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一会→十会 —魂の在処—

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一会→十会 —魂の在処—

リアクション



【5】


「ッえい!」
 壁まで貫いていたクナイごとそれを抜き取るのは容易ではなかった。身体を捻る程の勢いで漸くレーダーを手の中に戻せたハルカは、カチカチとスイッチを押してみて、しょんぼりと肩を落とす。
「ごめんなさい。不注意だったのです」
「気にすることはありません。いずれにしても、『無いよりはまし』という程度だと、カリーニン博士もおっしゃってましたでしょう?」
 舞花が、ハルカの肩を軽く叩いて励ます。

 それでも、と、ダリルは壊れたレーダーを見てツライッツを思い出し、彼の身を案じた。
(機晶姫は俺にとって、同胞も同然だ)
 そう考えるダリルは、彼を助けたいという意思が第一だった。
「大丈夫よ、問題ないわ!」
 きっぱりと請け負うルカルカに、ダリルは怪訝な目を向ける。
「随分自信満々だが」
「ルカ、思うのよ。ハルカの迷子能力って、結界能力の副産物なんじゃないかって。
 そう、より安全な場所より望ましい場所を無意識に選ぶが為の迷子だったのよ!」
「……そうだろうか」
 ジト目でルカルカを見るダリルの冷静な突っ込みに、ルカルカはあはは、と乾いた笑いで返す。
「ま、まあとにかく、無いよりはマシ程度のレーダーだったんだし、無くても何とかなるわよ、する!」
 ね、とハルカを見たルカルカは凍りついた。
 はっ、とエリシアも隣を見たその動きで、美羽やアッシュもその異変に気付く。
 恐るべし、エリシアの要人警護能力を上回る、ハルカの迷子能力。
「ハルカ……全くあなたって子は!」
 そこには誰もいなかった。



 ハルカが何時もの如く、迷子になっていた丁度その頃――。
「また異世界転移なの? って思ってたけど……今日は向こうからやって来たってわけね。
 いいわ、空京大学の学食メニューを制覇するつもりだったし、腹ごなしに相手してあげる。……あの見かけじゃボタン鍋にもしたくないしね」
 この日たまたま空京大学へやってきていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、立ち塞がる寅と亥の十二支アッシュを見据え、両手に剣を構える。食い気の強い彼女らしい台詞ではあったが、表情は害獣を相手にする時のように冷静であった。
『あしゅしゅしゅしゅしゅ』
 うざいことこの上ない足音を立てながら迫る亥アッシュの突進を、速度強化の技で難なく避ける。なおも2匹目、3匹目の亥アッシュが突進を繰り出すが、セレンは舞うような動きでいなす。セレンが避けているのか、それとも亥アッシュが見当違いの方向に突進しているのか判別がつきかねる光景がしばらく続いた。
「しゅガアアァァァ!!」
 何か気の抜ける咆哮をあげながら、寅アッシュが飛びかかり爪の一撃を見舞う。
「どこを狙っているのかしら? 所詮はアッシュね」
 実際に何も無い空間を裂いて終わる寅アッシュを、セレンが嘲笑の表情を浮かべて見下ろす。今の台詞をアッシュが聞いていたら、たとえ十二支アッシュの事であったとしても複雑な気分になったかもしれないが、彼は別の者達と迎撃に当たっている。
『あしゅしゅしゅしゅしゅ』
「しゅガアアァァァ!!」
 セレンの挑発にノセられるように、亥アッシュがまさに猪突猛進という言葉が相応しい勢いで突っ込み、寅アッシュが全身の筋肉を躍動させて続く。攻撃の面から見れば脅威だろうが、あまりに単純な行動にセレンは既に勝利を確信して、身に着けていた機晶石の力を剣に宿らせ、亥アッシュへ力を浴びせる。範囲の狭い、その分強固な氷の壁を作った直後、亥アッシュが馬鹿正直に正面から突っ込んで弾かれ、バタリと地に伏せた。
「はああぁぁぁ!」
 セレンはその地面に転がった亥アッシュを踏み台に、飛びかかる寅アッシュを空中ですれ違いざまに斬りつける。左と右に身体を割かれた寅アッシュが、どこか幸せそうな表情を見せて塵と消えた。

「うあああぁぁぁあああ!!」

 その場に居た十二支アッシュを始末した所で、セレンによく知る者の、しかし聞き慣れない悲鳴が届く。そちらへ視線を向ければセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が普段のやや大人しげな表情から一転、まるで狂戦士の如く剣を振るい、投擲用のダガーを投げつけて彼女に群がろうとしている虫――スカラベを文字通り焼き尽くしていた。
「あー……セレアナにとっちゃ、スカラベもゴキブリの親戚よね」
 セレアナがそのようになった原因に思い至って、セレンが声を発した。多分セレアナの目には、数百数千のゴキブリが自分に迫る光景が見えているだろう。ゴキブリが大の苦手であるセレアナにとってそんな光景が耐えられるはずもなく、既にセレアナの意識はすっ飛んでしまっていた。
「まあ、周りに危害が及ばないうちは、いいか……」
「あはははははは! あはははははははは!!」
 どこか呆れた様子で状況を見守るセレンの視界で、完全に狂った笑い声をあげながらセレアナが強化された爆炎で群がるスカラベを塵も残さず消し飛ばしていく――。



 さて、とことこ歩いていたハルカは、あれ? と立ち止まっていた。
 きょろきょろと周囲を見渡す。
「ブルプルさん……皆?」
 いつの間にか一人で歩いていて、首を傾げるが、前方から歩み寄る人影がハルカに気づいたのを見て、ハルカもそちらに目を向ける。
「アッシュさん?」
 思わずそう呟くも、流石にハルカにも、それがアッシュ本人でないことは解った。
 虎のコスプレをしたようなアッシュと、猪のコスプレをしたようなアッシュ。いやむしろ、アッシュのコスプレをしたような猪と虎。
 じり、と一歩下がるハルカに、寅アッシュと亥アッシュは、狙いを定めた。獲物と認識したのか、敵と認識したのか――
「させません!」
 突進が始まった亥アッシュが、その直後に、舞花のシッョクウエーブで吹っ飛ばされる。
「ハルカ、無事ですの!?」
 エリシアが駆け寄り、ハルカを背後に庇う。
「もう、最小限の戦闘で、とか言っていられませんわね」
 エリシアの言葉に舞花は苦笑しつつ、吹っ飛ばされた亥アッシュがごろごろ転がった反動のまま起き上がるのを見て肩を竦める。
 ずい、と歩み出して、今度は寅アッシュごと、ショックウェーブで吹き飛ばした。三度立ち上がろうが、何度でも。突進しか頭にない亥アッシュは、舞花の格好の的だ。
 ついにのびた亥アッシュがゆらめいて消えるのを見届けて、ふう、とひとつ息を吐いた。
「何処に行ってもいるんですし。
 ええ、後顧の憂いを全て絶って、心置きなくハインリヒ少佐を探しに行きましょう」
(お二人とも、それまで無事でいて下さいね)
 舞花はそう心の中の二人へ祈り、ハルカへ向き直る。
「そういえば先程クナイで壊れてしまったカリーニン博士からお借りしていたレーダーですが、微弱ながらもう一度反応し始めたようです」
「それは良かったのです!」
 ぱっと表情を輝かせたハルカは、仲間の中にアッシュやフィッツらが居ない事に気がついた。舞花が追加した説明によると、彼等はレーダーを持って先に進んでいるらしい。
「端末か何かで連絡を取るのです?」
 ハルカの問いに、エリシアは首を振って否定を示し、背中の後ろへ振り返る。
「あれですわ」
 エリシアの示す先に、ゆらゆらと揺れる鬼火が、等間隔に存在する。あれは炎を操るアッシュの魔法だ。
「急ごう!」
 美羽の声を合図に、彼等は鬼火を目印にツライッツを目指して駆け出すのだった。



 一方『追跡者』を止めようとする一団は、先頭を行くアレクやフレンディス達と、真ん中を行く豊美ちゃんやティエンら、そして最後を行くベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)らと三つのグループに分かれた陣形で進んでいた。そして彼等を歌菜や真が的を別方向に誘導しつつ追い掛ける。
(あいつら、トコトン試練が尽きねぇな……。
 ……はは、正直笑えねぇ立場だが、だからこそ何とかしてやりたくもあるっつーのが難儀だな)
 心の中でそんな事を思ったベルクがさて、と気分を切り替えるように呟いて、同行するグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に言葉を発する。
「ちょいと、力を貸してくれねぇか? あのサヴァスとかいう奴の力を少しでも解析しておきたい。
 これは俺のカンなんだが、奴とはここで終わらない気がするんだ。……ま、そんな余裕はねぇかもしれねぇが、やるだけやっておきたいのさ」
「……分かった、俺に出来る事であれば協力しよう。具体的にはどうすればいい?」
 頷いたグラキエスへ、ベルクが方針を伝える――。

 そして、ベルクの伝えた方針がグラキエスの口から、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)に伝えられた所で、彼らを妨害するように研究者達が立ち塞がった。編成は手練の契約者が1人に、その他の契約者が5人。普通に戦えば遅れを取ることはない相手だが、その『普通に戦う』が今回の場合は難しい。
(殺さず無力化と言うのは難しいが、やれるだけやってみよう。ベルクの言う通り、サヴァスの能力の事も気になるしな)
 グラキエスが目の前の契約者に対し、本来は死者を操る術を行使せんとする。この術を生者にかけると精神をかき乱す効果が発揮される事を利用して、サヴァスが発した瘴気がどういうものなのかを解明する心積りであった。
「この身、この力は全て主の為に! 主へは指一本、触れさせん!」
 銃器で応戦する契約者からグラキエスを護るため、アウレウスが『アマダス』と共に前進、攻撃を引き受ける。これは本人の高い防御能力を活かした行動だが、同時に『アマダスのような動物系にも瘴気が有効であるか』を確認するためであった。
『――――!!』
 契約者に接近するにつれ、アマダスが首を振る動作が多くなる。それは見たところ、『こいつら気に入らない臭いを発している』と言いたげな様子であった。アマダス自身が瘴気の影響に侵されるような素振りは見られないが、少なくとも瘴気を『感じる』事は出来るようだ。
「生者よ、我が意に翻弄されよ!」
 その事を確認しながら、グラキエスが攻撃の間断をついて飛び出し、準備が完了した術を繰り出す。
「う、うわあああぁぁぁ!!」
 契約者の1人が頭を抱え、その場にうずくまった。しかし他の契約者は特に変わった様子はない。グラキエスは即座に『眼』を凝らし、術の作用を確認する。彼の『眼』に見えたのは、1人に対してはこちらの術が表に出ている事と、他の契約者に対しては変わらぬ状態であるという事。
(効くものと効かない者が居る……違いは何だ?)
 後方に引いたグラキエスへ、何かを得たらしいエルデネストが口を寄せる。
「おそらくは術の影響力が関係しているかと。こちらのかけた術の効果が瘴気の効果を上回れば、効果が上書きされる、とでも言いましょうか……」
「……そうか。さっきこちらの術の影響を受けた者は一番手前に居た、だから影響力が上回ったのか。
 教えてくれてありがとう、エルデネスト」
「いえいえ、この程度の事、当然です。……もちろん、相応の報酬は期待させていただきますが」
 実に悪魔らしい微笑みを残し、エルデネストがウルディカの方へと向かう。彼は先程、自らの銃で相対していた契約者を気絶させ、こちらへ運んできたところだった。
「……後は任せる」
 言葉少なに告げ、ウルディカがアウレウスの援護に回る。その背中を一瞥してエルデネストは横たわる契約者に、心身の異常を取り除く術を施す。
(グラキエス様が術を行使した時は、術の効果が上書きされましたが果たして今度は……)
 エルデネストが見守る中、術を施された契約者が「うあぁ……」と呻きながら苦しみ出した。何が起こっているのかエルデネストには見えなかったが、それが“瘴気が生み出す効果が自身の施した術によって剥がされつつある”のだと理解した。どうやら術によって、効果を上書きするのと効果を受ける前の状態にする場合があるようだ。