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新型へ



「はい、では、これに受け取りのサインをしてください」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)に言われて、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、差し出されたタブレットにささっと走り書きしました。
「まいどありー」
 巨大なコンテナを残して、ウィスタリアが去っていきます。
 ここは、再廻の大地のど真ん中です。
 新型機の試験ということで、一番人目につかない場所を選んだのでした。
「さてと、どんなイコンだか、とくと拝見させてもらうかな」
 柊真司がコンテナについたコンソールに開封コードを入れると、前面のハッチがゆっくりと倒れて開きました。
 中から、メンテナンスハンガーキャリアに固定されたイコンが、ゆっくりと外へと運ばれて出てきます。
「実験機か。まあ、大抵はじゃじゃ馬かな」
 ブレイクショットとコードを冠された機体を見て、柊真司が言いました。
 セラフィムをベースとしているらしいボディは、恐ろしいほどにスリムです。逆に、両肩に装備されたVFU(ヴァリアブル・フライト・ユニット)は酷く大型化していました。「9+1」とマーキングのあるVFUには、フローターユニットとブースターの他に、ミサイルランチャーが装備されていました。機体には、背部プラズマキャノンが二基、両腕に内蔵レーザーブレード、手持ち武装としてヘビーマシンガンが用意されています。
「試作機だからか、シンプルとも重装備とも言いかねる武装だな」
「回廊や、異界での戦闘を想定した、空間戦闘用の高機動機のようじゃな。局地戦型と見てもよいじゃろう。まあ、通常の戦闘では、現行のイコンでも十分に戦えるからのう。ある意味、鬼子かな」
 いくつもの段ボール箱に詰め込まれたマニュアル群を横目で見ながら、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が言いました。
「とりあえず、動かしてみれば分かるさ。そのためのテストだ」
 そう言うと、柊真司はヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)と共に狭いコックピットの中へと乗り込んでいきました。
 なんとも奇妙な二重カプセル式のコックピットは、メインパイロットシートの柊真司の頭を、後列上段サブパイロットシートのヴェルリア・アルカトルが、両足の間に挟むような位置に配置されています。
「パイロット登録」
 納品時には初期化されているパイロット情報に、新たに柊真司とヴェルリア・アルカトルを登録します。
「起動手順一番から順次続行していきます。テストですから、省略はなしです」
 コンソールに表示されるチェック項目をスキップせずに、ヴェルリア・アルカトルと柊真司が確認していきました。
「すべて異常なし。ハッチ閉じるぞ」
 柊真司がコンソールを操作すると、コックピットシェルのハッチが、続いて胸部装甲板が閉じていきました。
「最終シークエンス実行……えっ?」
「どうかしたか?」
 珍しいヴェルリア・アルカトルの驚いたような声に、柊真司が聞き返しました。
「BMI2.1の最低値が50%固定になっています。これでは、パイロット限界による稼働時間が限られてしまいますね」
「そういう機体なんだろう」
 そうでなければ、こちらにテストなど回ってこないさと柊真司が軽く肩をすくめて見せました。
「指示に従います。コアフローティングシステム……オン」
 ヴェルリア・アルカトルが最終シークエンスを実行すると、コックピットが浮かびあがりました。同時に、ヴェルリア・アルカトルのグラビティコントロールが強制的に最大限発動させられます。コックピットの中からは分かりませんが、中空となったコックピットブロックの中央に、コックピットコアブロックが超能力によって浮遊している形になります。その周囲には何重にも、力場が発生し、コックピット外からの加速に対する斥力として働くようになっていました。そのシステムがあまりにも厳重なため、ヴェルリア・アルカトルの能力は、ほとんどそのためだけに使われています。
「ブレイクショット、発進する」
 輸送用ハンガーの固定用アームを開放すると、深紅と黒にカラーリングされた機体がVFUを軽く稼働させた後に、ゆっくりと浮かびあがりました。
「飛行テストに入る」
 いつもの調子で、柊真司がゴスホークのときのように出力を上げました。
「くっ、これは!?」
 予想以上のGが身体に襲いかかります。いや、それ以上に驚いたのは、その加速による移動距離です。
『どこまで行くのじゃ、馬鹿者!』
 アレーティア・クレイスの言葉に、柊真司が制動をかけました。今度は先ほどとは逆方向のGがかかります。そして、一瞬にしてイコンは静止していました。
「こいつの機動、おかしいぞ。無茶苦茶だ!」
「ええ、まるで……」
 そう、まるで人が乗ることを設計思想に組み込んでいなかったかのようでした。この機体は、ベースが無人機として開発されたと思って間違いはないでしょう。けれども、無人機としても外部誘導ではその機能を生かし切れない、あるいは、誘導すらままならないがために無理矢理に有人機へと改造した感があります。耐Gに特化したコックピットブロックといい、そのコントロールに、BMIを使用したサブパイロットの能力のほとんどを必要とするところから見ても、間違いはないでしょう。
「ということは、こいつの本来の機動は……」
 機体特性を把握した柊真司が、VFUを使用したトリッキーな機動を試し始めました。前後左右に一瞬にしてその移動ベクトルを変える動きは、玉霞を凌駕します。
『ストーップ! ヴェルリアが限界じゃ!』
 アレーティア・クレイスの言葉に、柊真司が慌てて機体を静止させました。
「いえ、まだ、私は……」
「了解した。帰投する」
 まだやれるというヴェルリア・アルカトルに、柊真司は即答しました。
 イコンが強くなるのはいい、だが、それが必要となる世界はもう見たくないものだなと思いつつ、柊真司アレーティア・クレイスの待つ場所へとむかったのでした。