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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

 『MG∞』は終了し、会場は片付け作業に入っている。そこから少し離れた場所で、ヤウズは騎士たちに然るべき場所へ護送される手筈だった。
 傷を負ったままの足で進む度に患部がズキズキと痛んだが、それよりも辛かったのは、あの時会場に駆け込んだヤウズの肩を掴み、頬へとあてられたバァルの拳の重みだった。
「ヤウズ」
 と、名を呼ばれ、ヤウズの肩が跳ねる。
 この声はバァルだ。分かっているが、ヤウズは振り返って彼を見ようとはしなかった。あれ程憎んでいた相手だったのに、ヤウズはバァルを目の前にしても彼に気づかなかったのだ。宿敵に追われながら、偽物の宿敵を目指して走っていたなんて、なんと滑稽な事だろう。
(僕が見てきたのは、一体何だったんだ――)
 『MG∞』の終幕、カインに腕を引かれながら壇上で演説をするバァルの輝くような姿を横目で呆けた様に眺め、ヤウズはそう思ったのだ。
「ヤウズ、なぜだ。なぜこんなことができた」
 バァルは目を伏せ、こぶしを震わせる。
「わたしが憎いというのは分かる。なぜそう思ったかの推測もつく。だがこんなことをして何になる? カナンは新たな再生を果たし、目覚めた。今さらわたし1人をどうこうしたとて、この流れが止まるはずがないことはおまえにも分かっているだろう」
「…………っ」
 ぎゅっと目をつぶり、あごを引き、頑なに振り返ろうとしないヤウズを見て、ティエンは幸せの歌を口ずさむ。固く凝り固まってしまった依怙地な彼の心を、少しでも緩ませることができるように、と……。
「ヤウズ! こんなことをしたらおまえ自身が破滅――」
「おまえが……っ!!」
 カラカラに乾いたのどから絞り出すように、ひび割れた声が出た。
 言葉を止め、見つめるバァルの前、しゃくり上げるような声がして、ヤウズは縛られた腕でぐいっと涙をぬぐうような動作をする。
 バァルに焦がれていた。何時かあの男を超えるのだと思っていた。そのバァルが学舎から姿を消した瞬間から、暗闇に落とされたようにヤウズの目は濁り、気持ちは何時しか捻れていったのだ。
「おまえが……! おまえさえ……!」

 ――おまえさえ最初からいなければ!!

 ヤウズの言葉は、叫びにはならなかった。そう、これは彼が勝手に募らせ、勝手に広げてしまった傷口なのだと、ヤウズ自身があの瞬間に気づかされていたからだ。
 バァルはすうっと息を吸い込み、いつの間にかこぶしにしていた手を解くと、手のひらを見つめた。
「過去ばかり見つめて、何になるんだ。わたしが何も失わなかったと思うのか……。
 生きていく上で、何も失わない者などいない。失ってしまったものは何ひとつ取り戻せないんだ、ヤウズ。それはわたしにも、おまえにも、だれにもできない」

 淡々とつぶやかれたその言葉は、その場にいた全員の心に長くとどまった。

* * *

「――全く、君たちは直ぐに無茶をする」
 替玉らしく誰の注目も浴びずにステージを降りたところで待ち構えていたのは、仁王立ちのリカインだった。彼女の顔に浮かんだ色の無い笑顔を見ればアレクは嘆声を漏らすしかない。女がああいう顔をしている時に男に待っているのは決まって地の果てに追いつめるような――或は穴の底に埋めるようなお説教だ。
 経験則を伴うカンが大体当たっている事は、リカインの後ろで大きな身体を折り畳んでこれ以上ないくらいに小さくなっている馬宿とセテカを見れば瞭然だった。
 そんな訳で早々に首根っこを捕まえられたアレクもまた、彼等の仲間入りをしリカインが満足する迄頷き続ける単純なのに体力を根刮ぎ吸い尽くされる仕事をする羽目になったのである。
「――それからアレ君。影武者やるなら死ぬ気でやりなさい。暗殺されろって意味じゃなくて真面目にって点で……最後に正体をバラしちゃ駄目でしょう」
「否これはそもそもそこの12騎士の……セテカが発案したもので、俺は仕事だから従わざるを得なかったんだが、打ち合わせも満足に行っていなかった上で予定外の事態が起こってしまったからな、騎士にいちいち許可を取っていられる状況でもなかったし、此処はいつも通り現場に当たっている兵士が臨機応変に行動するのが最善だとして何でも無いですご免為さい」
 弁解を謝罪に変化させるという芸当をするアレクにリカインは眉を上げただけの反応をしてそのままセテカへ視線を移した。
「じゃあそのセテカ君。騎士になったんだから逆に一番止めなきゃいけない立場でしょう。どうせまた契約者がくるからなんとか何とかなると思ったんだろうけどその代償は今この時間です」
「しかしなリカイン、これは騎士長のオズが決めた事だから、俺のようなまだ新人の12騎士にはどうにも……」
「分かりました。じゃあ馬宿君」
 まさか自分にまで、と思っていた馬宿が火の粉が飛んできたことに顔を引き攣らせた。
「……は、言わなくても分かるから良いか」
 恋人の意地悪な物言いに馬宿は口を開けたり閉じたりして、意を決したように言葉を繋いだ。
「俺がきたときにはすでにこの事が決定して――」
 しかしこの男三人の選んだ『イイワケ』という選択は非常に拙かった。こういう場合、説教の内容が理不尽だろうが要求がおかしかろうが、正解の選択肢は『頷く』一遍なのだ。実際頷いていれば「言う事は無いのか!」とキレられてしまったのだろうがそれはそれである。兎に角三人のイイワケによってリカインは声を荒げた。
「言い訳言い訳言い訳ばっかりね君たちは!!
 全く、なんて女々しいのかな!
 いっそ三人で女装アイドルでもやればいいんじゃないの!!」
 こうして濁流の如きリカインの説教タイムはここから更に数十分は続いたのである。
 『まだ任務中だから』と何とかお説教を切り上げて貰い、ただでさえ無駄な脂肪が無い身体から体重が何キロか減った気分で下官へ指示を送っていると、後ろから呼んでくる声にそれだけで癒されてアレクは振り返った。
 豊美ちゃんが下官に軽く会釈して淡い笑顔を浮かべ話しだす。
「私達の方は無事に『MG∞』を終わらせることが出来ました。アレクさん、お疲れさまですー」
「ああ、豊美ちゃんのお陰で此方もとても助かった」
「あの、先程バァルさんから、皆さんを労うお疲れさま会を開くというお話をもらったのですけど――」
「折角だけど丁重にお断りさせて頂こう、この後も任務が残ってるからな」
 言いながらアレクが示しているのは米軍の車両が何台か連なっている場所だ。任務とは主に捕縛した犯罪組織を護送なのだろう。
「俺はまあ……責任者だから挨拶くらいはするつもりだが――」
 アレクの言葉に、豊美ちゃんはどこかホッとしたような表情を見せた。
「じゃあ、皆さんとはここでお別れですね。私、挨拶してきていいですか?」
 返事の代わりにハンヴィーに向かって歩き出したアレクの後ろについて豊美ちゃんはぱたぱたと駆けていった。