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目からビーム出そうぜ! ビームだよビーム!

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第2章


「わっ!!」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は突然の暗がりで躓いた。
 場所はツァンダの自室である。その夜はパートナーの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がコハクの買った新しいゲームをやりたいと言うので、二人で遊んでいたのだが。
 ついつい熱中して夜10時過ぎまで遊んでしまったのは、珍しいことだった。
 そんな折、突然の停電に慌てたコハクは、立ち上がって何らかの行動を起こそうとした矢先、同じように立ち上がった美羽ともつれあい、二人で倒れこんでしまった、というわけだ。


 とまあ、そんなこんなでベッドの上に美羽を押し倒したコハク、という図式が完成したのである。


「あ……コハク……?」
 もとより確定した恋人同士というわけではないものの、内心では想い合っている二人。
 ただ、互いの純情さがアダとなって決定的に事態が進行することは今までなかった。
 しかしそこは若い男女のこと、きっかけがあればどこで一線を越えるとも限らない。
「……美和……」
 今までにもこういう状況はあった。だが、それはあくまで事件や魔法の暴走など他人の介入や強制力が働いてのことで、自然発生的に起こったものではない。
 でも今日のアクシデントはただの停電。意地になって回避するものでも、誰かが騒ぎを起こしているものでもない。
「……ん……」
 そもそも、互いに想い合っていながら進展が見られない男女がベッドの上で折り重なって長時間何もせずにいられるものであろうか。
「……やん……そんなとこ……」
 沈黙や緊張感に耐え切れなくなったコハクの手が、押し倒した時に触れたままの美羽の太ももを撫でた。
 美羽も一応、抵抗の言葉を口にするものの、添えられた手にはまったく力が入っていない。


 ところで皆さん。大規模停電の後には出生率が上がる、という都市伝説をご存知でしょうか。


「美羽……」
「コハクぅ……」
 二人の吐息が重なる。次第に目も慣れてきた。互いの表情まで確認できるほど接近した二つのシルエットはやがてひとつに――。


 「邪魔するぞ、コハクーーーッ!!!」


 と、そこに突然カメリアが登場した。
 入ってきた場所は窓である。
「カ、カカカメリアっ!?」
 いい雰囲気ではあったものの、突然の乱入者に顔を赤くして離れる二人。
「いやぁ、あやつを追っかけておったらすっかり見失ってしもうたわ。気付いたらこの辺にコハクの住まいがあった筈じゃと思うての」
 と、本当にまったくこれっぽちも一切合財の空気を読まずに、カメリアはズカズカと部屋に上がりこんできた。
「え、何が? どうして? 何で?」
 ひたすらに混乱する美羽とコハクを見比べて、カメリアは呟いた。

「ああ。子作りの最中じゃったか。これはすまんことをしたが今は非常事態なのじゃ、いいかまずはこのクリスタルを――」


「こ、子作りなんかしてなーーーいっ!!」


 夜の街に、美羽とコハクの叫び声が、仲良く響き渡った。


                    ☆


「情熱クリスタル……、ああなんというすばらしい響き!!」
  ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)林田 樹(はやしだ・いつき)に向かってそう切り出した。
「情熱……ねぇ」
 樹は一人、盛り上がるジーナをよそに周囲の状況を伺っている。
 たまたまツァンダを訪れていた樹とジーナ、そして緒方 章(おがた・あきら)はご多分に漏れず停電に巻き込まれていた。
 ジーナは停電直後から情報収集をし、パラミタ電気クラゲと停電の関係、そして打開策としての情熱クリスタルの存在を突き止めたのである。
「なるほど、この情熱クリスタルを使って内なる情熱を燃やし、目から出るというビームであのクラゲを殲滅しようというわけだね!」
 と、章はジーナに調子を合わせる。ジーナもそれに応えた。
「そうなのですわあんころ餅!! ですがこのクリスタルは情熱を燃やし続けると精魂尽き果ててしまうという諸刃の剣!!」
 やや芝居がかった様子で、ジーナは暗い表情を作る。
「そうなのか、それではどうにかして情熱を長時間維持できるようにしなければいけないな!」
 ジーナの意見を補足する章に、樹は違和感を覚えた。

 日ごろは樹をめぐって口喧嘩が絶えない二人。ここまで意見が合うというか、スムーズに会話が進むのは珍しい。
「おい、いったい何を――」
 樹が二人に真意を問い正そうとした時。

「というわけでここに簡易更衣室をご用意いたしましたわ樹様ーーーっ!!!」
「なるほど、これで僕たちの情熱が長続きするような格好を樹ちゃんにしてもらおうってワケだね!!!」

「――え?」
 あまりの理論の飛躍に樹の脳が活動を停止している間に、章はジーナが用意した簡易更衣室に樹を連れ込んだ。

「え、わ、ちょ、ちょっと何をする!! こんな狭いところで暴れるな!! 服を脱がすな!! 着せるな!! というかお前らいつの間に打ち合わせしていたーーーっ!!!」

「へぶしゃーーーっ!!!」
 樹の怒号と共に、章が簡易更衣室から殴り飛ばされて激しく鼻血を吹きなが吹き飛ばされてきた。
 だが、ジーナは章がその任務を遂行できたことに気付いた。というのも、殴り飛ばされた章が持っていたのは、さきほどまで樹が着ていた服だったからである。
 怒りに震えながら飛び出した樹は、ジーナが用意した衣装に身を包んでいた。
 すらりとした脚が伸びるミニスカートはフリルが一杯ひらひらのかわいいデザインで、大きく開いた襟ぐりからは大きな胸がこぼれんほどに主張をしている。

 その姿は、あまりにもメイドさんであった。

「ま、またこんな格好を……!!」
 激昂する樹をよそに、ジーナはその姿に興奮して詰め寄った。
「や〜ん、やっぱり良くお似合いですわ〜!! これでワタシもあのバカ餅も激しく情熱が昂ぶること間違いナシです〜!!」
 勢いにまかせてまくし立てるジーナは、そのまま溢れ出る情熱をビームにして空へと開放する!

「目からビィィィムッ!!!」

 ジーナの目からキラッ☆ という輝きを秘めたオレンジ色のビームが広範囲に放たれた。
 それにより次々とクラゲを撃退していくジーナ。あっけにとられている樹に、元気よく呼びかける。
「さあ、樹様もご一緒に!! この街の平和を守るのです!」
 教導団の一員としての矜持も高い樹。もとより街の治安を維持するために活動することに異論はない。
 だが、こんなひらひらのフリフリのメイド服で目からビームを発射しなければならないのかと思うと、戸惑わないわけにもいかないのだ。
 しかし、今この瞬間に手がないのも事実。
「わ……わかった!!」
 気を取り直して、ジーナのように空に向かってクリスタルを構える。

「目からビール!!」

「あ……噛みましたわ……」
 まさかの不発にジーナが呟く。
 恥ずかしさに顔を赤らめつつ、樹はもう一度クリスタルを空に掲げた。

「目からビーフ!!」

 また噛んだ。
 すると、その様子を見て、立ち上がった章が樹に目にも止まらぬスピードで飛び掛かった。
「い、樹ちゃんかわいい〜!! メイド服で顔真っ赤にして二回も噛んじゃった樹ちゃんかわいすぎる〜!!」
 もはや噴水のように噴き出る鼻血は、樹がかわいいからかさっき殴られたからか、本人にも分からない。

「ボディ!! フック!! 目からビーム!!!」

「あべばぁーーーっ!!!」
 樹は、その章に見事なコンビネーションを決めて、今度こそ目からビームを放った。
「……い、樹様……?」
 その様子に、ジーナは恐る恐る樹に話しかけるが、もう遅い。


「……分かった……もう構わん。あのクラゲ共は一匹残らず始末してくれる!! 喰らえ、目からスプレーショットォォォーーーッ!!!」


 怒りの化身と化した樹は、そのまま空にビームを乱射しながら街を進んでいった。
「い、樹さまが鬼神になってしまわれた……!! どうしましょうあんころ餅っ!」
 すると、さきほど再度吹き飛ばされた章もやって来る。さすがに殴られ慣れているだけあって、タフである。
「ど、どうもこうもあるか!! 周囲に被害が出る前にクラゲ以外へのビームは相殺するしかないだろ!! 僕は左、バカラクリ娘は右だ、いいな!?」
 もはやこうなっては樹を止めることはできない。
 二人は樹と三人でクラゲを囲むように陣形を組んで、樹の威力が強すぎるビームをどうにか相殺しながら、クラゲ退治を続けるのだった。


「ビールだろうがビーフだろうが知ったことかーーーっ!!!」
「き、キラッ☆ とビィィィム!!!」
「く、口からバズーカーッ!!!」


                    ☆


 一方、別なところでも怒りを露わにしている者がいた。
 若松 未散(わかまつ・みちる)である。
「ふふふ……」
 今日はツァンダの街で『846プロ』の興行。その帰りであったのだが。
「み……未散くん?」
 その傍らには、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の姿。
 ハルは普段は未散のマネージャーとして同行していることが多いので、今日も二人でいることはそう珍しいことではないのだが。
 その日に起こった珍しいことは、別な出来事だった。

 未散が、珍しく寄席で滑ったのだ。

 まあ普通の高座と違って、その場のアドリブを連続しなくてはいけない大喜利だったので、たまには滑ることもある。
 しかし、仕事の上では辛うじて普通にしているものの、実は激しい人見知りな未散、楽屋でネチネチと絡んでくる初対面の同業者にどうることもできなかった自分にイライラし、ストレスがたまっていたのだ。

「ふふふ……ふざけんなよ……しかも停電だとぉ……?」
 未散は仲間内では内弁慶。帰り道に荒れるだろうと思っていたハルだが、さすがに停電は想定外だった。
「み、未散くん……落ち着いて……」
 だが、そんなハルの一言は却って未散の怒りに油を注いだだけだったようだ。


「これが落ち着いていられるかーっ!!!」


 未散は怒りに任せてその辺に生えていた情熱クリスタルを一本へし折り、叫びとともに振り回した。
 当然のように目から飛び出る怒りのビーム!!

「おお、未散くんの目からビームが!?」
 そのビームは、叫んだ空に向かって消えていく。見ると、その光に寄せられるようにパートナーらミタ電気クラゲが浮遊して来るのが見えた。
「なんだぁ、あのクラゲ……? この停電はあいつらの仕業か!?」
 標的が決まれば迷うこともない。
 日ごろの鬱憤を晴らすべく存分に目から後ろ向きなビームを発射する未散だった。

「なんだってファミレスのくせに呼び鈴ねぇ店あんだよ!! 一生店員呼べねーよ!」
 ネガティブビーム!!
「コンビニとか便利だけどもっと完全にオートメーション化できねぇのかよ! 肉まん買うのに何で店員と会話しなきゃならねーんだ!!」
 さらにネガティブビーム!!
「服買うのだって一苦労だよ!! ショップの店員話しかけてくるんじゃねーよ!! 服買う前に逃げるっつーの!!」
 どこまでもネガティブビーム!!
「そもそも知らない人と目を合わせて話すとかできるわけねーだろ!!」
 いつまでもネガティブビーム!!
「大体なんでいつも『あの時こうしゃべればよかった』とかウジウジ考えてんだよ私!! イラつくんだよ自分に!!」
 今一番のネガティブビーム!!
「美容院とかどうすりゃいいんだよマジで!! いっそ床屋か!! 床屋なのか!?」
 徹頭徹尾ネガティブビーム!!
「私の前で『私って人見知りするんですよー』とか明るく話してんじゃねーっ! 人見知りはそんなこと自分から言えねーんだよっ!!!」
 この夏最大級のネガティブビーム!!
「あとこないだの撮影でスクール水着持ってきた奴、覚えてやがれーーーっっっ!!!」
 それはハルの責任です。

「あ、あの未散くん……その辺で……」
 あまりのひどさに見かねたハルが止めようとするが、すっかり八つ当たりモードになってしまった未散に、その言葉は届かない。


「うるせーーーっっっ!!!」


「ああーーーっ!!!」
 未散の目からビームを一身に受けて、のたうちまわるハルだった。
「い、痛くて微妙に暗い気持ちになるけど未散くんのビームだと思うとちょっと気持ちいい……っ!! もっと、もっと強めに……!!」


変態か。


                              ☆