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百合園女学院の進路相談会

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百合園女学院の進路相談会
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 次に入室したのは、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)のパートナーだった。
「ごっきげんよー、ラズさん。保護者のアルちゃん進路相談にきました」
 シーマはアルコリアの軽い挨拶を聞いて一瞬嫌そうな顔を見せたが、アルコリアは気にしないそぶりで、そのままソファに向かう。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリーという人物の存在感のせいか、最低限しかない調度品のせいか、改まった気配を感じる空気の中を、アルコリアがゆらゆらと歩く。
 その様子からは、彼女の言葉を額面通り受け取って良いものか――進路相談に来たというのが本気なのかどうかも掴みづらい。
 一方でシーマはそんなパートナーのせいかどうか、生真面目そうな顔を普段以上にこわばらせて、ラズィーヤよりも自分の心の中に注意を注いでいるようだった。
「どうぞ、おかけになって」
 ラズィーヤの言葉も空気の上を滑っていくようだった。
 勧められ、アルコリアはぼすんと扉に近い端に、シーマは距離を置いてその反対に座った。
 そうしてアルコリアは口を開いた、
「夢も無ければ希望もない、目標も無い。さぁ、私のこれからの進路、どーしたらいいでしょう?」
 ドヤァ……と自信満々、胸を張って。
「相談って大体、誰かに相談して自分なりの意見を整理して、自分で答えを出すのが大事だと思うんですよ。
 なのでそういうのが無い相手にはどうアドバイスします? どうしようもないから流す感じです?」
「わたくしは、どうアドバイスをするか、ということにアドバイスすればいいのかしら?」
 ラズィーヤは面白そうに笑うと、紅茶に口を付けた。
「夢も希望もないと仰るけれど、ではそれを見付ければいいのではないかしら?
 勿論、なくても何かなさることはできるかもしれませんし、最初から無い方も、そもそも夢や希望を必要としない方だっていらっしゃるかも。
 するべきこととは、好きでしていることだけではないでしょう? もし悪夢や絶望がないなら、それで幸いかもしれませんわ」
「はーい、ありがとうございました」
 回答に意味があったのか、なかったのか、そもそも期待していたのかどうか。
 アルコリアはしごく軽く言うと、ぺこりと気持ちばかり頭を下げて、シーマの制止も聞かずソファから立ち上がった。
「おい、アル。ボクの話がまだ終わって……待て」
「シーマちゃん、しっかりね?」
 ソファの後ろに回って退出する途中、ごく短い励ましの言葉を言って、彼女は入ってきたときと同じように出て行ってしまった。
 シーマは渋い顔をする。……気遣いなのか気まぐれなのか、まだ彼女の事が良く分からない。
 どうせ来たのだから、まじめに相談すればいい。それとも自分に付き合っているだけなのか? 天然でひどいのか? ――もし聞いたところで答えないだろう。
 扉が閉まった後、シーマは暫く俯いていたが、おずおずと口を開いた。
「あー、ええと……どこから話すか。すまない、話すというのは苦手で」
「進路についてですわ。シーマさんは17歳……ですわね、といっても年齢はあまり関係ないかもしれませんけれど」
 シーマは頷く。
「進路……夢はあった。騎士になりたかった、ロイヤルガードにも憧れはある、のだが。憧れ、なだけで。なって何をするか、というのまで考えては居なかった」
 区切り区切り、シーマは答えていく。
「ボク個人は、何かを誰かを守る仕事に就けれれば嬉しいと、なりたいと思う。何を目指せば、とアドバイス、どんな職があるかとか、もらえればと。お願いしたい」
「職ですの? たとえば仰ったロイヤルガードや騎士。その他、軍人、警察、会社や百合園女学院の警備員、メイドなど……それこそたくさんありますわね」
 ロイヤルガードや騎士などはともかく、なるだけなら、契約者にはそう難しくない筈だ、とラズィーヤが堪えたが、シーマの歯切れは悪かった。
「どれでもいいなら、すぐになることができるのだな。
 が、だが……パートナーの、アルのことが。心配なのだ。ボクと同じ夢で満足、する質では無いし。放っておいて良いのかわからん」
 自分がもしその夢をかなえようとして、アルコリアが付いて来るとは思えない。同じ道に進むなど、もっと。
 そうなれば離れざるを得なくなる。
「アルは、何かと戦っている……ように思う。長いこと一緒にいるのに、それが何か分からないと、他の仲間やアルにも笑われるのだが、な」
「分からない……?」
「最初は狂っているのかと、思ったのだ。輩と殺し合うのも平然と行い、打倒しても何食わぬ顔、パートナーが死んでもだ。自分の生死にすら頓着していない。
 思いやりや情が無いが、憎しみや悪意も無いのだ。相手をどうしたい、自分がどうなりたいというのが、無いように思う」
 シーマには、アルコリアのことが分からない。他のパートナーたちなら意を汲むか、疑問を抱かず受け入れるかするのだろうか。
「不安なのだ。放置してよい物かどうか。不安定で危なっかしい、そのくせボクよりモノを考えている風で、わけがわからない」
 シーマは暫く俯いて沈黙を続けていた。
「シーマさん?」
 呼ばれて我に返る。ああ、と彼女は顔を上げて、話を続ける。ここまで来たのだから、話してしまおうと思った。
「共に歩み。無慈悲な戦いに手を貸し、慣れ堕落してしまうかもと考えると、怖い。共に歩み、止められたのではと後悔もしたくは無い。
 アルに力を貸し続けるか、自分のやりたいことをするべきなのか、分からないの、だ……」
 膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめる。
「どうすればよいかも、どうしたいのか、さえも。答えが、欲しいのだ。ラズィーヤ………」
 ラズィーヤはファイルに書き込む手を止めると、それをサイドテーブルに載せ、まず最初のご質問にお答えしますわ、と言った。
 シーマが動揺しているというのに、ラズィーヤは普段通りだ。
「お仕事……ということでいうと。先ほども言いましたけれど、まず、ロイヤルガードになるにはご自身やパートナーの素行や意思も重要ですわね。
 騎士は騎士の身分さえあればということでしたら簡単ですけれど……そんな名ばかりの騎士になりたいわけではないでしょう?
 守る仕事には守る対象がいますわ。その方たちをどれくらい大切に思えそうか、考えて決めてはいかがかしら?」
 それに、と加える。
「守る、というのは今は物理的な話をしましたけれど。でも、精神的になら……アルコリアさんを守るというのもありますわ。
 本を読んだり誰かの言葉に救われたことはありません? 常に共にあることが守ることでも、突き放すことでもないと思いますわ。
 自分を壊したり無理をしてまでただ共にいるのは、苦しみや依存を招きますわよ」
 ラズィーヤの言葉は静かだった。
「アルコリアさんのご本心のことは、正直私にもわかりませんけれど……もし知っていても、私が答えるべきではないでしょうね。
 笑われると仰いますけれど、それを知ったらそれこそパートナーの方々はどう思われるかしら?
 ……時間はまだありますわ、お二人でゆっくりお話をしたらいかがかしら?」