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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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第一章 W竜

 山があれば谷がある………………果たしてそうだろうか。
 山と山が脈々と連なっているような地であればそれは容易に当てはまろう。しかし一脈だけで成る山に関していうならば果たしてそれは……そうだろうか。
 否、調べてみればすぐに分かる、谷の定義とは山と山の間に挟まれた場所をさすものである。一脈だけの山に『谷』なるものが存在するはずはないのである。
 ――ならば………………あれはどう言うべきかのう。
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)は首をわずかに傾けた。そうしてから桿の握り直し、ゆっくりと手前へと引いていった。
 『小型飛空艇オイレ』が上昇してゆくにつれてそれらの全景が見えてきた。登りの山肌が突如に途切れたその先に、巨大な拓穴が口を開けている。縦に大きく開いたその中央には一本の橋が架かっているように見えていた。
「見えたぜ、断頭の一本道だ」
 ――ふむ。………………そうだろうのう。
 ジバルラが言った言葉に、アストレイアはそう思うだけにして返した。
 見下ろし見える彼の後頭部にそう言ってやることまではしなかった。だってそれは彼が言うよりも前から、ずっと前から見えていたのだから。
 ジバルラの相棒さがし、ここではその候補というべきなのだろうか、左腕と左翼を失った竜に会うべく彼に帯同した生徒たちは各々に空飛ぶ手段を有していた、ただ彼一人を除いてみな空を飛びて山肌を登っていたのだった。
「我の竜をお貸ししよう」といったコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)ジバルラは「他人の背になんか乗れるか」と一蹴して退けた。
 時間がないと言ったのは誰だコノヤロウと誰かが毒づくよりも前に、彼は山道ではなく山肌をノシノシと登り始めていた。
「ちょっと! 何でそんな所から登るのよ!」
 皆を率いていたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が彼に言ったが、彼は「道なんざ、どうせすぐに見えなくなるんだ。こっちのが分かりやすいだろうが」と吐き捨てたのだった。
 確かに今は見えている道肌にも砂は被っている、辛うじて見えるといった程度だろうか。彼の言う通りこの先の道が埋もれてしまっているということは十分に有り得るだろう。しかし、砂が被っているのは山肌だって同じことだ。
「分かりやすいとかじゃなくて! 危ないでしょ!」
「山に安全な場所なんか無ぇんだよ! どこを行こうが同じだ」
「そんな訳ないでしょ! 道が砂に埋もれてたって、少なくても山肌を行くよりはずっと安全よ!」
「あの…… フリューネ…… 落ち着こう…… ねっ、落ち着こう?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が彼女に添い寄った。カナンに来てからの彼女はどうも焦っているように見えてならない、今だって…… 以前ならこんなに簡単に取り乱すことなんてなかったのに。
 フリューネジバルラ。一匹狼が互いに振り回しあっているということなのだろうか。
 彼女の傍でリネンがそんな事を思っている間にも、ジバルラは山肌を登り行き始めていた。
「滑り落ちても知らないわよ」
「けっ、テメェ等と一緒にすんじゃねぇ」
 そんなやり取りの果てが今に至っているわけで。
 ここでもう一度言っておこう、彼に帯同した生徒たちは各々に空飛ぶ手段を有している、故に、足鎧の爪先を山肌に刺しながらに登り行くジバルラを見下ろしながらに追っていた。
 彼よりもずっと高い場所を行っていただけに『不自然な谷間』もそこに架かる『一本道』の片端も、彼が言うよりも前から見えていたのである。
「それで? 肝心の竜はどこにおるのじゃ?」
 アストレイアの問いにジバルラは顎で谷の先を示した。
 皆は一度、地に降りて彼と同じ高さから視線を向けた。一本道を渡った先、岩盤から生えた末広がりな岩の高台のその先端に灰色の巨体が寝そべっているのが見えた。左腕は見えなかったが、確かに翼は右部だけしか有していないようだった。
「なるほど。大きいな」
「ん〜〜〜〜〜。そうじゃのう」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が『空飛ぶ箒』を地に突き立てたのに対し、ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)は丸めた唇にキセルを突き立てた。
「風渦の精とやらは―――あれか」
「ぅん〜〜〜。ふぅ〜〜〜〜〜」
 どうにもこうにも重そうな声で、ロゼは細く息を吐き出した。谷底を見ようともしないロゼリリが吐いたは溜め息だった。
「まったく、これからだという時に。シャキっとせぬか」
「わらわは疲れたのじゃ。山を登るはもう、こりごりじゃ」
「登ったのは―――というかこの場合は『飛んだ』になるのか……? まぁ、どちらにせよ、お主はずっとヴァンドールの背に乗っていただけでであろうに」
「そうだったでおじゃるか? そうだったかも知れぬ、そのわりには体はどうにも重いのじゃが?」
 なぜじゃと言わんばかりの顔で言ってきた。そんな事を訊かれても。
 ララ サーズデイ(らら・さーずでい)の相棒『ワイルドペガサス(名をヴァンドール)』の背に乗りてロゼは登頂に到っていた。ただ座っていただけであろうに。「同じ姿勢で長いこと居たからではないか?」とでも応えろと言うのだろうか。
「それにあれじゃろう? 一本道など渡らんでも、ララがヴァンドールでひとっ飛びすれば済むのじゃろう?」
「ちょっ、ロゼ…… そんなぞんざいな……」
「なんじゃ? 自信がないのか? フリューネのエネフにも負けぬと言っていたでおじゃろう?」
「もっ、もちろんだ! 行くぞフリューネ!」
「えっ! 何? 私?」
 知らぬ所で展開していた。気付けば勝手に放り込まれていたフリューネはキョロキョロと頬を泳がせた後にロゼの言葉を思い返すに至っていた。
「エネフ? 負けない、って?」
「ふっ、私のヴァンドールの方が優れているという事をここで証明するのさ。見たまえ、この美しき毛並みと野生種の持つ逞しさが共存した奇跡の肢体を」
「え…… えぇ、そうね。確かに良いハリをしてる」
「そうだろう。しかし! 美しいだけではないぞ! 強さを兼ね備えたヴァンドールの雄志をとくと見るがよい」
 行くぞ! の声につられてフリューネエネフ『ペガサス』に跳び乗ろうとした所で、
「待って」
 とリネン・エルフト(りねん・えるふと)が彼女の腕を掴み止めた。
「……私たちが行くから。フリューネは…… ここで待ってて」
「えっ? でも……」
 ジバルラといる時は―――ううん、カナンに来てからの彼女はずっと気負っているようだから。少しでも負担を減らす為にも、ここは自分たちだけで切り抜けてみせる。
「大丈夫、みんなが居るから」
 パートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)もこれに同意した。彼女は既にジバルラに並び立って道先を見つめていた。
「もう行って良いみたいだぜ」
 彼に言ったが、彼は鼻を鳴らしてから「テメェ等を待ってたみたいな言い方すんじゃねぇ」と言い捨てた。
「そうかい。ま、とにかく」
 ――同郷のよしみだ、最後まで面倒見てやる。
「一気に行こうか!!」
「テメェが仕切るんじゃねぇ!!」
 フェイミィジバルラを先頭に、『断頭の一本道』攻略に名乗りをあげた面々が飛び出していった。
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