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Moving Target

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Moving Target

リアクション


●Desolution

 爆発と振動、さらには、立体的な階下からの黒い傭兵部隊の侵入は、平面で防衛対策を練っていた教導団側にも不意打ちを食らわせる格好となった。
 ぞろぞろと階下から、黒い装束の突撃部隊が繰り出してくる。
「乱暴にもほどがあるわ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はフォーマルドレスの裾をやぶり、超ミニにして駆け出した。
「このドレス高かったのに!」
 武器は持ってきていない。本日美羽は聴衆として、テレビや雑誌で有名なジャネット・ソノダの発言と、契約者達の意見交換を聞くためだけにきたのだから。
 しかし身ひとつであろうとも、美羽は西シャンバラのロイヤルガード、全身これ武器といっていい。
「どうしてくれんのよ!」
 気合い一発スライディングで、敵兵の足元に滑り込んだ。敵がマシンガンを向けるよりずっと迅く、足をかけて転倒させる。プロテクターだらけの敵は、ガシャッと音を立て背中から転んだ。そこから豹の如く美羽は転身して立つと、傭兵の首を蹴りつけてヘルメットを弾き飛ばし跳躍、同時に自分の両膝をぐっと折り曲げる……!
 ごっ、と音がして美羽の膝は傭兵の顔面にめり込んでいる。兵はうめき声すら上げられなかった。
 カポエラとテコンドーを組み合わせたオリジナル連続技、一発KOというやつだ。
 昏倒した敵から銃を奪うと、これを両手に下げて美羽はさらに走った。
「美羽!」
 すぐに彼女の恋人、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が合流した。
 彼は両手に槍と剣を持っている。流麗な作りとはいえ妙に線の細い武器だ。これは彼がエクスプレス・ザ・ワールドの技術を発動し、描いて実体させた急作りの得物なのである。とっさに生み出したものとはいえ、コハクらしい美意識が感じられて面白い。
「せっかく無事、会合が進んでいたのに」
 まともに閉会できず残念だ――彼女と併走しながらコハクは言う。
「そうね。あのソノダさんて人、思ってたタイプとは全然違って、こっちの話もよく聞いてくれたし説得もできてた……来て良かったと思ったところでこの始末よ。連中、こうなったら意地でも台無しにしようって肚かしら」
 その言葉を言い終えるより先に、美羽の姿は消失していた。
 次の瞬間美羽女は傭兵の背後に出現している。両腕にマシンガンを、まさかりのごとく振り上げたままで。
 瞬間移動……ポイントシフトだ。
 美羽の手に余るサイズのマシンガンだったが、兵隊を一撃する鈍器としての価値は最高。黒づくめの兵士はぎゃっと叫んだ。でもこれで終わりじゃない。
 でやあと一声、美羽は小さな身体ながら、自分の倍近くある男性の兵士を背後から担ぎ上げていた。そして強靱な腹筋を活かし、ブリッジの体勢で自分の背面に叩きつける。見よ、これぞ伝家の宝刀ジャーマンスープレックス!
 カウントをとる必要はなさそうだ。すでに兵士は気絶していたから。
「大丈夫ですか? 環菜さん」
 すかさずベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が御神楽環菜に声をかけた。傭兵は環菜の近くにいた。彼女を狙っていたのではないかもしれないが、巻き添えを食う可能性があった。
 だが環菜は凜然と応えたのである。
「私なら大丈夫。夫もいるから」
 夫、つまり御神楽陽太が、守護神のように環菜のそばに立っている。彼がいれば、どんな状況でも傷ひとつ負うことはありえないだろう。
「そうよ、わたくしもいるんですから!」
 エリシア・ボックも鼻息荒く言うのであった。
 ノーン・クリスタリアが告げる。
「舞花ちゃんから連絡が入ったよ。真下はとんでもないことになってるけど、非常階段を伝って下に降りれば危険はないみたい。予言ペンギンさんが言ったんだって、なら間違いなさそう」
「すみやかに脱出したほうが良さそうですね」
 陽太は非常階段の方向に目を向けた。切り開けないルートではなさそうだ。
「駄目よ、私が真っ先に逃げるわけにはいかないわ」
 環菜は言うのだが、陽太は首を横に振った。
「それこそ敵の思うつぼです。彼らは自棄気味になっている。仮にここで環菜様のような有名人が討たれたとあっては、いたずらにテロリストを勢いづかせるだけと思いませんか」
 でも、と環菜が言うかと美羽は予想したが、意外にも彼女は、夫の言葉に素直に従った。
「わかった」
「そうと決まれば!」
 コハクが先頭に立った。手製の槍を構えて低く滑空する。敵の懐に飛び込むや、彼は槍に雷の力を込め、斬り伏せたのである。
「さあ急ぐわよ!」
 美羽は環菜を急かし、環菜は陽太とエリシア、ノーンに護られながら走った。
「今日は久々に環菜さんと同じ場にいられて、後でゆっくり話でもするつもりだったのに……」
 ベアトリーチェはいささか不服げであるが、すみやかにその体内から強化型光条兵器グリントライフルを取り出していた。
 このやり場のない怒りは、敵にぶつけることにしよう!

 ソノダは高熱を発していた。
 額を触っただけで四十度を超していることがわかる。全身がまるで熱源体だ。あきらかな異常である。
「すい……ません」
 今彼女は、九条ジェライザ・ローズに肩を貸されて歩いていた。舌が腫れているようだが、それでも話す気力は残っているようだ。
「謝る必要はありません。私は医者、職務を果たしているだけですから」
「けれど私は……」
「話すと身体に障ります」
 ローズは首を振り、歩み続けるのである。
 ――彼女の殺害が重要であるのなら、仕損じた後の処理にこないとは思えない。
 だから移動には用心を重ねた。治療部屋はもう入れそうももない。それは悔やまれた。何者かの手によって内側から錠が下ろされ、しかもこれほどの襲撃があったので引き返すのはためらわれる。
「タイムコントロールが失敗したのが悔やまれるな」
 ヴェロニカ・バルトリが悔しげに呟いた。ヴェロニカはソノダの時間を遡行させ、病を得る直前の状態に戻そうとしたのだ。
 話すな、と言われたのに、ソノダはしきりとティーの安否を確認したがった。
「大丈夫です。九条さんの処置が早かったので」
 ティーはそのたび気丈に答えた。本当は楽な状態ではなかったが、ここで弱気になれば彼女が病との戦いに敗れるかもしれないと恐れたのだ。実際はティーも、イコナ・ユア・クックブックに肩を借りて歩いている。
 ローズとソノダを護衛するのは、冬月学人はもちろんのこと、祥子・リーブラ、ティーにイコナ、その外周をグラキエス・エンドロアとウルディカ・ウォークライ、源鉄心、宇都宮義弘とヴェロニカが固めている。
 スープ・ストーンが爆炎波で道を作った。スープは黙ったまま振り向き、こっちへ、と言うように先導をする。義弘がシュッと走って無事を確認した。
「残党の残党……ってところだよね君たち、もういい加減退場してくれてもいいんだよ?」
 南條託はそう呼びかけながら、風術でその爆炎を広げ敵を遠ざけていた。
 ――理想主義者のつもりはないけどね。
 なんとなく、託は思った。
 ――これだけはわかる。最も哀しいのは理想主義者でもなく、はなから理想を持たない者でもなく、理想を見失った理想主義者だって……。
「脱出について、考えがある」
 そっと学人はローズに顔を寄せて囁いた。
「マネキンかなにかに式神の術を施して、『ソノダ女史』として救急車に乗ってもらうのがいいかもしれない」
「いいわね」
 祥子が言った。
「なら、その囮救急車は私が運転させてもらうわ」
「それは危険すぎる。俺が担当する」
 鉄心が申し出たが、祥子は「いいえ」と言った。
「大丈夫。仮に爆破されようとも、氷雪比翼で飛び出してみせるから。それにあなたは、パートナーも守らなくっちゃ」
「……そうだな。すまん」
 このときソノダが口を挟んだ。
「その手は……必要ないかもしれません……」
「どうしてそう断言できるのか?」
 ウルディカがそう問うたのは自然なことだった。
 ソノダは熱にうかされたまま、それでもはっきりと言ったのである。
「『彼女ら』の目的は、もう達成されていますので……」
 ダリル・ガイザックが操作しているのだろう。適度に防火シャッターが降りて敵は遠ざけられ、一行はその後ほどなくして階段にたどり着いた。

「ここはパラミタだ。ハリウッドじゃあねーぞ」
 そう叫びながら日比谷皐月は、テロリストたちを掃討していく。
「エル・マリアッチになりたけりゃ、地球でアクター目指してろ」
「それどういう意味だよ?」
 同行の如月夜空が訊いた。かくいう夜空はといえば、魔道銃のトリガーを引いて引いて引きっぱなしにして、弾幕で彼を援護している。
「ああ、あれだよ、昔の映画。ギター弾きのならず者がギターケースに武器隠してるっつーイカスやつ」
 しゃべっているが皐月の行動に乱れはない。間違っても敵が客のほうに行かないよう、氷蒼白蓮で氷の防護壁を生み出していた。
「はーん。でもあいつらよー、ギターじゃなくてチェロじゃん?」
「同じ弦楽器だし、いんじゃね?」
「うっはー、そのアバウトなとこ、好きだよ」
 結局彼らは外の団体は『シロ』と判定し、戻ってきてロイヤルホテルの戦闘に参加しているのだ。
 そこにマルクス・アウレリウスからの通信が飛び込んで来た。
「二人とも、会話もいいが、近くにラズィーヤ・ヴァイシャリー嬢がいるようだ。敵に包囲されて立ち往生しているらしい。回収してさしあげろ」
「オッケー。了解っ」
「あー、あのお嬢様連れてたらドンパチできないじゃん。ま、仕方ないさね」
 ふとマルクスの独言が入った。彼にしては珍しいことだ。
「それにしても、御神楽環菜女史にも金鋭峰団長にもプライベートな護衛がいたというのに、ヴァイシャリー嬢は単身か……いや、憶測でものを言うべきではないな」
 言うなりブチっと通信は途切れてしまったのである。
「ま……聞かなかったことにしとこっと」
 皐月は苦笑気味に言った。
 やがて二人はほどなくして、ラズィーヤを回収したのだった。

 外に出たソノダ一行は、ルカルカ・ルーに護衛される金鋭峰らと合流した。
 柊恭也が誘導をやっている。
「結局、真面目に仕事やってるんだよな−。いや、勤労は大切だ。うん」