リアクション
●epilogue 2
「店長」
「店長?」
「……いえ、だ、団長ぅ……」
呼びかけに失敗してしまって明日香は、みるみる顔を赤らめた。歓待のお菓子が素敵すぎて、つい口が緩くなってしまったのかもしれない。それとも、食べ物では懐柔されるまいと気をつけて……逆に気をつけすぎたせいだろうか。彼女の舌はつるりと滑って、肝心の呼び名を言い間違えてしまった。
ふたたび執務室、また重苦しい沈黙になるのが怖くて、明日香は積極的に鋭鋒に話しかけた。
「それで金団長……袖の下ではないですがぁ……手作りのお菓子を作ってきましたので……」おそるおそる、明日香は持参の巾着袋を開け、そこから何枚も手焼きのクッキーを出しては、やはり用意した紙皿に乗せた。「いただくばかりでは悪いかと思ってぇ〜……どうぞぉ〜」
安っぽい紙皿に並んだクッキーはしかし、競い合って咲いた花畑のように豪勢だった。砂糖をちりばめたコイン型のクッキー、チョコレート味の正方形クッキー、あるいはその両方の味が、マーブルのように混じり合ったものもある。真っ赤なゼリーをつんと載せたクッキーも可愛らしく、爽やかブルーのミントを効かせたクッキーも目に鮮やかだ。
これを見ればまず大抵の者は喜ぶだろう。残念ながら金鋭鋒は、その『大抵』に入っていないのだが。
エリザベートに聞いてなかったのか、という顔をして鋭鋒は「私は、甘いものは……」と、言いかけたものの、「……」あまりに緊張した面持ちで明日香がこちらの様子をうかがっているのに気づくと、黙って一つ口に放り込んだ。
「旨い」
彼は低い声で告げた。金鋭鋒にしては実に希な世辞であった。とはいえ実際、良くできてはいた。彼のように甘いものが楽しめない残念な体質の人間でなければ、もう次の一個に手が伸びていてもおかしくはなかった。鋭鋒も確かに、(「思ったよりは旨いな。実際」)とは考えた。しかし、プレーンに見えたバタークッキーでも、彼にとってはどろどろに甘い。甘みの海をクロールで泳いでいる最中、頭上から甘さのスコールが降り注いでいると感じてしまうほどに甘いのだ、彼にとっては。だから、あと何枚もこれを食べるとなると……。
この直後、リュシュトマ少佐がノックし入室したとき、鋭鋒は安堵のあまり空気が抜けた風船のごとく「ふぅー」と救われたような顔をしたのだが、そういうときに限って明日香は、彼の顔を見ていないのだった。
報告書は分厚い資料集だったが、最初のページに簡単な見出しがついていた。
「これ、どういう意味ですか〜?」
明日香は果敢にも鋭鋒に問いかけた。あまりこういう場には慣れていない彼女だ。鋭鋒はおっかないし、リュシュトマとかいう軍人はもっとおっかないものの、無知である事を恥じてそのまま流さず、わからない部分は説明を求めていきたい所存の本日の明日香なのだった。
「インデックスだ。要するに、結果を要約した見出しだ」
怒るかと思いきや鋭鋒は、手ずから資料集を繰って読み方まで教えてくれた。見た目ほど怖い人じゃないのかな、と明日香は彼の三白眼を見上げながらそんなことを思った。
蜘蛛型戦闘機械:集団で出現。大半は破壊。残る機体もクランジΞの破壊とともに行動停止。数体が鹵獲された
ザナ・ビアンカ:存在が確認されるも姿をくらます。
クランジΠ:一旦は捕獲されるも逃走。現在山中に潜伏していると思われる
クランジΡ:一旦は捕獲されるも、東園寺雄軒らにより拉致。その後の足取りは不明
クランジΟ:一旦は捕獲されるも、逃走を図りその後死亡
クランジΞ:死亡
「公式発表はこれでいいだろう」
「そうですねぇ〜」
明日香はくふっと笑った。そうするとなんとなく、エリザベートに似ていた。
「今回は、イルミンスールの顔を立てた」鋭鋒は静かに、だが決然と告げた。「しかし次はない。そのつもりでな」
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疲労困憊、思わず手術台の下に七枷陣は座り込んでいた。
終わった。成功だ。
「こんなやり方、あいつが気に入るかどうかわからんが、な……けど」
ヒラニプラから戻って、これでトータル六度目の手術だ。この六度目が一番厳しかった。彼の『超一流の機晶技師の知り合い』は人使いのほうも超一流で、ほぼ三日三晩にわたるこの大作業は、助手役を命ぜられた陣にとってひたすら忙しく気の抜けぬ濃密な時間となった。
けれど、
「俺は本気で、助けたかったんや……そうでないと、お前の姉貴かて浮かばれんわ……」
身を起こし、陣は手術台に眠る人影に声をかけた。
クランジΟ(オミクロン)――あるいは大黒澪――の裸の胸が上下していた。
しかしどこか、様子が変だった。
まずその首には、有刺鉄線でも巻いたような派手な縫合痕があった。
そしてその髪は染めたピンクで、おそらく地毛と思わしき黒と入り混じって酷い蓬髪になっていた。
クランジは眠り続けた。
『Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ』 完
マスターの桂木京介です。ご参加いただき、本当にありがとうございました。
シナリオガイドを公開する段階では、私はあらかじめ結末を決めていません。実は、話の流れの方向性すら定めないようにしています。すべて、集まったアクション次第なのです。今回、NPCたるクランジたちにしたところで、それぞれがどのような運命を辿るかは、参加者全員のアクションを下読みし検討するまで、まるっきり決まっていませんでした。
非常に、非常に熱いアクションの数々、感謝感激です。
この物語を作り上げたのは、私ではなく参加者の皆様です。
現在未定ですが、生き残ったクランジ、あるいはザナ・ビアンカについては再登場の機会を設けたいと思っています。
プレイヤーキャラクターの手に委ねられた二人のNPCについては、当分のあいだ昏睡中とさせて下さい。いつか機会を見て、それぞれのその後を描くつもりです。
それでは、また新たな物語でお目にかかりましょう!
桂木京介でした。
2011 06/11 初版公開
2011/06/12 改訂版(第二版)公開
2011/06/15 改訂版(第三版)公開