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リアクション
chapter.8 晴明と宗吾(2)
「何か来る……!」
頂点へと近づいていた晴明たちは、自分たちに向かってくる邪悪な気配を察し、すぐに身構えた。
「あれは!?」
護衛をしていた永谷、巽が少し先に、人影を見た。たったひとつだけのその影は、真っ直ぐこちらに走ってくる。自分たちの近くまで来て、その人物が刀を振り回していることに一同は気付いた。宗吾だった。
「……宗吾」
晴明が苦虫を噛み潰すような表情で、呟いた。
一目見て、晴明は直感した。
――ああ、宗吾は、ついにおかしくなってしまった、と。
晴明はとても悲しい気持ちになった。おそらく自分が今まで一番長く過ごしてきたであろう人の、変わり果てた姿にどう対応して良いのか、決めかねていた。
「……やるしか、ないのかよ」
晴明は懐から式神に使うための紙を取り出した。が、それを押しとどめたのは巽だった。彼は晴明と宗吾の間を塞ぐように立ちはだかると、後ろにいる晴明へと告げた。
「陰陽術師が前衛無しで戦うのは、さすがに無理があるでしょう?」
気を遣ったのだろうか。あるいは額面通りか。口を開こうとする晴明だったが、それよりも先に巽は自分の言葉を足した。
「適材適所ってヤツだ。さあ行くぞ! 変身!!」
言って、巽が変身ベルトを装着する。瞬間、巽から仮面ツァンダーへと姿を変えていた。眼前まで迫っている宗吾への威嚇か開放感からか、巽は一際大きな声で叫ぶ。
「月面、キターーーー!!」
「お、おいっ、目の前っ!」
後ろにいた晴明が慌てて前を指さす。宗吾は、もう巽を間合いに入れていた。
「やーくん! やーくん! おまえ、やーくんじゃない! 邪魔!!」
「ここの邪魔をするのが我の役目だ! 食らえ!」
宗吾にワイヤークローを向けた巽は、そのまま宗吾の刀を持っている方の腕に縄を巻きつけ、攻撃を防ぐと同時に捕縛を試みる。
「っ!?」
が、宗吾の尋常ではない力によって巽は、逆にぐいと引き寄せられ、宙に浮かされた。
「体勢を崩すつもりが崩されるとは……しかし、ヒーローはこれで終わらんっ! ロケットドリル宇宙パーンチ!」
装着していたロケットドリルのブースターを起動させ体の向きをぐるりと戻すと、そのまま巽は戦闘用ドリルで宗吾を仕留めようとする。
「おおおうあああ! ああ! 邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!!」
ドリルの先端は、見事に宗吾の肩へと命中した。が、もはや自身の体についた傷すら関心がないのか、宗吾は流れ出る血などまったく気にも留めず、刀で横一文字を描いた。
「ぐうっ……!」
鮮血が飛び散り、バランスを崩した巽はそのまま背中から地面に倒れた。それに見向きもせず、宗吾は晴明に向かって一歩、一歩と歩みを進める。
「ふへへへ、やーくん、やーくんだ」
「宗吾……!」
晴明の手が震えた。宗吾は刀についた血を払い、切っ先を天にかざす。しかし、彼が刀を振り下ろすよりも、晴明が紙を式神化させるよりも早く、両者の間に割って入ったのは玄秀だった。
「邪魔なのは、お前だ!」
最初は、声だけが聞こえた。
直後、どこからともなく現れた剣が宗吾の足元に突き刺さり、いくつもの光弾が宗吾を取り囲む。
「お、ああ?」
その光弾は結界を成し、四方を囲まれた宗吾は戸惑いの声を漏らした。そこで初めて、玄秀が宗吾の背後から姿を現す。どうやら彼は、姿を隠し死角に潜むことで、機を窺っていたようだ。
「お前は……」
玄秀の姿を認めた晴明が声を上げる。彼とて忘れてはいない。地下城で、自分に一対一の勝負を挑んできた目の前の男のことを。
「また懲りずに来たのか……」
「あれで勝ったと思うな晴明!」
鼻息を荒くする玄秀のそばでは、宗吾が結界から出ようともがいている。しかし下手に動いた分だけ光弾は彼の皮膚を焦がし、傷を与えていく。
「おおお、おおううああ!」
「うるさいっ!」
呻き声をあげ、それでも出ようとする宗吾を怒鳴りつけ、玄秀は決意を言葉にした。
「お前の役目は終わりだ。晴明は僕が倒す。邪魔はさせない」
そして彼と戦うべく、距離を縮める玄秀。が、晴明を守ろうとしていたのは巽だけではなかった。
「晴明さんに、近づかないでくれる?」
玄秀の前進を妨害したのは、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)だった。晴明の弟子候補である彼女は、彼に危害が及ばぬよう、常に彼のそばに控えていた。両隣にゴーレムとフォトンドラゴンを従え、迎撃の構えを取っている。
「姉貴……姉貴がそこまでして守るんなら、僕も守るッスよ!」
さらに、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)もそこに加わり勇ましいセリフを口にした。内心サンドラが晴明にべったりなことに対しヘソを曲げてはいたが、それでもサンドラ、そしてその師匠を守るという意志だけはぶれないままだった。
「晴明君、地下城の時はじろじろ観察してごめんね。今回はちゃんとバックアップするから、あの時のことは水に流してくれるかな」
今にも玄秀に突撃しそうなアレックスと守りを固めているサンドラのすぐ後ろでは、彼らの契約者、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が晴明に話しかけていた。
「いや……まあ、別に気にしてないけどよ」
当時不審に思っていたことを思い出すと、晴明は歯切れの良くない返答をした。リカインはそれでも充分と取ったのか、小さく笑うと前にいるふたりに激励を送った。
「晴明君を、頑張って守ろうか」
それを受け、玄秀に向かって飛び出すアレックス。が、その突進はすぐに止まった。
「……!」
アレックスが突進を止めた理由。それは玄秀が、衝突寸前で悪魔の式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)を召喚したからだった。颶風傘を手にした広目天王は、その冷たい瞳で晴明の周囲にいる者たちを睨んでいた。
その広目天王に気を取られた隙に、もうひとりのパートナー、ティアンがオートガードとオートバリアを連続して発動し、玄秀の防御力を高める。玄秀の戦闘準備が万全になったところで、ティアンは言い放った。
「シュウの邪魔は……させない。あくまで邪魔をすると言うのなら、私が倒すわ」
言い終えると同時に、ティアンはサンドラへと攻撃を仕掛ける。その直後、玄秀がファイアストームを晴明たちに向けて放った。
「広目天!」
「承知した」
玄秀に名を呼ばれた広目天王は持っていた颶風傘で玄秀の炎を煽り、威力を増大させる。炎の嵐が巻き起こり、一ヶ所に固まっていた晴明らはまとめてその餌食になる……と思いきや、すんでのところで助けが入った。
「危ないところでしたねぇ」
炎から晴明たちを守ったのは、釣り竿の糸から刃物状に伸びた氷の結界だった。竿の主は、リカインのもうひとりのパートナー、またたび 明日風(またたび・あすか)である。明日風はふう、と一息吐いてから、晴明たちに話しかけた。
「月に行ける、なんて聞いたもんですから、これ幸いと着いて来たら……まるで戦場、歩くのもままならない始末。あっしは驚きましたよ」
「……私は、来てないと思ってたのについてきてたことに驚いてるけどね」
どうやらリカインも明日風が来ていたのを知らなかったようだ。そんなリカインに視線を送ると、明日風はのんびりした口調でこう告げた。
「面倒は御免こうむりたいところですが、こんな状況になったら帰るに帰れませんしねぇ。あっしも、やれるだけやってみますよ」
言って、明日風は玄秀たちに向き直る。攻撃を防がれ、邪魔をされた玄秀たちにとっては良からぬ乱入者だった。
「広目天、今すぐどかせるんだ」
玄秀が怒りを孕んだ声で命を下す。広目天は頷くと、もう一度颶風傘を構えた。
「主を支えるのが我が勤め。いざ参る!」
玄秀を晴明と戦わせるべく、またリカインたちは晴明を守るべく、互いのパートナーすべてを交え総力戦へと突入した。数の上ではリカインとアレックス、サンドラ、明日風の方が優勢と思われたが、ティアンと広目天王の玄秀への忠実さが力を漲らせ、互角の勝負を繰り広げていた。
宗吾は玄秀の結界で動きを封じているものの、いつまでも閉じ込めておけるとは限らない。晴明らにも、玄秀らにも時間は多く残されていなかった。
「今しかないな……!」
パートナーたちが護衛と戦っている間に、晴明との一騎打ちを果たそうとする玄秀。しかしまだ彼の周りには、永谷など護衛の生徒が控えている。玄秀が軽く舌打ちをした時だった。
そこに、もうひとりの悪魔が姿を現した。
「やあ、月もなかなか良いところだね」
突如出現したその人物は、椋のパートナー、浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)であった。銀髪をなびかせながら、クロケルは玄秀のそばへふわりと羽を下ろした。
「少年が雇ったのは君かい? 大変そうだから、お手伝いしてあげようじゃないか」
妖しい笑みを浮かべて言うクロケルに、玄秀はぶっきらぼうに答えた。
「晴明と一対一で戦えるなら、鬼でも悪魔でも構わない」
その言葉を聞き、クロケルは再び宙を舞い、永谷を中心とした晴明の周りにいる生徒たちを無差別に攻撃し始める。
「……!」
生徒たちがクロケルに意識を向けざるを得なくなり、玄秀はその隙間を縫うように晴明へと辿り着いた。
「ようやく戦えるな、晴明!」
倒す気満々の彼とは対照的に、晴明は玄秀を打ち倒すことにあまり意欲を見せなかった。玄秀にとっては因縁の相手でも、晴明にとっては以前絡まれた相手に再度絡まれたというだけの話であったこと、さらにすぐ近くに宗吾の姿があったことが、彼をそうさせたのだろう。
「どこを見ている?」
そんな彼の様子に気付いた玄秀が、晴明を煽る。彼は晴明の性格と性質に狙いをつけた。
「そういえば、晴明、お前はきれい好きだったな」
「……それがどうした」
「別に。ただ、残念だったなと思っただけだ」
玄秀のはっきりしない物言いに晴明が眉を潜めていると、彼は威勢良く晴明に言葉をぶつけた。
「まだ分からないか晴明。その名を継いでいる限り、貴様はきれいになんかなれないってことだ。晴明でいるということは、六十代に渡る栄華も怨念も……すべて受け継ぐということだっ!!」
言うと同時、玄秀は目の前に九曜の魔法光陣を描いた。そこに、持てる限りの魔力を注ぎこむ。バチバチと雷が玄秀の周りを覆い始め、それはやがて魔法光陣に収束していった。
「お前がこれまでの何を知っているかなんて知らないけど、俺を待ってるヤツがいるんだ。これ以上付き合ってられないからな!」
眼前で光量を強めていく雷の束に対し、晴明は式神を出現させた。目の前の強大な技に対抗するには、最初から全力でいかなければ危うい。そう感じていた晴明が出したのは、彼が単体で発動する技の中で最も強力な式神、「圧倒的な肯定(バイ・オール・ミーンズ)」だ。共に大技であることを悟った両者は、合わせたかのようにごくりと喉を鳴らす。先に繰り出したのは、玄秀だった。
「食らえ晴明! 九曜召雷陣!」
玄秀の描いた魔法光陣から、太い束となった雷が溢れ晴明に襲いかかる。それを迎え撃つのは、彼の式神である。
「バイ・オール・ミーンズ!!」
直後、両者の間で互いの技が弾け、空間が破裂する。眩い光が辺りを埋め、ふたりの姿を隠した。
数秒、いや、数十秒ほどだろうか。
光が収まった時、そこに立っていたのは晴明であった。対する玄秀はと言うと、地面に膝をつき息を乱していた。それを見たティアンと広目天王は、リカインたちの相手をすぐに止め、彼の元へ駆け寄った。
「玄秀様、ここは後退を……」
玄秀の返事を聞く前に、広目天王は煙幕を取り出し、撤退の動きを見せる。玄秀は「まだ決着がついていない」とこの場から去ることを拒んでいたが、玄秀を守ろうとするパートナーたちを振りほどき、再び戦うほどの力は残っていなかった。
「くっ……晴明……!」
恨みを込めた声を振り絞るように出すと、そのまま玄秀はティアンと広目天王に連れられ煙の奥へ姿を消した。
後に残ったのは、結界が解かれた宗吾であった。
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