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リアクション
第二章
料理教室
温泉噴出。そんな歓声もすぐ近くに聞こえる、現場から見える大きな旅館内。旅館と名乗る以上、和装にこだわった部屋は畳に、天井・廊下は木の板で、扉はふすま、窓は障子だ。
厨房に一番近い客室では、料理の指導に当たる人々が難しい顔で、長机の上に並ぶ料理を睨んでいた。
「…………」
サラダ、ハンバーグ、パスタにスープ。一通りの料理を作らせて、そして食べてみて彼らは思う。
イマイチだ。
何かが足らない。何かが多すぎる。料理一品一品に対して少しずつズレ方は違うが、とにかくこれではだめだ。
美味しいかどうかと聞かれれば、美味しくない。
不味いかどうかと聞かれれば、不味くもない。
これを客に出せるかと聞かれれば、即刻阻止すると答えるだろう。
「お前ら全員、厨房に入れ！」
やがて誰かが、どこか怒りに満ちた声で叫んだ。
かくして、新旅館第二の問題、料理人のスキルアップを目指してのスパルタ料理教室が始まった。
■■■
「いいか！」
ばん、と厨房のテーブルの上をぶったたくヴァイス・アイトラー（う゛ぁいす・あいとらー）。綺麗なオッドアイは剣のように鋭い。
「料理がイマイチな理由といえばどこかでポイントを外している証拠。よくある話は基本の怠りだ」
話が始まると、料理人たちは一斉にポケットからメモ帳を取り出した。
「まずは基本から覚えろ。大体は分かるからいいや、では通らん。一工夫なんてのは基本ができている奴のやることだ。特に調味料を多くして誤魔化そうとするな。客は調味料を食べに来ているんじゃないんだからな」
料理人たちのメモがものすごい勢いで埋まっていく。
続いて隣に、涼介・フォレスト（りょうすけ・ふぉれすと）が立つ。手には料理人たちと同じような小さなメモ帳があった。
「あなたたちの料理を初めから逐一観察していました。ヴァイスさんの言う通り基本がなっていません。特に目立ったのが、変なアレンジと食材や調味料の分量ですね。計量カップとかスプーンとかいろいろな道具は揃っているのに、あなたたちは目分量でやっていました。ゆで具合や煮込み具合も『大体これくらい』でやっているでしょう？」
料理人たちは、こっくりと頷いた。
途端、温泉採掘作業に加わっている紫月 唯斗のパートナー、エクス・シュペルティア（えくす・しゅぺるてぃあ）がテーブルを力強くぶっ叩いた。
「甘い！！」
びく、と料理人たちが震えた。一人がペンを落とした。からん、という乾いた音が嫌に厨房内に響く。
「焼き方もさじ加減も中途半端。イマイチなのも当然だ！ アレンジしたい気持ちは分かるが、今の汝等は其処まで到達しておらん！ 剣もまともに振れない素人が見様見真似で爆炎波を撃とうとしているのと同じものだ！ どんな技も基本ができていなければ光らないんだ！」
「俺も言いたいことはいろいろあるが、時間が惜しい。全員手を洗え。すぐに実践演習だ」
「アドリブや工夫はレシピ通り正確に作れるようになってからです。幸い、食材はたくさんありますし人もたくさんいます。このメモに書いたレシピ通り、分量通りに作ってください。また目分量でやろうものなら……」
涼介が、拳を鳴らした。
「……分かってますよね？」
ごくり。料理人たちの背筋が寒くなった。
「一つだけ安心しろ。イマイチな料理とは今日でお別れだ。俺たちが骨の髄、脳みその隅から隅まで、料理の基礎という基礎を叩き込んでやるからな！」
ヴァイスも手を消毒し、腕をまくった。
途端、調理場は一気に騒がしくなっていった。
■■■
数十分後、食堂。
まったりとお茶を飲んでいるのはヴァイスのパートナーの一人、アルバ・ヴィクティム（あるば・う゛ぃくてぃむ）。
そして向こうからは賑やかな音。
「ほらそこ！ 目分量でやるなと何度も言ったでしょうが！ この！」
「ぐわあああ！ 腕が折れる！ キムラロックは勘弁してくださいぃぃ！」
「オイお前！ 誰がそんなものを入れていいと言った！ 隠し味を出そうなど十年早いわ！」
「うおわっ！ こ、光条兵器が飛んで……ごめんなさい！ もうしません！」
厨房から響いてくるのは包丁がまな板を叩く音、スープを煮込む音、炒める音、そして指導員の怒号と料理人の悲鳴だった。
ヴァイスのもう一人のパートナー、ラフィエル・アストレア（らふぃえる・あすとれあ）はそんな厨房をはらはらしながら見ていた。
「あ、あの、アルバさん。ヴァイスさんたちが何だか大変なことに……というか、特訓されている人も大変なことになっています！」
ラフィエルは厨房の向こうをぱたぱたと指差して言った。
「うむ。いつにも増してテンションが高いな。よほど味がイマイチなのがショックだったのだろう。まあ、確かにイマイチではあったな」
と、アルバは落ち着いてお茶を一口。
「ほ、放っておいていいんでしょうか……」
「我らは我らで役目はある。完成した料理の味見役、というな」
「……私も、参加した方がいいのでしょうか。私もまだまだ料理は上手くできませんし……」
「ん？ その必要はないだろう。ヴァイスがあんなにヒートアップしているのは、彼らが客に料理を作る人だからだ。そんな彼らの料理が美味しくなかったら話にならないだろう」
「それはそうですけど……ひっ」
ばちん、とラフィエルの隣の壁で光条が弾けた。
「なに、いつものことだ。任せておけば料理人たちは成長する。死人が出そうになったら止めればいいだろう」
アルバは響いてくる悲鳴をまったく気にもせず、まったりとしていた。
対し、ラフィエルはやはり気になるようで、厨房の入口付近でおろおろしていた。
「さあ、基本をきっちり身体で、頭で覚えろ！ それさえできれば後はさらに磨くだけ！ 料理をいい加減にするんじゃない！」
ずばん、とヴァイスがまたテーブルを叩く音にラフィエルが身をすくめた。
「返事は！？」
直後、気合の入った返事が聞こえてきた。
■■■
それからしばらくして、日も暮れてきた頃、温泉宿の外で、ある物が完成した。
「ふふふ……石釜とかまどだよ！」
土や砂で薄く汚れた、小柄な少女、芦原 郁乃（あはら・いくの）は両手を腰に、自慢げに胸を張る。
そこには、本格的な石釜とかまどが一つずつ出来上がっていた。隣には屋根だけのテントが張られ、調理用の長いテーブルと食材が用意されていた。
せっかくなのでウリになるような料理メニューも作ろうと思った。石釜とかまどをつくって野趣を楽しみながら、お料理に舌鼓を打つなんてどうだろうか。石釜のピザとかもどうだろうか。燻製室も作ればお料理のバリエーションも増えるだろう。
と考えたパートナーの秋月 桃花（あきづき・とうか）が言うものだから、郁乃は朝から、現場作業員を何人か借りて作り上げた。
そして今、完成したかまどと石釜の前には郁乃と桃花と、ヴァイスたちに頼んで借りてきた料理人が二人。
「よろしいですか。米の一粒は汗の一滴なのです。食べ物を粗末にするところに人は惹かれないのです」
また料理人たちはメモを取り始める。
「というわけで、ピザを例にとります。まずは生地を……」
「ピザ？ 今から作るの？」
郁乃の目が輝いた。
「これで料理するところを想像しながら作ってたらお腹減っちゃったんだよ。お願いだよぉ、私の分も！」
「もちろん作ってあげますよ。まずは生地を手で捏ねます。千切ったり叩いたりしないように。味が損なわれます。シンプルな分、手を抜いたらすぐに分かりますから決して手抜きをしないように。さあ、実際に作ってみましょう」
料理人たちはメモを閉じるとポケットに押し込み、早速生地を捏ねはじめた。
腕はともかくやる気に満ち溢れていた料理人たちはみっちりと基礎を叩き込まれ、一時間毎に料理の腕が上達していった。
