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機甲虫、襲来

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機甲虫、襲来

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四章 撃退

 ――アルト・ロニア門外、仮設避難所。
「誰か、あの虫をやっつけてよ! ねぇ、誰か! お願いだからっ!」
 泣き叫ぶ子供の前にしゃがむと、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は普段と変わらない口調で問いかけた。
「お嬢ちゃん。報酬は幾ら出せる?」
「お兄ちゃん、あの虫をやっつけてくれるの!?」
「嬢ちゃんがちゃんと報酬を支払ってくれればな」
 女の子は切迫した様子でポケットの中を探り、『報酬』を差し出した。
 それは、ピンク色にコーティングされた、クッキーのような焼き菓子だった。
「ごめんなさい、これだけなの……」
 宵一は、涙を浮かべる女の子の手を優しく握った。
「任せておけ。俺はしがないバウンティハンター、虫退治も仕事の内さ」
 宵一は身を起こすと、菓子を口に放った。途端、やけに甘ったるい味が口に広がった。
 どうやら、ピンク色のコーティングの正体は砂糖らしい。余りの甘さに苦笑を漏らすと、宵一はアルト・ロニアの門に向かって歩み始めた。
「共同戦線と行かない?」
 背後からの声に振り向くと、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が佇んでいた。
「ああ、任せたぜ」
 宵一はぶっきらぼうに答えると、スレイプニルに騎乗した。詩穂もまた己のスレイプニルに乗り、機晶ロケットランチャーを構える。
 アルト・ロニア全域に迸る炎に照らされ、無数の機甲虫が夜空に浮かび上がった
 飛翔する機甲虫が五十体、地上を走る機甲虫が二十体と言ったところか。いずれも、この避難先に向かっているようだった。
「俺たちは空中から迎撃する! リイムは地上を頼む!」
「了解でふ、リーダー!」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が首肯したのを確認すると、宵一はスレイプニルを駆って夜空の機甲虫に向かった。
「かかってきな、虫ども! 俺たちが相手をしてやる!」
 宵一の挑発が、燃え上がる夜空に響き渡った。

「む、虫だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 壊滅したアルト・ロニアから機甲虫が迫り来る様を目の当たりにして 避難所に集う住民はパニックを起こしていた。
(僕が何とかするでふ!)
 混乱する人混みの中、リイムは駆け出した。シュワンッシュワンッと黄金の闘気を発し、リイムは機甲虫の軍団に疾駆する。
「僕が相手になるでふよ!」
 アルト・ロニアの門にまで迫ってきた機甲虫に向け、リイムは藍鼠の杖を振るった。
 途端――どこからともなく大量のネズミが群れ集い、機甲虫の大群に突撃する。
 ……ウゥゥゥゥン……
 ネズミの群れの襲撃はさすがに想定外だったのか、機甲虫の動きが乱れた。
 すかさずレプリカシャドウレイヤーを使用。機甲虫を鈍化させると、アイアンハンターが超電動Sパイルバンカーを見舞った。
 イコンの装甲をも砕く必殺の一撃が機甲虫を貫き、貫き、貫き通し、三体もの機甲虫を機能停止させた。
 超電動Sパイルバンカーを使った代償により、アイアンハンターの機能が停止する。
 が、リイムの行動を嘲笑うかのように、残りの機甲虫は全身に虹色のノイズを纏わせた。
 時間にして一秒足らず。地上を行く機甲虫の姿がかき消えた。
「消えたでふ!?」
 それだけではない。驚愕するリイムの上空から、今度はこんな声が届いた。
「ステルス機能だ! 気を付けろ、あいつらの装甲は光を屈折させる機能を持っている!」
 ケイオスブレードドラゴンだ。背には歌菜と羽純、巽とティア、九条、和輝、アニスが乗っている。更に後方には、ペガサス“ネーベルグランツ”に乗るリネンらと、地上でオンボロの車に乗って道路を走るヨルクらの姿があった。
「ステルスが身を隠すというのなら、これで……!」
 九条は、血液パックとシンナーを混ぜた特製パックを機甲虫がいると思しき場所に投げつけた。
 大半のパックは虚しくも地面に叩き付けられるだけだったが、一部のパックはべちっと音を立てて機甲虫に当たった。
 ステルスにより完全に身を隠したはずの機甲虫の姿が、流れ落ちる血液とシンナーの匂いによって、見事に暴露された。
「これなら行けるでふ!」
 血液とシンナーの匂いを手がかりに、リイムはラビドリーハウンドの超電動Sパイルバンカーを放った。

「にしても……あの虫のステルス、よく分かったな」
 対イコン性能を持つ『神狩りの剣』で機甲虫の一匹を屠ると、宵一はスレイプニルをケイオスブレードドラゴンと並走させた。
「ヨルクのノートに書かれてたんだ」
 和輝は拳でノートを軽く叩いた。直後、車のドアを開け放たれ、中からヨルクが現れた。
「みんな、油断するのはまだ早い! レーザーが来るぞ!」
 緊迫感が全員を襲った。上空を舞う機甲虫の数匹に注視すると、確かに、口が開きレーザー照射装置が迫り出していた。
 物陰に隠れればレーザーをかわせるが、それはまずい。レーザーが住民に直撃してしまう。
 策を考える内にも、レーザー照射装置は着実に作動準備を終えていく。
 ダメだ。皆が諦念に冒されかけた、その時だった。
 六角形の謎の物体が、各契約者の下に――レーザー照射装置と契約者の間に割り込むように、飛来してきた。
「な、何だ!?」
 レーザーが照射されたのは直後だった。瞬間、六角形状の物体を起点として莫大な熱量が発生し、機甲虫を一瞬にして蒸発させた。
 契約者たちはと言うと、六角形の薄い盤状物体に守られており、無傷だった。
「何なの、これ……?」
 契約者の周囲を浮遊する物体の表面は、鏡面のように磨き込まれていた。
 車の荷台に積まれたヘキサ・アンブレラの傍で、スフィア・ホークが解説を加えた。
「それは、ヘキサ・アンブレラを構成する部品『リフレクター・ヘキサ』です。皆様、お受け取り下さい」

 人というのは、追い込まれると思いも寄らぬ力を発揮するものだ。
 ヨルクの手によって修理されたヘキサ・アンブレラは即座に真価を発揮し、人々を助けた。
 ヘキサ・アンブレラ。その正体は、遠隔操作可能な六角形の盤状反射器『リフレクター・ヘキサ』が積み重なった物だった。
 リフレクター・ヘキサは機甲虫のレーザーを反射できる武器にして盾だ。一枚一枚では数十センチメートル程度しか守れないが、複数枚を横に連結することで、広範囲に渡ってレーザーを反射する『傘』が出来上がる。
「これが切り札なんだね。良し、やってみよう」
 機晶ロケットランチャーの残弾を全て撃ち終えた詩穂は、リフレクター・ヘキサを手に取った。
 詩穂の思考を読み取ったヘキサは、詩穂の思うがままに動いた。空中を滑るようにして移動したヘキサは、避難住民の盾となって機甲虫のレーザーを跳ね返していく。
「俺たちもやるぞ!」
 宵一がヘキサを手に取り、機甲虫のレーザーを反射する。
 他の契約者たちも次々とヘキサを操り、避難住民の盾となって機甲虫の攻撃を押し返していった。
 ……ウゥゥゥン……
 劣勢だと判断したのか、機甲虫は身を反転させ、暗闇の中へ消えていった。
「何とか、撃退できたわね……」
 機甲虫の撤退を見届けると、詩穂はその場に倒れた。
 契約者だけではない。避難住民共々、皆憔悴し切っており、追撃は困難だった。
 だが、まだ終わってはいない。未だ火の粉が上がるアルト・ロニアから、見知った姿が歩み寄ってくるのが見えた。
「ヨルクさん、ご同行願えますか?」
 ルカルカ・ルー、ダリル・ガイザック、セレンフィリティ・シャーレット、セレアナ・ミアキスの四名である。
 これまでの戦闘で疲弊し切っていた詩穂は、弱々しい笑みを漏らすことしか出来なかった。