リアクション
* * * * * * * * * * 「な、んだ、身体がうごか……」 身体の制御を失った男の背に、光の刃が迫り、一瞬のち、男は血を噴出しながら倒れた。 とはいえその量は致死量ではなく、傷も深くはなさそうだった。 「やれやれ。随分と好かれておるようじゃな、マハーリーとやらは」 倒れこんだ男から離れた位置で息を吐く少女は辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)。 今回、彼女の元には2つの相反する依頼が来ていた。一つはとある少女の暗殺。一つは影からの護衛。 刹那が選んだのは護衛だった。 (巡屋美咲の暗殺など……アガルタにおられなくなるからのぉ) アガルタに本拠地を構えたことで暗殺依頼が増えてきたのだ。それが途絶えてしまうのが容易に考えられ、そうなるとファンドラへの資金援助もできなくなる。向こうからもそれは困るという同意を得ている。 それにたとえ御主からの援助を得られたとしても、拠点を失うデメリットは大きい。 (いや。伝え聞く御主の話だと、援助を受けてしまうのもデメリットかの) メリットはほぼないという判断に、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)も同意していた。 そんなイブは今この場にはいない。 「イブ。さっきの輩はどうなった?」 さっきの輩、というのは遠くから敵を発見したイブが、敵の武器をはじいた後、ということを聞いているのだろう。 『ハイ。周囲ノ方々ガ駆ケツケ処理シテ下サリ、先ホド当局ニ連レテ行カレマシタ』 「そうか……それで襲撃者に共通点はあったのかの?」 『ソノ件デスガ……マスター刹那、4時ノ方向200Mニ怪シイ影ガアリマス。数ハ3』 報告の途中で怪しい動きを見つけたイブがそう伝えると、刹那がすぐさま動き出す。 忍者の卵を先に行かせて周囲の偵察。その報告からどう動くのが最適かを瞬時に考える。 (イブから見えない位置にも何人かいるようじゃな。ふむ。月の棺から借りてきた奴らを使うか) 「こちらはわらわたちに任せ、イブは引き続き警戒をしておくんじゃ」 『分カリマシタ』 「それで、先ほどの続きはなんじゃ?」 常人の目に留まらない動きをしながら、刹那はとうた。 『襲撃者ラノ特徴ハ全員ガ ハーリー様ヘ何ラカノ恨ミヲ持ッテイル事。ソンナ襲撃者ガ偶然今日集マッタヨウデス。 アト』 抑揚のない声だが、偶然、という言葉は少しわざとらしい。そしてさらに、別の情報を告げると刹那の目が鋭くなった。 『御主悪世ト見ラレル人物ガ全暗街ニ現レタ、トイウ情報ガアリマス。情報源カラ判断スルニ、確カト思ワレマス』 一行の次の予定地は、全暗街だ。 * * * * * * * * * * 全暗街、入口。 ハーリーは、大剣をしまった酒杜 陽一(さかもり・よういち)と、彼が作り出した氷の壁が崩れて行くのをなんとなしに眺めながら、何かを考え込んでいた。 「どうかされたんですか?」 前を向いたままその様子を空気で察していた陽一が怪訝そうに振り返る。そんな彼の目の前にはごろつきが倒れていた。 「いや、なに。こうして街を歩くだけでこんなにも命を狙われるとは、随分と嫌われたものだと思ってな」 「そんなことないさ」 自嘲の声に、陽一は思わず否定の声を上げていた。 (俺には事の真偽は判らない。判ってるのはハーリーさんが深刻な問題を抱えている事と、彼を護らねばならないという事だけだ) 陽一が今回の依頼を引き受けたのは、この街にとって彼が必要だと思ったからだ。 だが。いや、だからこそ聞きたいと思ったことを依頼を受けたときに尋ねていた。問題を解決しなければ、彼は自分自身を嫌ったまま一生を過ごすだろうと思ったから。 『巡屋美咲はあなたが自分の良心を殺したといっていた。そんな事を言う人間を、どうして自分の近くに招いたのですか』 渡されたお守りをいじりながら、まるで別の何かを見ているような顔をしたハーリーは、 『そうだな。……妹の成長を、ひと目みたいと思ったからかもな』 眩しそうに目を細める彼は、自分を責め続けているようだった。 戸惑った様子のハーリーに告げる。彼は知っているのだ。 「アガルタの人達がやってこれたのも、土星くんやニルヴァーナの人達が帰ってこれたのも、ハーリーさんがこの場所を守ってきてくれたからだ」 マリナレーゼさんもおっしゃっていたでしょう? あれは彼女一人の気持ちじゃない。 実際に、ニルヴァーナの人たちがこの場に居たら、きっと同じことを言っていたはずだ。陽一にはそんな確信があった。 「この街にいる皆が抱いている想いですよ。だから」 だから。 陽一はどうか、とお願いした。 「……貴方自身のことを認めてあげてください」 * * * * * * * * * * 全暗街へとやってきたハーリー一行は、足止めを食らっていた。急にならず者たちの襲撃が増えたのだ。 ソンナ中に、なぜかダンボールがあった。 「ふふ。この完璧な偽装には誰も気付かないはずであります!」 ほくそ笑んでいるダンボール。もとい葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)に、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)がめがねをかけなおした。 「ワタシの眼が悪いのかしら……なんで皆何も言わないのかしら? まさか、本当に見えてない……?」 いくらなんでもあれはおかしいだろう、とコルセアは思うのだが……タダ単に関わりたくないと思っているのだろうか、と考え、それ以上深く考えたら負けな気がしたのでやめておいた。 今は護衛に専念するべきだろう。 そう。ダンボールを被っていようが、相方がバズーカをぶっ放していようが、彼女たちは護衛のためにここにいるのだ。 しかしながら、敵は次々と現れる。 ハーリーに恨みが在るもの。恨みが在るものから雇われたもの。思惑はいろいろあれど、ハーリーを害そうとする意思は同じ。 「キリがないわね」 「む、少しダンボールが傷ついてしまったであります!」 びしっと敬礼のようなことをしているダンボールを見たならずものが 「なんだ、ただのダンボールか」 とこぼしている事実を、コルセアは意識の外に追いやる。自分には理解できない世界だ、と。 そもそも吹雪の暴走を止めるためにやってきたわけだが、これは一緒に参加してよかったとコルセアは思いながら、肩にかついだバズーカで轟音を紡ぎだす。 離れた位置にいるハーリーや味方を巻き込まないようにとは考えているようだが、街中でバズーカをぷっぱなしている時点で彼女もまた充分危険人物だ。 そんな彼女たちだが、やはりパートナーというべきか。その動きは両者ともに自然でありながら、うまく合致していた。 バズーカで攻撃と視界を奪った後、ダンボールが突撃。 「な、なんでダンボールがここに!」 という驚きの声の後には吹雪愛用の試製二十三式対物ライフルが火を噴く。 それでいて、敵を殺さずに無力化しているのを見れば、彼女の射撃センスが並外れていることが伺えた。 だが、そんな裏側で事件は起きた。 ハーリーに近づく影。 不思議なことに、その影には殺意、悪意がなく……むしろ申し訳なさそうな空気すら漂わせていた。 しかしだからこそ。乱れている陣形の隙をつけたともいえる。 数分後。車椅子が空になっていた。 * * * * * * * * * * 発端は……いつものごとく、パートナーであるポータラカ人の発言からだった。 「ふっふっふ。これは好機だ」 マネキ・ング(まねき・んぐ)がそう発言した時から、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)には嫌な予感しかなかった。 他に浮かぶとすれば、予感が外れてくれ、という願いぐらいだろうか。 (……まあ、無理だろうな) できれば係わり合いになりたくないわけだが、声をかけなければ前に進めないことを知っていた。 「何が好機なんだ?」 「そんなに聞きたいなら教えてやろう。奴が、くたばる前に色々と聞き出してお……護衛してやるのだ」 物騒な言葉が聞こえ、内心がっくり肩を落としつつ、哀れな被害者は誰なのか考える。 「ヤツが誰か、だと? 小商人に決まっておるだろう!」 「ああ、なるほど……と、納得していいのかわからんが」 「そこで我が小商人のために完璧な計画を立てておいた。しっかり読んでおくように」 ペラリと渡された計画書には、護衛計画とでかでかと書かれていた。 念入りな逃走経路が書かれていて、その道はたしかに実用的ではあった。 だが (避難場所にどうして「行方不明」と書かれているのだろうか) 深く考えるとまっすぐ立っていられなくなる気がしたセリスは、首を横に振った。 どうやらこれらを実行するのは自分のようなので、何も考えないのが一番健康的だ。 そんなわけで、ハーリーはこの監禁? 場所に連れてこられていた。 しかしさらってきた本人達に悪意がないことを感じ取っていたハーリーは、ただ首を傾げる。 顔を隠したセリスと、人間(女性)の姿のマネキが誰であるか、彼には分からない。 「お前達は……?」 「フフフフ、感謝するが良い小商人よ。我らがしばしの間、かくまってやろうではないか」 胸を張るマネキを、ハーリーは「はぁ」と口をぽかんとあけて見上げる。 そんな彼の態度をどう思ったのかは分からないが、マネキは益々調子よく話し出す。 「そして……フフフフ。喜ぶがいい小商人よ。 幸いにもお前がお前自身の力で、得ることができたお前にできない事を代行してくれる存在がここにはある……このアガルタだ」 「アガ、るた」 呆然と呟いたハーリーに、マネキは頷く。 「しかしその点、華麗で美しいマネキ・ング様という方は、何者も従えるカリスマ性! 巡屋や御主の小娘と比べるまでもなくアワビとナマコほどの差故により良い解決策すらあるので代行など必要ない!。 つまり、マネキ・ング様にすべてを預ければ万事解決だ!」 胸を叩き、ゆえに貴様のすべての財産を、と言い掛けたマネキを遮ったのは、ハーリーの笑い声だった。 「あ、あははははっほ、ほんと面白いな」 「むっ。小商人のくせに我を笑うか」 「悪い悪、はははははっ」 ハーリーの笑いはしばらく止まらなかった。 「ふぅ、久しぶりにこんなに笑ったぜ」 笑いが収まった後、ハーリーは全身に力を入れ、立ち上がろうとした。だが上手く力が入らないのか。筋力の衰えからか。上手く立ち上がれず、壁を伝い、足を引きずるように外へと向かっていく。 「お、おい大丈夫か?」 「ああ、といいたいところだが、生憎と大丈夫じゃねぇ」 額に汗を浮かべながら、ハーリーは進む。 「たとえ俺の代わりがいたとしても、たとえ誰一人喜ぶことがないとしても、俺には負わなければならないものがある。そこから逃げることだけは、俺が俺であるかぎり、できねーんだ……わりぃ」 それと、ありがとな |
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