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“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

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“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

リアクション

 
 かつて『偽りの大敵事件』を引き起こした機体――『渇竜(かつりゅう)』。
 その開発チーフ、もといサークルのリーダー的存在だった劉銀飛。
 彼に試作段階の技術を供与したのはスミスと名乗る男だった。
 
 技術とともに供与された謎のパーツを組み込み、渇竜の開発は急速に完成へと向けて進むことになる。
 ――ブラックボックスであるパーツによって動く“T-5システム”を試験的に搭載して。
 
 Trance To Thirsty To Terminate System――。
 その実態はパイロットに『人工的な死の恐怖と生への渇望』を喚起するシステム。
 発動すると、パイロットは強烈な死の恐怖を感じて一種の狂乱状態に陥る。
 だが、それによって『なんとしてでも生き延びたい』という本能からの渇望を引き出すことこそが目的なのだ。
 生存本能によって潜在能力を引き出されたパイロットは実力以上はもちろん、限界以上の力を引き出すことができる。
 これによって凄まじい底力を発揮したパイロットはどんな大群にも強敵にも勝てる――そのコンセプトに基づいて設計されたシステムだ。
 
 即ち、『死ぬ気でやれば何でもできる』を人工的に再現したシステムであるが、実際に使用した場合はパイロットが死の恐怖から狂乱。
 味方や無関係の者まで含めて見境なく攻撃するという致命的な欠陥がある。
 しかし、開発者であるスミスは『偽りの大敵事件』を引き起こす為にあえてそれを修正せずに放置。
 あまつさえ欠陥を隠したまま学園生たちのイコン研究サークルに供与した。
 表向きは『九校連が共同開発した試作システム』と伝えられ、それが『偽りの大敵事件』引き起こしたのだ。
 
 
 銀飛は渇竜のロールアウト直前に、とある事実を知る。
“T-5システム”のコアとなるパーツ。
 その原料は戦場で死んだ兵士や殺された民間人の魂。
 そして、スミスの正体は人間ではなく、魔鎧鍛冶を生業とする悪魔。
 
 極めて優れた魔鎧作成技術、ひいては魂の加工技術を持つ彼は、それを応用して新たな作品。
 即ち、『魂の加工品』を生み出すことに成功していた。
 
 2009年に起きた地球へのパラミタ出現。
 それにより、21世紀の技術に触れたスミス。
 彼はその一つであるデジタルテクノロジーを貪欲に吸収し、その果てに新たなテクノロジーを編み出した。
 
 “魔鎧鍛冶”スミスがもたらした独自技術の一つ。
 それは、魂を素材とし、必要な命令をプログラムとして書き込んだものを専用の容器に封印することによって機晶機械などを自動的に動かす技術。
 現代地球でいうところのAIであり、人間などの知的種族から抽出した魂がメモリユニットなどの記憶媒体にあたる。
 本来ならば魂には記憶や人格が宿っているが、スミスの技術ならばそれらを一度抹消して初期化。
 魂を『精神エネルギーを持ったただの器』として使用できる状態に加工することが可能だ。
 
 取り出した魂を器物に封印するという一般的な方法では、武器であれば優秀な戦士、道具であれば優秀な職人の魂がその都度必要となる。
 しかし、この技術の場合は、一度『優秀な魂』さえ手に入れてしまえば、後は前述のプロセスを経て用意した『器』さえあれば、それに『優秀な魂』の持つ才能や経験といった情報を書き込むことで、何度でも量産可能。
 
 情報の初期化や上書き、コピーによる量産、果てはそれを搭載することによる自動操縦など、現代地球のデジタルテクノロジーに多大なる影響を受けており、数多くの着想があったことは明らかだ。
 また、この技術を開発したことで、スミスの現代技術への異常な適応の早さが証明されることになり、彼の主を驚愕と驚嘆せしめた。
 
 ――『SSS(スピリット・ソフトウェア・システム)』。
 その技術は、そう名付けられた。
 
 そして、スミスが主とする者がいる組織は九校連ではない。
 まだ当時は鏖殺寺院の一派ではなかったとある組織――後のエッシェンバッハ派である。
 
 九校連の者と偽り銀飛やその仲間、あるいは九校連の関係者に接触したスミス。
 彼は渇竜という怪物を造らせ、順調に『偽りの大敵事件』の糸を裏で引いていくことになる。
 
 もっとも、『偽りの大敵事件』を完璧に九校連による事件と偽装できるとは限らない。
 むしろ、九校連は本当に事件を起こしていない以上、所詮は『疑い』にしかならない。
 だが、それで十分だった。
 
 九校連は当然ながら事件への関与を否認するだろう。
 次いで九校連は本当の犯人を探し出そうとし、犯人である可能性の高い相手に目星をつけるはずだ。
 その読み通り、九校連は疑いのある相手として鏖殺寺院の名前を挙げた。
 
 それだけやってもらえば十分だ。
 その時を待ち、九校連が『偽りの大敵』を用意したという噂さえ流せばいい。
 後は、あたかも九校連が鏖殺寺院を犯人に仕立て上げたと思い込む者が出てくるのを待つだけだ。
 
 果たして読み通り、九校連の内部はもちろん、鏖殺寺院にもそう誤解した者が現れた。
 これによりエッシェンバッハ・インダストリーは、鏖殺寺院へと降るのに有効な、極めて説得力の高い理由を手に入れることになる。
 そして彼等は余所者でありながら、ごくごく自然な形で鏖殺寺院という組織へスムーズに潜り込むことに成功したのだ。
 これにより彼等は、鏖殺寺院が保有するイコン技術、ならびにイコンプラントを手に入れることになる。
 
 銀飛が諸々の技術に気付いた時、既に仲間達は彼の手によって専用の魔鎧――『SSS』搭載機の操縦を補助するパイロットスーツへと加工されていた。
 そして彼自身も強引に渇竜へと搭乗させられ、“T-5システム”を起動させられた上で地球へと向かわされたのだ。
 
 だが彼は直前に手紙を残すことに成功した。
 咄嗟に隠した手紙はスミスに気付かれることなく、銀飛の想い人の手に渡り、この一連の真相へと辿り着く助けとなったのだった。