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種もみ学院~荒野に種をまけ

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種もみ学院~荒野に種をまけ

リアクション

 シリウスから瑛菜の向かった先を聞いたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、トランスフォームカーの後部座席からじっと前を見据えていた。
 運転するのは上杉 菊(うえすぎ・きく)だ。
 やがて二人の目に、スパイクバイクを駆る瑛菜の後ろ姿が見えた。
 菊がさらにスピードを上げて接近すると、瑛菜は襲撃かと思ったのか警戒した目を向けた。
 ローザマリアが窓を開けて自身であることを知らせると、瑛菜は驚いた顔をしてバイクを停めた。
 それぞれ乗り物を降りた三人が改めて顔を合わせる。
「今、何が起こっているかは知ってるわ」
 ローザマリアはすぐに本題に入った。
「瑛菜は、スーパーパラ実生やパラミタ愚連隊がどれほどの実力を持っているか知っているの?」
「詳しくは知らない。スーパーパラ実生はモンクみたいなスキルを使うって聞いたよ。でも大半は鉄パイプとかの獲物を持って集団で襲ってくるそうだね」
「いつもの集団よりは厄介そうね」
「うん。愚連隊は巨獣のほうが脅威だね。他にもいろんなのがいるっていう噂があるよ」
「そう……。それなら瑛菜、優先順位はまずはチョウコ達の安全確保よ。物資はその次」
「次って、そんな。奪われたら最後だよ」
 難色を示す瑛菜に、菊も言い諭す。
「物資はまた運べます。しかしながら、運び手が居なければ運ぶこともままなりませぬ」
 瑛菜は目を伏せ、自分に言い聞かせるようにローザマリアと菊に確認した。
「相手は力が未知数だから、まずはチョウコ達を助けて、体勢を立て直してから物資を取り戻す……これでいい?」
「ええ。必要ならば、ジークリンデ校長に連絡して応援を頼んでみましょう」
 ローザマリアの言葉に、瑛菜もようやく納得を見せた。
 三人は再びスパイクバイクとトランスフォームカーを走らせた。

 ローザマリア達とは別に、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は王騎竜『ア・ドライグ・グラス』で空からチョウコ達を追っていた。
 そして、ローザマリアから瑛菜と合流したという連絡を受けてすぐに、彼女は乱闘する一団を見つけた。
 その中に確かにチョウコがいた。
 チョウコ達は物資を積んだ軽トラックを囲み、賊を近づけさせまいと奮戦している。
 しかし、スーパーパラ実生のほうが数が多かった。
 実力的には互角のようだが、このままでは負けてしまうだろう。
「ふむ、スーパーパラ実生というのは、ずい分とタフなようじゃな」
 グロリアーナは呟くと、王騎竜をチョウコの近くまで降下させアイアンハンターを投下すると、すぐにまた上昇した。
 突然の羽ばたき、威圧的な蒼い竜の姿に、スーパーパラ実生も種もみ生も戦闘の手を止めて唖然としたが、チョウコだけはグロリアーナを見とめニヤリとした。
「味方が来たぞ!」
 勢いを取り戻したチョウコの声に、種もみ生も蒼い竜を見上げて活気づく。
 アイアンハンターが両腕をマシンガンに変形させ、弾丸をばら撒いた。
「相手は鈍そうな雪だるまと竜だけだ! たたみ掛けるぞ!」
「物資を奪えー!」
 グロリアーナがタフだと評した通り、スーパーパラ実生はアイアンハンターの弾幕にブッ飛ばされてもすぐに立ち上がって反撃をしてきた。
 中には遠当ての強力なものを放つ者もいる。
 地球のとある少年漫画のキャラクターが使うカメ○メ波によく似ている。
 種もみ生もしぶといが、カ○ハメ波をくらった後はしばらく立てないようだった。
 それにしても、とグロリアーナは少し疑問を覚える。
 喧嘩中に相手を罵倒するのは普通にあることだが、スーパーパラ実生達から罵りを受けるたびに種もみ生の動揺が大きすぎる気がしたのだ。
「今は先に戦力を削ぐか」
 グロリアーナは特に力のあるスーパーパラ実生を見極めると、陰府の毒杯を唱え黒く光る魔法の弾丸を当てた。
 今しも振り上げた鉄パイプでとどめを刺そうしていたスーパーパラ実生は黒い魔法弾に弾かれ、同時に毒を吸い込んだ。
「うぅっ……」
 顔を真っ青にしてうずくまり、冷や汗を額ににじませる。
 彼の仲間が顔を上げ、グロリアーナを非難した。
「上から狙うなんて卑怯だぞ! それでも竜を操る者か! さては正面から戦うのが怖いんだな? 貴様の臆病ぶり、パラミタ中に広めてやるぜ!」
 いつもなら歯牙にもかけないグロリアーナだが、何故かこの悪口に妙な力を感じた。
 心に不快なさざなみが立つような感覚だ。
「……なるほど、そなたもアーガマーハを使った者か」
「ルーンマスターと呼んでくれていいぜ!」
 グロリアーナは鼻で笑った。
 ちなみに彼らの言うルーンマスターとは、魔法力のある声で相手を罵倒することで味方の士気を上げたり敵を挑発する者を指す。
「歓迎の言葉、礼を言う。だが、これ以上は無用じゃ」
 グロリアーナはルーンマスターを名乗る彼にも、陰府の毒杯をくらわせた。
 そろそろ来るかと荒野を見やれば、トランスフォームカーとスパイクバイクの影があった。
 トランスフォームカーの屋根に伏せて狙撃姿勢をとっているのはローザマリアか。
 それは間違いなくローザマリアだった。
 彼女の狙撃銃M6対神格兵装【DEATH】が、スーパーパラ実生達の後方で手よりも口を動かして種もみ生達を攻める者の一人に狙いをつける。
 舗装のない荒野のためなかなか安定しない照準を、エイミングとシャープシューターの技術で補う。
 一瞬のチャンスを逃さず引き金を引くと、銃弾はローザマリアが思った通りの弾道を描いた。
「……命中」
 気絶射撃を受けた者はもちろん、周囲にいた数人も不思議な眠りの誘惑に負けて倒れた。
 スーパーパラ実生達はそこでようやく彼女達の接近に気づいた。
 戦闘音でエンジン音はかき消され、発砲音はローザマリアが消音筒を付けていたため、やはり聞こえなかったのだ。
「瑛菜、チョウコをお願い」
「わかった」
 菊がハンドルを切った方向とは反対側に瑛菜はバイクを走らせた。
 菊はバックミラーでスーパーパラ実生の一部が追いかけてきているのを見るや、傍らの対イコン用爆弾弓を持ち窓を開けた。
 半身を乗り出し、後方に向けて爆弾弓を構える。
 ヒュン、と弧を描いて飛んだ矢は、追っ手の手前に落ちると大爆発を起こした。
「ふふっ。自慢の金髪がアフロになっちゃったわね」
 黒焦げになったスーパーパラ実生達の姿に、クスッと笑ってしまうローザマリア。
 彼女達の加勢で包囲を崩されたスーパーパラ実生の中に、瑛菜がスパイクバイクで突っ込んでいく。
 数人を弾き飛ばし、横滑りにチョウコの傍に停める。
「チョウコ、乗って! いったん離れる!」
 一瞬躊躇したチョウコだったが、空から引っ掻き回すグロリアーナと地上から敵を引き付けようとしているローザマリア達を見て、すぐに決断した。
 バイクの後ろに飛び乗り、種もみ生達に指示を飛ばす。
「撤退だ! 物資は捨てて……」
「おおーっと、そいつはまだ早いぜェ! ヒャッハァ〜!」
 ローザマリアとは別の方向から来た補陀落科数刃衣躯馬猪駆を駆ってきた南 鮪(みなみ・まぐろ)が、ドワーフの火炎放射器でスーパーパラ実生の群を火だるまにした。
「また変なのが来たぞ! 何だてめぇは!?」
「元祖四天王の南鮪様を知らねぇのかァ〜? それとも、思い出すまで炙ってやろうかァ!?」
 再び、文字通り火を吹く火炎放射器。
「打ち消してやるぜ!」
 と、スーパーパラ実生らから放たれるカメハ○波。
 炎を相殺された鮪は、感心したように口笛を吹いた。
「蒼きアーガマーハの力か……。そいつがあれば、瑛菜を女優もできるスーパーミュージシャンにできるかもな!」
「女優はやらないって言ったじゃん!」
「おお、瑛菜。独り言を聞くたァ、さすが俺の愛人だァ〜」
「愛人って何の話だ!」
 否定する瑛菜と笑う鮪。
 やがて、スーパーパラ実生の一人が鮪のことを思い出した。
「元祖四天王の! 確か今は空大行ってて、ぱんつサークルやってる……んだっけ?」
「ぱんつサークルは種もみの総長じゃなかったか?」
「どっちも違ェよ。ともかく! 物資もろともここを突破するぜェ〜!」
 鮪のさらなる加勢に勢いづき、種もみ生の一人が軽トラックに乗り込んだ。
 グロリアーナはこのことをローザマリアに伝え、援護の手段をもっと積極的なものに変更した。
 しかし、スーパーパラ実生は不敵に笑う。
「こっちにだって援軍はいるんだぜ? あれを見ろ!」
 と、彼が指さしたほうを見ると、今しもスーパーパラ実生の援軍が中央から真っ二つに分かれているところだった。
 まるで海を割ったというモーセの伝説のように。
 真ん中には、光り輝く男性がギターを奏でながらゆったりと歩いてきていた。
 指さしたスーパーパラ実生は、唖然としてそれを眺めていた。
「人の子らよ、ただ拳を振り回すのではなく、その手で愛の曲を奏でなさい」
 ジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)の豊かな声は聖詩篇となり、無暗に近づこうとするスーパーパラ実生を弾き飛ばす。
 神降ろしによる神々しさから、神気によって弾かれた邪気にも見えた。
 ジーザスは瑛菜の前に立つと、やさしげに微笑んだ。
「さぁ人の子よ、歌いなさい。あなたの歌は、私によって祝福されている」
「う、歌いながら戦えってこと!?」
 戸惑う瑛菜を、ジーザスはそっと見守る。
 彼の深くあたたかい黒い瞳を見ているうちに、瑛菜は何となくギターが気になってきた。
 歌でパラ実をシメる、とは昔、瑛菜が言っていたことだ。
 そのために軽音部をつくり、部員も集めた。
「私もともに歌おう」
「うん、歌でこいつらを引かせることができるなら……」
「ジャ○アンでもなけりゃ無理だろ! とっとと行くぞ!」
 チョウコの怒鳴り声が瑛菜を正気に戻した。
 ジーザスは悲しげにチョウコを見る。
「あなたも音楽を愛しているはず……何故です?」
「何故も何も、また囲まれそうだっつーの!」
 チョウコの言う通り、いったん割れたスーパーパラ実生の海が元の一塊に戻ろうとしていた。
 しかも荒れ狂う予感をはらんでいる。
「ああ……皆に祝福のあらんことを」
 ジーザスは無差別に幸運のおまじないを振りまいた。
 彼の愛は無限に広かった。
「あんたって奴は……」
 瑛菜は呆れてしまったが、ジーザスとはこういう奴だったと諦めた。
 そして、彼らは軽トラックを守りながらスーパーパラ実生達を振り切った。
 追っ手の足止めはローザマリア達が引き受けていた。
 彼女達なら問題なく追い返してくれるだろう、と瑛菜も安心した。
 心が軽くなった瑛菜の口から、自然と歌がこぼれる。
 その様子を、織田 信長(おだ・のぶなが)率いる撮影班がしっかり撮っていた。
 撮影班は基本的に非戦闘員だ。
 出身は地球で、アメリカのある夢の国の映画製作所でエキストラをしていた中華系不法移民が大半だ。
 パラミタに来てパートナーを得た者もいるが、スーパーパラ実生に勝てる者はいない。
 信長は撮影に専念させ、流れ弾は自らの技で防ぎ彼らを守っていた。
 さらに信長は、放っておけば好き勝手な服装で来るスタッフらに、地味な服で来いと命じていた。
 これは、スタッフが賊から襲われにくくするためではなく、瑛菜を目立たせて撮るためだ。
 彼らは瑛菜がチョウコのもとへバイクを走らせていた頃から、付かず離れず撮影していた。
「よいか。ただカメラに収めればいいというのではない。主役(瑛菜)が光るように撮るのだ。そして、後ほど編集しやすい位置を掴め。撮影の性質上、後から瑛菜の音声収録は難しい。声を逃さぬよう心掛けよ」
 これまでにない真剣さで指示を出した。
 瑛菜もチョウコのことで頭がいっぱいだったから、周囲をうろつく地味な服装の連中に気づかなかった。
 そして、ようやく今、気づいた。
「あんた達、何やってんの!?」
「ふっ。良い表情だったぞ、瑛菜」
「まさか……ずっと撮ってたとか言わないよね?」
「そういえば、以前鮪が依頼したものができたそうだな」
「話をそらすな、信長!」
「まぁ良いではないか。これもきっと荒野のためになろう」
 まったく動じない信長に、とうとう瑛菜も諦めた。
「今回だけだからね。……チョウコも笑ってないでよ」
「連れてきたスタッフ達は元気そうだな。これで全員か?」
 チョウコの問いには鮪が答えた。
「今回はハードな撮影になるとわかってたからなァ、体力のねぇ奴は留守番だ」
 彼らの拠点では、契約したパートナーを巻き込んで映画撮影のスタッフや役者、テーマパーク準備のスタッフとしての技術を日々磨いている。
 特に中華系の移住者は家族や一族を呼び寄せる者もいた。
 鮪にとっては嬉しいことに、香港映画の撮影所でアルバイトをした経験のある者もいるらしい。どういった仕事を任されていたのかは不明だが。
 また、ジーザスや信長を拝んでついてきた者もいた。
 彼らは二人を主役にした映画作成を密かに計画しているともいう。
 信長の崇拝者にいたっては、彼が住みやすいようにと拠点の一画を戦国時代風につくりあげてしまった。
「実はジークリンデにも映画に出演依頼したいんだよなァ。信長、何とか説得してくれねェか」
「ふむ……やってみよう」
「あたしも負けてらんないな。またライブでもやろうかな」
 鮪達の熱意に触発されたのか、瑛菜も元気よく言った。
 その後、ローザマリア達も追いついての道行きとなった。
 再びの襲撃に備え、菊が周囲にピーピング・ビーを飛ばし、自身もディテクトエビルを唱えて警戒をしていた。
 それから間もなく、警戒網に反応が出た。
「しつこい奴らだ」
 チョウコは舌打ちする。
 しかし、すぐに菊が疑問の声をあげた。
「賊の一部が方向を変えた……? どういうことでしょう」
「あたしらと鮪達で賊を追い払うから、ローザ達は物資をお願い!」
 バイクを寄せた瑛菜からだ。
 賊の先頭部隊がすぐ後ろまで来て、物資を置いてけと叫んでいる。
 その時、チョウコの携帯が鳴った。
「誰だ! 今忙しい!」
『私です。舞花です』
 ネットでパートナー契約を結んだものの、いっこうにパートナーと会えないパラミタ人のために情報収集をしている御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。
 舞花も屋外にいるのか、携帯の向こうから彼女の声の他に強い風が吹く音が聞こえた。
『チョウコさん、そろそろ休憩しても大丈夫ですよ!』
 風にかき消されまいと、舞花は大きな声で言う。
 その声は周囲の者達にも聞き取れた。
『だって、チョウコさんが運んでいる物資は偽物ですから!』
「何だって! 物資が全部偽物!?」
 マジだったのか、と追いかけて来る賊から苛立ちの声。
「舞花、どういうことだ!」
『申した通りのことですよ! ちょっと電波が悪いので、いったん切りますね!』
「待てこら! ──切りやがった」
 賊はいつの間にかいなくなっていた。
 確かめてみましょう、と勧めるローザマリアに従い、一行は停車した。
 軽トラックの荷台にかけた幌を剥ぎ、中身を確認する。
「偽物なんてねーじゃねぇか」
「ふむ……舞花が一芝居打ったか。賊の間にこれは偽物で囮だ、とでも噂を流したのであろう」
 信長が顎をさすりながら言った。
「せっかくうるさい奴らを引き受けてくれたのだ。さっさと運ぶのがわしらの務めだな」
 信長の言葉に頷き、チョウコは舞花の無事を祈りながらオアシスを目指した。