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春もうららの閑話休題

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第9章


「うわぁ……なんか一個だけ、すごい奇抜すぎるかまくらがあるね……ていうか、かまくらかなぁ……アレ」

 温泉に招待されてやってきた琳 鳳明(りん・ほうめい)は呟いた。
 ひとしきり女湯を楽しんだ鳳明だったが、パートナーである南部 ヒラニィから自分用のかまくらが出来たから来い、と連絡を受けたのである。
「……うん、近づきたくない、な……悪い予感しか……しない……」
 こういう時の鳳明の勘は良く当たる。
 というか、それは別に勘でもなんでもない。


 ただの経験則である。


「おーい、何やっとる! ここだここーっ!!」

 早速、かまくらの根元にいるヒラニィが鳳明を呼んだ。かまくらに背中を向けていた鳳明が、首だけ180度回して振り向いた。
「ははは……やっぱり……」
 デザインの時点でもう近づくべきではないと判っていたのに、と鳳明は後悔した。

「ようこそ、ゆーあーうぇるかむっ!!」
 ヒラニィはその奇抜なかまくらの前で胸を張った。
 というか、鳳明が言うとおりそれはすでにかまくらではなかった。
「わしとウィンター、二人の匠が作り出した! 芸術的な!! 超! 絶!! かまくら温泉へ!!!」

「……なんということでしょう」
 ぼんやりと鳳明は呟いた。

 それはすでにかまくらではなく、あえていうなら雪像という類のものだった。更に言うならばテーマパークに置かれているアトラクションとでも表現すればいいのだろうか。

 ひとことで言うと、巨大カメリア像。

 雪で作られたカメリアの上半身の像がかまくらの上部から生えているような奇抜なデザインである。

「テーマは『夢』――永遠にあり得ないであろう未来予想図をあえて再現!!」
 何故か胸部だけが妙に巨乳にデザインされている。
「さらにそこに娯楽も付け足すという発想!!」
 その巨乳部分には滑り台のおまけ付である。
「その他もろもろダイナミックでブリリアントでドリーミングで以下略な斬新な仕掛けがあ痛ぁっ!!」

 という説明の途中でヒラニィの後頭部をひっぱたいたのがカメリアご本人である。

「何しとるんじゃ、肖像権の侵害も甚だしいな――しまいにゃ金取るぞ、まったく」
 見ると、すでに一般開放されたカメリア巨乳すべり台は、家族連れで来ていた子供達のいい遊び場になっている。
「ま、楽しく使われとるようじゃし――いいか」
 カメリアは、既に絶句していた鳳明に微笑みかける。
「よう来たな鳳明。どうもヒラニィとウィンターがやらかしたようじゃが、中は普通の風呂のようじゃ。
 ……入っていかぬか?」
 どうしても上部のカメリア像が視界に入ってしまうが、どうにかそれを意識の外に逃がしつつ、鳳明は頷いた。

「ははは……そうだね……」


                    ☆


「それじゃ、ブレイズのお爺さんがあのフューチャーXってこと?」
 物部 九十九はブレイズの話を整理した。
「そういうことになる……ただ、未来から来たワリには、俺の中の記憶とあのジジィはほぼ同じくらいの年齢でな……」
 九十九は大きく頷く。
「なるほど……未来人ということは、少なくとも記憶の中よりも年をとってないとおかしいもんね?」
「そういうことだ。それに、未来から過去に遡れるようになるまで何年かかるか知らないが……。
 あのジジィは、別の未来の四葉 恋歌がコールドスリープで目覚めて、それで研究者になって過去に来られるようになって……それで来たっていう話じゃねぇか。
 そいつは今から何年後だよって話さ……そうそう死ぬようなジィさんじゃなかったけど、さすがに寿命ってもんがあるだろ」
 ブレイズは、また考えて黙り込んでしまう。

「やっぱりさ。らしくない、じゃない? そりゃあ何度もあのお爺さんにはぐらかされたんだろうけど、諦めたわけじゃないでしょ?」
 九十九はまたブレイズの顔を覗きこんだ。
「ああ……確かに疑問はあるし、このままにするつもりもねぇ……けどよ……」
 両手を膝の上で組んで、ブレイズは視線を落とした。

「……怖い……のかもな」
「……怖い? ブレイズが?」
「ああ……俺はさ、ジィさんが好きだったんだ。まだガキだったけど、少し覚えてる。
 強くて、粗暴で、ガサツで、……でも格好よかった」
 『覇邪の紋章』を取り出して、ブレイズは回顧した。
「それがある日、貴族はもう飽きたから儂は旅に出るってな……貴様が家族を守れって、これを残したっきりさ。
 そんで、一緒に冒険してた仲間が、ジィさんは北の地で行方不明になったって――数年後に連絡が来た」
「……」
「『俺が家族を守れなかったからだ』って――思ったよ。
 親父が死んだのはジィさんがいなくなってわずか数年。俺もまだ10歳前のガキさ……だから俺は、あのジジィの正体を知ることも……」


 ぱあん。


「いってぇ!!」

 突然、九十九がブレイズの背中を力強く平手で叩いた。
「おい九十九、何して――」
 抗議の声を上げようとしたブレイズだが、九十九の視線に射抜かれて、その抗議を引っ込めた。
 いつでも真っ直ぐに見つめてくる、迷いのない瞳。

「よし、悩むならやっぱり解決目指して行動あるのみだよ、ブレイズ!!」
 すっくと立ち上がって、ブレイズを見下ろす。
「いや、何度もあのジジィには聞いたんだ、挑発にも乗ってこねぇし――」
 だが、九十九はぐっと眼前に右手を差し出して、力強く握った。

「そうじゃないよ、語るなら――コレで語らないと!!」

「……!!」
 ブレイズもまた自らの右拳を握り、その瞳に映した。何故そこに気付かなかったのだろうと、その瞳は驚きに満ちていた。
「そうか……そうだよな!! やっぱ拳を合わせてみねぇと判らねぇよな!!」


「――ちょっと待ってください、その結論おかしくないですか〜?」


 と、九十九に装着されていたドール・ゴールド(どーる・ごーるど)は突っ込んだ。
「あれ、いたのか?」
 思わず聞き返すブレイズ。
「いましたよ〜? さっきまで真面目な話をしてたから突っ込むところがなかっただけなのですよ〜?」
 基本的にボケが揃っている裁のメンバーの中で、ほぼ唯一の突っ込み役がドールである。
 そのドールに対し、ブレイズと九十九は軽く戸惑いの表情を見せた。
「え? いやまだ真面目な話してたところだぜ?」
「ねぇ?」
 困ったことに、本人達はいたって真剣だ。
「いやいやいや、普通に会話で語ったらいいじゃないですか? 誤解やわだかまりを解くためにも、時間をかけてゆっくりと――」
 真面目に突っ込みを続けるドール。だが。

「いや……そうじゃねぇ……そうじゃねぇんだよ……!」
 ゆらりと、ブレイズの背中に陽炎が見えた気がした。
 同時に、ドールの心中に去来する手遅れ感。
「そうだよ、漢同士なら言葉なんかよりも想いを乗せた拳の方が雄弁にものを語ってくれるものなのさ!!」
 もはや九十九の勢いも止まらない。
「いやそうですかっ? 語りますか!? 語っちゃうんですかっ!!?」
 突っ込みつつも、ドールは二人を止めることはできないと感じていた。
 ブレイズの瞳に、すでに炎が宿ってしまっている。
 そして、当然ながら九十九の瞳にも。

「語れる……いや、語ってみせる!!」
「よし、行こうブレイズ!! 夕日をバックに深まる友情的に拳を交えるんだっ!!!」


[bold]「ええい、この脳筋どもめ!!!」


 ドールの精一杯の突っ込みも、空しく響くだけだったという。


                    ☆


「すまぬの、儂の髪は長いから大変じゃろう」
 カメリアは、鳳明に長い髪を洗われながら口を開いた。
「お安い御用だよ。私ってクセっ毛だからさ、カメリアちゃんみたいな長い髪って憧れちゃうなー」
「そうかの? 短い髪もよいと思うぞ、特にこれから暖かい季節になってくるとなぁ。これが意外と暑いんじゃよ」
 鳳明とカメリアが仲良く互いの髪質談義に花を咲かせている傍ら、ヒラニィは湯船に浸かって酒を飲んでいた。
「……ちと大きく作りすぎたか」
 何しろ巨大カメリア像を支える土台としてかまくらがあるので、当然中は広い。それに見合うサイズの温泉となると、三人で入るには広すぎた。

「あ、そうだ……カメリアちゃん、そういえば私ね、一度地球に帰ることにしたんだ」
 カメリアの髪をすすぎながら、鳳明が切り出した。
「ほう……そうなのか?」
 驚いたようにカメリアが聞き返す。
「それは……寂しくなるの」
 だが、慌てて鳳明が手を振る。
「あ、とりあえず一回帰るだけだから! 私を育ててくれたおじいちゃんがね、風邪をこじらせて倒れちゃったみたいで……。
 とにかく様子を見に行かなくちゃならないんだ」
 心配そうな表情を浮かべる鳳明。
「そうか……御祖父殿がのう、それは心配じゃろう」
 カメリアはすすいでもらった髪をまとめながら、鳳明に振り返った。
「うん、もういい歳だしね……今後のことを相談しないと……まぁその、パラミタに連れて来て一緒に暮らすか……」
「それとも……?」
「……ずっと……地球にいる、か……」
「そうか……やはり皆、いつかは地球に戻るもんじゃよな……ま、それが当然とも思うが……」

 わずかな沈黙。

 その沈黙をよしとせず、鳳明は明るい声を出した。
「そうだ、カメリアちゃんも遊びに来なよ!! 何もない村だけど、目一杯おもてなしするから!!」
 その心遣いに応えるように、カメリアも明るい返事をするよう努めた。
「おう、そうじゃな!! 地球とパラミタが落ち着いたら、必ず行くぞ!!」
 だが次の瞬間、カメリアの呟きが続く。
「落ち着いたら……な……」

「……あの、さ」
 ややあって、鳳明が口を開く。
「カメリアちゃん、もし将来とか……やりたいこととか見つからないならさ、見つかるまで何でもやってみたらいいんじゃないかな」
「……ん……」
 今度は鳳明の背中を流しながら、カメリアは相槌を打った。
「そりゃあさ、ヒラニィちゃんみたいに何でもかんでも手を出しすぎて収拾つかなくなるのはアレだけど……」
 軽くヒラニィをチラ見する。カメリアは何だか軽く笑ってしまった。
「何でもいいんだよ、やってみればいい。そうしてるうち、また友達も増えるし……。
 パラミタとか地球人とか、関係ない。人間も地祇だって……きっと……関係、ないよ」
 くるりと、体ごと振り返った鳳明。じっとカメリアと視線を合わせる。
「だからさ、友達として……皆と一緒に生きて行こうよ」
 そのまま、カメリアの小さな体を抱き締めた。

 きゅっと抱き締めた、その表情は互いに見えなかったけれど。

「うん……そうじゃな……ありがとな、鳳明よ……」

 カメリアの声は、僅かに震えていた。


「まぁ、地祇とか精霊とか、無駄に長生きだからの」
 湯船に身を沈めたカメリアの隣で、ヒラニィは月を見ながら呟いた。
「ん……」
 ヒラニィがくいっと杯を干すのを見ながら、カメリアは呟く。
「やはりな……覚悟はしているというものの、例えば仲の良い友人が……先に死ぬとするわけじゃろ?
 確かに、今は魔法とか科学で延命する方法はいくらでもあるじゃろうけど……それもまた、『人間』の自然な人生ではないというか……」

「……面倒くさいな」
 ふいに、ヒラニィは酒の入った杯をカメリアに押し付ける。

「……え?」
「飲め……おぬしは固すぎる。
 逆に考えればよい。無駄に長生きならば、気になる人間どもをたかが50年ばかり追いかけてみたところで、なんの支障もあるまいよ」
 カメリアは受け取った杯を覗き込んだ。自分の顔と、綺麗な満月が映る。
「そう、かもな……」
「何に気兼ねしとるのか知らんが、おぬしは自分から出向くという甲斐性が足らんのよ、ほれ」
 カメリアの手元の杯をくいっという仕草で促した。


「……そうか、それも甲斐性か」


 杯の酒を一気に飲み干した。友と飲み交わす初めての酒は、何だかとても不思議な味がした。