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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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●『伯爵』

 ロケット弾でも爆発したのだろうか、ずんと地響きが一度、伝わってくるのを御空天泣は感じた。
 天泣がちらりと見たのはテレビ塔の方向だ。
「……レジスタンス本隊が行動を開始したか」
「えっ、ホント? そっち行ってみよっか? 有名人が見られるかも?」
 ラヴィーナ・スミェールチが言う。
 一秒、考えてから天泣は口を開いた。
「それは冗談、なのか?」
「冗談だよ」
 決まってるじゃないか、と静かに笑うラヴィーナは、見た目の幼さとは相反してすでに二十代後半なのである。
 ……なんとなく、調子が狂う。
 気を取り直して天泣はラヴィーナに問うた。
「レジスタンス本隊の考え……つまり、放送局を占拠して一斉にアジ演説を流すというものだが、そうなれば本当に市民たちは動くと思うか?」
「さあね」
 ラヴィーナは曖昧な笑みを浮かべるばかりである。
「前にも言ったと思うけど潜入活動として僕は、空京に暮らす同年代……あ、僕の『見た目』上の同年代ってことね、つまりティーンエイジャーの少年少女とできるだけ接するようにしてきた。その実体を知ろうと思って」
 肩をすくめてラヴィーナは続けた。
「彼ら、まあなんともしたたかに生きてるよ。もっと単純にガッチリと総督府に洗脳されているかと思いきや、むしろそれとは正反対だ。ティーンたちは空京の大人たちが総督府に感じている不満、反抗心を読み取っているし、同じく大人が抱いている総督府への恐怖心や依存心だって見抜いている。……要するに、親の世代は煮え切らないってことを、もうしっかりと理解しちゃってるんだ」
「親たちを『見習うべき存在』とみなしていないということか」
「それどころか、そんな『駄目な親たちとどう折り合いを付けていくか』、ってレベルに達しているね。大人とか親とかいうより、『どうやって空京のシステムの矛盾に見て見ぬふりをして従順な子どものフリをするか』って段階まで来ているような印象だったよ」
 ラヴィーナ自身、人身売買されて強化人間の実験台にされたという凄絶な過去の持ち主である。少年少女が高い適応能力を持っていることは知っている。
「だから、大人はどうあれ、空京の若年世代がこの局面でどう動くかは正直わからない。彼らは本能的に自分たちが生き残れる可能性が高いほうを嗅ぎ取って動くだろうね……としか言えないよ。レジスタンス側について革命に乗り出すか、総督府側について僕らに牙を剥くか。まったく読めないな」
「意地悪な言い方になったらすまない。でも教えてもらえないか。そこまでドライな見方ができるラヴィが、どうして僕についてくるのか、ということを」
「契約関係にあるから……って言ったら身も蓋もないかな? 本音を言うと、天泣ってなんだか、放っておけないタイプだからさ。なんとなく、ついていてあげたくなる」
「それは……喜ぶべきことなのか?」
 ラヴィーナはあえて答えず、またも曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
 するとムハリーリヤ・スミェールチが、
「いいんじゃないか? 『ほっとけない男』、女としちゃ魅力的だと思うがね」
 と、天泣の肩にもたれて笑んだのである。
 うっすら半月にした彼女の眼は、謎めいているが情熱的だ。天泣は知っている、ベッドの中で彼女は、よくこういう眼をする。特に、天泣に奉仕するときは。
 ところがムハリーリヤにそんな眼で見られると、いつも天泣は少し苛立つのだ。本心はそこまで思っていないものの、
「リーリ、今はセックスアピールがどうとか……そんな話をしているわけではなかったと思うが」
 などと言ってもみたくなる。ところがムハリーリヤとしては慣れたもの、
「さあ? あえて今、こんな話をできるからいいのさ」
 とかるくいなして前髪をかきあげた。
「……ああまったくくだらない。女というのはいつも男の背中に爪を立ててないといけないとは、まったくもって非効率的だ。だが私は天泣、君のことは気に入っているんだよ」
「だから今、そういう話をするべきでは……」
「じゃあ、これでおしまいにしよう」
 リーリは人差し指を立て、その腹で天泣の唇に軽く触れた。
「今日、生き残れるかわからないけど、不確かな約束をさせてもらおうかな。天泣、いつか君のために赤いルージュを目の前でつけてあげるよ」
 そのとき三人を乗せたトラックが停止した。
 幌のついた荷台には、天泣とラヴィーナ、リーリの他に、バロウズ・セインゲールマンの姿もあった。
 バロウズは天泣たちのやりとりをまるで聞いておらず、ただ黙々とライフルの手入れをしていた。
「到着だ」
 運転席から声がした。
 ハンドルを握っているのは、黒い肌をした闇酒場のバーテンだった。もうアイパッチはしていない。彼は『伯爵』の影武者に過ぎず、隻眼も偽装でしかないのだから。
 助手席から振り返ったのは初老の男だ。彫刻刀一本で檜を整形して作ったような厳?な顔つきをしている。酷く痩せ頬の肉は落ち、頭は総白髪に近い。彼の顔右半分は赤黒く焼けただれていた。凄まじいまでの火傷痕だ。そのため口の端は斜め上に吊り上がった状態で固定され、引きつった笑みを浮かべているようにも見える。右の目は、黒い眼帯に隠されていた。
 彼こそが、真に『伯爵』と呼ばれる男であった。
 あの日、天泣たちとバロウズが、バーテンに紹介されたのが彼である。バロウズもこれまで、伯爵からの情報は何度も得てきたし、協力関係にもあったものの、本人に会うのはこれが初めてだった。
 もちろん『伯爵』というのは綽名だ。本当に彼がそのような身分であったかは定かではない。
 彼の本名はユージーン・リュシュトマ、かつて金鋭峰に仕えた軍人で階級は少佐であったという。
 ――少佐……あんたがクランジ戦争の敗北後地下に潜り、情報を集めていたのは理解した。そして、我々をどこに連れてきたのかということも。
 バロウズはリュシュトマに目をやる。
 半ば死人のような顔色ながら、『伯爵』の隻眼は突き刺さるような鋭さをたたえていた。
 ――あんたは俺たちを利用しているつもりだろう。俺たちもあんたを利用させてもらう。等価交換だ。
 銃を担ぎ、バロウズは荷台から飛び降りた。
 眼前には、古代ギリシアの神殿のような建造物があった。ドーリア式と呼ばれる荘厳な柱が立ち並ぶ様は一見、最先端都市空京には似つかわしくないように見える。しかし一歩引いて眺めれば、色も灰色でありシルエットは街並みに同化していた。
 戦争記念館、この建造物の名称だ。クランジ戦争のメモリアルホールで、博物館としてあまたの展示品も揃っている。だがあまり人間たちはここに足を踏み入れないという。それはこれが彼らの『敗北』の記念碑であるからかもしれない。
 市街地の騒ぎと比べるとここはまるで別天地だ。人の姿はなく静寂に包まれていた。
 このとき柱の陰から、赤い髪の少女が姿を見せた。
「よう、『伯爵』ご一行かい?」
 バロウズは反射的に銃を構えた。だがそれが、レジスタンスのシリウス・バイナリスタだと認識するとこれを降ろした。
 少なくとも今は敵でない。彼らとはここで合流する手筈になっていた。
 リュシュトマは返答をしないが、その沈黙は肯定を意味した。
「ここにあるんだってな」
 言いながらシリウスは、うなずき合うようにアイコンタクトを天泣と交わしている。
 別の柱の陰から、リーブラ・オルタナティヴ、そしてサビク・オルタナティヴも出てきた。
 彼女らがこの場所にたどり着けたのは、サビクの調査によるところが大きい。
 サビクは「エデンの制御装置が空京に存在する」という噂を調べていた。といっても、噂の真偽ではなくその出所をだ。そうして闇酒場にその源をつきとめた彼女は、天泣にその旨を伝え伯爵との接触を指示した。
「ボクらにとってこれは賭だよ、伯爵。リスクも大きい。だからレジスタンスとしてはここにいる最小限の人数しか割いていない」
 サビクは言いながら、柱に手を触れていた。サイコメトリで読む限り、罠が仕掛けられている形跡はない。すくなくとも、伯爵側からは。
「いまだにわたくしは疑っております。伯爵、けれど他に良い案も浮かびませんでしたしね、サビクを信じることにしたのです」
 リーブラはサビクを見ているが、シリウスのことは一瞥もしない。
 だがリュシュトマは彼女らの事情には興味がないようだ。
「行くぞ」
 と告げて迷わず戦争記念館に入っていく。彼はカードキーを取り出して、正面入口脇の小さな扉の脇に差し込んだ。
 カードが正規品か偽造なのかはわからない。しかし抵抗なくドアが開いたことだけは事実だ。
「この先にあるのか……」
 天泣は呟いた。
「『エデン』の制御装置が」