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通り雨が歩く時間

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通り雨が歩く時間

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 イルミンスールの街。

「シン、あの店に避難するよ」
「丁度、雑貨屋じゃねぇか」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)は突然の雨に慌てて入店予定の店に避難を始めた。本日、ローズが経営する診療所とそのすぐお隣さんのシンのガーデンテラスの軽食店で必要な雑貨を揃えるために街に来たのだ。

 入店するなり
「いらっしゃいませ……あっ」
 ササカが入り口の方に振り向いた途端、見知った顔に驚いた。
「あ、ササカさん。そうかここササカさんの店だったのか」
 とローズも再会に驚いた。ササカが店をしている事は知っていたが、来店をするのはこれが始めて。
「……何か大変な事になっているな」
 シンは店内のあちこちが散らかっている事が気になると共にある人物を予想していた。
 シンの予想を代弁したのは
「……もしかしてオルナさんが来ているのかな?」
 買い物のためやって来た清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
「既視感がありますからね」
 隣のクナイ・アヤシ(くない・あやし)は見覚えのある店内の様子に溜息。
「その通りです。暇だからと珍しく手伝いに来てくれたのはいいんだけど」
 近くの箒を手にササカが疲れたように見知った人達に事情を簡単に話した。
「……確かにお手伝いには見えないね。逆に散らかしているようだし」
 と呆れ気味に北都。店内のあちこちで物が散乱したり壊れた商品を放置したままだったりと酷い有様。

 店内の奥から
「ありゃ、ササカぁ、このボトルってどこだっけ? ……うぉっちゃ!!」
 オルナの問う声と共のガラスが割れる音がけたたましく響いて来た。
「……何かを割った音ですね」
 クナイは音がした方向に視線を向けながらぽつりと言った。
「……あぁあ」
 がっくりと肩を落とすササカ。明らかにお疲れの様子。
「……大変ですね」
 ローズは毎度親友のために不憫な目に遭うササカを労った。
「……ったく、あいつは何やってるんだ」
 もう我慢出来ないシンはオルナの元へと急いだ。
「……お買い物は後でかな」
 ローズは、生来の面倒見の良さを発動させたシンを見送った。
「おかしいなぁ。ここだって言ってたんだけどなぁ」
 オルナは頭を掻きながら商品片手に首を傾げていた。ササカに教えられた場所を元来の激しい物忘れによって頭から旅立っていた。
「本当、手際が悪すぎて見てらんねえぜ。割った商品をそのままにするのは危ねぇだろうが」
 シンは現場に到着するなり、手際よくガラスの破片が散らばる床を片付け始めた。
「ん、あっ、ありがとう〜」
 オルナはぱっと顔を上げ、のんびりと見知ったシンに礼を言うのだった。
「……他にもやっちまってるな。とりあえず、みんなの所に戻るぞ」
 シンは床を片付け終え周囲を見回してから点在する割れた物を先に片付けるのが先だと悟るもまずはオルナを預ける必要があると感じ、一度皆の元に戻る事に。
「分かった」
 オルナは呑気にシンに付いて行った。

 シンがオルナとやり取りをしていいる間。
「アロマキャンドルを買いに来たんだけど。自然素材を使用した良さそうな物は無いかな?」
 北都はここに来た目的を果たす。
「……アロマキャンドルですか」
「頼まれ物で別荘の城で使うらしいんだけど」
 用途を訊ねるササカに北都は簡単に事情を話した。吸血鬼のパートナーに頼まれてやって来たのだ。
「……そうですか。それなら……ここにある物なんですが」
 ササカはとある棚へと北都を導いた。
「なかなか良さそうだねぇ」
 北都は棚に並ぶ様々なアロマキャンドルの品定めを始めた。
 その間、
「ササカ様、恋人とロマンティックな夜を過ごせるようなキャンドルはありませんか?」
 北都に聞こえないように音量小さい声でクナイがこっそりササカに訊ねた。なぜならクナイにとって本日は“デート”のつもりだが、北都は“買い物”としか思ってはいないため、その気にさせる要素が欲しいのだ。
「それなら、最近オルナが作った物で良さそうなのが」
 ササカが思いついたのはよりによってオルナ作の商品。
「……作った物ですか」
 クナイは思わず聞き返した。何せオルナの作品に巻き込まれ厄介な目に遭った事があるので警戒するのは当然だ。
「えぇ、香りが良い物で立派な完成品だから心配しなくても大丈夫ですよ……確か」
 ササカはクナイの警戒理由を知り苦笑いを浮かべながら棚に案内した。
「……これですか。なかなか良さそうですね。早速……」
 クナイはキャンドルを手に取って確認した後、勘定をしようとした。
 しかし、オルナを連れたシンが帰還した事によって中断された。

「あ、オルナさん、相変わらずのようだねぇ。自宅の方は大丈夫なの? 手伝いに来るくらいだから実験もお休みをしてるんだと思うけど」
 北都はシンと共の現れたオルナに挨拶をした。
「心配ありがとう。大丈夫だよ。きちんと火を止めて来たから」
 オルナはどこか自慢げに答えた。内容的に当たり前の事で自慢する程ではないのだが。
「……本当に大丈夫なの? 薬や食べ物を放置してここに来ていないよね?」
 北都は念のためにと再度オルナに訊ねた。
「…………あっ……し、しまった」
 はっと何かを思い出したのかオルナの顔が真っ青に変化。
「おいおい、あれだけの目に遭ったのにまたか」
 シンは呆れ気味。以前、ごみの分別について指導したというのに相変わらずなので。
「……安心してよ。前より魔法系のごみはきちんと片付けるようにはなったんだから」
 オルナは少しだけ胸を張り、自慢げに言う。
「……多少はマシになったけど時々、忘れてるし、それ以外のごみは相変わらずでしょ。行く度に酷いんだから」
 ササカは子供のような振る舞いをする親友に溜息をつきながら真実を語る。相変わらず親友の世話を焼いているらしい。
「やっぱりまだごみ屋敷なんだねぇ。良かったら片付けに行くけど」
「本当に!? うわぁ、ありがとうー」
 オルナは北都の申し出に思いっきり喜ぶのだった。何せ掃除下手なのでしてくれるのはとても嬉しい。
「オルナ、ありがとうじゃないでしょ。自分の仕事を他人に押しつけて」
 ササカは軽くオルナの頭を小突いた。
「うぐぅ、ごめんなさい。その、お願いします。あたしも行こうか?」
 オルナは、小突かれた頭をさすりながら北都に訊ねた。
「来なくても大丈夫だよ。特に酷い所だけしておくから」
 と北都。むしろ来てくれると余計な手間が掛かる可能性の方が大である。
「買い物に来たはずが掃除……ですか。予感はしていましたが」
 クナイは小さく残念そうにつぶやいた。デートでも買い物でも無くなったから。
「……オレも行きたい所だが、こっちも酷いから古城の方は頼むぜ」
 シンも古城を掃除しに行きたいが、店の有様を看過出来ないため仕方無く北都達に託す事に決めた。
「任せてよ。そうだ、キャンドルの勘定がまだだったね」
 北都は選び抜いたキャンドルの勘定が済んでいない事を思い出した。
「……勘定はいいですよ。迷惑をお掛けしているのでサービスです」
 ササカはこれから掛ける迷惑のために北都達にサービスをした。
「ありがとう。それじゃ、行って来るよ。クナイ、行こう」
「はい。では」
 北都とクナイはササカに傘を借りてオルナの自宅に向かった。