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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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ジェイダス

 薔薇の学舎の門前。
「他校の生徒さんが、何の用だい?」
 エリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)から、そう声をかけられて師王 アスカ(しおう・あすか)は飛び上がりそうになる。
 アスカは今、男装した上から母校イルミンスールのマントを羽織っている。女であるとバレてしまったのだろうか。
 アスカは動揺を押し隠しつつ、訪問の理由を告げる。
「ジェイダス様から、女王様を励ます為のメッセージを頂きにうかがったんです」
 するとエリオは合点が行ったように、ほほ笑んだ。
「ああ、使節団の人だね。校長だったらキュストラシュトラーゼ(芸術家通り)の画廊にいるはずだ」

 エリオに教えられた画廊は、美術館のすぐ近くにあった。
 薔薇の学舎校長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は、リラックスした様子で絵画を見ていた。
 人の気配に降り向き、やってきたアスカに気付く。
「何用かな?」
 アスカがまだ心の準備をする前に、話しかけられてしまった。
「あの、生徒さんからジェイダス様がこちらにいらっしゃると聞いてうかがいました。
 女王様を励ますメッセージを頂けないでしょうか?
 きっと、ジェイダス様のお言葉は女王様の力になります! どうか、お願いします」
 ジェイダスは形の良い眉をかすかに寄せた。
「確か、エリュシオンに向かう使節団が集めている、という話だったな」
 アスカはこくりとツバを飲んだ。
(やっぱりジェイダス様の心を動かすのは難しいのかしら。でも諦めずに〜)
 アスカはジェイダスを説得にかかる。
「私は時期的に女王と面識はありません……。
 でも、他の皆を見て女王がどれだけ必要とされている人物か、肌で感じることができました。
 そんな人が今ここで命を失うのは間違っています。大帝の操り人形になるのも御免です! 他の皆も……?」
 ジェイダスが手を軽くあげて、話を中断させる。彼が口にした言葉は、アスカの予想外のものだった。
「君は絵を描くのだろう? 画材の香りで分かる。
 今の気持ちを絵で表して、それが私の満足できるものだったら、メッセージを書こう」
 アスカはいぶかしみながらも、いつも持ち歩いているスケッチブックとペンを広げる。
 なにしろジェイダスは、彼女が画家への夢を持てるようになった恩人である。
 もっともそれは随分と前の事、アスカも小さい頃の事で、ジェイダスが覚えているとも思えなかった。
 ペンを構えたアスカは深呼吸をする。
 目の前には、まだ真っ白いスケッチブック。
 緊張で興奮していた気持ちが、穏やかに落ち着いていく。アスカは白い紙にペンを走らせ始めた。
(今の女王は、まさしく蕾。そして、蕾に与える光はジェイダス様と皆さんのメッセージです! ジェイダス様の言葉には人を後押しする力があるから……私はその力となる言葉を女王様に伝えたいんです!!)
 ジェイダスに語りかけるような想いで、アスカはペンを走らせ、絵を描き終えた。
 固く閉じた花の蕾の絵だ。そこには太陽の光が降り注いでいる。
 アスカの絵をしばらく見つめたジェイダスは言った。
「……良いだろう。陛下を励ますメッセージは書かせてもらおう」
「ありがとうございます!」
 アスカは安堵し、便箋を両手で差し出した。この為に、淡い色の薔薇を描かれた美しい便箋を用意してきている。
 メッセージを書き終えると、ジェイダスはアスカに手紙を差し出す。
「これを使節団に渡しなさい。それから、この絵も共に」
「えっ、私の絵も?!」
「そうでなければ意味がない」
 当然のように言うジェイダスの言葉に、アスカは目をぱちくりさせながらも「分かりました」と答える。

 アスカが画廊を辞すると、画廊の主人が少々渋い顔でジェイダスに歩みよった。
「我々の女王陛下へのメッセージです。課題など出さずとも、すぐに書かれてもよかったのでは?」
 ジェイダスは笑った。
「何事も即応が最善だとは限らない。ひとつの美を生み出した事で、陛下のお力によりよく成った。これは、そういう事象だよ」



 アスカに画廊の場所を教えたエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)は、その後、森へと向かった。
 時期は旧シャンバラ宮殿での戦いの前。エリオもまた、その戦いに参加するのだ。
 生真面目な彼はすでに準備は整えていたが、まだ気になる事がある。
「もっと技を磨かないと……」
 槍を操り、鍛錬に励む。
 だいぶ汗を流した頃、聞き覚えのある声がした。
「やはり、こちらにいらっしゃいましたね」
 声の主は、守護天使のクナイ・アヤシ(くない・あやし)。パートナーの清泉 北都(いずみ・ほくと)も一緒だ。二人ともエリオの後輩にあたる。エリオはほほ笑んだ。
「クナイか。……今度こそ、守りたいからな」
 軽く槍を叩く。誰を、というのは聞くまでもないだろう。シャンバラ女王だ。しかし、どちらの女王か……。
 北都は気になっていた事を、エリオに尋ねた。
「女王信仰は、『人』にではなく『力』にある。そうジェイダス校長から話を聞きました。多くの民にとって、『女王』とは『女王の力を持つ者』のことだ。それゆえ――その力を持ち、然るべき徴を示した者は、女王に相応しいに違いないと考える……とも。
 シャンバラ人であるエリオ先輩も同じ事を考えているのでしょうか?」
 エリオは、不安そうに話す北都を優しく見守っていた。
「きっと校長先生は、現在の女王、国家神として国や民を護る事ができる者が、女王たる資格を持つ、と説明してくれたんじゃないかな。
 たとえば、君たちの国でも年老いて職務をこなすのが辛くなった王様が、王子や信頼のおける大臣に王位を譲る事もあると思うけど……王位を譲った元王様は、政(まつりごと)には関わらなくなっても、人々から敬われるんじゃないかな?
 確かに、現代の人々はアムリアナ様のお姿を見る機会もなく、馴染みは薄いのかもしれないけど……」
 クナイはうなずく。
「ええ、そうです。私達はアムリアナ女王様の事は過去の文献でしか知りません。復活してすぐエリュシオンに連れ去られてしまいましたから」
 エリオはにっこりほほ笑んだ。
「でも皆、シャンバラの民であれば、シャンバラを闇龍から救ってくれたのはアムリアナ様だ、と分かっていると思うよ。
 そんなアムリアナ様が認めたアイシャさんなら、きっと次の女王としてシャンバラの為に頑張ってくれる。そう思うから、俺はこの戦いに臨むんだ」
 北都は安堵を感じながら、本題へと話を進める。
「僕も、ジークリンデさんである時からの面識は少ないけれど、それでもこの世界の為に戦って来たのは知っているし、例え力をアイシャさんに譲ったとしても、生きてこの世界を見守っていて欲しいと思っています。
 でも、エリオ先輩にとってはアムリアナ女王様が全てだったと聞いています。ルドルフ先輩と契約してからずっと、また仕える様に。今度こそ守れるようにと日々鍛錬しているのも知っています。
 力にも色々あります。今、『女王様を想う力』が欲しいのです。
 アムリアナ女王を元気付ける為に、是非お言葉をお願いします」
 北都は購買で買ってきた色紙とペンを差し出して、ぺこりと頭を下げる。
 エリオは驚いた顔になり、それはためらいに変わる。
「しかし……俺が書いていいのかな? かつて女王様を守れなかった俺が」
 クナイは首を振った。
「エリオ先輩は女王様の為に戦ってきたお方。女王様の素晴らしさを知っています。
 このメッセージは女王様を想う気持ちが強ければ強いほど良いのです。ですから、私達よりもエリオ先輩の気持ちをこの色紙に込めて頂きたいのです。
 よろしくお願い致します。シャンバラの未来の為にも」
 ようやくエリオは「そういう事なら」と色紙を手に取る。もともと女王への想いは篤い。書き出せば、筆は走る。
 エリオから書き上げた色紙を受け取ると、北都は言った。
「僕は昔の女王様の事を良く知りません。ですから、事が終わりましたら、昔の話をお聞きしたいと思います。薔薇園で紅茶と共に、ね。
 もちろん、女王様の無事が確認されてからになるけれど」
「ああ、その時を……楽しみにしてるよ」
 エリオはふたたび槍を握り、鍛錬を再開させた。