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リアクション
パラミタデータバンク
及川 猛(おいかわ・たける)は今までのデータを総動員しながら、なにか見落としがないかを調べていた。なんといっても零のことだ。まだ、隠し球を持っているかもしれない。
「あんたの執念も、すごいもんだな」
及川の様子を見に来た荒神が、感心した様子で言う。
「零は油断できん相手ですから。――ところで兄貴。“Y染色体アダム”ってやつはご存知で?」
「ああ。聞いたことはあるな」
女性には無く、男性にのみ存在する性染色体――それがY染色体である。そして、Y染色体は次の世代に遺伝されるとき、遺伝子の組み換えが起こらないのが特徴だ。
この性質を利用してY染色体をたどっていくと、人類に共通の父親までたどりつく。
そうして辿り着いた人類共通の父親を、Y染色体アダムと呼ぶ。
「その女性バージョンは“ミトコンドリア・イヴ”っていうんだろ?」
「おっしゃる通りで」
「でもよ、及川。なんでいきなりそんな話を……」
荒神は言いかけて、すぐにその意図を察した。
「――つまり、こういうことだな。八紘零は、“天地創造”の逆をやろうとしていたわけか」
旧約聖書の『創世記』では、神が大陸を作り、人間を作ったとされる。
零が企んだのはその逆だ。自らアダムとなり、パラミタ大陸をイヴとして、神になろうとした。
「じゃが。その不遜な男は、神どころか何者にもなれんかった」
「そうだな」
裁判所で見た醜く歪んだ零の魂を、荒神は思い出す。すべてを手に入れようとした男は、けっきょくすべてを失った。
荒神は静かに己の身体を撫でる。拷問による傷が、刻まれた肉体を。
身体に残る傷や罪。たやすく受け入れられるものではないにしろ、それらはすべて、生きた証となる。
「零はつくづく皮肉な男だな。Y染色体アダムを僭称した結果、この世界でたったひとつしかない、自分の体という楽園さえ失っちまったんだから」
何はともあれ。永遠樹の種ともいうべき零のDNAは、この世界から消滅した。
もう奴が蘇ることはないだろう――。
安心してパラミタデータバンクを出ようとした荒神に、張り詰めた声で及川が告げる。
「――八紘零のDNAは、まだ残っていやした」
「おいおい! もういいだろう!?」
荒神は思わず、両腕を広げて叫ぶ。
「別次元からきた後で、次はどこから来るっていうんだ!」
「どこからも来やしませんぜ、兄貴。奴のDNAはずっと身近にいたんです」
「そりゃ、どういうことだ?」
及川は返事をする代わりに、操作していたPCのモニタを向けた。モニタには、零の遺伝子を継ぐ者の名前が表示されている。
そこに記された名とは――。
ニコラ・ライヒナーム。
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