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【真相に至る深層】――前奏

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【真相に至る深層】――前奏

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3:トゥーゲドア――隔てた時を繋ぐ場所


「不思議な街だね、屋根が折り重なって天井が繋がっているみたいだよ」
「大通りだけが空が開けてるのも、面白いよな」

 物珍しげに頭上を仰ぎながら歩くエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)に、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が頷いた。今は、遺跡やとある噂話の方が有名になりつつあるが、元々はその景観が観光資源のひとつであったトゥーゲドアの奇妙な街の作りは、普段ならかつみの好奇心を多いに疼かせるに足るものだったのだが、どうも関心はあっても頭の中にきちんと入っていないようで、時々視線が変な具合に宙を彷徨っている。流石にどうにも気になって、エドゥアルトは「どうしたの?」と首を傾げた。
「さっきから、気もそぞろになってるけど……」
 その言葉に、かつみは慌てたように首を振った。
「いや、なんだか夢に見た都市と、どこと無く似てるなーって、思ってさ」
 そう言いはしたが、実際にかつみが気になっていたのは、もっと別のことだ。夢で見た都市、その生活、それよりも何よりも、夢の中に見た少女の顔が頭の中でちらついた。柔らかな笑み、繊細な姿。そのどれもが、夢の深まるたびに瞼の裏に焼きつくかのようにして頭から離れないのだ。
 その様子をどう思ったのか、エドゥアルトは「大丈夫?」と心配げに眉を寄せた。
「夢に当てられたのかな?」
「そうかも……随分……リアルな夢だからさ」
 その心配そうなパートナーの顔に誤魔化すように言って、かつみはその姿をかき消そうとするかのように首を振った。だが、何故その姿がそんなにも意識を乱すのか、その本当の理由のはまだ、かつみは気付いていないのだった。

「久しぶりにこの辺りに来たけど、意外と賑わってて安心したわ」
 そんなかつみを余所に、歌菜のアドバイス通り、ホワイトデーに向けたお返しを探しに出かけようとしてたディミトリアスを半ば引きずる形で、同じくきょろきょろと街を見やっていたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。
「あの大騒ぎが嘘みたいだね」
 以前フライシェイドの襲来の際にこの町を訪れていた蛇々も頷く。その後も続いた騒動を思えば、今の街の賑わいは得がたいもののように思える。
「苦労はしたろうが、災い転じて、と言うかあの事件が宣伝にもなったようだからな」
 そんな彼女等に続いて、クローディス達も買い出しついでと同行しているが、明らかに興味本位と思われる幾つかの目や、見守られているような雰囲気が落ち着かない。普段なら少しはフォローしてくれるはずのツライッツも、僅かな時間を惜しんで恋人の呼び出しに応じて不在のため、助け舟がない。少々恨めしげにリカインを見たが、こちらはどこ吹く風だ。
「探し物ついでに丁度いいでしょ?」
 リカインの言葉にディミトリアスは曖昧に頷いた。と言うのも、彼女の探し物はこの街に残っている古代の資料なのだ。ディミトリアスやアニューリスが封じられていたこの街には、古い資料が数多く残っている。殆どは街が出来た五千年前からのものだが、もしかしたらもっと古い、例えば一万年前の記録なり残っているかもしれないと、リカインそして美羽は期待しているのだ。
「でも、この街が出来る以前の資料なんて残っているかな」
 コハクが不安げに言えば、難しいだろうな、とクローディスが息をついた。
「以前の事件の際も調べてみたが、一度滅んだディミトリアスの街の上に建てられている街だからな、断片的なものでも遺跡の名残がせいぜいだ」
 書物の形となると難しいだろう、と言う言葉に、リカインは「それなら」と意味深に目を細めた。
「書物じゃなくて、生きた資料に直接聞くって手があるわね」
 その目線の意味は明らかで、ため息を吐き出したディミトリアスは、事情に明るくない色花や美羽が首を傾げるのに簡単に経緯ーー超獣と呼ばれたエネルギー体を狙って滅ぼされた故郷、封じられた自分達、その復活の為の策謀がこの街を作ったこと……を説明すると、丁度件の遺跡の前へ到着した。
 本来の役目を全て終え、今は観光客の集まるばかりのストーンサークルにそっと手を這わせながら、ディミトリアスは諦めたように息をついた。
「俺が話せるのは、当時書物や旅の間で目にしたもの位だ。それで良いなら、何が聞きたい」
「そりゃあ」
 その言葉に、美羽とコハクが顔を見合わせた。
「例の海中都市のことだよ」
「そこが本当に夢の場所かどうかわからないけど、どんな場所だったのか気になるし」
 もし本当に夢の場所なら余計に、何かしらの痕跡があると素敵だ、と。目を輝かせた美羽達に、クローディスまで年甲斐もなく好奇心前全開の様子で混ざっているのに、ディミトリアスは再度の溜め息を吐き出すと「当時でもおとぎ話の一種程度として伝わっていた話だぞ」と前置きして語り始めた。
「エリュシオンの巨大な蛇と、花の恋の物語だ」


 霊峰オリュンポスの麓には、美しく清らかに咲く花があったと言う。
 海に住んでいた巨大な蛇は時折その長い首を伸ばしては、愛しいその花を眺めていた。
 想いは募るばかりだが、花と蛇では生きる時間が違うのだ。日に日に弱っていく花を見ている内に、とうとう耐えられなくなった蛇はその花を手折ってしまおうと考えた。
 だが花は地面がないと枯れてしまう。蛇が悩んでいる間にも、花は病に冒されて今にも枯れてしまいそうだった。そこで蛇は花を自分の身体に植えることにした。背中を苗床に、花が根を伸ばし、静かに揺れているのが蛇は幸せだった。だが蛇は知らなかった。海は自分を寝床にしながら地上の花を愛した蛇を許してはいなかったのだ。海は怒り、蛇が眠っている内に、嫉妬の炎で花を焼き尽くしてしまった。蛇は嘆き悲しみ、花が残した種が孵るのを、今もずっと海の底で待ち続けていると言う。


「何ぞ、本当に童話みたいな話じゃのう」
 クローディス達と共にその話に聞き入っていた高天原 天照(たかまがはら・てるよ)が、溜息をつくように漏らした。その隣では、パートナーの枝々咲 色花(ししざき・しきか)が首を傾げる。
「ですが、花に蛇に海……とは、随分抽象的ですね」
 その言葉に、民間伝承だから仕方がない、とディミトリアスは苦笑しが、霜月は家族への良い土産話になります、と表情穏やにしながら、そういえばと首を傾げた。
「それって、いつ頃の話なんですか」
「俺が聞いた時点で、昔話なぐらいだ、今からだと一万数百は昔の事だろうな」
 想像も出来ないような遠い遠い昔の話だ。今度は色花の方も、思わず感嘆の息を漏らした。
「そんな昔の話が今に伝わるなんて……凄いことですね」
「実際には、途切れた伝承かもしれないぞ」
 その言葉に首を傾げた面々に、クローディスは「地方の伝承が、長い時と歴史の合間に、消えてしまうのは、良くあることなんだ」と複雑な苦笑を浮かべた。
「特にこんな抽象的な代物は、一万年前のものとなると殆ど残っていない……君の復活が失われた伝承を蘇らせる。そう考えると、奇跡のようにも感じるな」
 その言葉に大袈裟だ、とディミトリアスが首を振る中、色花は再び浮かんだ疑問をそのまま口に乗せる。
「でも、その伝承と夢の場所と、何か関係があるんですか? 聞く限りだと、海ぐらいしか共通点が無いように思うんですが」
 その言葉にディミトリアスは尤もと頷いて続ける。
「この話の伝わる地域では、もう一つの伝承がある。花は乙女のことであり、乙女は蛇に嫁ぎ、楽園を地上ではない所に拓いたと。それが、海中都市の伝説だ」
「じゃあ、おとぎ話は比喩なのか?」
 かつみがえば「そうとも言えるし、そうでないとも言える」とディミトリアスの回答は曖昧だ。彼の扱う古代語よりも更に時代の古い言葉であるため、直訳ないし意図的な意訳もあるかもしれない。いずれにせよ、今は遥かに遠い過去の物語で、何処までが真相なのかは知れない事だ。
「蛇に乙女に海中都市か……歌劇としてはもう一つ捻りが欲しいわね」
 そんな中、溜息をついたのはリカインだ。確かに伝承としては興味深い内容ではあるが、これではまだおとぎ話の域を出ず、ドラマ性に欠ける、と、リカインの評価は中々辛いようだ。
「やっぱり、トンデモストーリー具合だとディミトリアスくんたちには負けるわね」
 そう言ってちらっと向けられた視線に、ディミトリアスは苦笑を深めた。滅亡した街に封じられた巫女と、死んだはずの神官が、一万年の時を超えて結ばれる……そんな、正におとぎ話な現物が目の前にいるのだ。双子の兄が起こしたイルミンスールの事件も併せれば、確かに派手さにおいては上を行くだろう。
「題材にしない手は無いわよね……」
 チラッチラッと向けられた視線はあからさまで、ディミトリアスは勘弁してくれ、と肩を落とした。
「見世物になるのは御免被りたいし、あんたが思う程ドラマ性も何も無いと思うぞ……」
 自分が歌劇の題材として扱われる所を想像したのか、力なく呟くディミトリアスだったが、リカインにそれは通用しない。ぐっと親指を立てたリカインの笑みはきらきらしている。
「大丈夫、ディミトリアスくんが天然だってところは誤魔化しておくから」
「そう言う問題じゃない……」
 がっくりと更に肩を落としたディミトリアスに、そろそろ助け舟を出すべく、ぽん、と背中を叩いたのはクローディスだ。
「面白い話を有難う。だが、君は他にする事があるだろう?」
 そろそろ行ったほうが良いぞ、とクローディスに背中を押され、応援やら野次馬根性な目線やらに半ば気圧されながらも、ディミトリアスようやく当初の目的の為に遠ざかったのだった。