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5年後――2029年、秋


 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)
 百合園女学院の非常勤講師であったが、世界が危機を回避したのをきっかけに、2025年度より正式な講師として勤務。
 担当教科は歴史。授業内容には、百合園本校があり祥子の祖国でもある日本の影響があったが、教鞭を執る重みは伴侶の歩んできた人生の重みでもあった。
 当初は慣れない教師の仕事に戸惑うこともあったが、今では最近百合園のカリキュラムに取り入れられたガーデニングの指導を行う余裕も出てきた。
 そして度々行われる百合園女学院のお茶会にも、教師として参加しつつリラックスできるだけの貫録も出てきており……。
(貫録……早いもので今日で百合園女学院に勤務して五年、と……そして私も三十路……うん、あまり考えないようにしよう)
 恒例のお茶会出席のために支度を整えながら、祥子は鏡を覗き込む。
 可愛過ぎない上品なワンピースにジャケット。昔は大人っぽいと思ってたが似合ってきた。
 皺もシミもまだないけれど、お肌の艶とか疲れの出やすさとか、そんなことが気になってきたお年頃。
(……彼女は変わらないのにね)
 伴侶ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)
 視線をそっと鏡から外し、祥子は背後を振り返る。
「――さ、出かけましょう」
 パートナーであり同居人ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)を伴って、祥子は家を出た。


(これまでのお茶会では会が誰かの節目の場合、その人の出来事が話題に登ることが多かったし今回は私かしら)
 ヴァイシャリーへ向かう道で、景色を眺めながら祥子はそんなことを考えていた。
 普段は多忙に紛れて考えている余裕はなかったけれど、ふとこうした時間が出来て一度考えれば考えるほど、深みにはまる。
「祥子? 大丈夫か?」
 ぼんやりとする祥子に、ヴェロニカが訝しげに話しかけた。
 暫くヴァイシャリーを離れていたが、今日は祥子が、久しぶりにヴァイシャリーで過ごしてはどうかと誘ったのだ。
 彼女もまたお茶会に参加するとあって、鎧を脱ぎシンプルなワンピースを着ていた。
「ああ……うん」
 祥子は目を瞬かせると、悩みを相談してみようと口を開いた。
「私もいいトシだし子供を産んで育てようかなって思うんだけど、結構重たいこと考えちゃって」
 祥子の悩みは、実際には祥子自身に起因するものではない。
 ――私はいいけど問題はティセラだ。家事能力がとかでなく、ティセラが不老不死の特別な存在だということ。
「子供が生まれて成長して、孫が生まれて育って、そして、いずれ私は老いて死ぬ」
 それでも彼女は現在と同じで若く美しいままでいるだろう。
「十二星華の束縛から開放してあげたいのに、子孫が新しい束縛になるんじゃないか。そんな不安があるのよね」
 小さく、吐息を吐き出して。
「話し合うつもりだし愚問だろうなあって思うんだけどね」
 ヴェロニカは祥子の憂う横顔に目を細めた。
 人生相談というにはずいぶんと重たいものだ、と思う。
(私の場合は置いていった側であり置いて行かれた側でもある。が、永遠の時を永らえ続け、一族の興亡を見つめ続ける定めだったわけではないからな)
 ヴァイシャリーのバルトリ家に嫁ぎ、出征して戦死したのは古王国時代。現代に蘇るまでには長い時があった。
 そして動き始めた時は、祥子と共に老いる自由と、寿命という死による解放をもたらすだろう。
 しかしティセラは違う。
 数多の剣の花嫁の中でも特別な星華、そしてそのリーダーだった女性だ。
「愚問だと思っていても、相手を慮うがゆえに不安、か?」
 ヴェロニカは慎重に言葉を選んだ。
「答えは出ているのだから、行動あるのみではないのか? 祥子の抱えている不安を受け止め得ぬほど絆が深まっていないわけではあるまい」
「ん……そうなんだけどね」
「……ふむ」
 ヴェロニカは言葉を切ると、
「祥子が百合園女学院の正式な講師となって、もう五年になる。私も、今日同行したのは、そろそろと思ったのだ」
「……そろそろ?」
「ああ、講師のパートナーが百合園女学院というか、ヴァイシャリーを避けるのもおかしいかと思ってな」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)を、貴族・バルトリ家は支持していた。時折百合園にもバルトリ家から当主や夫人、使いが来ることもある。避け続けるのも不自然で、潔くないと思ったのだという。
「バルトリ家ももう落ち着いているようだ。二人の間に子供も産まれたようだし、一度存在だけ報せに行こうかと思う。
 だから祥子に誘われて、これが機会だと思ってな」
「ええ、いいかもしれないわね」
 軽く頷く祥子に、ヴェロニカはあえて視線を合わせずに前方を見ながら語る。
「……私が見るに、だが。子供……ティセラはあまり子供自体が得意ではないようだ」
 それは祥子も思う。おそらく、十二星華は祝福されて生まれてきた存在ではないからだろうと思ったこともある。
「だが、祥子が望むなら、そうするようにも思う。
 私と夫の間には信頼と友情だけだった、子を作ったのは家の為だったが、それでも我が子は可愛く産んで良かったと思った。家庭は良いものだと思った。
 祥子――地上に帰ってから隠棲していた私に、子孫を見守るように諭してくれたのは祥子だろう?
 ……まして、祥子とティセラの間には愛があるのだから」
 ヴェロニカは祥子の肩を軽く励ますように叩いた。己の定めと祥子の行く末を考えた上で今があるのだからな? と。
「束縛と思うか、支えにするかはティセラが決めるだろう。今大事なのは、祥子が共に考えてくれることだと私は思う」
「……うん、相談してみる」
 さあ、じゃあお茶会で、何を話そうか。
 少し心の重荷が軽くなった気がして、祥子は蒼い空を見上げた。