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桜井静香の冒険 ~古城~

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桜井静香の冒険 ~古城~

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第2章 中庭にて


「……よし、これで行けそうだな」
 フックに結びつけたロープの強度を確かめながら、セバスティアーノは満足げに頷いた。
 彼は石壁に四角く切り取られた窓から半身を乗り出してロープを上に向かって投げる。フックが城門の塔の上にあるあの凸凹部分に巻き付いたのを確認すると、ロープを手に身体を外に投げ出し、脚で壁を利用しながら上に向かう。
 塔の上に降り立つと、中央に置かれたままの木箱をずりずりと両腕で押した。
「こんなのがあったら開く訳ねーよな……」
 木箱の下から現れた鉄扉を引くと、埃や屑と一緒に、ボロボロの縄梯子が下の床に落ちていくのが見えた。代わりに新しい縄梯子を取り付けて、
「おーい、もう行けるぞ」
 と声をかけると、彼の背中からひとつ声が返ってきた。
「こっちだよー」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。ジャージの両肩に乗った柔らかポムクルさんも「だよー」「だよー」と唱和する。
 活発な姿はレキらしかったが、ブランド物のスタイリッシュな高級ジャージというのも百合園生らしかった。
 そんなレキの片手には魔法の箒が握られていた。スタイリッシュお掃除……というわけではなく、空から飛んできたに違いない。
「こういう単純な魔法の道具は割と平気みたいだね」
「だったらやってもらえば良かったですね」
「何でも楽しようと思っちゃダメだよー。楽といえば、写真は撮れなかったよ」
 レキは別にセバスティアーノを羨ましがらせようとしたわけではなくて、上空から全体の写真を取ろうとしたのだ。しかし携帯の機能自体がうまく働かなくて、辛うじて撮れたものも、ぼやけて参考にできそうになかった。
「空には何かいましたか? 例えばドラゴンとか?」
「何もなかったよ。平和そのものって感じ」
 城は小さく、シンプルなものだった。
 城壁も、外へと続く城門の両側に小塔が二つ(その一つに、今レキたちが立っている)あるだけ。これに少し低い位置に城壁がくっついて、ぐるりと古城を取り囲んでいる。
 二人は梯子で塔の上から降りると、小塔の探検から始めた。
 といっても、二階建ての小塔は本当に小さなものだった。どちらも構造も置いてあるものもほぼ同じだ。一階部分は兵士の詰所のようになっていて、簡素なテーブルと椅子とベッド、棚が幾つかと、樽。
 ボロボロになった本は当時の小説や受けるジョーク集だので、チェスのような遊びをしていたのか、市松模様の板が転がっていた。
 二階部分には古びた武器防具など。二階には塔の上に上がるための穴と縄梯子があり、両側に扉が付いていて、小塔から向かい合った扉は城門の上に、背を向け合った扉は城壁の上に続いている。
 扉の上や城壁のところどころに魔法の文様のようなものがあったが、どれも触れるとオバケのような幻覚が見えてびっくりしたり、特別変わりがなかったりした。
 二人は両側の扉から城壁を出て互いにぐるっと一周し、城門の上で落ち合った。
「一応門番がいて、見張りをしてたってことでしょうけど、あんまり戦闘向きの城じゃないですね。暮らすための城って感じです」
 セバスティアーノはそう評した。
「……そうなのかもね。扉もよくあるものみたいだし……それにお城のマークは騎士とか貴族じゃなくて……えーと」
「分かるんですか?」
「ボ、ボクだって勉強はしてるんだからね! あれは……魔法使いが使うような紋章だよ!」
 レキは門の上に刻まれているレリーフの模様を眺めながら、記憶の中から引っ張り出す。
「トラップの件からいっても、魔術師の暮らしていた城で間違いなさそうですね。物理的に守れなくても魔術的な守りがあるんでしょう」
「怖い魔術師が済んでるとかじゃなくてよかったねー」
 レキは中庭に降り立つと、土埃臭い空気から解放されてうんと伸びをして、
「冒険だ! 行くぞ、おー!!」
「冒険なのだー」「なのだー」
 ポムクルさんたちと一緒に拳を振り上げ、元気に駆けていった。


 中庭では、百合園女学院の新任の教諭シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が首をひねっていた。
「どうしたんだい、シリウス」
「なんか身体がだりぃ……って、変な言い方だな。5年も前はこれが当たり前だったっつーのに」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が、ふぅんそんなものかもね、と答えるとシリウスは、
「まわりが凶悪すぎて忘れそうになるけど、オレも強くなってたんだなぁ。まぁこれはこれでできることもあるし、経験と知識は残ってるからな」
「わくわくするなんて変わってるね。ボクは一般人並とかぞっとするよ。これも罠なのか? だとしたらシリウス、古城に近づくのは危険だ。ダメ……とは言ってもきかなそうだけど、最低限……警戒を密に保つこと。
 ああ後『凶悪過ぎる』って……もう教師なんだからね、校長先生に聞かれてクビになったらどうするんだよ?」
 冗談めかして言うと、シリウスはぎょっとしたようにサビクを見て、それからいつの間にか中庭に出てきている静香たちに目をぱちくりさせた。校長が出てきた覚えはなかったのに、どういうことだろう。
(おまけに目の前を墜落して花畑に倒れ伏している守護天使の……アル……アルミカン……アル何とかも外に来てるし)
「ちょっと話を聞いてみっか」
「楽しそうなのはいいけどさ……先生なのに遊んでていいの?」
「何言ってんだよ、危険な目に遭わないための情報収集だぜ」
 シリウスは、レキとポムクルさんたちに突かれている守護天使を横目に通り過ぎる。「これが本当の堕天使ってやつ?」なんて声も聞こえたが、手当てに近寄る生徒がいたのでそこは任せる。
「静香校長、どうしたんですか?」
「うん、それがね、僕たちは二階を調べてたんだ。魔女の寝室や居間、書斎なんかを……それで気が付いたら外に出てて」
 静香の説明の後ろから、私も私も、と校長と共にいたり、別の部屋を調べていた生徒たちが名乗り出る。どうやら部屋のあちこちに魔法的な仕掛けが残っており、それに触れることで外に出されてしまうということらしい。
 罠は他にもあちこちにもあったが、その魔法がかけられているのは居館内では、静香たちの調べていた魔女の居住区だけのようだ。
「そこが怪しい、ってことか……。よし、みんなで突撃だ! 『開拓精神』全開! いくぜ、サビク!」
「……相棒、じゃないんだよなぁ」
 サビクは少し不満げにこぼしたが、シリウスは振り返って何も解っていないような顔で、
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なーんにも」
「んじゃ、先に行ってるぜ」
 シリウスは勝手に先に行ってしまう。サビクは彼女から『相棒』と呼ばれるパートナーの――今は空京に行ってしまった女性の事を思い出し、自分に言い聞かせるように呟いた。
「まぁそんな細かいことはどうでもよくて……ボクが不快なのはそんなことじゃないんだ……ないんだ」
 どんどん遠ざかる背中を慌てて追いかけ、死角は見ておくからさ、と声をかける。サビクはその後、恐れを知らないシリウスに代わって、“適者生存”でネズミを追い払ったりすることになるのだった。


「……お、いたいた」
 匿名 某(とくな・なにがし)は、見事な弧を描いた軌跡を目で追った。存在が地味な彼だったが、その地味さに似合わない派手な光翼を広げたまま落下すれば流石に目立つ。
 まっさかさまに落下した地点は中庭の花畑だった。
 長年放置されているはずなのに、あえて野趣を残したといった様子だった。観賞用の花ではなく、山野草がもこもこと生い茂り、枯草も残っていて……それが丁度いいクッションになって、大の字の穴が開いていた。
 その中に、守護天使が横たわっていた。
「アルさん、大丈夫ですか? アルさん、アルさーん、聞こえてます?」
 何人かに、遠巻きにされたり突かれたりしている不憫な彼の元へ某は近寄ると、目を回している守護天使に話しかけた。
「……う、うーん……はっ、ここは!?」
「頭は打っていませんか? お怪我はありませんか?」
 パートナーの結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は某の側に来ると、心配そうな顔で守護天使を覗き込む。
 某は恋人をまるで天使のようだなぁなんて思いつつ――実際に天使であったが――顔をしかめながら半身を起こす守護天使に手を貸して立たせてや
った。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。なんかあんまり痛くなかったですよ! どっちかって言うと……心がちょっと痛いですが」
 守護天使が匿名なのにリア充な某と、名前があるのに女の子の前でみっともない失態を見せてばかりの自分を比較して落ち込んでいる姿に、綾耶はちょっと同情した。
 某も自分が何かできないか少し考え、故障してないか身体のあちこちを曲げ伸ばししている守護天使に問いかけた。
「アルさん“禁猟区”使えますか?」
「……え? 何でですか?」
「普段より力が使えない以上、危機を知らせてくれる力は重宝するはず……つまりアルさんの株の上がるって事です」
「……何ですって?」
 ぼけっとしていた守護天使は、某の両手をがしっと握りしめた。某、やや引いている。
「……何ということでしょう。僕は勘違いをしていました。やれることからコツコツと、それが秘訣なんですね! ……ありがとうございます、僕は頑張りますよ!」
「はは……」
 某は頬をかいた。それからちょっと心配な守護天使に着いて行くことにした。
 契約者や生徒の女の子に着いて行くついでに、話を聞いて回る。
「話を聞かせて貰えませんか? お話は後でまとめて、居住区に貼っておきます」
 静香や他の生徒たちからシリウスも聞いた話などをメモし、しかもコンパスを使って清書する姿に、
(こいつ、できる……!)
 と守護天使が思ったかは定かではないが、ともかく「カッコイイ男」の考えを改めた彼だった。
 某が作ったメモは、転がっていた板を掲示板代わりに居館一階の使用人用の食堂(ダイニング)に張り出されて皆で見られるようになり、そこに他の探検隊からの書き込みや追加のメモが張られるようになった。
「……あれ、某は何処に行ったんだ?」
 大荷物を背負って来たもう一人の某のパートナー・大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、そのテントを張り終わってから綾耶に訊ねると、彼女は微笑んでさっきのやり取りを話した。
「そっか、で、某の荷物はどこ? 明りを付けたいんだけど」
「それならあそこです」
 康之は某の荷物から取り出したランタンに油を注ぐと、“火術”で灯し、
「じゃあ、オレらは掃除兼探検に行くか!」
「はい、お手伝いします。確かに埃っぽい場所で活動するのは気分的にも健康的にもよくありませんしね」
 某たちに冒険に行きたい、と言い出したのは康之だった。綾耶は今日は付き合うつもりで、にっこり頷いた。
 康之は早速荷物を手分けして出すと、布を割いて棒に巻き付け、即席のモップやはたき、雑巾を作る。窓から差し込む光とランタンの明りを頼りに、二人は居住区の掃除を始めた。
「終わったら、皆さんにもお食事を作りますね。探索は大事ですが、腹が減ってはなんとやら、ですよ」
「おお、楽しみにしてるぜ!」
 ところどころにある燭台に備品として運び込まれた松明を差していきつつ、彼は隅々まで綺麗にしようと汚れと格闘するのだった。