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パラミタ・イヤー・ゼロ ~NAKED編~(第2回/全3回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~NAKED編~(第2回/全3回)

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  第二章 夜灼瓊禍玉


「裸ってことは変態さんの大集会っ!? 翠ちゃん、とにかく制圧しなきゃなのっ!」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)もまた、翠の後につづいていた。
「ちょっと待ちなさい。これは、変態の集会じゃないわ」
 突撃しかけたふたりを、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が制する。
「……えっ、違うの? お姉ちゃん」
「この裸踊りは、ハイナさんによる公式のイベントなのよ。歴としたエネルギー政策なの。わかったら左腕の銃を戻しなさい、サリア」
「はーい」
 ミリアに諭されて、サリアは左腕の【対変態ギフトスナイパーライフル】を解除した。
 翠とサリア。ふたりの勘違いによって、多くの参加者が変態扱いされてしまうところであった。まったく危ないところだったわと、ミリアは深いため息を吐く。
 しかし世界コイルの周りでは、ほぼ全裸になった者や、触手に縛られて踊る女の子がいる。
「……変態の集会というのも、あながち勘違いじゃない気がします」
 会場を見回しながら、ナターシャ・トランブル(なたーしゃ・とらんぶる)もまた、深いため息を吐いた。


「色々ぶっとんでいるけれど。八紘零絡みなのは確かなようだし……」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が、会場を見回しながら苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、理屈はともかく楽しみましょう。脱ぐのは別に嫌いじゃないし。それに、地域貢献も大事だしね」
 見え隠れする零の存在。イベントの背後に不吉な予感を抱きながらも、リネンは裸踊りを楽しむことに決めた。
「こ れ は 協 力 す る し か な い ぜ」
 裸踊りと聞いて、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は超ノリノリだった。
 偉い人ほど露出度が上がるといわれるカナン人の服装。祖国の民族衣装を久々に引っ張りだしてビシッと決め込んだフェイミィは、【ファンの集い】で呼び寄せた同胞たちに、その綺麗な素肌を見せつけている。
「なかなか面白い趣向ですわね。そういえば、ニホンにも同じような祭りがあるのでしたっけ?」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)がおっとりとした口調で言った。そんな彼女に、フェイミィがポンッと手をたたく。
「オレも聞いたことあるぜ! たしか、ソミンサイとかってやつだよな」
「あら。そんな名前だったかしら?」
 ユーベルが上品なしぐさで首をかしげた。彼女が言いたかったのは、浅草サンバカーニバルのことだったのだ。
「それにしてもよ。団長も来りゃよかったのになぁ……。胸、絶壁ってわけじゃねーんだし」
 フェイミィが、今日は不在のヘリワードを噂する。巨乳が重宝される太陽がおっぱい作戦において、ヘリワードの胸もじゅうぶん貢献できたはずだ。彼女の胸は決して小さくない。ただ、フェイミィやユーベルやリネンが大きすぎるだけである。


「ワタシがこれ以上脱いでも、引く人が増えそうですしねぇ〜」
 リネンたちから少し離れた場所で、半身義体の有翼種天使ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)が飄々とつぶやく。遠方を見やる彼女は、八紘零の一味による襲撃を警戒していた。
 そのため、裸踊りへの参加はなし。いくら義体とはいえ、なかなかグラマラスな身体を持て余すのはもったいない気もするが、
「放置プレイも〜、なかなかイイものですよぉ」
 とは、ミュート自身の談である。
【ロックオン】をフル活用して周囲を見張るミュート。そんな彼女のサイバーアイが、侵入者の影をとらえた。
「あれ……ゲスト3名、ご到着のようですよぉ?」

 ついに、三種のギフトがB地区に姿を現した。ミュートからギフトたちの到着を聞いたリネンは、説得のため、彼女たちのもとへ向かうことにする。
「とりあえず、私ひとりで行くわ」
「大丈夫なのか?」
「平気よ。相手の戦闘力は落ちてるみたいだし。あまり大勢で出迎えたら、かえって警戒させちゃうでしょう」
「たしかにあいつ、メンタル弱くてすぐ発狂するからな」
 フェイミィが、前回の戦いでの夜灼瓊禍玉を思い出していた。夜灼瓊禍玉は彼女の厳しいツッコミに耐え切れず、気が狂ったように泣きだしてしまったのだ。
「リネンがいいなら、オレはかまわねぇけどさ。油断だけはするなよ?」
「わかっているわ」
 奇襲に備えて【殺気看破】を発動してから、リネンは三種のギフトに向かって駆けだした。


「あらっ? あの子たち……。もしかして、零とかって人のギフトさん?」
 ミリア・アンドレッティが、リネンの向かった先を見つめて言う。
「……あっ、ハンマーさん持った子が居るの!」
 翠が、三姉妹の次女――夜灼瓊禍玉を見ながら大声をあげた。外見年齢が同じくらいで、得物も同じハンマー。夜灼瓊禍玉にシンパシーを感じた翠は、彼女とおしゃべりがしてみたくなった。
「どんな子なのかなぁ。仲良くなりたいなっ!」
「私も仲良くなれるかな? なれると、良いな……」
 翠とサリアはお互いを見合って、同時にうなずくと、リネンの後を追うように走りだした。ふたりとも友達になる気満々なのだ。
「しょうがないわね。私たちもいくわよ、ナターシャ」
「はい。仲良くなれるなら、それが一番ですよね。多分……」
 好奇心旺盛なパートナーを心配しつつ、あわよくば自分たちも友達になれたらと思う、ミリアとナターシャであった。 


――だが。
 彼女たちより先に、三姉妹へ近づく者がいた。辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)のパートナー、女王・蜂(くいーん・びー)である。
 零の刺客である女王蜂は、裸踊りに興味を示す三姉妹を引き止めている。
「わたくし達はギフトです。踊ったところで楽しくないし、周りも楽しめないでしょう」
 女王蜂はそう説得した。裸といっても、ギフトと人間ではその形状が大きく異なるためだ。もっともな指摘を受けて、しょんぼりする三姉妹たちに、嬢王蜂はさらなる説得をつづける。
「それにあの踊りに参加するということは――。八紘零さまを、裏切る行為になりますよ?」
 裏切り。
 その言葉に、ギフトたちは目に見えて動揺した。
「……零様を裏切ることだけは、できない」
 天殉血剣が、重々しく口をひらく。彼女はギフトとして、メイドとして、八紘零に忠誠を誓っているのだ。
「でもよー。裸で踊るのってすげー楽しそうじゃね?」
 軽いノリで言ったのは、夜炎鏡である。
『おもしろいか、おもしろくないか』だけで動く彼女にとって、裸踊りは『おもしろい』だった。あまり深く悩まずに、世界コイルのもとへ行こうとする夜炎鏡だったが。

「八紘零を裏切るということは、パートナー契約の破棄を意味する。つまり、今の意識がなくなるということじゃ」
 辿楼院 刹那が、夜炎鏡の前に立ちはだかった。
「そうなった場合。互いを姉妹として、認識できなくなるかもしれんのう」
「それは……つまんねぇな」
 夜炎鏡が口をすぼめながら言う。零との契約が切れることで、姉妹の絆も切れてしまうかもしれない。身寄りのない夜炎鏡にとっては耐えられないことだった。
「命令を遂行するか、八紘零を裏切るか。それは自分達で決めればよかろう。――裏切るのであれば、全力で止めるがの」
 刹那に睨まれて、夜炎鏡は思わずひるんだ。彼女は頭を抱えてうずくまり、裸踊りの欲求と戦っている。
「うがーっ! 裸で踊りてー! でも……姉貴たちと離れるのは……。やっぱ、つまんねぇよなぁ」
『好き』とか『愛』とか、人の感情にまつわる言葉を理解していない夜炎鏡は、ただひたすら「つまんねぇな」と呟いていた。


「あ、忍者……忍者発見」
 三姉妹に近づいていたナターシャが、刹那を見て目の色を変えた。瞳からハイライトが消えて虚ろな眼差しになる。
「忍者、排除します」
 焦点の合わない視線をぐらりぐらりと泳がせながら、ナターシャは武器を構えた。過去になにがあったのか定かではないが、彼女は無類の忍者アレルギーなのだ。
「ちょっと。いまナターシャが入ると話がこじれそうだわ」
 暴走しかけた彼女を、すぐさまミリアが止める。
 代わりに、不穏な空気を感じ取ったサリアが、左腕を銃に変えて身構えた。
「私はナターシャで手がいっぱいなんだから。突撃はほどほどにね、サリア!」
 暴走癖のあるパートナーに、釘を刺すのを忘れないミリアであった。

「主様に、手出しはさせません」
 女王蜂が刹那をかばうように間に入ると、臀部から毒針を発射した。攻撃をかわすサリアの先を読み、紺碧の槍で突く。レンジの長短をみごとに使い分けた連続技。女王蜂は蝶のように舞い、文字通り、蜂のように刺していく。
「私は……ギフトさんとお友達になりたいだけなのっ!」
 サリアは、『対変態ギフトスナイパーライフル』の銃口を向けて叫んだ。左腕の銃がスズメバチみたいな唸りをあげて速射される。
 その弾丸が、女王蜂の腹をかすめた。
 別に女王蜂は変態ではないので、対変態ギフトスナイパーライフルという名前のわりに、射撃の命中率とターゲットの変態度にはなんの相関関係もないようである。
「――くっ」
 女王蜂が受けた弾丸には『スリープリキッド』が付与されており、華麗に舞っていた彼女の動きは少しずつ鈍くなっていく。
 

 彼女たちのとなりでは、リネン・エルフトが刹那と対峙していた。
「八紘零の側につくのなら、容赦しないわよ!」
「――悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」
 刹那はすぐさま【しびれ粉】をまき散らした。肉体を蝕む粉が拡散され、霧のように空中を包む。
 その中から、【毒虫の群れ】がリネンを目がけて飛びかかった。
「しゃらくさいわ!」
 毒虫たちを叩き落としていくリネン。その隙に煙幕ファンデーションを施した刹那は、【分身の術】で残像を創りだす。
 相手の視界を奪いながら、三人の刹那が高速で動き回る。ときおり暗器を投擲する彼女だったが、堅固なリネンを真っ向から仕留めるつもりはない。
 刹那の狙いは、遠くから一隅の好機を伺うイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の援護射撃であった。
 ほんの僅か、リネンの気が暗器に逸れたところで、後方からイブの『六連ミサイルポッド』が飛んできた。それも二連撃!
 計12連のミサイルポッドを、リネンは超人的な反射神経でかわしていく。
「……狙撃者の姿、発見しましたよぉ」
 襲撃を警戒していたミュートが、ミサイルポッドの軌道を追い、物影に隠れるイブの姿を捉えた。彼女のサイバーアイは【カモフラージュ】すら看破する。
 すぐに敵の射撃位置をリネンに報告、一瞬の遅れも許されない状況でふたりの連携は完璧だった。
 イブがライフルを射出。
 その軌道を見切ったリネンは、飛んでくる弾丸を、眼前で掴み取ったのだ。
「なかなか、やるじゃない」
 拳に力を込め、弾丸を粉々に握りつぶしながらリネンが言う。
 イブは寸分違わずに、リネンの額を狙ってきた。感情に乱れのない完璧なスナイパーは、リネンの【殺気看破】さえもかいくぐってきたのだ。
 

 一方で、イブの放ったミサイルポッドをまともに被弾した者もいた。
 三姉妹のギフトをかぼうとした、佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)である。
 立ち込める土煙のなか。被弾した腹部から血を流しながら、牡丹はギフトたちに告げた。
「あなた達の右腕を、直させてください」
「で、でも……。おねーさんの方が、治療が必要そうだよ?」
 慌てる夜灼瓊禍玉に、牡丹は微笑んだ。
「私は大丈夫ですっ! だから、あなた達の右腕を直させてほしい」
「……じゃあ、お願いしてなの」
 夜灼瓊禍玉が、おずおずと右腕を差し出した。
 それを見た牡丹は嬉しそうに頷くと、すぐに自分の店――佐々布修理店へ連絡をとった。彼女はあらかじめ、三種のギフトが失った右腕とほぼ同じ性能の義手を用意していたのだ。
 連絡を受け、葦原島の近くで待機していた従者の『ディシプリンシスターズ』が、特製の義手を持ってくる。
 さっそく修理をはじめる牡丹。手際よく、夜灼瓊禍玉の腕を付け替えた。
「ほえ〜。ありがとうなの!」
 右腕が直り、夜灼瓊禍玉の戦闘力はもとに戻った。
 牡丹はつづけざま、夜炎鏡の修理にとりかかる。
「……あんた、バカじゃねぇのか?」
 修理されながら、夜炎鏡が驚いたように言う。
「腕が直ったら、あたいは、あんたのこと殺すかもしれないんだぜ?」
「それでも構いません。私は、傷ついたギフトを見過ごすことはできないんです」
 バカの代表みたいな夜炎鏡にバカと言われても、いっこうに動じず、牡丹は彼女の右腕を替え終えた。
「うおーっ。戻ったぜー!」
 夜炎鏡は直ったばかりの右腕をぶんぶんと振っている。無邪気に喜ぶ彼女からは、牡丹を殺すという選択肢などすっかり抜け落ちていた。

 そして、牡丹は最後のひとり。天殉血剣の修理にとりかかった。
 天殉血剣の右腕には、『触れたものを切る力』が宿る。彼女の肩口に触れたとたん、牡丹の手は裂かれ、血が流れ落ちた。それでも牡丹は修理する手を止めなかった。
 修理を受けながら、天殉血剣はディシプリンシスターズを見ていた。かつて彼女のもとで戦っていた、拷問器具の姿をしたギフトたち。
 そんなディシプリンシスターズは今、佐々布修理店の立派なアシスタントになっている。
「……あの子たち、あんなに素直に笑えたのね」
「自分らしく生きられる場所があるのなら。どんなギフトだって、素直に笑えますよ」
 右腕を替え終えた牡丹が、朗らかに微笑んでみせた。ディシプリンシスターズ。そして牡丹――。
 彼女たちを見ていた天殉血剣は、誰に告げるでもなく呟いた。
「……少し、羨ましいわ」


 右腕を替え終えて、戦闘力の戻った天殉血剣は、刹那とリネンが争う場所へと向かった。
 天殉血剣が、右腕を振り上げる。新たな襲撃者に身構えるリネン。
 その一瞬の隙をついて、刹那が【ブラインドナイブス】を放とうとする。
――だが。
 天殉血剣が振り下ろした腕は、刹那に向けられていた。
 ひらり、と刹那は攻撃をかわす。
「――それが、お主の答えかのう」
 体勢を整えた刹那の目は、裏切り者を断罪する静かな憤怒に染まっていた。
 しかしこの場所で、誰よりも動揺しているのは、天殉血剣であった。彼女自身、自分の気持ちを決めかねているようである。
「私は……私は……」
「まあよい。――今日のところは去るとしよう」
 刹那は、なかば睡眠状態にある女王蜂を抱えると、イブに撤退の連絡を送る。
「了解シマシタ。マスター刹那」
 ミュートと長距離の銃撃戦をつづけていたイブが、抑揚のない声で答えた。

 刹那は去り際、三姉妹のギフトを一瞥してこう告げる。
「お主らが八紘零を裏切るのなら――。その命、無いものと思うがよい」