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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

リアクション

 生徒達が激戦を繰り広げていたその頃、
「さて、どうしたらまた人が集まってくるかな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)たち数名の生徒は、右翼の黒虎が左翼の白虎と守っていた神殿の修繕にあたっていた。
 雑草が無造作に生えて所々朽ちた神殿は、薬で子供になってみるとより不気味さが増していた。
「まずは綺麗にするのが先決するだね。それから、何かおいしいものがあるといいよね」
 雑草を刈りながらエースは、周囲を木々に囲まれたこの地で何か育てられないか考える。
「ここは一度持ってきたあれを試してみるか。おーい手伝ってくれ」
「ほいほーい」
 エースはクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)を呼びつけると、葡萄を栽培するための棚を作り出した。
 それが完成すると、葡萄の種の殻にヒビを入れて間隔をあけて撒く。
 【エバーグリーン】で成長させながら、蔓や芽を調整し、慎重に整えていく。
「ねぇ、エース。これどうすんの?」
「村の人達に食べてもらうんだよ。毎年収穫できるものがあれば足を運ぶだろう? 世話をする人は毎日来るだろうし……大切にしてくれるかな」
 エースは脚立に腰を下ろすと、出来上がってきた葡萄を見上げながらつぶやいた。
「大丈夫じゃない? 結構おいしいよ」
「そっか。それはよかっ……は?」
 声に振り返ると、クマラが一足先に葡萄を摘まんでいた。
 一瞬のうちに一房食べ終わると、次の葡萄に手を伸ばそうとする。
 エースは脚立を倒しながら慌てて止めに入る。
「ちょっと待て! なんで食べてんだ!? これは村の人達用だぞ!?」
「いいじゃん。オレ、汗だくになるまで頑張ったんだよ。だからこれは正当な対価」
 クマラは汗と泥で汚れた服を見せつけながら、当然のように言ってのける。
「それに足らなかったら、代わりにこれを植えればいいじゃん」
「なんの種?」
「栗とか柿とか梨とか、あの辺に植えといたから」
「こらっ、勝手に植えるなよ!?」
 エースは指さされた地面から種を回収にしにいった。
 そんな二人の様子を横目に、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は左翼の白虎と瘴気の抑制にとりかかっていた。
 右翼の黒虎がいなくなったことで力が弱まっているためである。
 悪霊祓いの術をかけていると、床下からあふれ出ていた瘴気がなくなる。
「……っとこんなもんか?」
 問いかけられた左翼の白虎は疲労した声で答える。
「……はい……ありがとうございます」
「別に、放置してると作業の邪魔になるからな。片づけが終わるまでまだかかるから、それまで暇してろよ」
 ソーマは左翼の白虎に背を向けてその場を離れると、額に浮かべた大量の汗を拭った。
「ソーマ終わったぁ? こっちも手伝って〜」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)に呼ばれ、ソーマはため息を吐きながらゴミ拾いを開始した。
 誰のかわからない落し物に、一応後で調べておこうと思った。
「それで左翼の白虎さんの方はどうだった?」
 どうかというのは、左翼の白虎が相方の行いに心を痛めていたりしないかということである。
「落ち込んでるとかそういうのは見えなかったな。ただ、見えないだけかもしれないが」
「そっか……じゃあ、後で話しかける時は気を付けた方がいいかもね。」
 その後、二人は草刈とゴミ拾いを行い、神殿内部の汚れを落としにかかった。
 途中、柱に刻まれた古代文字が以前訪れた記憶都市で見たものと類似することから、やはりこの神殿が関連したものだと断定できる。
「何か話が聞ければいいんだけどねぇ……」
 しかし、物心ついた頃から封印の任についていた左翼の白虎は、何を封印していたかやその術さえ知らなかった。
 習慣のように染みついた機能で封印を行い続けた長い月日。
 自ら動きだすこともできず、ひたすらこの地で時間を過ごしてきた。
 なのに、何故黒虎は……
「あまり深く考えすぎないことだ。本当のことは他のやつらが聞きだしてくれるさ」
「……そうですね」
 ソーマの言葉に白虎の石像はどこか安心したように答えた。
 北都とその石像を磨きながら、ふとソーマは折りたたまれた左足に落書きがされているのを見つける。
「あ、それは消さないでください。大切な宝物なんです」
「宝物?」
 慌てた様子の白虎の石像に、ソーマは汚れを凝視した。
 どうにか虎の絵だとわかっても、やはりそれはただの子供の落書きにしか見えない。
 気になったソーマは【サイコメトリ】による情報収集を試みようと考えた。
「白虎、見せてもらってもいいか?」
「いいですよ」
 本人の了承を得て、ソーマは指先でそっと落書きに触れた。
 すると、一瞬目の前が真っ白になり、意識が遠のくのを感じた。
 やがてどこからか花の香りが漂ってきて、耳に子供たちのはしゃぎ声、次第に落書きに残された記憶の映像が遠くから近づいてきた。
 そこは、とても暖かな場所だった。
 神殿の中を陽光の下で子供たちが駆けまわり、それを見守る木々や二頭の虎の石像もどこか嬉しそうにしてる。
 見守る石像の声が聞えないのか、子供たちは無邪気に笑っていた。
 一人の子供が白虎の足に落書きを描き、ここは自分たちの秘密基地だ、と宣言した。
「……」
 ソーマはいつの間にか瞑っていた瞼を開けると、そこには描きたてではなくなった落書きがあった。
「あの頃にはすでに人々には忘れられ、子供たちの隠れ家になっていました」
「……そうか」
 あの思い出がいつのものかはわからない。
 ただ、長い間忘れられていた彼らにとって、子供たちとの思い出はとても大切なものだったのだろう。
「楽しそうだったよねぇ」
 ふいに北都がそう呟いた。
 まるで一緒に見たかのような発言は、白虎がソーマと同じものを見せていたからのことだった。
「神聖なイメージがいいかなぁ、って思ってたけど、こんな風に温かい感じもいいよねぇ」
 神殿らしい神聖なイメージと、人々がそこでゆんびりとした時間を過ごす暖かさ。
 その二つが共有できる場所になればいい、と北都は思った。
 すると、エースが黄色い花を手にやってくる。
「きっと大丈夫。みんな戻ってきてくれるよ」
 エースは手に持った花を左翼の白虎の耳の上に飾る。
 左翼の白虎は戸惑った様子で尋ねる。
「あの……これは何ですか?」
「プレゼントだよ。せっかく綺麗になったんだし、おめかしの一つも必要だろう?」
「プレ……ゼン……ト」
 言葉を確かめるように口にした左翼の白虎が黙り込む。
 心配そうに生徒達がしていると、ツゥー、と左翼の白虎の目の部分から水滴が流れ出してきた。
 その様子にエースは慌てる。
「ど、どうしたの!? もしかしてその花嫌いだった!?」
「いえ……ちょっと昔を思い出して……」
 溢れでる水は涙のように、止めどなく流れる。
 すると、ソーマが着ていた上着を脱いで、左翼の白虎にかぶせる。
「邪魔だから少しの間預かっていてくれ……」
 顔が隠れた左翼の白虎は、上着の下から感謝の言葉を述べていた。
 その時、森から動物たちが顔を出す。
 左翼の白虎を心配して様子を見に来たのだ。
「確かに人々は私達のことを忘れてしまいました。でも、決して孤独ではありませんでした。ここにはたくさんのお友達と思い出がありますから、このままで私はよかったんです……」
 左翼の白虎は右翼の黒虎との日々を思い出しながらつぶやいた。


「でも、あいつはいつも寂しそうにしていたんだ」
 真新しい神殿。生徒達を前に右翼の黒虎は床に伏せながら語る。
「あいつ――白虎は、思い出話をするといつも最後に寂しそうな顔をするんだ。だから……だから僕はもう一度あの場所に人を集めたくて……」
 憎たらしげに右翼の黒虎は邪魔してきた生徒達を睨みつけた。
 すると、視線を真っ向から受けとめながら風森 巽(かぜもり・たつみ)は進み出ると、
「おいっ」
 周囲の制止も聞かず右翼の黒虎の胸倉をつかんで、額がぶつからんばかりの距離で睨み返した。
「あれのどこが白虎のためなんだ!? 子供たちを攫って閉じ込めて、そんなの白虎が望んでと思ってんのか!?」
「そ、それは信仰者を増やすため……」
「じゃあなぜ貴公はここにいる!? 貴公だけがいて、なぜ白虎がここにいない!? 答えてみろ!!」
「…………」
 巽は胸倉を掴む手に力が入り、右翼の黒虎は何も言い返せず黙ってしまう。
 どこかで考えていたんだ。どんなに頑張ってもまた忘れられてしまうのではないか。なら、いっそここで暮らしていた方がいい。
 相方のためと口にしながら、結局の所自分のことしか考えられなくなっていた。
「なんとか言ってみろ!」
「も、もうそのくらいにしませんか」
 項垂れる右翼の黒虎を巽がさらに追及しようとすると、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が腕を掴んで止めてくる。
「こんなことはもうしないと思いますから」
 いつの間にか語尾に「うさ」が抜けたティーは右翼の黒虎を見つめる。
 先ほどまで残っていた黒いオーラは完全消え、なんだか一回り小さく見えた。
「お二人が自由になれる方法があればいいのですが……」
 右翼の黒虎と左翼の白虎。
 二人をこんな寂しい縛りから解き放ちたいと考えたティーは、後からやってきたドゥルムにそのことを相談してみた。
 するとドゥルムは、
「わかりました。方法を探してみます」
 そう言ってくれた。