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リアクション
■たとえ治せずとも■
「ええ。分かりました。装置が使えるようならそのままでお願いします」
森の中を駆け抜けながら、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は誰かに指示を出していた。隣を走るシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が、表情の優れない様子を見て目つきを鋭くさせた。
「状況は?」
「あまりよくないですね。どうやら怪我をした状態で装置の中にいるみたいです」
「だとすれば、怪我の具合しだいでは装置から出すと危ない、か」
「ええ」
傷をふさげばすむだけの怪我なら良いのだが、その判断は実際見てみなければ出来ない。少なくとも、薬学知識を持っているものですら判断に迷うのだから、覚悟しておいた方がよいだろう。
(道中見つけた破片から、怪我の程度は中傷では済まなそうとは思っていましたが)
念のため、土星くんに手術が出来るように準備をたのむ。
代わりとばかりに届いた正確な位置情報を頼りに、2人は現場にたどり着いた。
「怪我人は?」
「こっちです」
飛び込むや否やそう声をかけ、コールドスリープに近づいて窓から中を覗く。人数は9人。全員が軽傷とはいえない傷を負っていた。
「どうですか?」
「……全員ひどい怪我ですが、特にこの3人の怪我が問題ですね。他の6名に関しては装置から出しても大丈夫です。すぐに傷をふさいでください」
次々と駆けつける仲間たちに指示を出し、6人の治療に当たってもらう。
残りの3名だが、弐号が到着しだいすぐに手術台へ……と考えていたローズの前で、コールドスリープのふたが開いた。後少しだというの、装置の限界が来たらしい。
すぐさま詳細を診ると、やはり異物が中へ入ったままだ。摘出しなければならないが、1人で同時に3人を見ることはできない。
「ふぅ。なんとか間に合ったか」
「もう1人は私に任せて」
そこへ医療知識を持つダリルとセレアナが駆けつけた。
ならばあとは応急処置をして運ぶだけ。
「っと、簡単にもいかないか」
宵一が外を見やると、騒ぎに気づいたらしい魔物たちが集まってきていた。宵一はラビドリーハウンドを従えて外へ出て行った。
「なら私たちは外へ向かおう。エリスは残って手伝いを。洋孝。着いて来い」
「ん? 僕は治療いいの?」
「どうやら人では足りているようだ。それよりも外の魔物の数が多い。私たちはそちらを優先すべきだろう」
「へ〜い分かった」
洋が部下たちに指示を出す。確かに外からは肌へ伝わる殺気が多い。せっかく救助者を見つけたと言うのに、こんなところで失うわけには行かない。
「分かりました。お気をつけて、以上」
「ええ。こちらは任せましたわ」
エリスは軽く頭を下げた後、治療へと向かっていった。ソレを見送ることなく、洋は敵を睨みすえた。
「……ほほお。どうやら今までの魔物とは少し違うらしい。みと、洋孝。油断するな」
「分かっておりますわ」
「了解っと」
洋の後を着いていった2人の背を見て、エヴァルトが眉間に力を入れた。入口から微かに見えた魔物は、すばしこく、力もありそうだった。
「たしかに手ごたえがありそうだな。んじゃ俺も行くか。こっちは任せた」
彼も外へ向かう。残った面々で、怪我の治療を手伝うことにした。
「みゅ〜。何かお手伝いします」
「僕も怪我を治すの手伝うでふ」
「ええ、じゃあ。足の怪我をお願いしてもいいかしら。あなたは医療具を指示通りに渡して」
セレアナがコアトーとリイムともに応急処置を始める。
「生きなきゃダメよ。あなたを待ってる人がいるんだから」
「……少しだけだけど、薬も残っているみたい。使えないかな?」
「いや、助かる……ああ。これはおそらくスークシュマ用だ。彼女に渡してくれ」
何かあるはずだ、と内部を探していた北都が薬を見つけた。それを見たダリルがすぐに効能を理解し、誰に渡すべきか指示する。
ダリルもそのうちの1つを手に取ってから怪我人に向き直る。
「貴方方は歴史の生き証人だ。死んではならん」
「オレはどうすればいい?」
「道具の取り出しを……あと無事に運び終えた後は暖かい食事を用意してあげてください。いくらコールドスリープといえど、栄養状態は気になりますから」
「たしかにな。こんなところでまともな食事はとれねーか……分かった」
シンに道具を頼んだローズは、一度深呼吸をした。
「いいですか? あなたたちは帰るんです。絶対に」
「う」
「あ、気がつきましたか?」
「もう大丈夫だからね!」
美羽とベアトリーチェが治療を行っていた男性が目を開けた。ぼんやりしているが、異常はないらしい。顔色は良好で、不思議そうな顔をして2人を見上げていた。
男性は周囲へと目をはせ、ようやく状況を把握したのか。長い長い息を吐き出し、何か喋ろうとした。
「ぁ、い」
だが喉が張り付いて上手く話せない。そのことに気づいたホリイが、甚五郎の背から水を下ろし、用意していたコップに入れて差し出す。
「ゆっくり飲んでください。ゆっくりでいいですから」
飲んでいる間に、ブリジットがゼリーの準備もしておく。
一息ついた男性はそれをとても高価なもののように、大げさに受け取り、少しだけ口に入れる。
ずっと眠っていた男性にとって、この一万年という月日は一瞬に近い。だが彼が覚えている直前の記憶は、恐怖に彩られていた。
こんな風に誰かから声をかけられ、水を飲み、何かを食すことなど、もう永遠にないのだと。
男性はもう一度何かを喋ろうとしたが、それは言葉にならず、喉の奥に消えていった。
『……?』
騒がしい音に、スークシュマは目を開けた。そしてすぐに、記憶にある身体のだるさが消えていることに疑問を感じ、視界に入った女性を見て思い出す。
助けがきたことを。
リオが気づいて笑顔を向ける。
「やあ、元気……ではないか。でも動ける程度にはなったはずだけど、どうだろう?」
『あ……だ。大丈夫です』
「きちんと修理できたと思うけど……まああとで彼らに見てもらっておいたほうが良いね」
彼等。
その言葉に過敏に反応したスークシュマは、起き上がっているニルヴァーナ人たちを見た。
助けに来てくれたのだから当たり前といえばそうだったかもしれないが、信じられない気がしたのだ。
いや、まだ夢を見ているのではないだろうか。
「今までよく1人で頑張ったね」
えらいえらいとヘルがその頭を撫でたことで、スークシュマはようやくこれが現実だと知った。伝わる熱の、なんと暖かいことだろう。
気づいた北都もその頭をなでて、首をかしげた。
「お疲れ様。……ところで、名前はなんて呼べばいいのかな?」
『あ、私は』
スークシュマは名前を言おうとして、苦しげな息を吐き出す彼を目にして動きを止めた。
ヘルと北都はその視線を追いかけ、口を閉ざした。
「呼雪……」
「ああ、分かってる」
呼雪は苦しそうな老人を前にして、そっとその手をとった。老人に怪我はないが、もう長くないのは誰の目にも明らかだった。
寿命は、どんな医者にも治せない。
(例え寿命幾ばくもないとしても、彼の命が尽きる前にニルヴァーナへ帰してやりたいんだ。
今のニルヴァーナを、見て欲しいんだ……頼む)
タイムコントロール。
対象の時間を操ると言うその術が、老人を包み込む。苦しげな呼吸音が、正常なものへと変わっていく。老人の目は閉じられたままだったが、その表情が和らいだのを見て、呼雪は少しだけ息を吐いた。
彼が息を吐くのと、大きなエンジン音が響いたのは同時。
「ワタシの背に乗せて!」
コアトーがすぐさま怪我人を乗せて弐号へと連れて行く。
「準備は?」
『できとるで! 頼む』
「ああ」
「任せて」
重傷だった3名だが、無事に破片を摘出することが出来た。まだしばらくは通常通りの生活とは行かないだろうが、もう命に別状はない。以後の治療は、ローズのアトリエで行うとのこと。
全員の無事は、土星くんの口から全員へと伝えられ、外で戦っていたイコン隊の面々の口許が緩んだ。
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