縛られている?)
 ぐい、と手足を強引に動いてみる。だが、相当きつく縛ってあるようで、びくともしない。
 と、その時。ふと人の気配を感じた。タオルか何かを顔に巻いてあるらしく、視界は無いが、何かがいるのを感じた。
「お、気づいたようだな」
 男の声がした。
 ハルはなんとなく状況を理解する。自分は情けない事に、契約者達に捕まったのだ。おそらくはその辺のタオルかバスローブなにかで窒息させられ、身ぐるみをはがされた。そして自分が生かされている理由。それは。
「ちょっとこれから、君から情報を聞き出そうと思うのだが。話す事はできるか?」
 だろうな、とハルは思う。そうでなければ、自分はとっくに死んでいる。男は自分から、情報を聞き出そうとしている。無理矢理にでも。要は拷問。それだけの話だ。
「話すことはできるが……あんたらに話すことは何もないよ」
 ハルは拷問に対する訓練も受けている。多少なら耐えられる自信があった。
「そうか。では多少乱暴になるが? それも覚悟しているのだな? ……よし。みと、洋考、エリス。何としても、この妙な結界の解除方法について聞き出せ。何をしてもかまわん」
 
   ■

「うっわぁ。ばーちゃん、それやり過ぎだって」
 相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)は、乃木坂 みと(のぎさか・みと)が椅子に縛られている男の手の指を、消火器で一本ずつ丁寧に砕いていくのを見ながら呟く。
 男は必死に歯を食いしばっているが、苦悶の表情を浮かべ、全身から汗が噴き出しているのが分かる。このままだと喋るのも時間の問題かな、と洋考は適当に思う。
「まったく、本当にはた迷惑ですね。せっかくの休暇を楽しみにして部屋を確認しにきたらコレですか。どこの世界の定番映画ネタですか? ほらはやく喋って下さい。これ以上怒らせないで下さい」
 みとはブツブツ言いながら流れ作業のように指を砕いていく。
 そうしていると、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)も拷問に加わり、フォークやナイフをザクザクと腹に突き刺し始めた。
「フォークとナイフでは死なないと思っているでしょう?ですが、正確には死ににくいだけで痛いのには変わりないのです。以上」
 エリスの行動を見て、相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、
「エリス、やりすぎるとフォークとナイフでも死んでしまう。殺してしまわないように気をつけろ」
 と、至極どうでもよさそうに呟く。
 エリスは、「了解しました、以上」と、それだけ呟いて、直接身体の内部には害のない、腹の皮膚を少しずつ剥ぐ作業にうつった。
 誰一人として、ハルを人間として扱う者はいなかった。

   ■   ■   ■

 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は借室電気室で武器となる物を探していた。
 今のところ、自分が履いていた靴下に硬貨をつめた、即席の殴打用暗器、『ブラックジャック』しか手元になかった。
(こんなものでも無いよりはマシだったけれど、やっぱり心許ないわ。何発か殴ったら駄目になってしまいそうだし。何かもっと丈夫で武器になるものはないかしら)
 そんなことを思いながら、引き続き探索する。
「あ、これとかどうですか? リネンさん」
 一緒に武器を探していた御神楽が、リネンに何かを投げてよこす。
 それは、電気ケーブルだった。絞首用に使えるかもしれない。
「というか、私のナイフがあるんだから、それ使えばいいじゃないですか」
「ナイフだと誤って殺してしまうかもしれないでしょ。銃器だって同じ。……でもまぁ、これなら使えるかしら。首絞めなら気絶にとどめることができるしね」

   ■

「とまぁ、こんな感じで」
 リネンの足元にはテロリストの男が横たわっている。背後から忍び寄り、電気ケーブルで首を絞めて気絶させたのである。
「随分と慣れた手つきですこと」
 御神楽がぼそりと呟く。
「本当にね。何だか昔を思い出すわね……、思い出して不愉快になるわ」
 リネンはテロリストの装備をかちゃかちゃと外していく。身包みをはがしたあとで、近くの部屋にあったバスローブの帯で縛り上げて叩き起こす。
「あぁ、殺さないように、っていうのは情報を聞き出す為でしたか」
「えぇ、そうよ。さてテロリスト君、そういうことだからさっさと喋ってくれないかしら? 私たちのスキルを封じている妙な結界について、詳しくね」

   ■   ■   ■

 地下駐車場の警備員の休憩室から、何かを削る音が響いている。
 コーヒーグラインダーで、アルミホイルの塊をひき潰している音だった。
「こんなものかしらね」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、粉末状になったアルミホイルを、化粧品の顔料とよく混ぜる。それを小さなワインボトルに詰め、密封する。これで発熱反応を利用した、簡易テルミット爆弾の完成だ。
「よし、じゃフェンスを壊しに……と、お客さんが来たようね」
 地下駐車場に、複数の足音が響くのをローザマリアは耳にする。自分が先程『ステファニー・マクギャレット』という偽名を使って呼び込んだ、増援の兵士だろう、と適当に結論づける。
「さて、ちょっと殺りあってきましょうかね」
 ローザマリアは休憩室から出て、少し離れたところにある車のドアを、消火用の斧で叩き割る。すると車の防犯装置が働いたようで、ビービーと五月蝿くブザーが鳴り響いた。ブザーが鳴ったことを確認すると、車のそばに設置されていた駐車場のブレーカーを落とす。地下駐車場の明かりが全て消えてしまう。
「これで準備よし、と」
 ローザマリアは呟き、ブザーが鳴り響く車に乗り込み、息を潜めた。
 やがて、ブザー音におびき寄せられたテロリストたちが車に近づいてきた。
 テロリストはアサルトライフルに装着してあるライトを向けながら、車へ近づく。車のドアに手をかけたところで――
 バンッ!! と、ローザマリアは勢いよくドアを開ける。ドアは一人のテロリストの額に直撃した。テロリストはそれで昏倒したようだが、まだあと二人、確認できる。
 ローザマリアは車から飛び出し、突然のことで慌て、うろたえる残りの二人に不意打ちを仕掛ける。それぞれ、股間に蹴り、首の頚椎に手刀を叩き込んだ。テロリスト達は小さなうめき声をたてて、その場に倒れこんだ。
「よし、いっちょあがり。あとはこいつらも縛って監禁しておくか。さぁて、次の増援が来る前に、さっさと地下シャッター、ぶっ壊すか! 簡易爆弾でも、あれぐらいなら壊せるはずだしね」

   ■   ■   ■

 拷問したハルというテロリストの男は、結局口を割った。
 ハルの話では、ハデスという男が作った、魔法やスキルを制限する結界を作り出す装置がホテルの屋上にある、とのことだった。ハルの事はとりあえず置いておき、装置を破壊することが先だと判断した相沢一行は、早速屋上へ来ていた。
「えーと、あれかな? 例の装置。って、見張りいるじゃん……。面倒くさいなぁ、もう」
 洋考は屋上へ続くドアの影に身を隠しながら呟く。
「1、2……計8人か。警備が堅いな。まぁ、奴らにとっては壊されると相当マズい物だからな」
 相沢も呟き、ハルから奪ったアサルトライフルのコッキングレバーを引く。
 そうしていると、相沢達の元に2人の女性がやってきた。御神楽とリネンである。
 この2人も、テロリストから情報を聞き出し、結界を止めにやってきたのだった。
「あ、先を越されていましたか」
 御神楽は呟き、状況を相沢に聞く。
「ふむ。ではあのテロリスト達を殺るしかないようですね」
「そうなるな。手伝ってくれるか?」
「勿論。リネンさんも?」
「そうね。さっさと空を飛びたいしね」
 リネンは言いながら、先程のテロリストから奪った兵器を取り出し、使う準備を始める。
 それを見て相沢は、
「……待て。まさかとは思うが、いきなりそれを奴らにぶち込むつもりじゃないだろうな? 威力は高いが、居場所がすぐバレてしまうぞ」
 しかし、リネンは作業を止めない。テロリストから奪ったロケットランチャー、RPG-7に弾頭を詰め込む作業を止めない。やがて準備は完了したようで、肩に担ぐ。
「大丈夫よ。上手く狙って、全員まとめて吹き飛ばしてやるから。あ、後ろ危ないわよ。コレ無反動砲だから、バックブラストが凄いのよ」
 言い終えた瞬間に、相沢が止める間もなく、リネンはトリガーを引く。
 ボゴォッ!! と轟音を立て、弾頭が真っすぐに飛び出して行く。弾はテロリスト達に向かってぐんぐん進むが……。
「……あれ?」
 弾頭はターゲットの上方向へ、大きく逸れてしまう。それを見て、相沢は頭を抱えた。
 しかしその時、弾頭が思わぬ動きを見せた。突如、ロケット噴射が止まってしまったのだ。稀にある、不発弾である。弾頭は推進力を失い、地球の重力に従って下へ落ちていく。そして落ちた場所には、例の結界装置があった。
 弾頭が装置に触れた瞬間、ゴッ!! と爆発を巻き起こす。装置は粉々に破壊された。
「……あー、結果オーライ?」
 リネンは少しおどけて言う。相沢は、はぁ、とため息をつき、【光条兵器】を起動する。光条兵器はミニガンの形を取り、相沢の手に収まった。
「色々めちゃくちゃだったが、まぁいい……。さて、……殲滅するか?」
 ただの人間と、力を取り戻した契約者。その力の差は歴然であった。
 数分も経たず、7人のテロリストはただの肉塊へと変貌した。

   ■   ■   ■

『吹雪。今回、依頼された任務は2つ。テロリストが占拠、制圧したホテルに単独潜入し、テロリストを殲滅すること。生死は問わないそうよ。そして、人質を無事に救出すること』
『潜入方法は?』
『真正面から進入できるわけないし、少し上のフロアの窓にワイヤークローを引っ掛けて、そこから侵入するといいわ』
『了解』
『それから、ホテルの敷地内に特殊な結界があるみたい。スキルが使えないから注意して。ただの拳銃、ナイフを使うといいと思う。一応ワタシの方でも武器を調達したわ。H&K MARK23。俗に言うSOCOMよ。サプレッサーも用意しておいたわ』
『了解した大佐。有難く使わせてもらおう』
『えぇ。……ってか、だからなんで毎回大佐なのよ!?』
『雰囲気作りは大事であります』

 作戦通り、ホテル3階の窓から侵入した葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、ひとまず外部で待機しているコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)に連絡をとる。
「こちら吹雪。ホテルへの侵入に成功したであります」
『了解。こちらで可能な限りバックアップするから。何かあればまた連絡をして』
 了解であります、と無線を切る。そして、彼女にとってはいつものように、【歴戦のダンボール】を取り出す。
 取り出したところで、彼女はマガジンラックにあるものに目を留めた。それは、少しいやらしい本。平たく言えばエロ本だった。
 葛城はそれを見て何か思いついたようで、ニヤリと笑い、策の準備を始めた。

   ■

「ほら、とっとと歩け。最後の設置場所はどこだ」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、一人のテロリストを連れてホテルの廊下をずんずん進んでいた。
 ホテルの施設のエンジニアとしてバイトに来ていた柊は、テロに巻き込まれた後、バッテリー式の釘撃ち機を改造した簡易ニードルガンを駆使して、一人のテロリストを捕まえた。そのテロリストを少し拷問し、ある重要な情報を吐かせた。その情報とは。
「まったくよォ、なんでこんなモン仕掛けるんだクソッタレ」
 柊は手に持つ粘土状の固形物に目をやる。それは、C4と呼ばれる、高性能爆薬だった。情報とは、このホテルに、ホテルごとまとめて吹っ飛ばせる程の爆薬が仕掛けられている、というものだった。
 既に柊は計11カ所に仕掛けられていたC4爆薬の回収と解体を済ませていた。その中には、ひどく複雑に雷管が突き刺してあり、一歩間違えると爆発を起こしそうなものもあったが、柊にはエンジニアとしての経験があったからか、解体は割と容易く成功した。いやはや、エンジニアというものは至極万能な存在である。色んな意味で。
 そして現在、最後の12カ所目の爆薬を解体しに行こうとしていた。
「ほら、どこだ。最後のは」
 テロリストに簡易ニードルガンを突きつけ、怒鳴る。
「この廊下の突き当たりだ。そこの天井に打ち付けてある」
「妙に聞き分けがいいな?」
「抵抗するのが馬鹿らしくなっただけだ。こんなことしてるのにもな。……というかアンタ、何者なんだ? さっきのC4も相当複雑に雷管をさしてあったハズなのに。あんな簡単にバラすなんて、誰にも出来る事じゃないぞ。本当にアンタ、何者なんだ?」
「あん? なぁに、ただのアルバイトエンジニアさ」
 そんなことをしながら最後の設置場所を目指す。やがて、目的地に到着した。
 しかし、柊はその場所に何か違和感を持つ。
「……? 何だ?」
 場所、いや、正確には、その場所に落ちていた、あるモノについて、だった。
 それは、本。雑誌。それも18禁。所謂エロ本である。
(どうしてあの本だけ、あんなところに開けて置いてあるんだ? 他の雑誌はそこのマガジンラックに全部仕舞ってあるのに。これは……?)
 そしてその近くに、不自然にダンボールが置かれていることに気づく。ダンボールには、良く見ると【調理器具】と書かれている。
(なんで調理器具がこんなところに?)
 柊は無言でダンボールに近づき、軽く蹴りを入れてみる。すると、ダンボールが軽く揺れるのと同時に、中から何かうめき声が微かに聞こえた。
 柊は少し迷った後、決心したようで、ダンボールに手をかけてみる。そして、ゆっくりと持ち上げる。そこには――。

   ■

「あー、ごめん。なんか。見つけてしまって? うん。まぁ、なんだ。あれが本当の箱入り娘ーなんてな? 面白かったぜ?」
「……別に笑いをとるためではありません」
 葛城はそう呟き、じろりと柊を睨む。
(いやまさか本当に……、入ってるとは思わないじゃんかよ……)
 柊はあのシュールな光景を思い出し、噴き出しそうになるのをこらえる。そこで、テロリストの男が柊を呼ぶ。
「おいエンジニアさんよ? はやいとこ解体した方がいいんじゃないのか? アレ」
 そう言って男は、上を指差す。
 成る程そこには、件のC4爆弾が仕掛けられていた。
「おっと、はやいとこ解体しないと。おい、葛城って言ったか。ちょっと手伝え」

 解体作業は瞬く間に終わり、ひとまず柊の仕事は終了した。
「C4爆弾でありますか。それもこんなに大量に」
 葛城は念のため、コルセアに連絡を入れ、状況を伝えた。通信を切ったあと、葛城は少し考え込むような仕草をする。そして柊に声をかけた。
「ふむ。柊、でしたっけ? このC4、少し貰っていいでありますか?」
「? 好きにすればいいが、何に使うんだこんなもん」
「吹雪にはまだやることがあるのであります。テロリスト殲滅、そして人質の救出が。その際に何かあった時に、奴らを撹乱させることができるかな、と思いまして。勿論、少しでいいであります。このホテルを少し揺らす程度の、ほんの少しだけ」