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終りゆく世界を、あなたと共に

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7.終わりゆく世界を彷徨い続け(エロ有)

(あーあ、人間ってホントどうしようもないね。でも僕らにとっては、単なる一つの区切りに過ぎないんだ)
 黒く染まった蒼空の果てに、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を抱きしめたまま終りゆく世界を見下ろしていた。
 ヘルの腕の中の呼雪は、目を閉じたまま動かない。
 その体にはところどころに青い薔薇が咲いている。
 眠っているのだ。ほんの100年単位で。
「さて、もう潮時だね。僕だってこの世界に愛着がない訳じゃないけど…… 逃げる手段があるのに沈む船に残るお馬鹿さんはいないでしょ」
 呼雪を抱えたまま飛び立とうとしたヘルは、ふと見知った存在を見かけて足を止めた。
「あれは……」

「死ぬ前に、確認したいと思っても断る変じゃないよね?」
「分からないでもないが……」
「一緒にヤらない?」
「それは断る」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の誘いを、ムティル・ジャウ(むてぃる・じゃう)は即座に断った。
「そうか、気になっていたんだけどな……」
 クリストファーはムシミス・ジャウ(むしみす・じゃう)の実性別が気になっていた。
 あの時、クリストファーとムティル、ムシミスはたしかに3人でベッドを共にした。
 それは間違いない。
 当時、ムシミスは自身を弟だと、つまり男だと自称していた。
 しかし先日、ムシミスは自身を女性だと宣言し、実際の体も女性だったようだ。
 ということは、どういうことだろう?
 それが気になったクリストファーは、世界が終わる前に確認しようとムティルに相談を持ちかけたのだった。
 しかしムティルの返事は芳しい物ではなかった。
「悪いが、当人が積極的に話すつもりがないことをこちらから暴くつもりはない」
「それだけ?」
「……」
「随分と操を立てたものだね。決まった相手以外はノーサンキューだなんて……初めて会った時の君と比べたら驚くほどの違いじゃないか」
「うるさい」
 照れ隠しだろうか、ぶっきらぼうにそれだけ言うとムティルは去っていく。
 きっと恋人の元に向かうのだろう。
「……とすると、直接確認するしかないみたいだけど、どうかな?」
 気付けば自身のすぐ後ろに立つムシミスに聞いてみる。
「……兄さん……」
 が、ムシミスは青い顔をして立ち尽くすだけ。
(よければ一緒に……と思ったけど、それどころじゃないみたいだねえ)
 クリストファーは肩をすくめて見せる。
 ゴォオ……
 その時だった。
 大きな怒声と共に、大量の人が押し寄せてきた。
「……あれは?」
「大変だ、暴徒の集団だよ!」
 終末を目前に薔薇の学舎とタシガンの記録を残していたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が逃げるようにこちらに走ってくる。
「――全く、こっちはまだ話し中なのに」
 クリストファーは眉根を寄せながら、ムシミスとクリスティーを庇うようにして前に出る。
(……少し、人数が多いかな)
 終末を前に、こんな所で死ぬのかと諦念が頭に過ぎったその時だった。
 目の前に、バハムートが召喚された。
 泡を食って逃げ出す人々の頭上から声が降りかかる。
「やあ、君達もここにいるとは、偶然だねー」
 バハムートの召喚者、ヘルだった。
「どうして君が……」
「ちょっと、ムシミス君を探していてね」
 驚くクリストファーに、ヘルは答えた。
「……僕を、ですか? 何故……それに呼雪さんはどうしたんです?」
「うん、ちょっとねー」
 ヘルの腕の中、体に青い薔薇を生やし眠っている呼雪を見たムシミスは怪訝そうに尋ねる。
 ヘルは呼雪の状況を軽く説明した上で、更に告げる。
「新しい世界へ行ってくるね」
「新しい世界……」
 ヘルは腕の中の呼雪の髪を、優しくかきあげる。
 そこについた薔薇の蕾に触れる。
「この世界が好きだった呼雪は悲しむだろうけど、仕方ないよ。こんなにも蕾が膨らみ始めて……目を覚ます日も近い。僕はね、また呼雪の笑ってる顔が見たいんだ」
 愛おしそうに笑う顔を、ムシミスは黙ってみていた。
 そして最後にヘルはムシミスを見る。
「君も一緒に行く?」
「……」
 ムシミスはほんの少し目を見開いた。
 そして無言のまま、明後日の方向を見る。
 それは、先程ムティルが向かった先。
 恋人の元。
 はるか遠くを眺めるように目を細め、その方角を見る。
 そしてクリストファーの元へ行き、耳元で小さく告げた。
「――今まで、ありがとうございました。もしまた機会があれば……兄さんを、よろしくお願いします」
「え、じゃあ……」
「僕は、兄さんの為なら何でも……何にでもなれました。でもそれも今日で終わりです」
 ムシミスは顔を上げ、ヘルを見る。
「お邪魔では……ありませんか?」
「きっと呼雪も歓迎すると思うよー」
 ようこそ、とヘルは片手を広げてみせた。

 その後。
「……はぁ」
「どうしたんだい?」
 悪夢から目覚めため息をつくクリスティーに、クリストファーは声をかけた。
「いや……もっと、ボクに出来ることがあったんじゃないかと思ってさ」
 あぁ、とクリストファーは理解する。
 2人とも、同じ終末の夢を見ていたことに。
「……確かに、なんて夢を見ていたんだろうとは思ったよ」
 耳元で囁いたムシミスの言葉を思い出す。
「――だけど何か、ひっかかっていたモノが取れたような気はするな」

   ◇◇◇

 終末の世界でムティルが向かったのは、自分の部屋だった。
 そこには、ごく自然なことのようにモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)がいた。
「前に偶には眼鏡を外した顔が見たいと言っていたな」
 ムティルがソファの上に座ると、その上にモーベットは座る。
 そして眼鏡を外すと、テーブルの上に置いた。
 そんなモーベットに、ムティルは意外そうに問う。
「……いいのか?」
「ああ。だが、こうして顔を近づけないとお前の顔が見えないがな」
 鼻先が触れ合うほどに、顔を近づける。
「……不便はあるまい?」
「むしろ好都合だ」
 どちらからともなく、口付けた。
 深く深く、互いに求めあうように。
「今日は眼鏡がないし、お前の方から来い。全て受け止めてや……」
「――モーベット」
 その言葉が終るのを待ちきれないように、ムティルはソファの上にモーベットを押し倒した。

 そして、世界は終わらなかった。
 2人は同じベッドで目覚めた。
 どこからが夢で、どこからが現実なのか曖昧なまま呆然とするムティルに、モーベットは声をかける。
「悪いが眼鏡を取ってくれないか? ――世界の始まりに、お前の顔をもっとよく見て居たいからな」
 ムティルは両手で眼鏡を持つと、モーベットに眼鏡をかけた。
「……やはりお前はその顔もよく似合う。眼鏡をしたということは…… 今日はお前からということか?」
 ムティルは笑いながら誘った。

   ◇◇◇

 その頃、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)と2人きりのひとときを――そして永遠の時間を過ごしていた。
「今一緒に居るのが僕でいいの?」
「貴方だからいいのです」
 訊ねる北都の瞳に不安の色を見つけ、クナイはその瞳を塞ぐように口付ける。
 不安の理由は分かっている。
 目の前の相手を失うことを恐れて。
「最後だから、クナイの好きにしていいよ」
 そんな北都の言葉は必要なくて、クナイは言葉ごと北都の唇を奪う。
「ん……くな、い」
「そうです。私以外、何も考えないで」
 かつて持っていた優しさの欠片を振り捨てて、ただ欲望のまま激しく互いに快楽を求めあう。
 全てを、世界の終末さえ忘れてしまうように。

「――あ、あれ?」
 そして北都は目を覚ます。
 悪夢? それとも淫夢から。
 世界は終わらず、クナイはいる。
 その事実に、気付けば二つの瞳からぼろぼろと熱いものが零れている。
「おかしいな……ずっと、泣き方なんて忘れてたのに……」
「涙は、悲しい時だけではなく、嬉しい時も流れるものなのですよ」
 クナイはそっと指で涙を拭うと、そこにキスを落とす。

   ◇◇◇

「終わりが来るとしても……俺がお前を守るから」
 久途 侘助(くず・わびすけ)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)を抱きしめる。
 全てのものから……世界の終りからも、隠すように。
 絶対に守ってみせると、誓う。
「俺がいなくなっても、俺のこと忘れるなよ」
「俺がいなくなっても……なんて言うなよ」
 しかし侘助の腕の中から聞こえてきたのは、真っ直ぐな反論だった。
「誰かを失うなんて、もう二度と御免なんだよ。お前だってそうだろ?」
 言われて侘助ははっと思い出す。
 お互いの、心の傷を。
 大切な人を失った過去を。
「……一緒に、いるって決めたのにな……ごめんな」
「死ぬ時は一緒だ。それ以外認めない」
 最後の最後に至って、ソーマは侘助の言葉を、我儘を拒絶した。
「……こんな時でも、ソーマはソーマなんだな」
 侘助は小さく嗤った。
「わかった。一緒だ。死ぬときは、一緒だ」

「――ソーマ、愛してるぞ!」
「わっ」
 目が覚めた瞬間、侘助はソーマを抱きしめた。
 そして腕の中の温もりを確かめる。
 ソーマも戸惑いながら、侘助の温もりを感じていた。
 今を、そして未来を予感させる温もり。
 いつも通りの、そして特別な今日が幕を開ける。