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【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

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【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

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第3章 推察


 交渉は、捗々しく進んではいない。

(これは予想以上の難航ね……)
 代表団と捜査官やエヴァルトらとの膠着気味の話し合いの様を見つめながら、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は考えている。
 パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、今日は隣にいない。相手が魔族を嫌うのでなるべく同席は避けてくれ、という、警察の(絶対の強制力はないが)要請を受けて、会場の外にいるのである。
 こちら側は相手を刺激しないよう、「一族の恥」ということにはなるべく「具体的には」触れないようにしようとしている。それは正しいやり方だと、さゆみは思っている。
(それを詮索しても無意味だし、相手の反発を買って交渉決裂、となっては話にもならないしね)
 しかし、それをいいことに、相手がのらりくらりといつまでもそれを避けて躱しているので、そこから話が進まない。
 先程のエヴァルトとのやり取りを見る限り、それにはどうやら、「他と一線を画す」らしい、この島の特殊な「結界」への揺るがぬ信頼があるように思える。
(けれど、実際にはコクビャクが侵入しているというし……)
 この島の結界と排他性を直に知っているキオネですら、その結界の中でヒエロに出会ったという事実に困惑したのだ。
 さゆみは考える。
 天使たちがそれほどに結界というものに絶対の信頼を持っているのに、侵入者がいるのは何故なのだろうか。
(外部の人間をあんなに厳しく排除しているのに、よりによってコクビャクだけが、どうして?)


 一方、会場の外、警察から乗って来た飛空艇の傍で待つアデリーヌも、手持無沙汰で落ち着かない気持ちを紛らわせるべく、今回の件についていろいろ考えを巡らせていた。
 やはり彼女の疑問もまた、「結界の存在にも拘らずコクビャクが『丘』に攻め入っていけるのは何故か?」という点だった。
(……結界を張り巡らせている個所の内の一つが、何らかの形で決壊の力を弱める空間となっているのでは?)
 そんな考えに至った。結界がどのようなものなのか、具体的に分からないと詳しく踏み込めないが……
『ねぇ、』
 そんな時、さゆみからテレパシーが届く。
『どうしたの?』
『会議が難航していて、全員の意見を聞こうっていうことになってきたんだけど、どう思う? 結界について、疑問があるんだけど……』
『わたくしも、今それを考えていたわ……』
 2人はテレパシーで、しばらくの間意見を交わし合った。


 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、クラスがマオウ(魔王)であるということを理由に今回は控えめに行動しようと、交渉を大人しく会場の隅の席で聞いていた。
 島民側と警察側の意見のやり取りを聞きながら、彼もまた、いろいろと疑問に思うところがあった。
(強力な結界を張ってまで、よそ者を排除しようとする理由は、やっぱり『丘』なのかなぁ……
 もしかして、丘に隠されたものは、魔族に関係するものなんじゃないのかなぁ)
 交渉を聞いている一方で、そんなぼんやりとした考えが、ぼんやりなりに流れを作って、ぼんやりぐるぐる頭の中を巡り出す。

(そういえば、丘って所は『灰の娘』ってのがいないと使えないんだっけ。確かそんなこと言ってたよね。
 けど、灰ってなんだろうね。
 色なら、黒と白を混ぜた感じ。
 ……あれ、守護天使が「白」って考えたら、「黒」は悪魔だよねぇ。その間に子供が生まれたら「灰」色かなぁ。
 まさかね)

(でも、丘に逃げ込んだエズネルを、わざわざ集落から出向いて迫害することは無いよねぇ。
 それってやっぱり、逃げ込んだ場所が『丘』だったからなのかなぁ)

(それと、エズネルが丘に居たからたまたまヒエロが訪れることができた……というのは考えすぎかねぇ。
 そういう要素があったなら、大人たちがエズネルに対してそういう態度に出たってことのの理由にも見当が付くかもしれないけど)

「……」
 弥十郎が一人でぐるぐる考えていることは、もちろん彼の脳内を巡っているだけで、一つも言葉として口から出てはいないのだが、佐々木 八雲(ささき・やくも)にだけは【精神感応】でかなり漏れ聞こえてしまっているのである。そのことにすら、思いに耽りすぎていて気付かない。
(面白い考えだが……そういうのは交渉で話すべきじゃないのか)
 八雲がそう考えて内心溜息をついていることにも。

「君は、どう思うかね?」

 捜査官のそんな声が飛んできて、我に返り、
「あ、はい、えっ? なんでしたっけ?」
 と慌てて返すと、隣りから八雲の小声での「違う! 違う!」が聞こえてくる。
「……あれ?」
 意見を求められたのは、弥十郎ではなくさゆみだった。


 さゆみは、(テレパシーで)アデリーヌと話し合い考えたことを、言葉を選びながら慎重に話し始めた。
「その……この島の方々は、外部から不審な人物が入ってこないよう、強力な結界を張って徹底していますよね?
 なのに、それにも拘らず――えー、たとえ、そんなに実害は出ていないとしても――どうしてコクビャクは、侵入できるのか。それが不思議に思うんです。
 可能性として考えられるのは、結界が……何かイレギュラーな理由で一部破損しているということなのでは、ということなんですけど。
 結界というのは、簡単に破れるものなのでしょうか? ましてや皆さんがそこまで強力なものだと信頼を置いている結界が。
 これはあくまで、私の個人的考えなのですが……故意に破られている、ということは考えられませんか?」
「故意に……?」
「つまり……どこかに、島の皆さんとは志を異にする人が潜んでいて」
「内通者がいるのでは、と言いたいのかな?」
 マティオンの冷ややかな声が遮り、念を押すように問う。
 アデリーヌは、あまりそれは考えられないのでは、と思っていたようだが、さゆみは固く頷いた。
 話の受け答えを補佐役のマティオンに任せ、クユウ長老は黙って話を聞いている。
 なるべく相手を刺激しないよう、言葉を選んだつもりではあったが、やはり「身内に裏切り者がいるのでは」と言っているような可能性の指摘は不興を買っただろうか。わずかに緊張した面持ちでマティオンの言葉を待ち受けるさゆみの、耳に届いたのはしかし、彼の言葉ではなかった。

「じゃあ、あの木が」

(アノキ?)
「私語は慎め、リオシス!」
 すぐにフードの下から鋭い言葉が飛び、例の若い3人組の一人がハッとばつの悪そうな顔で下を向く。
「そのような人物は存在しない。
 ……と断言しても、貴公らは納得しないのであろうな。そのうちに調査するとしよう」
 覚悟したよりは穏便な返しだったが、いかにも気のなさそうな口調だった。
 こんなにピリピリとした空気でなかったら、「いや、絶対調査する気ないだろ」と誰かがツッコミを入れたかもしれない。そのくらい、誰にでも分かる気のなさ加減だった。
 ちょっとムッとしたと同時に、さゆみは、ふと思った。

 本当はこの人たち、どうやってコクビャクが侵入してくるのか分かっているんじゃないか……と。



「俺さ、ちょっと分かんないんだけどー」
 いきなりベルトラムが、それまでの空気とそぐわない調子はずれな大きな声を上げる。――多分、全員が順番に意見を求められると思い、次は自分の番だと早合点したのだろう。それは見当が付いたが、かなり空気を無視した切り出し方に、エヴァルトは頭を抱えそうになった。
 しかし当のベルトラムは気にせずに続ける。

「例の『丘』の秘密っていう奴のことだけどさぁ……
 身内にも話したがらないみたいだけど……もしかして、話しちゃいけないってことだけ伝わってて、ホントは誰も詳しいこと知らないとか?」

 一応向こうは「秘密」の存在から目を背けろと暗に言っているのに、警察やキオネの話から「秘密の」の存在は公然のものとして発言するベルトラムに、エヴァルトは今度こそ間違いなく頭を抱えた。
 ――ただ、言っていることは一理ある気がする。
 大人たちは口にするのも忌み嫌っていた、とキオネが言っていた。
 このような閉鎖された土地で、年長の者が詳しいことを教えたがらなければ、年若い者たちにはなお伝わるわけがない。隠されたものに対する、興味本位の憶測くらいしか。
 ふと見ると、あの小生意気な感じだった若い3人組の表情が変わっていた。
 何となく暗い表情で、伏し目がちになっている。時折、誰かが誰かの顔をちらりと見るが、言葉を交わすでもなく、どこか不安そうに唇を少し動かしただけで、また顔を戻す。
 他の3人は――ザイキだけは、フードで顔半分隠れているが――一様に硬い表情でこちらを見ている。
 空気が翳って滞った。


 それを何とかほぐそうというかのように、このタイミングで口を切ったのは八雲だった。
「そういえば――この島の方々は古王国に忠誠を誓われた方達とお聞きしました。
 今お会いしている方々も、かなりの腕前を持たれているようですよね」
 自警団ということだが、有事の際には先に立ってい戦う者なのだろう。だからこそ島民から代表として出されるほど信頼されているのだろうし、どことなく手練れの風格もある。特にザイキという人物。
「となると、古王国時代もかなりご活躍があったんじゃないでしょうか。
 僕も道を目指しているものですのですごく気になっています。
 よろしければ今後の参考にお聞かせ願えませんか」

「――古い昔の話じゃが、よろしいか」
 長老が、その時おもむろに口を開いた。
「当たり前じゃが、その時代の人物は生きてはいないでな。すべては遥か昔より伝えられてきたものじゃ。武勲も、その伝統の武芸も」
 守護天使は一般に、地球人よりは長命だが、古王国時代から今にまで生きられるような寿命ではない。当然の話だが、代変わりを繰り返している。
 その中で綿々と語り継がれてきたのだろう。一族の「栄光」は。――「恥」と違って。
「我らの先祖は、単なる武勇の者ではなく、王国の盾となるべく、防衛の要を担ったと言われておる」
 ――そうして語り始めた、古王国時代の記録。
 それは、生き生きとした強い言葉に彩られ、如何にも誇らしげな言葉を紡ぐその口は滑らかに動いていた。
 ずっと厳しい顔だったマティオンの表情も、心なしか和らいで見える。
 ……しかし、それはすべて遠い昔の話なのである。
 誰も、その当時を実際に見て知っているわけではないのだ。
 その過去の誇りが、膨大な時間の流れの後の今日にもまだ、彼らを支えているのだ、と。
 それはここにいた全員に伝わった。



 逆に言えば、現在においてはその過去の輝きに匹敵するものはないのだろうか、という疑問さえ覚えるほどに。