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リアクション
エリュシオン皇帝の代替わりに関わり、その後暫く、ジェルジンスクを中心に逗留していた聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)とパートナーのゆる族、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)だったが、人任せにしているキマクの温泉神殿の様子も気になったので、一度帰ってみようか、ということになった。
けれども、全く急ぐ用ではなかったので、遠回りのルートを選んで、観光しながら旅を楽しむことにする。
ユグドラシルから南下して、ペルム、バージェス地方を経て、ミュケナイ地方へ。
宿らしい宿もなさそうな小さな村で、羊を飼う家に宿を借りた。
「一宿一飯の恩義ですわ〜」
聖はエリュシオン通貨を持っていたが、キャンティはそう言って、一家の母親、祖母と共に、暖炉の前で羊毛を紡ぐ作業を手伝う。
聖は主人の仕事を手伝っていたが、一通り終わって夜、家の子供に捕まった。
「お兄さん達、旅の人? どんなところに行ったの?」
冒険の話を聞きたがる子供の興味は、夕飯になり、終わっても、失われることなく、聖は求められるまま、色々な話を聞かせる。
「そうですね、道中は色々と面白いこともございました。
うっかりと、翼竜の棲処に迷い込んでしまい、丁度排卵時期で気が立っている番の片割れに追いかけられた時は、私も少々参りましたね」
母親が、毛糸紡ぎの手を休めて淹れてくれた乳酒から、温かい湯気が上がっている。
聖はひとつ息を吹きかけて、それを傾けた。
「すっげえ!」
子供は目をきらきらさせて、聖の話を聞いている。
「おれも、春になったら、ルーナサズに連れて行ってもらう約束してるんだ!
ルーナサズってすごい大きい街なんだって。お兄さん達、行ったことある?」
「ルーナサズには、まだ、ありませんね」
聖は答える。
ルーナサズは、この地方では一番大きな街だ。
最も、聖達は、もっと大きな都市である、王都ユグドラシルを知っているわけだが。
「ルーナサズにいらっしゃる選帝神様は、若くていい男という噂でね」
と、母親がキャンティに囁く。
「まあ、それは素敵ですわね〜」
「春分のお祭に、ルーナサズに行って、選帝神様の祝福を貰うんだよ」
得意げに言った子供に、それは凄いですね、と聖は微笑みを見せた。
「お前さんら、首都の方から来たそうだが」
日中の、仕事をしながらの世間話を思い出し、家の主人が聖に訊ねた。
「首都では、新しい皇帝が即位されたそうだが。どんな御方か、知っているかい」
辺境では、皇帝が即位したことは伝わっていても、その人物に関して詳しいことは、まだ知られていないらしい。
これからの治世で、徐々にセルウスの評判も各地に広まって行くのだろう。
「ええ、良い方という話でございますよ。まだお若いですが」
その騒動に関わったことなどは勿論伏せて、聖は当たり障り無く、そう答える。
「強いの? 選帝神様よりも?」
子供が訊ねた。
「さあ、そこまで詳しくは存じ上げませんが」
どうやら、このような辺境では、まだ即位して間もなく、人物像が見えない皇帝より、直接自分達を護ってくれるだろう選帝神の方が近い存在らしい。
「おれも、大人になったらお兄さんみたいに旅をして、龍騎士とか皇帝を見に行きたいなあ」
「馬鹿言え。皇帝が簡単に民の前に姿を見せるものかい」
夢見る少年の言葉に、くつくつと父親が笑った。
「羊さんの毛は、もこもこ暖かいですぅ」
羊毛紡ぎがひと段落ついて、キャンティは毛糸の塊を撫でた。
「毛糸をルーナサズに卸しているそうですが、作品なんかはありますの?」
「ああ、少しだけれどね、作品にした方が少し高く売れるから」
祖母がそう言って、幾つかの品を見せてくれる。
「暖かい膝掛けですわね〜」
素朴な柄の、大きな膝掛けが気に入って、キャンティは一枚購入することにする。
ついでに、父親に、次にルーナサズに毛糸を卸しに行く時に、ジェルジンスクへの発送の手続きを頼んだ。
かの地の選帝神が、この膝掛けを気に入ってれくるといいなと思いつつ。
―――――――――――――――――――――――――――――― 冬の旅路、暖炉の前
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