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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤

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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤
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リアクション


●ここは誰の町?●


 何が違ったのか。何が悪かったのか。
 その問いの答えがあまりにも簡単すぎて、笑えた。



「なんだか……嫌な雰囲気ですね」
 どこか不安げに呟いた千返 ナオ(ちがえ・なお)に、やや厳しげな顔をしたエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が「そうだね」と寂しげに呟く。
 いくつかの楽しい思い出が出来た街に何か嫌なことが起きようとしているのだ。寂しく、悲しい。
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、ただ目を厳しくさせた。
 彼らは巡屋からの要請を受け、全然暗くない街(C:全暗街)の警邏をしていた。

(今は巡屋内部も大変だからな。
 だからといって街に損害を出させるわけにはいかない。無事美咲が戻ってきたとしても、巡屋の責任になりかねないからな。
 できるだけ街の被害が少なくなるようにしないと)

「直接関わるわけではないですけど、これも巡屋さん達のお手伝いになりますよね、頑張ります!」
「うん。みんなのために、私達にできることを精一杯しないと」
「そうだな……ああ。だけど無茶しすぎないようにな」
「……それは、かつみさんにだけは言われたくありません」
「いや、むしろかつみだからこそ説得力があるのかも」
「ほんと、ごめんなさい」
 そんなやり取りに少し頬を緩めたかつみたちだったが、ソレらを見つけて再び顔が引き締まった。

 ソレらは、まるで全暗街の住人のような格好をして、空気に溶け込んでいた。
 しかし何度か警邏をし、街の住人ともある程度顔見知りになった彼らだからこそ、気付けた言える。
 アレは住人じゃない、と。
 互いに無言のまま目線を交し合い、建物の隙間に入って行く。
 迷路のように入り組んでいる道を迷うことなく素早く駆け抜け、談笑している男たちの背後へと気付かれずに回り込む。そしてソレらが番団らしきものを設置しようとしたのを見て、かつみが飛び出す。
 かつみの死角からの正確無比な攻撃が、男の体制をくずす! そしてその隙に素早く動いたナオが爆弾を奪い取る。

(これは――悪戯、ではなさそうだ。
 ……向こうもかなり本気みたいだし、へたに街に攻撃されたら怪我人もでるかもしれないね)
 周囲で何が起きたのかと目を白黒させている住民達に被害が及ばないよう、避難させた方がいいだろう。
 酸の霧を操りながらナオに声をかける。
「危険です、下がって……ナオ、周囲の人たちを避難させよう。それは私が預かるよ」
「はいっお願いします」
 頷いたナオが素早く動き、腰を抜かせていた女性を抱き上げて離れた位置に降ろす。
(不幸中の幸いは、あまり人がいないこと、か)
 かつみは周囲を見ながら、男に向き直った。
「街を傷つけさせたりはしないさ」
 刀を握りしめ、強い意志のまま真っ直ぐに前を見据える。男もまた、演技を止めて刀をとった。
「はあああっ」
 刀と刀がぶつかり合う。

 エドゥアルトは、倒れこんだ男に声をかけた。
「死んで終わりなんてさせない。ここで命を失っても何も得るものはないよ」
「得るもの? おかしなことを言う。俺たちには何も手に入れることはできない」
「そんなこと」
「だが同時に、失うこともない……この平穏を与えてくれた主に、幸あれ」
 男が懐に手を入れる。だがその行動を予測していたナオが瞬時に足を踏み込む。
 まさか堂々と近づかれるとは思っていなかったのだろう。男が少し怯んだ隙に手首を叩けば、何か小さな機械が地面に落ちた。
 

* * * * * * * * * *




「いらっしゃいま……おや、君は……久しぶりだね」
「お、お邪魔します」
「うん、どうぞ。みんなも喜ぶよ」
 いつものように客を出迎えたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、久々に見る顔に微笑みかけた。
 客、美咲はおどおどとしながら店の中へと入る。
「お邪魔しまーす! 皆、元気にしてた?」
 暗い美咲の分も、といわんばかりに美羽が明るい声で店内に入ると、声を聞きつけた猫たちがにゃあ、と返事をするように鳴いた。
「奥の部屋行ってもいい?」
「かまわないよ。たくさん遊んであげて……『彼』はそろそろ限界みたいだから」
「ありがとう。美咲ちゃん、ベアトリーチェ、いこっか……って、彼?」
「は、はい!」
「ありがとうございます」
 彼って誰? 行けば分かるよ。
 という会話をしながら、エースは部屋へと向かっていった3人を見送る。

「やっぱり元気ないみたいだねぇ」
 美咲の様子を思い返し、少しでもリラックスしてもらえるよう、紅茶の種類と茶菓子について考えながら

「わー、みんな『毛玉』で遊んでるんだ……あれ。なんか輪っかついてる」
「この輪っかは……えっと、まさか」
『だ、誰が毛玉……や』
「はわわっ、だっ大丈夫ですか?」
『これのどこが大丈夫に見え』
「毛玉に変装してあげてたんだ。やっさしーね。ほら、みんなももっと遊びたいって」
『ちょ、やめ』
「えっと、あの? ん? どうしかのかな」
「あら、この子が美咲さんと遊びたいみたいですよ」
「い、いいのかな、私で」
「にゃあ」
「やっぱりここは楽しいね! お菓子も美味しいし……今日はなにかなー、楽しみ!」

 背後から聞こえる声に少し微笑む(一部の悲鳴は聞き流す)。
「エオリアー、お茶菓子の追加を……」
 厨房を覗き込んだエースは、真剣な顔で壁に向かって話しかけているエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に言葉をとめた。
「……そうですか。やはり……はい、はい。みなさんにお伝えしておきます」
 テレパシーでの話が終わったのを見計らい、名を呼ぶ。
「エース。どうやら嫌な予感が当たったらしいです」
「ということは」
「はい……御主組がまた動いているようです。しかも周囲を巻き込んで自爆しようとしたとか」
「まったく、迷惑な話だよね」
 先ほどまで穏やかな顔をしていたエースの目つきが鋭くなる。
「どうも動きがあるのは全暗街のみのようですが、警戒は引き続きしておかないとですね」
「そうだね。ジャガーたちには悪いけど、もう少し頑張ってもらおうかな」
「……エース。ジャガーってまさかシボラのジャガーですか? それにたちって……手下達の生命の方が危ないのでは」
「なあに、大丈夫だよ。ちゃんと隣で『治療』はするさ」
 隣、と店の横に在る病院を笑顔で示すエースに、エオリアは苦笑するしかなかった。
(隣って、動物病院ですけれど……エースって怒ると若干暴走気味になるんですよね。それだけこの街が大事って事ですけど、やりすぎそうならとめないと)
 心の中で思いつつ、話を戻す。
「それで、何か用事ですか?」
「ああそうだった。さっきお客さんがきてね」
 話を聞いたエオリアは、それなら新作メニューがある、と頷いた。
「じゃあそっちは頼んで、俺は紅茶をいれていこうかな」
 少しでも少女の心を癒せるよう、心を込めて紅茶を入れる。また心からの笑顔が見れるように、と。
 紅茶を入れる表情には、思いやりが溢れていた。

「とても良い香りですね」
「ケーキもおいしそう! 美咲ちゃんも食べよ?」
「あ、はい。今行きます!」
「ああ、ゆっくりで構いませんよ」

 そして給仕はエオリアに任せ、エースは少し街へと繰り出す。
 すると外で待っていた牧神の猟犬とシボラのジャガーが擦り寄ってくる。それに微笑みながら優しくなで、
「ごめんね。もう少し手伝ってくれるかな」
 情報収集へとともに向かっていった。街にいる植物たちにも話しかけながら手に入れた情報は、すぐさまエオリアのテレパシーを通して、信頼できる人たちへと届けられた。

 情報はすぐさま伝えられていき、他の情報も次第にエース・エオリアの元へと集まるようになり、ネットワークが築かれていった。

 そしてついに、悪世らしき人物の目撃情報を手に入れたのだった。


* * * * * * * * * *




「どうも怪しい動きがあるみたいさ」
 やや厳しい声を出したマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)に、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が「御主組の件か?」と眉を少し吊り上げた。
「さすがウルちゃん。よく知ってるさね」
「まあ、店にも関係あることだからな」
「でもだからこそ、あたし達は平和を維持する事に専念するさねよ」
「はい! 私にお任せください!」
「……がんばるのはいいが、空回りしないようにな」
 胃を押さえながら、気合をいれるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の肩も押さえるのはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
(マリナ姉はいつも通りっつーてるが、ここのいつも通りは厄介事が起きる前提だよな)
 先日はフレンディスと同棲できるか、という幸せを手に入れかけて見事に費えた苦労人である。彼に幸あれ!

 そんなやりとりを眺めながらグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は少し店内を見回した。
 すっかり見慣れた景色だが、もう少しで見れなくなる。
(暑い日が増えて来た。
 夏になればこの店にもほとんど来れなくなる。その前にしっかり働かなければ)
 静かに決意を固める彼の隣にいた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、そんな彼の気持ちに気付いたのか。グラキエスを見上げた。
「僕にお任せください! たっくさんの人を集めて、たくさんの人に平穏を与えてやります!」
「そうか。頼もうしいな」
「グラキエス様」
 固くなっていた顔を解したグラキエスへ笑顔を向けつつポチの助へ殺気を送り続けているエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が声を上げた。。
「外での客寄せは私にお任せを。あの犬だけでは客層が偏ります」
 ポチは、ビグの助に乗って胸を張る。

「ふふん。下等悪魔程度が何しても無駄ですよ?
 この優秀な看板犬かつ番犬な僕の方が客寄せ率高いのですからね」
「(……今日という今日は、どちらが下等か知らしめてやらないと)」
 どこからともなく、『ファイっ』という声が聞こえた気がした。

「あ、ポチ」
 外へと出て行く途中、フレンディスが声をかける。
「……行ってきます」
 ポチは居心地悪そうに身をひねった後、それだけを述べビグの助に乗って出て行った。
 フレンディスはその背を寂しく見送り

「ほら、フレイ。割烹着」
「ひゃっ。ま、マスター?」
 割烹着に視界をふさがれた。それごしに頭をぽんぽんと叩かれ、それだけで誰の手か判った彼女は、しばし沈黙した後、割烹着から顔を出した時はいつもの表情に戻っていた。
(そうですね。落ち込んでいても仕方ありません)
 着慣れた戦闘服(割烹着)を身につける
「グラキエスさん! お手伝いします」
「ん、ああ。ありがとう。じゃあこれを運んでくれないか?」
 気合を入れなおして紅茶を運ぼうとしたのだが、気合が入りすぎたのか。足がもつれる。
「ひゃっ……す、すみません」
「いや。大丈夫か?」
 そのまま床へダイブしかけたのを、グラキエスが片手で支え、しっかりと紅茶も確保。最近はこうしてグラキエスがフレンディスをフォローすることも多くなってきた。
「さ、さすがですぞ主! ほれぼれするような所作と立ち姿、なんと素晴らしい」
 そんな姿に感動しているのは厨房担当のアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)。最初は体調のことを心配して様子を伺っていたのだが、段々と見惚れて作業が止まってきていた。

(さて、そろそろ夏向けにいくらかピックアップするメニューを考えなければ。
 内装も少し工夫して……ライト女史と打ち合わせを)
 と、考え事をしていたウルディカが書類から顔を上げた。
「待てエンドロア、ティラに背の高いグラスを運ばせるな絶対に落す
アルゲンテウス、お前はエンドロアに見惚れていないでさっさと仕事しろ」
「ああ。ではこちらを運んでくれるか?」
「分かりました!」
「む、すまない。そうだな。主のためにも私が厨房をがんばらねば……ガディ。これをみじん切りにしておいてくれ」
 通常の流れに戻ったのを確認しつつ、近くを通りかかったベルクに水と薬ビン(胃の薬)を自然と渡し、今度は誰かへと連絡をする。
「ヴァッサゴー、集客状況はどうだ?」


 エルデネストはショットグラスにハーブティー入れて渡し、煩くない程度に店の宣伝をしていた。
 そこへ偶然通りかかったのが、ハーリーたちだった。
 車椅子で街を見て回っている彼の額に汗があるのに気付き、
「本日は暑くなっております。よろしければ、月下の庭園で休憩なされてはどうですか?」
「その申し出はありがたいけど、予定が」
「いや。医者としても休憩をそろそろ告げようとしていたところだ」
「そうだねー。ルカも喉渇いたな」
「……ああ、もう。分かったよ。休憩すればいいんだろ」
「ではご案内いたします」
 上品に先導し始めたときに、ウルディカから連絡が入ってきた。そこでハーリーを連れて行く、と伝えておく。

(これは報酬を上乗せするいい理由になりそうですね)

 実は少し前。グラキエスがポチの助に差し入れにきていた。だがエルデネストにはなく、その理由はエルデネストは身体が頑丈であり、後々報酬を支払うことになるから、というもので非常に不満だ。
 そういうならと見返りを多く要求するつもりだった。

「ハリちゃんがもうすぐ来るそうさね。車椅子を使わなきゃいけない程大変のようさ?」
 マリナが注意を述べているのを聞いていたフレンディスは、首をかしげ
「えぇと…ハーリーさんとは凄い殿方なのですね。私、しっかり修行の成果を発揮致しますのでご安心下さいまし。
 立派に給仕さんとして接待任務を果たしたく」
「……いや、アガルタで一番偉いやつだからな」
 ベルクが突っ込みを入れている横で、マリナは頷きながらも続きを言う。
「でも必要以上に気を使わないように。
 店のコンセプト……全てのお客様を温かくおもてなす憩いの場所
その精神を忘れたら駄目さねよ?」
「はい!」
 従業員一同で返事をする。
 マリナは満足そうに頷いた。
 そして出迎える時はいつもと同じ、飛び切りの笑顔で。
「ハリちゃん、いらっしゃいませさね」
「悪いな。忙しい時間に」
「悪いことなんてないさね。むしろ嬉しいさ」
 
 席に着いたハーリーの顔色を確認する。
(大分お疲れのようさ。疲れがとれるハーブティーを出すさね)
 と、オリジナルブレンドのハーブティーを提供することにする。紅茶の香りにほうっと息をついたのを横目で見ながら
「ハリちゃん、何が起きてるにせよ安心するさ?
 アガルタ全体は無理かも知れないけど、少なくともここ、エヴァーロングはあたし達住人の手で問題解決すると約束するさね。
 でもそれは他地区も同じ考えだと思うさねよ?」
「それは」
 何か言いかけたのを、あえて遮る。

「だから今は街の仕事よりハリーちゃん自身の問題解決に専念するといいさ。
 街復興業務の人手不足なら手伝うさね」

 優しく微笑みながら、温かい紅茶の入ったカップを彼の前に差し出す。

「だってここはあたしたちの、みんなの『街』だからさね」

 ハーリーはしばい言葉を発しなかったが、小さくありがとうと述べた。