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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【仮面舞踏会・3】


「フレンディス、舞踏会と葡萄大会は音以外は全く似て非なる――否、似てすらいないな……」
 グラキエスの冷静な言葉に、フレンディスは目を丸く剥いて、軽い沈黙の後、口をがーんとあんぐり開いた。
 遂にやってきた突っ込みの瞬間にその場の仲間達は(嗚呼……!)という顔でそれぞれ反応を示す。その中にあってもベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)だけは怜悧な瞳を優しく歪め、弟妹を見つめて詩的な旋律を紡ぎ出した。
「仮面をつけていようと可愛い二人の魅力が損なわれる事は無い。
 目にも鮮やかな赤、ふわりと舞う乳白色、ああ愛らしい。
 しかしよくグラキエスに合う食べ物があったものだ」
「ああ、ある筈がないんだがな。
 しかし――料理の種類が凄いな」
 立食式になっているテーブルをぐるりと見て、グラキエスは吐息混じりにそう言った。彼は身体が弱く、普段はそれに合わせた特別食を食べている。普通のパーティーにそんなものが並ぶ筈は無い。
(フレンディスが喜んで食べている以上、毒は入ってなさそうだが……)
 常備薬を含む関係上、グラキエスは常に時間に気を配っているのだが、身体で感じられる時間と、タイマーの反応する時間が違う様に感じられる。
 全てが怪しいと思えてならなかった。
 しかしこの中で一番勘の鋭そうなアレクに視線を合わせて見たところ、彼は分かっているというように瞬きするので、悪意を発するものが居たら直ぐに動ける様にと神経を研ぎすましながらも、今直ぐに動き出す必要は無さそうだと割り切る。
 そうしてグラキエスは、『ただパーティーを楽しむ風』に装いながら、ベルクとアレクへ調査協力を頼みたいと声を掛けに行った。
(それにフレンディスとベルテハイトが楽しんでいるのに水を差すのもな)
 ちらりと兄の方へ視線を向ければ、彼はウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)を捕まえて何やら上手い具合にこきつかっているようだ。
「私は二人を愛でるのに忙しい」という理由でベルテハイトはウルディカに給仕させ、アレク達も接待する様にと強要する。
 勿論これにウルディカは眉根を寄せたが、ものは考えようだと思い直したようだ。
(給仕なら歩き回るのも不自然ではない。
 この怪しげな会場の中を探るのも容易だろう)
 何かを見つけたら仲間達に伝達すればいいと考えて、ウルディカはくるりと踵を返した。
 と、目の前にアレクが立っている事にここで初めて気付いて、ウルディカの心臓は動きを止めた。音も気配も無く近寄られたから、本当にびっくりしたのだ。
「何処行くんだ? うるちゃん」
「ウルちゃ――……」
 なんだその呼び名は、と抗議の声をあげようとして見たアレクの表情に、ウルディカはぎくりとしてしまう。
 これが彼で無く、彼とよく似たあの娘なら、自分はあの海よりも青い瞳を見つめてダンスへ誘い出しただろうか。
「…………給仕だ。ブルートシュタインのな」
 考えても無駄な事だと嘆息し、ウルディカはパートナーの要望に従って会場内を練り歩く――。



 遠野 歌菜(とおの・かな)は夫月崎 羽純(つきざき・はすみ)の腕にぶら下がるように甘えながらうっとりと瞳を閉じていた。
(衣装はお姫様みたいだし、羽純くんも最高に格好良いですし、幸せ……!)
 噛み締める様に思いつつ瞼を開けると、彼女の瞳に酷く眩しい光景が映った。
 金の肩章と飾緒(モール)が引き立てる青い伝統的な軍服に、白いトラウザーズ軽々履きこなす長い足。冗談みたいな光沢を帯びるゴールデンブロンドヘアに、歌菜の目は釘付けになる。
 そしてあのマスクの下の、海色のグレーアイズは間違い無い。
「マスクを付けていても直ぐ分かっちゃいました……!
 あの眩さ、まさしく王子様!?」
 歌菜が徐に端末を構え興奮ぎみに吐き出したその言葉に、羽純も彼女に倣ってそちらを見る。そして「ああ……」成る程と声を漏らし笑った
「ハインリヒ達は目立つな」
 と、まあ幾ら煌びやかな容姿をしていても、彼等は軍人だ。此方に向けられていた視線に目敏く気付いて、慕わしげな表情で歌菜と羽純のもとへ足を運んだ。
「歌菜さん、羽純さん、こんにちはです。二人ともとてもよく似合っていて素敵ですー」
 丁寧な挨拶と共にぺこりと頭を下げる豊美ちゃんは、さながら満開の桜のように可愛らしい。二人が愛らしさに見蕩れていると、ハインリヒがやおら歌菜の手を取った。
「やあ歌菜さん、今日も綺麗だね。着飾るといよいよエルフェみたいだ。いっそ夫と不仲だったらいいのに。そしたら僕はロバになってもあなたに求婚するよ、美しいティターニア」
「おい、おい、旦那の前で堂々と人妻を口説くな」
「これは失礼。美しい女性は取り敢えず口説けって、兄の教えなんだよ」
 ぱっと手を離して、ハインリヒは意地悪い笑顔をにこっとフレンドリーなそれに崩す。
「本当のところは君が居るから、歌菜さんは何時も輝いているんだろうね。素直に羨ましいよ。
 ………………アレク? どうした? 酔ったのか? ちゃんと挨拶しろよ」
 ハインリヒが振り返りもせずに空いた手で豊美ちゃんの隣に立つアレクの腕を引っ張った。
「Hi!」
 と挨拶するアレクに羽純は首を傾げ、少しの逡巡のあとに得心した。アレクの見ているだけで煩わしい前髪が、きちんと撫で付けられて整えられている。左右比対称の虹彩を持つ両目をまともに見るのは、正直初めてかも知れない。
「なんというか……新鮮だな」
 素直な感想に、アレクはハインリヒよりもトーンの暗い――殆ど黒に近い軍服の裾を引っ張って、不満げな表情だ。アレクもハインリヒも、幼少の折に叩き込まれた教育からこういった場所での行動は心得ているが、正直なところ性に合わないのだろう。何時も全てを諦めているハインリヒと違い、アレクの方は未だにこの衣装だけは納得出来ていないらしく、案の定こんな言葉が口から飛び出す。
「早く脱ぎたい」
「じゃあ脱ぐ前に、一枚! 是非!」
 そんな歌菜の勢いに押され、彼等は歌菜の端末の写真のファイルに――実際のところ一枚では無く何枚か――収められる事となった。
「えへへ、眼福!」
「写真を見せたら喜ぶ人が居そうだな」
「うんっ」
 ぷふっと満足げに息を吐き出した歌菜に、羽純は笑みを浮かべる。そんな折りに歌菜が何かを思い出した様にハッとして、妙な事を口走った。
「羽純くん、キラキラさで負けちゃ駄目だよ!
 王子様ポジションは羽純くんだしっ、もっと王子様なキラキラにならなきゃ!」
 ――彼女はいきなり何を言っているんだろうか。
「どういう対抗意識だ、それは。俺はゴメンだぞ」
 羽純が口に出した矢先、彼の衣装が更なる進化を遂げた。
 王子様から……王子様アイドルへ。
 敢えて言葉にするならそんなところだろうか。お伽噺のキャラクターのようだったそれに、マントがつき、ラメの加工が施され、羽純の全てが煌びやかに輝き出す。普通の男なら着ただけでダメージを受けそうな最早舞台衣装と言うべきそれを、着こなせる羽純のオーラも相当なものだが――。
 今あげるべき部分は、羽純の『イケメン力』ではない。
「歌菜の願望が叶った……だと?」
「幸せ過ぎます……!」
 両手を組んでキラキラと見つめてくる妻に、羽純は額に冷たい汗を浮かび上がらせて歌菜へ説得するようなトーンで切り出した。
「いくらなんでもサービス良すぎるというか、おかしいだろ」
 ここに来た時だっていきなり服が用意されていたし……な事を羽純が呟くと、豊美ちゃんが「実はですね……」とこの仮面舞踏会の真相を切り出す。しばらく身を寄せ合って話に耳を傾けていた歌菜と羽純は、豊美ちゃんの話が終わると互いに顔を見合わせ頷き合った。
「成程、そういう事か。なら、遠慮は要らないよな?」
「こんなに素敵なパーティが罠だなんて酷すぎますよ。
 皆を油断させておいて、罠に嵌めるだなんて……」
 歌菜が落ち込んだ様子で下を向くのに、アレクは彼女に敢えて見せるようにグラスを傾ける。
「確かに何らかの罠ではあるんだろうけど、食事に毒は混入して無いし、刺客っぽいやつも…………見つけたけどバカっぽいし。
 大体招待状無い俺らも入れる時点でザルなんだよな。
 向こうが何考えてんのかは分かんねぇけど、取り敢えずはこのまま遊ぶフリしたまま様子見でいいんじゃないか?」
「つまり好きなだけ、飲んで食べて浪費しても、全く問題はない訳だ」
 羽純が頷く。
「悔しいから、思いっ切り高いお酒とかスイーツとかを存分に浪費してもいいかも」
 ぐぬぬ……と言葉にならない様な表情をする歌菜を見て、豊美ちゃんがにこっと笑い人差し指を立てた。
「あんみつのいちごアイス乗せ」
「Travarica(*ハーブの蒸留酒)」
「der Kaesekuchen?(*フレッシュチーズケーキ)」
「――って、本当に出て来たっ!」
 三人が適当に名称をあげた料理が、立食用のテーブルにパッと――まさに魔法のように現れたのに、歌菜はむくれていた顔を輝かせる。
 すると羽純は彼女の肩を抱いて、悪戯っぽくこう言った。
「こんな目に合わされてるんだ。少しくらい役得がないと……な?」