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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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★若社長の結論★


(今日もたくさんお客を呼び込んだのです……が、少しつまらな……い、いえそんなことはないのです!)
 ぶんぶんと頭を横に振るワンコ、もとい忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)。今日は彼の永遠のライバルが不在なためか、少し詰まらなさそうだ。
「ん、ポチか? 今日も店の手伝いしてんだな」
 そんな彼に声をかけたのは、ジヴォートだった。ぴくり、とポチの耳と尻尾が反応する。
 それと同時に、マリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)の話を思い出す。

「……ということらしいさ」
「ジヴォードが見合いねぇ……アイツ絶対また逃げようとしてそうだな。その為のWデートなんだろうが」
「まあ十中八九そうだろうな」
 皿洗いをしつつのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の感想に、帳簿とにらみ合っているウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)も冷静に同意した。
「お見合いか……応援してやりたいな。ああもちろん、本人の意思が一番だと思うが」
「そ、うですね」
 テーブルを拭いていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が言うと、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は何か考え込みながら返事をする。
 そんなグラキエスの顔色を確認しながら、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は「ほう、Wデートですか」と意味ありげに笑い、ウルディカを見た。
「進展しないウォークライにはいい刺激になりそうです。是非こちらでくつろいでもらいましょう」
「っ!」
 ウルディカの指が、電卓の0を連打した。ベルクがちらと覗き込むと、電卓で表示できる最大の数字が打ち込まれていた。もちろん、そんな桁になるのはありえない。
 マリナレーゼの目が輝く。
「あ、そういえばウルちゃん。
 ロアちゃん達に聴いたけど今、恋してるらしいさねぇ?」
「ライト女史、今は仕事を」
「これは上司として業務に支障がないよう話を聴かせて貰うさねよー」
「そうですね。早速業務に支障が出ているようですし、聞いてもらった方がいいのではありませんか?」
 と、電卓を指差される。慌てて打ち直し、早なる心臓をなんとか平常に戻そうとする。
「……俺も元気になるから、ウルディカも頑張ってくれ」
「エンドロア。……お前はそんなこと気にしなくていいから、少し休め。ティラ女史、さっきから同じところを拭いているぞ」
「そうさね。それと、ウルちゃんも同じ数字を打ってるさ?」
「っ!」
 どうやらウルディカはこういう話題が苦手らしい。意外だ。
 ベルクは思いながらも、いつもフォローしてもらっている手前、なんとか助けようと口を開く。
「そういえばマリナ姉って恋愛話を聴いた事ねぇけど相手……は今居ねぇのは知ってるが、一体どういう奴が好みなんだ?」
「あ、それは気になります」
 フレンディスが元気よく反応した。いや、全員が気になるのかマリナに視線が集まる。
「そうさねぇ……あたしはイキモさんのように商売に明るいオジサマがタイプさね」
「え、まじか」
「ふふふ。素敵な方ですものね」
「とは言っても相手が誰であれあたしはまだまだ商売優先さねから。
 最低限そこを理解して貰えない人で無い限り恋愛は無理さー」
「まあそこは中々難しいところですね」
 マリナが締めくくると、ロアが頷く。マリナの顔はいつもと同じで、どこまでが本気なのかは不明だ。
「その分部下のウルちゃん達の恋路の行方を眺めて楽しんでるさ」
「ウォークライ、君がデートできるのは何時ですかね。相手には一向に気付いてもらえませんし、ご家族ご一行にも認めてもらえませんし
 どうしてですかねえ?」
「ぐぅ……結局そこに戻るのか」
「わりぃ、ウルディカ」
「いや……今は仕事中、平常心平常心だ。キープセイクの遊びに良いようにされてたまるか!」

 そんないつものノリの会話を思い出し、そして実際にデートしているジヴォートたちを見たポチの感想は
「随分色恋沙汰で盛り上がっているようですが、僕には理解できないのです」
 好きな人と同棲している彼の感想は、誰が聞いても何を言っているのか理解できない。

(ジヴォートさん、元気ないですね。ジヴォードさんが幸せになるお手伝いなら
協力してやってもいいのですけどね。
 そういう感じがしないので黙っておいたほうがよさそうです)

 とりあえずデートについては何も言わず、いつものように店へと案内する。
「お疲れみたいですが、マリナさんの紅茶でゆっくりしていってくださいね」
「……ありがとな。でもみんな元気そうで何より……って、グラキエス。少し顔色悪くないか?」
「いや、さっきまで休憩してたから大丈夫……そっちのテーブルはさっき拭いた」
「そうでしたか。ありがとうございます」
 グラキエスがフレンディスの行動をとめる。嘘ではないが、何よりも足元が濡れていたのでこけないように、だろう。
「デートが苦手と聞いた。そっちこそ大丈夫か?」
「あ、はは。まあ、ご覧のとおりだ」
 相手との距離を示し、ジヴォートが肩をすくめて見せた。グラキエスは少し困ったように首をかしげ
「そうか……ならば余計に寛いで行ってくれ。随分と疲れているように見える。無理はするな」
「ああ、ありがとな。そうするよ」
 話していると、おくから声がした。
「エンド、少し厨房を手伝ってくれませんか?」
「ん、分かった。すまない、また今度話をしよう」
「ああ、悪い。引き止めたな」
 ロアに呼ばれて奥へと行ったグラキエスを見送る。ちなみにグラキエスはこのとき、

「キースが何時になればあの人と本当にデートできるか心配していたぞ。俺も早く元気になるから、ウルディカも頑張ってくれ」
 そうウルディカにクリティカルヒットを与えていたが、本人は無自覚であり、そっと肩を叩いてくれたベルク以外に味方はいないのだとウルディカに勉強させた。

 そしてホールでは、フレンディスが勢い良くジヴォートに迫っていた。
 マリナから話を聞いてから、ずっと考えていたことがあった。

「あの、その、えぇと……私如きが口挟むべきではありませぬが……ランさんが素敵なご婦人だからこそ、ジヴォードさんの意志を尊重された方が宜しいかと思います…
 もしジヴォードさんが他にお慕いするご婦人が居たり、まだお早いと感じているならば、その中途半端な感情では関係者の皆様方全員が辛くなるだけだと思う故……僭越ながらジヴォードさん、ご自身の想いを正直に申し上げて下さいまし!」
 最初こそ逡巡したものの、一気に語った彼女に、ジヴォートは苦笑した。世間知らず同盟の仲だからか。彼はフレンディスにこう言った。

「そうだな……フレンディス、ありがとな。良かったら、ランと仲良くしてやってくれ」
 ジヴォートは初めてランの名前を呼んで、そう言ったのだ。もちろんフレンディスの返事は決まっている。
 だがそれが、話題のすり替えだとは気づかない。

(ま、俺の知ったことじゃねーか……というか。むしろ俺の方をどうにかしてもらいたいぜ)
 ランと笑顔で話している恋人を見ながら、ベルクは泡だらけの皿を見下ろした。


***


 最後はドブーツが予約した店へと向かうため、全暗街へと向かう。
 ジヴォートの雰囲気も大分良くなっており、気が緩んでいた。
「さあ、行くのだ、我が部下たちよ!」
 そんなどこかで聞いたことのある声に、誰もが一瞬そちらを見て、いくつかの影がライラとランに迫った。
「はぁっ」
 ライラは普段のおっとりぶりを置き去りに素晴らしい蹴りを披露して撃退したものの、ランの方はそういかない。
「きゃぁっ」
 上がる悲鳴に続いて
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)
 ククク、その資産家のお嬢様は、我らオリュンポスが人質にさせてもらおう!」
 やはり聞き覚えの在る名乗り。そしてそこにいたのは、やはり見覚えのある眼鏡の人物、とその部下達、と部下に捕らえられたラン。

 今回、ジヴォートたちがくるという話自体にあまり興味がなかったハデスだが、彼らの相手が資産家の娘と聞いて身代金目当てにやってきたようだ。

 何が起きたか分からないという顔をしたランだったが、すぐに震えだした。
 一方でジヴォートは焦りは見せたものの、動きは無い。そんな彼をハデスが苛立たしげに指差す。

「ククク、ジヴォートよ!
 自分の恋人の一人も守れず、会社で働く部下たちを守っていけると思っているのか! お前も組織のトップに立つ人間であるなら、大事な人の一人も守ってみるのだな!」
「要求はな……は?」
 てっきり要求について言ってくるものと思っていたジヴォートが唖然とした。なぜならこれでは……お説教では無いか。
 
「それに、親の顔に泥を塗るなどという細かいことを気にしているのも気に食わん!
トップとして君臨する以上、細かいメンツなど捨てる覚悟は、イキモにもあるだろう! 父親の気持ちも理解できず、大所帯である、会社の部下という家族を養っていけると思っているのか!」
「それは……」
 ジヴォートは何か言い返そうとして、言葉に詰まる。全部本当の話だからだ。
 しかしあのハデスが、まともなことを言っている! 貴重だ。保存しなければ。

 ハデスがジヴォートに集中している間に、唯斗とライラが部下達を昏倒させる。
「ラン様、ご無事ですか?」
「は、はい」

「それと……うむ?」
 まだ何か言いかけていたハデスだが、背後から聞こえた声に眼鏡のずれを直した。そして周囲を見回し
「今回はここまでにしておいてやろう! 次はただではすませんからな!」
 そうして颯爽と去っていった。

「……一体、何がしたかったんだ?」
 ドブーツの一言は、この場にいるほとんどの者の思いでもあった。

 色々言われた本人は何か別のことを考えているようだったが。


***


「ようこそ、準備は整っております」
「すまんな」
 一行を出迎えたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)は、刹那と共に聞いた依頼内容をかなえるため、刹那から宴会の準備を命令されていた。
 今回のデート用に新メニューも開発している。
「大分和まれているようですね。ただ、ジヴォートさんは少し固い表情のようです」
「分カリマシタ」
 先ほどメニューを持っていった従業員の話を聞き、次の料理を考える。
「デハ、少シ順番ヲ変更シマス」
 状況に応じて変更できるよう、準備はしてある。刹那も準備自体は手伝ったが、やはり表の店にはいない。
「せっちゃん、お酒追加だって」
 そんな刹那の代わりに、というわけではないが、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が厨房に顔を出した。その手には空になったグラスがある。
「ハイ。コチラニ用意シテアリマス」
「さすがだね。じゃあ持っていくね。あ、これもお願い」
 お酒を受け取ると同時に、皿洗いをしていたほかの従業員にグラスを渡す。イブが軽く頭を下げる。
「マスターアルミナ、オ願イシマス」
 それからもイブとアルミナたちは大忙しだ。なんといっても想定外な人数に膨れ上がった団体客。時折ドブーツが申し訳なさそうにしているのが見えた。
 とはいえ、彼もあらかじめ人数に関しては連絡していたので、多少人手が足りないが、イブとしては何も問題は無い。

「あ、ジヴォ君、おしょうゆとって」
「これか? コハク、渡してくれ」
「うん、ありがと。はい。美羽」
「ありがとう!」
「へぇ〜、ライブもやってるのね。今日はないの?」
「お望みでしたら、またあとで」
「ええ、ぜひ聞きたいですわ」
「そうですね。ドブーツ様もお聞きしたいですわよね」
「いや、俺はどっちでも……っ! ソウダナ。聞きたいな」
「ドーツ、顔色悪いぞ。どうした。どっか痛いのか?」
「い、痛くない。痛くない。全然な」
「……でもドブーツ君、涙でてるよ?」
「さすがね、ライラ。あなたいい嫁になれるわ」
「ふふふ。ありがとうございます」

 話が盛り上がり、食事が一段らくしたところで着替えたアルミナがステージに登場した。
「では、聞いてください」
 静かに始まった音楽は、落ち着いた、温かくなるような曲調だった。まだ幼いアルミナと合いそうにないとジヴォートにはないが、その小柄な体からあふれ出た歌声に、息を呑む。
 その歌声に、懐かしさを覚える。

(ああ、そうだ。母さん、よく歌ってたっけ)
 そう。それは最後の瞬間まで。自分を落ち着けるために。

「……ラン」
 歌声に紛れ込むような小声。しかしそれは、ランには届いた。
「はい」
「悪い」
 いきなりの謝罪だったが、ランは驚かない。
「お前自身が悪いんじゃない。だけどお前を見ると、思い出してしまうことがある。そして今の俺には、それを受け止めるだけの余裕はない。自分が生きていくのだけで精一杯だ」
「……はい」
 ランはそっと息を吐き出し、ステージから聞こえる優しい歌声、いろいろな人の言葉に背を押され、言いたかったことを……胸の奥に封じ込める。
 ジヴォートが忘れている記憶。その中にある思い出を語るわけにはいかない。
「だけど」
 ジヴォートの言葉は、そこで終わりではなかった。

「ちゃんといつかは受け止めたいと思ってる。だからその時はさ。結婚とかそういうの関係なく

 友達になってくれねーか?」

 そう明るく笑ったジヴォートの顔は、ランの中にある彼と一緒で。ランは、今日一番の笑顔を見せた。

「はい。私でよければ喜んで」

 ちょうどステージでは歌い終わったアルミナが礼を述べており、2人同時に拍手を送った。