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Down to Earth

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リアクション

 とある駅に面したコーヒーショップ。
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に凭れるように座っていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はガラスの向こうを一瞥し、吐息を零す。
 視界を行き交う人々が、種族特有の華やかなドレスや、厳めしい印象を与える防具を身につけていないのは、彼女にとっては懐かしさ覚える光景だ。
 パラミタの浮島出身であるコハクには見慣れないものの連続で、「そろそろ移動しようか」と振り向いた瞳は、何時もよりも幾分か大きく見開かれている。彼のそんな様子に気付いた美羽が目を細めた――そんな折、二人を呼ぶ声が向こう側からやってきた。
 否、正確には黄色い悲鳴の混じったざわつきが、先に耳に入ったのだ。
 ガラスの向こうに映るのは、見るものを惑わす目的で作られたセイレーンジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)と、十人居たら十人が褒めるだろう恵まれた容姿を持つハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)の並びだった。年若い少女達だけでなく老若男女問わず――と言っても土地柄若者が多かったが――彼等に注目する。遠巻きにしているだけまだマシだろうが、彼等に呼ばれてしまった事でギャラリーの注目を一身に浴びる事になってしまった美羽とコハクは溜まったものでは無い。
「…………うん、移動しよっか。急ぎ目で……!」
 美羽とコハクが顔を見合わせ頷き合っていると、美羽へ向かってテレパシーが飛んで来る。
[酷いだろこれ。もう何度置いてこうかと思ったか……]
 沁み沁みと呟くような音に美羽がつま先立ちで声の主を探してみると、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)が何時ものように何を考えているのか分からない表情で、妻と義兄を離れた位置から見つめていた。

 * * * 


 美羽とコハクは東京見物にきているだけで特に目的は無く、アレクの方は目的が定まっていた為、早々に用事が済んだらしい。そういう訳で彼等はそこから共に行動する事になった。
 色とりどりの看板が眩しいくらいのビルに囲まれた秋葉原の大通りを、何時もより遅い歩調で進む。案内役は東京出身の美羽だ。

「へー、ジゼル日本初めてなんだ!」
「うんっ」と答えるジゼルに、美羽はアレクを見上げる。
「地球にしょっちゅう行ってたみたいだから意外」
「俺の用事で一緒に行く時は基本的に合衆国だし、そうじゃ無い時は大体欧州だからな」
「蒼空学園は日本出身の人多くて、よくお話し聞いてたし、女将さんもそうだから『あおぞら』は和食も多いでしょ?
 それで一杯食べるから、一度行ってみたかったの。昨日はホテルのルームサービスで、おうどん食べたのよ!」
「どうだった? 本場の味ってやっぱり違うと思う?」
「美味しいお出汁だったけれど、シャンバラとあんまり変わらなかったわ!」
「まあ……うどんじゃねぇ…………」
 ホテルのルームサービスのうどんとやらがどんな味なのか想像はつかないが、――シャンバラでは地球出身者の料理人も多いだけあって和食の味は確かであるし――専門店でもない限りそこまで味は変わらないだろう。苦笑する美羽の顔を笑顔で覗き込んで、今度はジゼルが質問をする。
「ココは何か名物料理ってあるの?」
「うーん……やっぱりB級グルメかな!」
「Bきゅうぐるめ……?」
 聞き慣れない言葉に、後ろを歩いていたハインリヒが目をしぱたかせる。日本語が堪能で来日も数度あるらしい彼だが、矢張りと言うか耳にした事が無いようだった。
「庶民的な料理の事だよ」
「家庭料理とはまた違うもの?」
「ラーメンとかカレーライスとか丼飯とかそれこそ定食とか……安くって、よく食べる機会の多いの、で……
 ここからだと有名な立ち食いのうどん屋さんが近いんだけど、うどんは昨日食べちゃったみたいだし……。
 逆に何かリクエストある?」
「俺はカレーライスがいいです!」
 アレクが何故か丁寧な口調でぱっと美羽の隣に踊り出る。
「カレー好きなんだ?」
「日本のカレーは美味しい。自衛隊と合同演習する時って、あれが一番の楽しみなんだよな」
 ハインリヒも「皆好きだよね」と頷いている。美羽は頭の中で幾つかの店の候補を上げつつ、皆へ振り返った。
「じゃあご飯はカレー屋さんに決定! と言う事で……先にもうちょっと回っておこっか? 私ゲーム見たいんだ。
 新品にしろ中古にしろ、やっぱりゲームソフトの品ぞろえは秋葉原が一番!」
 好きなものが溢れる街を歩く美羽の上機嫌を感じ取って、ジゼルは隣のコハクに話し掛けた。
「美羽は本当に、ゲーム好きよね」
「僕も最近影響されて始めるようになったんだけど、まだまだ美羽には敵わないな。
 あとアニメとか魔法少女の事は、未だによく分からないんだ。だから今日は勉強も兼ねて……」
 妻の大好きなものを自分も知りたいのだと、コハクは照れながらもそう言って微笑んだ。

 そんな訳で、彼等が食事の前に立ち寄ったのはコスプレショップである。パラミタには派手な服装の者が多いし、それこそ生きたアニメキャラクターのような人物も多数存在するが……、その生きたアニメキャラクターのようなコハクとジゼルが一番面食らったようだ。互いに配偶者の趣味が『そっち寄り』とは言え、二次元の産物をこうして現実世界に持ち込まれると強烈な違和感を感じるものでもある。
「カラフルだね……」
「ジッパーが沢山ついてるわ?」
 ディスプレイされたマネキンを前に首を傾げる二人は一旦放置して、美羽とアレクは話しに花を咲かせている。尤も、話の中に次々と出て来る略されたアニメのタイトルは分からない人間には暗号のように聞こえる為、放置されずとも入る事は出来なかっただろうが――。
 今もあるアニメのコーナーを前に、こんな話題が繰り広げられていた。
「まこマギだったらキアラがまこたんだよねー」
「ああ、化粧しないと童顔だしな。…………これセクハラになるから忘れて」
「オッケー流しとくね。それでね、ミリツァはみみ先輩っぽくない?」
「いや、漫画版のオリキャラの――」
「あー! 最初に出て来る子!? 似てる! 超似てる! 名前なんて言ったっけ、えーっと……」
 という具合で暫く経つと、漸く満足したらしい二人がパートナーのもとへ――頭の中身が――戻って来た。彼等の会話をコハクが熱心に聞いて覚えようとしていたのに気付いていなかったように、美羽は五人のうちの一人が消えていた事にも気付かなかったらしい。
「そういえばハインツさんは……?」
 あれ程目立つ容姿の彼だ。周囲を見回してすぐに店内にも居ない事に気付いた美羽に、コハクが首を横に振る。
「さっき女の子達が集まって来て『なんとか様!』ってちょっとした騒ぎになっちゃって」
「ちょっと出てるって」
 続くジゼルが着信したばかりのメールを確認しながら言うが、アレクと美羽は話しの真ん中からズレた言葉を吐いている。
「何とか様って……何だ? アニメ? 漫画?」
「様呼びするキャラっていうと今はー……」
 その後、答えに行き当たった二人が同時にキャラクター名を言いながら笑い出したのに、ジゼルとコハクの周囲にハテナマークが飛び散った。

「大量だね……」
 店から出た四人と再び合流したハインリヒは、美羽がゲットしてきた大量の戦利品を抱えるコハクの様子に苦笑する。
「私とジゼルのでしょ。
 それにキアラとミリツァに魔穂香のも!」
 キアラと魔穂香には魔法少女のアニメキャラクターの衣装を選んだのだという美羽に、本物の魔法少女が魔法少女のコスプレをする事への矛盾と疑問を感じながら、ハインリヒは首を傾げる。
 そんな彼の前へジゼルが端末を差し出した。画面には試着室の前で、衣装に身を包むジゼルと美羽の写真が映し出されている。
「アレクに選んで貰ったのよ」
「これも魔法少女のキャラクター?」
「否、ゲームに出て来る重巡洋艦」
「は? なんで船が女の子?」
「それはね――」
 美羽が友人達と楽しそうに話す姿を、コハクは微笑ましく見守っている。

 * * * 


 あっという間に夜になった。
「またシャンバラで」と手を振るジゼルらへ手を振って別れ、美羽は自分と友人達への土産が入った袋へ視線を落した。
「珍しいゲームソフトも買えたし、かわいい衣装も買えたし♪」
 持ちきれない程の荷物には、沢山の思い出が詰まっている。
「皆喜んでくれるといいね」
「うんっ」
 絶えず笑顔を溢れさせている美羽を見ていると、コハクの鼓動は早くなる。
 出来る事なら今直ぐ抱きしめたいが、さてこの袋で塞がった両手をどうしようか……。
 片手で持つには些か難儀ではあるものの、今は――という気持ちが勝り、コハクは美羽の温もりを求めて笑顔で手を差し出すのだった。