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リアクション
「……そうですか。分かりました、私も向かいます。
ええ、準備は手抜かりなく、ですよ」
リカインからの連絡を切り、明日香が睨み合いを続ける二人の間に割って入る。
「エリザベートちゃん、紅白歌合戦に出てみませんか?」
「……は? 私がですかぁ?」
ポカーンとするエリザベートへ、明日香が言葉を重ねる。
「生徒に迷惑かけるしょうがない環菜さんに比べて、場を盛り上げる役割もこなし可愛さも上のエリザベートちゃんは流石です。
エリザベートちゃんならきっと、ステージに立っても注目の的ですよ」
「そ、そうですよねぇ! カンナより私の方が上なんですぅ!」
褒められてすっかり有頂天のエリザベートが、あっさりと明日香の申し出を承諾する。
「環菜さんも、モノマネ番組みたいにドッキリで出てみます?」
「……遠慮しておくわ。とてもステージに立てるような気分じゃないし」
何かを考えているのだろうけど、腹の読めない表情の明日香に、環菜が素っ気無く答える。ひとまず、一触即発の事態は解消されたのだから、これ以上何かを言う必要はない、そんな態度であった。
「じゃ、行きましょうか、エリザベートちゃん」
「はいですぅ!」
そして二人、連れ立ってステージの方へと向かっていく。しばらくの後、今度は環菜がミーミルに振り向いて口を開く。
「……ごめんなさい、一つ、頼みを聞いてもらっていいかしら」
「はい、なんでしょう?」
「……私を、陽太……さっきステージで歌った人の所まで連れていってほしいの」
どこか恥ずかしげに、視線をそらして言う環菜へ、ミーミルが微笑んで頷く。
「分かりました、では、失礼しますね」
そう言って、ミーミルが環菜をひょい、と抱き上げる。
「……で、どうして私が、その、お姫様抱っこをされてるわけ? かなり恥ずかしいのだけど」
「あ、ごめんなさい。よくお母さんやイルミンスールの皆さんをこうして運んでましたから」
「……いいわ。さっきあれだけ恥ずかしい思いして、今更どうこう言うのもね。それじゃ、お願い」
「はい♪」
明日香の案内で控え室に到着したエリザベートが中に入ると、そこには先客がいた。
「か、カンナ! どうしてあなたがここにいるですかぁ!」
エリザベートが指差す人物は、確かに御神楽環菜……に見えたのだが。
「エリザベートちゃん、彼女はリカインさんです」
「明日香君の言う通りよ。エリザベート君を騙せるってことは、私の変装も堂に入っているのかな?」
そう告げる環菜(リカイン)、声を聞けば違いが分かるには分かるだろうが、それにしても似ている。
「あなたがカンナじゃないのは分かりましたけどぉ、その格好で何をするつもりですかぁ?」
「エリザベートちゃんとリカインさんで一緒にステージに立つんです」
「? どうしてですかぁ?」
「うまく説明出来るか分からないけど……」
と前置きをして、リカインが事情を説明する。環菜とエリザベート、二人の仲が悪いのを見かねたリカインが、仲直りしてもらいたいと思いつつ直接言っても効果が見込めないと判断し、容姿が似ている自分がエリザベートと出ることで、環菜に少しでも何かを感じてもらえたらいい、という内容であった。
「仲良くしろとまでは言わない、だけど、せめてケンカはしないでほしいの」
リカインの言葉に、しかし、エリザベートが言った言葉は。
「どうしてケンカをしちゃダメなんですかぁ?」
「どうして、って。そりゃダメでしょ、ケンカばっかりしてたら仲良くなんて出来ないし」
「どうしてですかぁ? ケンカをすることがどうして、仲悪くなることにつながるんですかぁ?
あなたの言う仲良くとは、いつもニコニコして、いい子にしてろってことなんですかぁ!?」
段々と、エリザベートの語気が荒くなる。
「そんなのは仲が良いなんて言いませぇん! 愛想笑いなんていりませんよぅ!!」
「あ、愛想笑いとかじゃなくて、私はただケンカをしないでって――」
「また言ったですぅ! みんなみんなそう言うです。ケンカをしないで、仲良くしなさいって。
でも、ケンカをしないで、どうして仲良く出来るですか!!」
リカインの言葉を遮って、エリザベートがわめき散らす。明日香は状況が致命的に悪くなるまで、静観するつもりでいた。
――それに、多分何人か、増えると思いますしね――。
「お母さんっ!?」
果たして明日香の予想通りか、ミーミルが扉を開けて中に入ってくる。後ろには環菜と、環菜に付き従う陽太の姿があった。
「……ちびーーー!!」
ミーミルの姿を認めて、エリザベートが飛ぶようにミーミルにしがみつく。何が起きたのか分からないながらも、ミーミルはエリザベートを抱き上げ、背中の羽で包み込む。
「……何があったのか、聞かせてもらえるかしら?」
環菜の瞳が鋭く、リカインを射抜く。校長という肩書きは取れてもなお威厳を感じさせる立ち振る舞いに、やがてゆっくりとリカインが事の次第を説明する。
「……そう」
それだけ頷いて、環菜が沈黙に耽る。おそらく頭は、次に紡ぐ言葉を考えるためにフル回転していることだろう。
「仲が良い状態とは、どういう状態を指すと思う?」
やがて、環菜が口にする。答えが出てこないのを見計らった上で、次の言葉を紡ぐ。
「じゃあ、仲が悪い状態は、どういう状態を指すと思う?」
「それは、ケンカばっかりしてる状態でしょ?」
「そうね、そうかもしれない。
……だけど、その逆、喧嘩をしない状態が、仲が良い状態とは限らないんじゃないかしら」
環菜はその類まれな才能と、ルミーナという存在を得、経済界を牛耳った。
やがて彼女の周りには多くの人が顔を出すようになる。金の集まるところには人が集まるものである。
そしてその誰もが、笑顔を浮かべる。そこに争い事はない。
でも、それは仲が良い状態とは言わない。
「だから、喧嘩ばかりしている状態が、仲が悪い状態とは限らない。
良い悪いで言うから変に捉えるけど、喧嘩をするということは、仲が“ある”ということ。人間関係、と言い換えてもいいわね。
そして、喧嘩をしない状態には、人間関係が“ない”状態があると思うわ」
好きの反対が嫌いではなく、どうでもいい、であるように。
人間関係のありなしで言うなら、喧嘩をしている状態は人間関係がある状態である可能性があり、喧嘩をしていない状態は人間関係がない状態である可能性がある。
「エリザベートも、私の憶測だけど、周りから距離を置かれて育ってきたんでしょ。
世界樹と契約できるほどの魔術の才能を秘めているのだもの」
環菜とエリザベート、外見も性格もまったく違う二人だが、類まれな才能があるばかりに周りから疎まれる(一度殺されている環菜を見れば、どれほど疎まれるかの想像がつく)点では、共通していた。
「……私はね、エリザベートと仲が悪いなんて思ってないわ。もちろん、仲がないとも思ってない。
……仲が良いとも思ってないけどね」
そして、環菜が言った言葉に、リカインが反論する。
「でも、環菜君はイルミンスールの母体に経済的制裁を加えたって」
「あれは、全て私の意思じゃないわ。私の意思がないとも言わないけど。
それは立場上、仕方ない部分もある。……エリザベートは、私がやったと思ってるんでしょうけどね」
「……私だってちょっとは学びましたぁ。いつまでも子供扱いしないでほしいですぅ」
ミーミルから顔を上げ、エリザベートが頬を膨らませて抗議する。
「そうだとしても、二人の行為は余りあるわよ。どう見たって仲が悪いようにしか見えない」
なおも食い下がるリカイン。それに環菜は、ばつが悪そうな顔をして答える。
「最初は、面倒だと思ったわ。こっちの都合お構いなしに勝負だの何だのって、何度気を散らされたことか。
今でもあまり変わらないけど、でも……いつからか、それを楽しんでいる自分がいることに気付いたわ。
キツイこと言っても、素っ気ない態度取っても、次の日にはまるで忘れたかのように構ってくる人なんて、エリザベートが初めてだもの」
まあ、今では他にもいるけどね、と小声で付け足す環菜。
「……私も最初は、カンナなんてコテンパンにしてやるですぅ、あんなヤツには負けませんですぅ、でしたよぅ。
今でも負けるつもりはないですよぅ? ……でも、私もなんだか楽しくなってましたぁ。
嫌そうな顔してる割にノリよく遊んでくれますし、ケンカもできるですぅ。そんな人はカンナが初めてですぅ」
今では他にもいますけどねぇ、と小声で付け足すエリザベート。
「……何、つまり二人は元から仲が良かったってことなの?」
「違うわ、仲が良い時も、悪い時もある。仲が“ある”のよ」
縁、と置き換えてもいいのでしょうけどね」
リカインに振り向いて言った環菜が、しかし次の瞬間、ぐらりと身体をふらつかせる。
「環菜!」
咄嗟に陽太が環菜を支え、環菜が小声でありがとう、と告げる。
「……そうね、誤解させてしまったことに関しては、謝るわ。ごめんなさい。
その上で頼むのもおこがましいのだけど、あなた、エリザベートと歌合戦、出てくれないかしら」
病み上がりで疲れたのか、休み休み、環菜が理由を語る。元西シャンバラの蒼空学園と、元東シャンバラ(途中で西に帰属したが)のイルミンスール魔法学校の校長が同じステージに立つことは、シャンバラが統一されたことを強く印象付けるだろう、と。
「本当は私がステージに立っても良かったんだけどね。彼だって立ったんだし……。
だけど、この調子じゃあ、ね」
「……分かりましたよぅ。今回だけは特別に、貸しなしで請け負ってやるですぅ」
「そう、ありがとう」
「……改まって礼を言うなですぅ。どうしていいか分からなくなりますよぅ」
弱々しく微笑む環菜に、ぷい、とそっぽを向いてエリザベートが答える。
「……やってくれるかしら?」
「……最初にやるって言い出したのは私だしね。二人が仲悪くないって言うなら、その方がいいのは私も同じだし」
リカインも協力姿勢を示し、ようやく話がまとまる。
「さあエリザベートちゃん、お着替えしましょうね〜♪」
「あ、アスカぁ、一人で着替えられますってばぁ」
肩にかけていたバッグから、明日香がふりふりのアイドルコスチュームを取り出し、衣装合わせを行う。抵抗しつつも、エリザベートが明日香の言う通りに準備を整えられていく――。
「さあ、次の出場者は……」
事前にエントリーの変更があったことを告げられたエレンが、その割り込む形で入ってきた出場者の名前を見てしばし固まり、コホン、と呼吸を整えてその出場者を紹介する。
「蒼空学園の元校長、御神楽環菜様と、イルミンスール魔法学校の一応校長、エリザベート・ワルプルギス様のデュエットです!
それでは、どうぞ!」
瞬間、会場がどよめく。ライバル校同士と言っていい二校の、権力者が同じステージに立つという事態に、会場が大きく揺れた。
「一応、じゃないですぅ! ちゃんとした校長ですよぅ!」
「でも、アーデルハイトく……様の方が校長っぽいわよね」
「ヒドイですぅ!」
そんなやり取りを交わしつつ、曲に合わせて二人が声を響かせる。事前に何の合わせもしていない二人の歌は、お世辞にも上手いとは言い難い。
だが何よりも、二人が同時にこの場に立っていることが、大きな意味があった。曲を聞き、ステージを目の当たりにしたシャンバラの民は、真の意味でシャンバラが統一されたことを実感したことだろう。
「キャー、エリザベートちゃーん!!」
エリザベートの衣装合わせを済ませた明日香は、ここに来る時に一緒したニーズヘッグや未憂、唯乃たちと一緒に観賞していた。
「アレ、蒼空学園の方はニセモノなんでしょ?」
「そうみたいですね。でも、とってもそっくりです」
「なにやってんだよアイツら……」
感想を呟く唯乃と未憂、そして、嘆くニーズヘッグの下へ、セオドアがやって来て、出番の旨を告げる。
「終夏さんとのステージですね? 私、楽しみにしています」
「たのしみたのしみー」
「……うん……たのしみ」
「た、楽しみにしてんじゃねぇ! そこの餅でも詰まらせて目ぇ回してろ!」
爛々と目を輝かせる未憂やリン、プリム、それに唯乃や明日香(送り出しつつも、視線はずっとエリザベートの方を向いていた)に見送られ、ニーズヘッグとセオドアは終夏が待つ控え室へと向かっていく。
そこへ、二人のステージが終わり、審査員たちが審査の結果を発表する。
涼司:10
鋭峰:10
コリマ:10
アーデルハイト:5
ハイナ:10
静香:10
合計:55
「おまえたち、校長だからといって加減せんでいいぞ、容赦なく付けろ……ガフッ!!」
空気を読んで他の校長ズが10点を付ける中、一人真っ当に採点したアーデルハイトが、上空から降ってきたみかんの直撃を食らう。
涼司:10
鋭峰:10
コリマ:10
アーデルハイト:10
ハイナ:10
静香:10
合計:60
温かな拍手と共に、環菜(リカイン)とエリザベートがステージを後にする――。
「私は席に戻ってるわ。いつまでも部外者がいるのも、失礼でしょうし」
ステージを見届け、もう一度ミーミルに抱えられてその場を後にしようとした環菜が、陽太を呼び寄せ耳元で呟く。
「歌合戦が終わったら、少し、時間をくれる?」
「え、あ、は、はい!」
頷く陽太に微笑んで、環菜とミーミルが今度こそその場を後にする――。