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リアクション
四章 大廃都の過去
昔々の話です。
約5000年前、大廃都では人と機晶姫が共存していました。
人と機晶姫が手を取り合い生活をしていく最中、突如として隕石が降り注ぎました。
土星方面から降り注いだ隕石は、大廃都を瞬時に壊滅させました。僅かに生き残った人々と機晶姫は大廃都地下のシェルターに避難し、再び地上に舞い戻るために密かな活動を始めました。
幸いにも、古代パラミタの技術によって建造された地下シェルターには内部工場が存在しました。衣類や食料、水、電気……生命を維持する上で必要な物資は、工場が全て生産してくれました。
しかし限界はありました。どれほど物資を節約したとしても、数年保つかどうかと言ったところだったのです。
地下シェルターに逃れた人々は、総力を挙げて、地上に帰還するための組織を結成しました。その名も、【アイゼンダール】です。
アイゼンダールは時空防護服を開発して、地上を調査しました。大廃都周辺は謎の現象【時間乱動現象】が発生しており、時空防護服が無ければまともに活動できなかったのです。
時間乱動現象。それは、周囲の時空連続体をかき乱し、過去と現在と未来の因果を崩壊させる現象です。一度巻き込まれれば、空間の時間が書き換えられてしまいます。幼児に時間遡行してしまう人もいれば、いきなり老人になってしまう人もいました。一気に寿命を迎えて即死する人もいれば、生まれる前の状態まで時間が巻き戻ってしまう人もいました。
アイゼンダールは廃墟と化した大廃都を調査して、理解しました。『自分たちだけの力では絶対に大廃都から逃れられない』という事を。
時空防護服は時と空間の乱れから着用者を保護する役目を持っています。ですが、常に時間乱動現象が発生している大廃都では時空防護服など大して役には立たなかったのです。
時空防護服を着用したとしても、大廃都周辺では十数分ほどしか活動できません。そのような限られた時間では、大廃都から抜け出すのは到底不可能です。地下シェルターの工場で時間乱動現象に耐えうる車両や重機を生産するにしても、材料が不足していました。
事態を正確に理解したアイゼンダールは、隕石を調査する事にしました。危険ですが、根本的な原因を排除すれば、時間乱動現象が消滅すると推測したのです。
隕石を切り開いて内部を調べた彼らは、びっくりしました。隕石の内部は機械で構成されていたのです。より厳密に、正しく言うならば……何者かの手で作られた人工衛星が宇宙を彷徨う内に、装甲表面に様々な元素が付着して『石』となり、地球の重力に惹かれて落下したのです。それが、大廃都を壊滅させた隕石の正体でした。
この人工衛星は誰の手によって作られたのでしょう? アイゼンダールのメンバーは隕石内部の人工衛星を分解して地下シェルターの隔離ブロックに運び込み、詳しい調査を開始しました。
試行錯誤を重ねた末、彼らは人工衛星に収められた記憶回路を復旧させました。その内に秘められた記憶は、想像を絶するものでした。
なんと、この人工衛星は土星で作られた物だったのです。土星に棲まう知的生命体の一族が人工衛星を作って、宇宙に放ったのです。
何のためにこのような衛星を作ったのでしょう? それは、土星に棲まう知的生命体の一族が死に瀕していたためでした。絶滅寸前の彼らは自らの身体構造と歴史、考えられる全てのデータをこの人工衛星に託したのです。そして、未だ知れぬ誰かに回収される事を願い、その衛星を宇宙に放ったのです。
地球でもこのような行為は行われています。ボイジャーのゴールデンレコード。違うのは、規模です。土星に棲まう知的生命体の一族は衛星に全てのデータを詰め込んでいました。……そう、自らの遺伝子情報さえも。
アイゼンダールは人工衛星に記録されている遺伝子情報を基にクローニングを行い、土星に棲まう知的生命体の一族を再生させました。『それ』の一族は【機甲虫】という種族名が与えられ、クローン化に成功した第一号には、土星にちなんで【サイクラノーシュ】という愛称が与えられました。
そして、クローンで蘇った機甲虫【サイクラノーシュ】には、『いつの間にか』もう一つの生命体が共生していました。機甲虫の体内に存在する【機甲石】の余剰エネルギーを食べて、時空連続体に干渉する力を宿主に与える特殊生命体。それは、物体ではなく、エネルギー状の生物だったのです。
「凄まじい力だ。時空連続体に強い干渉を与えている。時空連続体の切断と接合すら可能なようだ」
「人工衛星には、宇宙を推進するための動力源として【機甲石】が搭載されています。【サイクラノーシュ】に共生している生物のデータを基に高精度の観測を行った結果、人工衛星自体にもこの生物が取り付いていると判明しました。恐らく、【機甲虫】と共生関係にあるこの生命体は、人工衛星に搭載されている【機甲石】とも共生関係にあるのでしょう」
「この生命体が時間乱動現象を発生させているのは間違いありません」
「時を刈り取る生物か……。【サートゥルヌス重力源生命体】とでも名付けよう」
機甲虫と共生関係にあるこのエネルギー生命体は、重力を使って時空連続体に干渉する力を持っていました。時を刈り取る性質と土星由来という点を踏まえ、この生命体には【サートゥルヌス重力源生命体】と名付けられました。
「サートゥルヌス重力源生命体は、【機甲石】の発するエネルギーを捕食して重力に変換する性質を持っているようだ。重力源生命体一つ一つは極めて小さいが、大量に集まれば時間の操作も可能になる……」
「重力を操ることで、時間をも操る。パラミタではなく、土星に生まれたからこそ獲得できた性質か」
大廃都の地下シェルターに住む住民は湧き立ちました。時間乱動現象の原因を解明できただけでなく、その制御方法も判明したからです。
彼らは早速サイクラノーシュの協力をこぎ着けて、大廃都周辺の時間乱動現象の解消を始めました。サイクラノーシュは人工衛星に付着しているサートゥルヌス重力源生命体と交渉し、時間乱動現象を消失させました。これにより、大廃都周辺はようやくまともに活動できるようになったのです。
しかし、難題はまだ残っていました。大廃都周辺は隕石の直撃により廃墟と化しており、何十メートルもの瓦礫が沢山あります。それらを乗り越えるのは、地下生活で弱った身体では無理でした。
「機甲虫を量産せよ。機甲虫の力を使って、大廃都の瓦礫を撤去するのだ」
「ですが、これだけの数の機甲虫を扱うには全体を統制するための個体が必要です。サイクラノーシュだけでは不足しています。それに……機甲石には欠陥があります」
機甲虫は【機甲石】という特殊な結晶を動力源としています。機甲虫は、体内に存在する機甲石のエネルギーを使って活動しているのです。
ですが、機甲石には大きな欠陥がありました。土星での活動を想定しているためか、エネルギー出力が高すぎたのです。機晶姫の機晶石はエネルギー出力が抑えられているため長期間の活動が出来ますが、機甲虫の機甲石は出力が高すぎるため、エネルギーをすぐに使い果たして休眠してしまうのです。
機甲石の『出力が高すぎる』という性質は、サートゥルヌス重力源生命体の呼び水にもなっていました。機甲石の発する膨大なエネルギーは普段の活動では消費し切れず、サートゥルヌス重力源生命体が代わりに消費してエネルギーの暴走を防いでいました。
これは不可避の欠陥でした。機甲石の性質を改善すれば、サートゥルヌス重力源生命体は宿主から離れてしまいます。そうなれば、再び時間乱動現象が起きた時に対応できなくなってしまいます。サートゥルヌス重力源生命体を排除しようにも、彼らは、人類には決して手出しできない次元にいました。
「……機晶姫を使おう。性質はそのままで機甲虫を長期間運用するには、機晶姫のエネルギーを間借りしてやりくりするしかない。機晶姫に機甲虫を取り付けられるよう改造して、多くの機甲虫を統制するための制御ユニットにするのだ」
機甲虫を使えば、地上に帰還できます。その事実は、地下シェルターで暮らす住民に希望を与えました。
人々は希望を胸に抱き、機甲虫を量産し、機晶姫を改造していきました。もう使えそうにない機晶姫は地下シェルターに残し、まだ使えそうな機晶姫は【機甲虫制御用機晶姫】に改造したのです。
量産と改造。その繰り返しは、まるで『機甲虫と機晶姫が同時に製造されている』ようにも見えました。
「この機晶姫が、君の新たなパートナーだ。【機甲石】の欠陥はこの子が解消してくれる」
サイクラノーシュには、機甲虫制御用機晶姫の1機【サタディ】が与えられました。サイクラノーシュはサタディの脊髄部に取り付くと、【機晶石】のエネルギーをほんの少しだけ間借りして人類のための活動を始めました。
機甲虫制御用機晶姫と機甲虫は、大廃都周辺に道を作っていきました。機甲虫は己の構造を変化させ、時としてサートゥルヌス重力源生命体の力を借りる事で、大廃都から脱出するための道を切り開いていったのです。厳しい風雨を避けるため、機甲虫自らが樹林と化して人々を守る事もありました。
機甲虫たちの活躍により、人々は大廃都からの脱出に成功しました。脱出した人々は大廃都の近くに居を構え、自然と共に生きることを決めました。
ある日、アイゼンダールの最高責任者が言いました。
「機甲虫のデータは……いや、現物も全て抹消した方がいいだろう。危険すぎる」
「お待ち下さい、機甲虫とサートゥルヌス重力源生命体には可能性があります! 時を刈り取ってしまう性質もありますが、上手く利用すれば、荒れ果てた大地に緑を芽吹かせることだって可能なはずです!」
「確かに機甲虫とサートゥルヌス重力源生命体には大きな可能性がある。だが、後世においてどう扱われるのか、それは私にも分からん。数千年後の人類が穏やかな性格を持っているとは限らんのだ。機甲虫を戦争の道具として使うことも有り得る。
……機甲虫を戦争に使ってみろ。サートゥルヌス重力源生命体の力で時空連続体はたちまち崩壊し、パラミタは過去と現在と未来が入り乱れた滅茶苦茶な状況になるだろう。機甲虫は、表には出してはいかんのだ」
最高責任者の判断により、機甲虫は全て抹殺されることになりました。それは人と機甲虫との間に短くも激しい戦争を引き起こし、周囲をズタズタに引き裂きました。
しかし、被造物は創造者には決して勝てません。機甲虫の構造を熟知していたアイゼンダールの最高責任者は、こんな事もあろうかと、機甲虫に対抗する兵器【ヘキサ・リフレクター】や機甲虫の脳波に作用して誘導・催眠させる装置【花の石像】を事前に作っていたのです。花の形を象ったのは、機甲虫へのせめてもの手向けでもありました。
花の石像は、事前に大廃都の地下シェルター最深部に設置されていました。アイゼンダールの最高責任者は遠隔スイッチを使って花の石像を起動させ、全ての機甲虫を大廃都の地下シェルターに誘き寄せ、強制的に休眠状態に陥らせました。
全ての機甲虫が地下シェルターの最深部に集結した事を確認すると、アイゼンダールは地下シェルターの入り口を厳重に塞ぎ、機甲虫が二度と出て来ないようにしました。サイクラノーシュと融合している機晶姫【サタディ】にも、同様の処置が施されました。サタディとサイクラノーシュの融合解除は困難だったため、両者は他の機甲虫たちと共に地下シェルターに埋められたのです。
他の機甲虫制御用機晶姫たちは、機甲虫との融合を解除された後、アイゼンダールの人々に引き取られていきました。これによって、【機晶姫】と【機甲虫】は分かたれたのです。
目に見える映像はそこで途切れ、後はただ、音声だけが響き渡りました。
『花の石像が機能している限り、機甲虫がこの先、表舞台に出てくることは無いだろう。
しかし、数千年後の人類が……君たちがこの地を掘り返す可能性がある。過去の知識を求める君たちによって最深部に廃棄された機甲虫とサタディが発掘された時、機甲虫は再び活動を開始するだろう。
後世に生きる君たちが、優れた理性を以て争いを拒否できる事を願う』
それは、アイゼンダールの最高責任者の声でした。
彼は最後に、こう付け加えました。
『まだ時間が余っているか。
そうだな……保険はかけておこう。これより我々は大廃都の近くに住まい、大廃都を監視する【墓守の一族】となる。
機甲虫が目覚めたとしても、最初に犠牲になるのは墓守の一族だけだ。君たちは、我らの末裔の死を無駄にしないで欲しい』
これが大廃都の歴史と、その終焉です。
そして、大廃都の終焉と同時に、墓守の一族たる【アルト・ロニア】の歴史が始まったのです。
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